異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第211話 くっころ男騎士とサシ飲み(2)

「昔はこうではなかった、というと語弊があるが……」

 

 エルフは野蛮である。当のエルフ族の族長からでたそんな言葉に僕が困惑していると、ダライヤ氏は片頬をあげて笑った。そしてブランデー・ハイボールで口を湿らせ、ため息を吐く。

 

「確かに、ワシが生まれた頃もまたエルフは血の気が多く直情的な種族じゃった。じゃが、ここまでひどくはなかったんじゃよ……」

 

「要するに、飢饉と戦乱が原因で人心が荒れていると」

 

「……話がやたらと早いのぅ」

 

「歴史をかじっていれば、まあ飽きるほど遭遇するパターンなんで……」

 

 日常的に飢えや戦闘のストレスに晒され続けた人間は、たとえ元が穏やかな性格だったとしてもどんどん戦闘的になっていってしまう。それは人の心の自然な働きだ。前世にしろ現世にしろ、僕はそれが原因で性格が豹変してしまった人間を何人も見てきている。

 社会秩序が崩壊すると、その地域に住んでいる人間全体にそういう傾向が出始めるんだよな。当然、治安は最悪になる。こうなると、新たな秩序を構築するのは至難の業だ。このエルフたちは、おそらくそういう状態に陥っているのだろう。

 

「まあ、その通りじゃな……」

 

 眉間にしわを寄せながら、ダライヤ氏は肩を落とした。見た目が愛らしい童女なので、そんな仕草もひどく可愛らしい。卑怯だよなあ、ロリババアってさ。

 

「事実として、オヌシらにとっては今のワシらは迷惑な隣人じゃろう。しかし、できれば根気強く付き合ってもらいたいんじゃ」

 

「ふーむ」

 

 僕は唸りながら、エルフ酒(芋焼酎)を口に運んだ。実際のところ、僕だってエルフとは戦争はしたくないんだよな。前世で受けた軍隊教育の記憶が、僕に「原住民と密林で戦うのはやめておけ」とガンガンに警鐘を鳴らし続けている。

 僕がかつて所属していた軍隊は、それでひどい目に合ってるからなあ。ナパーム弾やら枯葉剤やらを雨あられと降らしても、密林ゲリラは殲滅できなかった。不用意に全面戦争を選択すれば、僕たちも同じ運命をたどることになる。

 

「三世代以上の長さに渡って憎み合ってきた勢力同士が関係修復するのは、容易ではない。そして我がリースベンの現役世代は、入植してから二代目だ。つまり、エルフと和解するには今が最後のチャンスだということだ」

 

 今のリースベンは開拓最初期に入植した者たちの子供が、成人を迎えつつある時期だ。このままエルフたちと慢性的な紛争状態が継続すれば、エルフ族そのものが我々の不倶戴天の敵になるだろう。

 僕としては、それは避けたい。今後の領地発展の大きな妨げになるからだ。僕……というかアデライド宰相は、このリースベンを商業と工業を主軸にして成長させていく計画を立てている。そしてそのためには、強固な物流網の構築が不可欠だ。

 その大切な物流網を、ゲリラ戦術を得意とするエルフたちに脅かされ続ける……考えたくもない状況なんだよな。味方、ないし中立くらいの関係にはなっておきたいところだろ。

 

「うむ、然り然り」

 

 何度も頷いてから、ダライヤ氏はハイボールを飲み干した。そして、壁際に控えている給仕にグラスを掲げて見せる。

 

「おかわり!」

 

「申し訳ありません、氷がもうなくて……」

 

「おおう……」

 

 ひどく悲しそうな表情でダライヤ氏はガックリとうなだれた。ごめんよ、嗜好品に回せる金はあんまりないんだ、ウチは……。いや、金そのものはそこそこあるんだけどな。領地内への投資と軍備増強にガンガン使ってるから、あんまり無駄遣いできないんだよ。

 しかし、エルフどもとの全面戦争が発生した場合、それらの投資のほとんどが吹っ飛んじゃうんだよな。困るなあ、せっかく自前の軍隊を作ることが出来たのに、カスみたいなゲリラ戦ですり減らすなんて勘弁願いたいだろ。

 軍隊ってやつは、戦わないでいるときが一番役に立ってるんだよ。孫子も百戦百勝は善の善なる者にあらず、と言っている。零戦無敗の軍隊こそが至上ということだ。現代的な言い方をすれば、抑止力が機能している状態ということだな。

 

「それじゃ、こっちをどうぞ」

 

 こんなこともあろうかと用意していたワインを酒杯に注ぎ、ダライヤ氏に回してやる。「おっ、すまんのぅ」と笑いながらそれを受け取った彼女はニコニコ顔で杯に口をつけ、ごくごくと飲み始める。

 

「ぷはぁ! いやー、うまいのぅ。オヌシらと仲良くなれば、この美酒も売ってもらえるようになるわけじゃろ? ワシとしては、喧嘩なぞしたくはないのじゃ」

 

「ははは、確かに」

 

 酒云々は冗談にしても、ガレア王国と平和裏に取引ができるようになれば、エルフたちにも十分な利益はあるはずだ。彼女らの指導者層の人間であるダライヤ氏が、こういう部分に理解があるのは非常にありがたい。トップ層が頑固だと、もうどうしようもないんだよな。下の下策である戦争という選択肢を選ばざるを得なくなってしまう。

 

「今のエルフに足りないのは、平和と食料。そこさえ何とかすれば、エルフェニアは十分に交渉可能な相手になるという認識で構わないな?」

 

「うむ……あと、男も足りんが」

 

 ちらり、とダライヤ氏が僕の股間に視線を向ける。なんとも艶めかしい流し目だ。やめろよ背中がゾクゾクしちゃっただろ! ロリがそんなエロい表情しちゃいけません! ババアだけど!

 

「もはや現在のエルフェニアの状況は、自前だけで解決できぬのじゃ。言い方は悪いが……強盗になるか、寄生虫になるかの二択じゃよ」

 

「ずっと寄生されちゃ困るよ。うちだって、御覧の通り裕福ではないわけだから。無駄飯喰らいの居候など蹴りだしてしまえ、などと言い出し始める連中だっているだろう」

 

 実際のところ、融和策にだって問題はあるしな。こういうのは、病人の介護と一緒だ。無理をすれば共倒れになるし、心血を注いで面倒を見ても快癒(かいゆ)するとは限らない。実際、前世の僕が居た国もそれで何度も痛い目に合ってるしな……。イラクやアフガンに派遣された経験もある身としては、この手の融和策が想定通りにうまく機能するとはとても思えない。

 戦うも地獄、融和するも地獄。まったく嫌になるなあ。本当に厄介な領地を押し付けられたもんだ。死んで地獄に行った暁には、オレアン公に文句の一つでも言ってやらなきゃ気が済まないよ。いや、地獄には行かずまた転生しちゃうという可能性もあるが……。

 

「そこはもう、お互いの努力でなんとかするほかないのぅ」

 

「お互い、ねぇ」

 

 エルフどもは、協力してくれるんだろうか? そういう疑問を込めてダライヤ氏に視線を向けると、彼女はニッコリ笑って両手を広げる。

 

「上位者としては、部下や民草たちに先駆けて範を示さねばならんな。どうじゃ、ブロンダン殿。ワシと仲良く(・・・)してくれるかね?」

 

 などと言いつつ、ダライヤ氏はまたエロい流し目で僕を見てくる。むろん、彼女の言う仲良し(・・・)が言葉そのままの意味ではないことくらい、流石に僕にも理解が出来る。してーなー! ロリババアと仲良し(・・・)してーなー! でも淑女……ならぬ紳士としては、ウンとは言えないんだよなあ。くそぅ……。


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