異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
待望の報告があった翌日。とうとう、新エルフェニア帝国との第二回会談の日である。前回の会談がエルフのホームグラウンドである森の中で突発的に開かれたこともあり、今回の会議会場は我らがカルレラ市の領主屋敷で開催されることになっていた。
とはいっても、彼女らはこのリースベン領で狼藉の数々を働いてきた蛮族である。市民感情を考えれば、まだこの会合を
「ウル、オヌシちょっと太っておらんか」
会議室に入ったダライヤ氏は、出迎えた部下に対して開口一番そんな言葉をぶつけた。何しろウルはカルレラ市にやってきてからずっと接待漬けご馳走漬けの日々だったのである。そりゃ、多少はふくよかにもなるというものだ。まあ、もともとが少々痩せぎすに過ぎる体形だった彼女だから、むしろ今のほうが健康的に見えるが。
「気のせいにごわす」
「左様か」
ジト目でウルを睨んだ後、ダライヤ氏はため息を吐きつつ席に腰を下ろした。
「ところで、アルベール殿。予定通り随伴員を連れてきたが、かまわんかね?」
ダライヤ氏が連れてきた部下は合計四名。一人はカラス鳥人で、残りはエルフだった。カラス鳥人は背格好、外見年齢ともにウルと大差ないが、エルフの方はバラエティ豊かだ。
少女にしか見えない外見のものもいれば、いわゆるお姉さん風のエルフもいる。共通点といえば、皆一様に妖精めいて容姿が整っていること、そして軒並み胸が平坦気味であるということくらいだ。流石は弓を得意とする種族といったところか。ガレア王国で妙に弓の人気がないのも、竜人には胸の大きな者が多いせいだしな……。
「もちろん、問題ない。全員、歓迎させてもらおう」
にっこり笑ってそう言ってから、僕は従卒を呼んで全員分の香草茶を淹れるようにように頼んだ。ところが、そこにダライヤ氏の部下……僕とそう大差ない外見年齢の背が高いエルフが口を挟んでくる。
「領主どん、茶も悪うなかが、食い物も欲しか。
いきなり食料要求をしてきたぞ、こいつら。腹ペコはウルだけの専売特許ではないようだ。ダライヤ氏の話が本当なら、このエルフたちも新エルフェニア帝国とやらの宮仕えだろ? それがこの欠食っぷりとなると、なんだかだいぶ不安になって来たな。エルフの食糧危機は、かなり深刻なレベルなのかもしれない。
……しかしそれはさておき、このエルフ訛りよ。黙ってさえいれば息をのむほど幻想的で美しい女性から、やたらと訛った荒っぽい言葉が飛び出してくるんだから、ギャップがスゴイ。視覚と聴覚が喧嘩をしているような錯覚を覚えずにはいられなかった。
「コラ、イルダ! ちょかっなんちゅうこっをゆど。礼儀知らずとそしられよごたっとか、ワレは!」
渋い顔でダライヤ氏が怒声を飛ばす。だが、イルダと呼ばれたエルフはニヤリと笑って自分の腹を叩いた。
「じゃっどん、腹が減っては戦はできらんともゆ!」
「戦をしに来たわけじゃなか!」
「ダライヤどんはヌルか! 奪い、奪われっとがエルフん生きざまちゅうもんじゃろう」
部下の反抗にダライヤ氏は反論しようとしたようだったが、それより早く別のエルフが椅子を蹴とばすような勢いで立ち上がった。少女めいた外見のエルフだった。
「議バ言うな! イルダどん! お
「今オイんこつを
売り言葉に買い言葉。イルダと呼ばれたエルフの方も乱暴に立ち上がり、少女エルフに詰め寄った。どうも、口ぶりからすると少女エルフのほうが年上らしいな。エルフ族は外見と年齢がまったく比例しない種族なのだろう……。
「おう
「戦死もできず子もなせず、ただただ長生きしちょっだけん化石エルフめ! 吐いた唾は吞めんぞ!」
腰に下げた木剣の柄を引っ掴んで、イルダが吠えた。少女エルフの方も顔を憤怒に染め、自らの木剣に手を乗せる。一触即発の空気である。外交交渉中に内輪もめ始めるんじゃねえよ! こっちの陣営の人間、全員ポカンとしてるじゃねえか!
「こんなのと交渉しなきゃいけないんですか、我々は」
そうボソリと呟くのはジルベルトだ。正直、まったく同感である。いくらなんでも血の気が多すぎるだろ。マジで勘弁してほしい。
「しかし、交渉という選択肢を潰して残るのは戦いの道のみ。交渉も嫌だが、戦うのもちょっとイヤだな、わたしは」
ソニアが何とも言えない表情で小さく息を吐く。その言葉に、ジルベルトが頭を抱えた。
「それもそうですね。ああ、頭が痛くなって来た……」
「奇遇だな、僕もだよ」
頭も胃も痛くなって来た。なんとかししてくれよという気持ちを込めてダライヤ氏の方を見ると、彼女は本気で申し訳なさそうな表情で頭を下げてくる。
「せからしかど、お
そしてなおも怒声を上げ続けるエルフ二名の方を睨みつけると、その
「グワーッ!」
「グワーッ!」
局所的な突風が吹き、エルフ二人が窓の外へ吹っ飛ばされていった。被害を受けたのはその二人だけで、他の人間はもちろんテーブルに乗った香草茶のカップまで無事だった。
人を吹っ飛ばすほどの突風を起こした場合、並大抵の術者であれば余波で部屋中が滅茶苦茶になっていたはずだ。そうならなかったのは、ひとえにダライヤ氏の魔力と術式の制御が尋常ではなく高精度だったからだろう。しかも、魔法自体の発動速度も極めて速かった。……さすがは御年千歳の超ベテラン、背筋が寒くなるほどの魔法の腕前である。
「失礼した、アルベール殿。 若い者は血の気が多くていかんのぅ、ワシを見習ってほしいもんじゃ……」
ため息を吐き、ダライヤ氏は香草茶を口に流し込んだ。……そこで、ぐぅという可愛らしい音が彼女の腹から聞こえてくる。
「……あのバカの言葉を支持するわけではないが、腹が減ったのは確かじゃのぅ。すまぬが、食事の用意をしてはくれんじゃろうか?」
ダライヤ氏は顔を真っ赤にし、ぷるぷると震えつつそういった。……思わず笑いそうになったが、実際のところ笑いごとではない。長老ですらこの有様とか、新エルフェニア帝国の食料事情はどうなってるんだよ。飢饉にしてもほどがあるだろ……