異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第200話 くっころ男騎士と猟師狐の決意

「みなさんがたは北ん山脈ん向こうからおじゃったとな? あそこは大変な難所ち聞いちょったが」

 

「確かに、あの山脈は超えるだけで死傷者も少なからずでてしまうような土地だったがね。しかし、先人が文字通りの血路を開き、山道を整備してくれたのだ」

 

 酒が進めば口も進む。カラス娘のウルとジルベルトは、盃を交わしながら親しげに会話していた。ワインボトルをすでに一本開け終わっているウルはそのミルクチョコレート色の肌をすっかり朱に染めており、健康的な色気を放っている。

 

「……」

 

 なんとも羨ましい心地で、僕は彼女らを眺めていた。出来ることなら酒をカーッと飲み干して彼女らの輪に入りたいところだが、暫定スパイであるウルの前で泥酔するわけにもいかない。抑制した、つまらない飲み方をするほかなかった。

 まあ、そもそもここは他人の家だものな。一晩の宿を借りている身の上で、あまり羽目を外すわけにもいかないだろ。いや、すでに結構な迷惑をかけているような気もするが。詫びも兼ねて、あとでしっかり謝礼を渡しておかねばなるまい。

 ちなみに、当の村長一家はすでに寝室に引っ込んでいる。開拓村の生活は厳しく、村長と言えど自ら農具を振るわなければ生活もままならない。明日も早くから農作業が待っているそうだ。

 

「……」

 

 なんとも言えない気分で杯を傾けていると、なんだか声をかけてほしそうな表情でこちらをチラチラ見ているレナエルが目に入った。なにやら、話がある様子だ。時折ウルのほうにも目を向けているから、彼女には聞かせたくない話に違いないだろう。

 

「すまない、ちょっと飲み過ぎたようだ。夜風に当たってくる」

 

「ああ、お供しますよ。主様」

 

 ジルベルトが慌てて立ち上がるが、酒が回っているせいで若干ふらついている。その隣に居たソニアが、強引に彼女を席に戻した。

 

「酔っ払いのお供など必要ない。貴様はここで飲んでいれば良いんだ。……ですよね、アル様」

 

 どうやら、ソニアは僕の意図を察してくれているようだ。付き合いが長いとはいえ、やはり本当に気の利く副官だね。僕にはもったいないくらいだ。……ちなみに、彼女はまだ一滴も酒を飲んでいない。下戸ではあっても酒が嫌いなわけではないソニアだが、彼女が酒精を口にするのは仲間内だけで集まっている時だけだ。

 

「村の中だ、そう危険なこともあるまいよ。……レナエルくん、エスコートを頼んでもいいかな」

 

「……ハイ」

 

 狐耳をピコーンと跳ね上げながら、レナエルは無表情に頷いた。表情はクールだが、感情表現の分かりやすい娘である。

 

「あっつぅ……」

 

 それから、五分後。村長宅の玄関前で、僕はうめき声をあげていた。夜風に当たるとは言ったが、ここは南方のリースベンだ。夜になっても、相変わらずやたらと湿度と温度の高い不快な風しか吹いていない。屋内よりはいくぶんかマシではあるが、それでも汗が乾くような快適な気温からは程遠かった。

 

「リースベンは、いつまで夏が続くんだ? 王都なら、とっくに過ごしやすい季節になってる時分なんだが」

 

「あと、二か月くらいは暑いままです」

 

 ふさふさの尻尾を揺らしながら、レナエルが応える。村へ戻ってきてすぐに猟衣を脱いだ彼女だったが、今は背中に鉄砲を背負い腰には着火済みの火縄を下げている。いざという時に、僕を守れるようにするためだろう。まったく、淑女的な少女だな。

 

「夏が終わると、急に冬が来ます。雪は山の上のほうでしか降りませんが、それでも存外に寒いです」

 

「なかなかハードな気候だな」

 

 僕は思わず苦笑した。過ごしやすい気候の季節がないじゃないか、それでは。

 

「ところで、僕に何か用があるように見えたが。いったいどういう要件かな」

 

「……」

 

 眉間にしわを寄せて、レナエルは一瞬顔を逸らした。なんと切り出すべきか、頭の中で吟味している様子だった。

 

「……その」

 

「うん」

 

「自分を、領主様のところで働かせていただきたいのです」

 

「ほう」

 

 いきなりの求職活動だな。正直、少し驚いたな。昼間の様子を見る限り、彼女は若いわりになかなか優秀な猟師のようだった。それに、危険で強力な蛮族と遭遇しても、即座に人を庇って前に出る度胸もある。猟師のままでも、十分に暮らしていけそうに見えるのだが……。

 

「領主様は、自分の軍を鍛えるために森に慣れた人間を集めたい、とおっしゃっていました。……自分なら、適任だと思います」

 

 森林戦の訓練教官が欲しいという、アレか。対エルフ戦を考えれば、平原でしか戦えない現状のリースベン軍は明らかに不利である。少しくらいは、森の中で戦えるようにしておかないとな。

 もちろん、付け焼刃の訓練ではエルフには勝てまい。とはいえ、たとえ上手く平原戦に持ち込みエルフ軍を打ち破れたとしても、部隊が森に立ち入れないような有様では追撃すらできない。一度の会戦で敵を殲滅できるはずもないからな。追撃、あるいは撤退のことも、しっかりと考えておく必要があった。

 

「……自分はまだ若いですが、物心ついた時には既に母と一緒に森の中をうろついておりました。経験は十分に積んでいます」

 

「わかってるよ。君の能力に疑問はない」

 

 僕は首を左右に振った。

 

「問題は、うちの軍隊の教官役をやるなら、カルレラ市で暮らす必要があるということだ。流石に、この村から駐屯地に通うのは難しいからな」

 

 カルレラ市とこの農村は結構な近所だが、それでも毎日徒歩で往復するのは辛い。なにしろ道が悪いからな。教官をやってもらうなら、駐屯地の兵舎に住んでもらったほうが効率的だ。

 

「構いません。自分は三女です。どうせ、そのうち実家からは出て行かなくてはならない身の上ですから」

 

「なるほどな。しかし、ハッキリ言ってあまり給金は出せないぞ? 専業で猟師をしていたほうが、いい生活ができるかもしれない」

 

 なにしろ、リースベン軍はこの規模の領地としてはかなり破格の大軍だからな。ディーゼル家からの賠償金や王室に貰った褒賞やらで、どうにか運営費を捻出している状況だった。とうぜんこれらのカネはあぶく銭なので、将来のことを考えればあまり浪費するわけにもいかない。

 

「衣食住の面倒を見てもらえるのであれば、無給でも構いません」

 

「教官が無給じゃ、僕がとんでもないケチだと思われちゃうだろ。勘弁してくれ。……なんでそんなに軍隊で働きたいんだ? キミは。別に、兵隊に憧れているわけでもないんだろう?」

 

 彼女はすでにちゃんとした職についているわけだから、ウチの新兵どもとはまた話が違う。定職にもつかずフラフラしてるゴロツキならともかく、しっかりとしたカタギの人間がわざわざこんなヤクザな業界にはいってくる必要もないと思うんだがな。

 もちろん、教官役は教官役だ。実戦に投入するつもりはない。とはいえ、エルフどもの潜伏能力を考えれば、演習中に襲撃を受ける可能性だって十分にあるからな、危険なことには変わりない。

 

「あのエルフども、話し合いがしたいと言いつつ詫びのひとつもありませんでした」

 

 ひどく不機嫌そうな様子で、レナエルは吐き捨てる。

 

「自分の弟は、小さい頃に奴らに攫われかけました。なんとか、連れ去られる前に取り返しましたが……弟は、今でも女が怖くて仕方がないようです。そのせいで、いまだに婚約者すら決まっていません」

 

「……なるほど」

 

 弟というと、異母姉弟か。貴族と違い、平民はあまり男児を養子には取らない。しかしその代わり、亜人も只人(ヒューム)も一塊になって一個の家族として生活している場合が多いという話だ。

 

「復讐がしたいとまではいいません。しかし、奴らの偉そうなツラを見ていると腹が立ちます。一言くらい詫びを入れさせないことには、我慢が出来ません。……しかし、それには力が必要です。弱い相手に、あいつらが頭を下げるとはとても思えませんから」

 

「なるほどな……」

 

 たしかに、レナエルの言う事には一理がある。エルフたちが対話をする素振りを見せてきたのは、彼女らが突然人権意識に目覚めたからではないだろう。リースベンの統治者が、わずかな手勢しか持っていなかった前代官から、それなりの数の軍隊を引き連れた僕に代わったからだろう。話し合いをするにも、武力の裏付けがいる。悲しい話だが、これが現実である。

 

「領主様のお力で、あのエルフどもの頭を引っ掴んで地面にこすりつけられるというのならば、これほど嬉しい話もありません。ぜひご協力させていただきたいのです」

 

「よし、わかった」

 

 なるほどな。要するに彼女は、リースベン軍を強化することで間接的に己の目的を達成するつもりらしい。実際問題、ただでさえ強力なエルフたちに個人の力で対抗するのは不可能だからな。数の力に頼らざるを得ないのだろう。

 まあ、そもそもレナエルの要望がなくとも、エルフたちと和睦するのならば謝罪をしてもらうのは必須事項だからな。略奪・凌辱を受けた事実から目をそらして仲良くしようとしたところで、実際に被害を受けていた民衆たちは絶対に納得しないだろう。最低限の(みそ)ぎは必要だ。

 

「君が良いのであれば、むしろこちらから頭を下げて頼もう。どうか、僕に手を貸してほしい」

 

「お任せを」

 

 そう言って一礼するレナエルの顔には、珍しく笑みが浮かんでいた。

 


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