異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第221話 くっころ男騎士と蛮族皇女(1)

 オルファン氏に案内され、僕は小さな竪穴式住居の中へお邪魔した。土むき出しの土間に、石を組んで作った簡素な囲炉裏(いろり)……外見通りの、原始的な内装である。室内にはちょっと目にしみるほどの煙の臭いが満ちており、僕は思わず目をしばたたかせる。

 

「あばら家で申し訳なかが」

 

 少し申し訳なさそうな様子で、オルファン氏が言った。まあ、確かにあばら家ではある。言っては何だが、自称皇族にはあまりにも似合わない建物だった。

 とはいえ、不快な空間かといえばそうでもない。床はきちんと清掃されており、壁際には農具や武具といった様々な道具類が整理整頓された状態で安置されている。その中には、ちょっと目を引くデザインの長櫃(ながびつ)もあった。表面に、狩人やその獲物と思わしき文様が、精密な筆致で描かれている。このような簡素な小屋には、かなり不釣り合いな見事な家具だった。

 

「座りやんせ」

 

 ムシロの座布団を指さして、オルファン氏が言う。僕が大人しくそれに従うと彼女は僕に素焼きの酒杯を手渡してきた。そして熾火(おきび)のくすぶる囲炉裏にいくつか薪をくべてから、自分もムシロへ腰を下ろす。

 

「こいつは少々酒精がキツいので、水で割って飲むことをおすすめする」

 

 僕はそう言って、酒水筒(スキットル)から彼女の杯へ酒を注いだ。今日僕が持ってきているのは、アヴァロニア特産のウィスキーである。焼酎程度の度数の酒に慣れているエルフには、少々アルコールが濃いだろう。

 

「フウン、確かにキツそうじゃな」

 

 オルファン氏はウィスキーの香りを嗅いで、頷いた。そして近くに置いてある水がめから柄杓で水をすくい、酒杯に注ぐ。「馬鹿にするんじゃねえ、少々酒精がキツいくらいがちょうどいいんだ」などと言っていきなりストレートでイッキをし始めるような真似はしなかった。

 昼間見た戦場のオルファン氏は、いかにもエルフの指揮官らしい勇猛果敢な戦いぶりたった。だが、今のオルファン氏は落ち着いた思慮深い性格に思える。どっちが素に近いかと言えば……おそらく後者だろうな。慎重な人間が果敢なフリをするのはそう難しい事ではないが、逆はなかなか困難だ。

 

「お(はん)も、ホラ」

 

「ああ、ありがとう」

 

 オルファン氏が柄杓を差し出してきたので、自分の酒杯にも水を入れてもらう。普段はストレート派の僕だが、たまには水割りも悪くない。

 

「……フム」

 

 無言で柄杓を片付け、水割りウィスキーに口を付けたオルファン氏は、感心した様子で小さく声を貰う。どうやら、お気に召してくれた様子だ。

 

「煙ん匂いがすっな。こげん酒ははいめっ飲んどん、悪うなか」

 

 酒杯から唇を離したオルファン氏は、小さく息を吐いてからそう言う。囲炉裏の炎に照らされた彼女は、妖精のごとき美しさだった。

 

「それは良かった。次の定期便の時に、同じ銘柄のものを一本お送りしよう」

 

「いいや、結構じゃ。返せっものがなか。恵んでもろうてばっかよかっと、人間がやっせんごつなってしまう」

 

 恵んでもらってばかりいると、人間が駄目になってしまう……と言いたいのかな? やはり、エルフ訛りは難しい。僕が難しい顔をして頷くと、彼女は少しだけ表情を柔らかくした。

 

「こんたどこん国ん酒なんじゃ? お(はん)ん国か」

 

「いや、これはアヴァロニアという……北西にある大きな島国からの舶来品だな」

 

「そうか、アヴァロニア……聞いたことんなか国や。もう二百歳を超えてなげちゅうとに、(オイ)ん世間はまだまだ狭かもんじゃな」

 

 しみじみとした様子で、オルファン氏はもう一口水割りウィスキーを飲む。囲炉裏の焚き木が、パチリと音を立てて爆ぜた。

 

「のう、アルベールどん。こげん飢えてんなお内輪もめを辞められん(オイ)たちエルフは、お(はん)らにはさぞ愚かに見ゆっじゃろう」

 

 いきなりブッこんできたな。答えに窮し、僕は酒杯を口に運んだ。

 

(オイ)はなにかに理由を付けて僭称軍と戦い続けちょっが、本当ん目的はただ一つ、口減らしじゃ。耕作地ん面積に比べ、いまだにエルフん人口は多すぎる。餓死すっか、戦死すっか。(オイ)はこん二択を部下に強いるしかのうなっちょっる」

 

 わあお、とんでもないことをぶっちゃけ始めたぞ、この自称皇女様。お家の再興に協力しろだとか、そういうことを言われるんじゃないかと予想してたんだが……どうやら、オルファン氏の目的は別のところにあるらしい。

 

「だが、戦いが続っ限りは畑をいじっちょっ時間はどげんしてん減っし、新たな畑を開墾すっ余力もなか。どしこ口減らしをしてん、そん分戦乱に巻き込まれて畑が減っていっじゃっでまた食料不足が起こる……」

 

「……」

 

「こん悪循環を何十年も続けた結果が、今んエルフェニアじゃ。こんままでは、あと十年もせんうちにエルフェニアは滅ぶ。"正統"も"新"も関係なく」

 

 一気にそこまでまくしたててから、少し疲れた様子でオルファン氏は酒杯の中身を一気に飲み干した。ため息を吐く彼女に、新たなウィスキーを注いでやる。

 しかしこの人、かなり冷静に自分たちの現状を把握している様子だな。こんな明日も知れぬ生活をしているというのに、高い視点を保ち続けている。皇族の末裔、皇帝の直子という話は、真実かもしれないな。すくなくとも、並みの人物ではないのは確かだ。

 

「飢えてけ死んよりは、戦場で敵ん剣に倒るっ方がマシ。そう思うて、(オイ)は部下を戦場に送り続けてきた。じゃが……」

 

 きゅっと唇を結んでから、オルファン氏は酒杯のウィスキーをあおる。ところが、水で割っていないウィスキーはやはりエルフにはキツかったようだ。ゴホゴホとむせて、慌てて柄杓から直接水を飲む。

 

「……失礼した。とにかっ、おいはこん状況が気に入らん。とにかっ気に入らんのじゃ」

 

「……」

 

 確かに、それはさぞ辛かろう。部下を失う悲しみは、僕もよく理解している。かける言葉が見つからず、僕はため息を吐いた。

 

「僭称軍の連中から聞いた話だが、あなた方はあちら側の畑を焼き討ちしているらしいな。貴殿の目的がエルフ族そのものの存続なら、このような真似はしない方が良いと思うが」

 

 ここで、僕は少しオルファン氏に切り込んでみることにした。彼女が僕らに救援を求めたいのは、なんとなくわかる。だが、同胞を焼き討ちするような奴らに手助けをするのは、それなりに抵抗があるからな。

 

「確かに、そげん手を使うたこともあっど。お(はん)の言う通り、外道の手じゃ。じゃっどん、どしこ本当ん目的が口減らしでん、部下どもに面と向かってそうゆわけにはいかんのじゃ。戦うでには、勝つためん作戦を立つっべきじゃ」

 

「……そうだなあ。ただただ死んで来いと命じるのは、あまりにも、あまりにも……」

 

 僕も一人の指揮官だ。この辺りの感覚は、よくわかる。戦死が避けられないなら、その死を出来るだけ有意義なものにしてやるのが指揮官の責務というものだ。ただただ無意味なだけの作戦に部下を駆り立てるなど、とてもできるものではない。

 

(オイ)らは劣勢や、取れる作戦など限られちょる。"新"ん連中には悪かとは思うどん、いま(オイ)が第一に考ゆっべきなんな(オイ)に付き従うてくれちょっ部下と民草なんじゃ」

 

「……なるほど」

 

 嫌な話だが、理解はできるなあ。僕だって、必要とあらば自国内で焦土作戦を実行しなくてはならない立場だ。どれだけの汚名を被っても、戦わねばならぬときが軍人にはある。

 

「もはや、(オイ)らに出来っことは己らが滅ぶまで戦い続くっことだけじゃ。ここまで来たや、自分たちではどうにもならんのじゃ」

 

「……」

 

「……それもこれも、(オイ)ん器量が足らんせいじゃ。情けなか話じゃが、認むっほかなか。なあ、アルベールどん。お(はん)なら、こん状況をなんとかしきっんじゃなかとか?」

 

「それは……」

 

 僕は、砂をかみしめてしまったような心地になって顔をしかめた。しかし彼女は、ぐいと身を乗り出して僕の両肩を掴む。

 

「内ん人間に出来んこっでん、外ん人間にならば出来っじゃろう。お(はん)らには食料があり、こん半島ん外ん知識もある。……(オイ)に出来ん仕事であってん、お(はん)にならば出来っとじゃらせんか?」

 

 そう言うなり、オルファン氏は姿勢を正して地面に頭をこすりつけた。いわゆる、土下座の姿勢である。

 

「どうか、我らエルフ族を救うてくれんか」

 

「オルファン殿! やめろ、頭を上げてくれ!」

 

 僕は慌てて彼女の身体を引き起こそうとしたが、オルファン氏は凍り付いたような鉄面皮でそれに抵抗する。

 

「貴殿が望んんであれば、おいは腹ァ切ってんよか、名誉を汚されてんよか。奴隷として売り払うてくれてん構わん。じゃっで、なにとぞ、なにとぞ、エルフ族を……」

 

 ああ、胃が滅茶苦茶痛くなってきたぞ。どうするんだよ、これ!


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