異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

234 / 700
第234話 くっころ男騎士と第三回会議(2)

 こちらをじっと見つめてくるエルフ代表団(カラスもいるが)を極力意識しないようにしつつ、僕は香草茶で口を湿らせた。やっぱり、こういうガチガチの交渉事は苦手だな。前世にしろ現世にしろ、この手の仕事は今までほとんどしてこなかったわけだし……。

 しかし、僕はリースベンの領主である。つまり、領民や臣下の安全と利益を保護する義務を負っているということだ。逃げ出すわけにはいかない。僕はいかにも自信ありげな微笑を浮かべつつ、彼女らを見回した。こういう演技だけは得意なんだよな、僕は。

 

「僕が提案するのは、"新"と"正統"の完全な分離だ。食糧支援を引き換えに、"正統"の者たちにはこの街の北……つまり、山脈のふもと辺りに引っ越してもらおうと考えている」

 

「……ほお?」

 

 ダライヤ氏が愉快そうな表情で指をはじく。他のエルフは、かなり驚いた様子で近くに居る同僚たちとこそこそ話を始めた。一方、カラス連中は静かなものだ。ウル氏にしろ代表団員にしろ、興味なさげな様子で茶菓子を食べている。

 うーん、温度差がすごいな。カラス鳥人たちは、エルフの行く末にはあまり興味がないのかもしれない。とはいえ、食料生産をエルフたちに頼っている鳥人からすれば、エルフ国家の情勢変化には敏感にならざるを得ないと思うんだが……。エルフェニアからリースベンへの乗り換えでも検討しているのかね? だとすれば、有難い話だが。

 

「これにより、"新"と"正統"の間に我々リースベンが挟まることになる。戦闘を再開しようと思えば、我が国の領土を通過する必要が出てくるというわけだ。むろん、僕はそんな真似を許す気はない」

 

 まあ、あくまでこれは理論上の話だがね。実際問題、我々の目の届く範囲など限られているからな。少数のコマンド部隊程度なら、密かに僕たちの勢力圏内を通過することも可能だろう。なにしろ、リースベンは大半が密林に覆われているのである。

 とはいえ、大規模部隊の越境が難しくなるというだけでもそれなりに価値はある。戦争の抑止効果はそれなりにあるだろう。木としては、リースベン領の治安を守ることができるのなら何でも良いのだ。

 

「緩衝国になってくれるという訳か」

 

 さすがに、ダライヤ氏の理解は早い。彼女は感心した様子でニコリと笑い、周囲を見回した。

 

「ワシとしては、土いじりをしている時間が増える分には大歓迎じゃが……オヌシらはどう思う?」

 

「わざわざそげん面倒なことをせずとも、糧食せあれば叛徒どもなど一ひねりじゃ。リースベンは議バ抜かさず食料だけ出してくれりゃよかど」

 

「じゃっどん、あん連中ん兵子はすげぼっけもんばっかいだぞ。そう簡単にはいかんめえ。厄介な連中を回収してくるっちゅうじゃっで、任せてしもた方が良かんじゃね?」

 

 どうも、エルフたちは賛否両論の様子である。まあ、そりゃそうだろうな。"新"の連中からすれば、"正統"と僕たちが結託しているようにも見える構図だし、そう簡単に納得はできないだろう。

 そもそも、彼女らの内戦は百年近く続いているわけだからな。そう簡単に終わるような代物なら、とっくに終結してるはずだ。実際はそうなっていないのだから、僕たちが介入したところでそうそううまくいくはずがない。

 

「まあ、意見ん一つとして聞いちょこう。じゃっどん、別に我々は貴殿らに戦争を止めてくれと頼んじょるわけじゃなかど。そこあたいは、しっかり理解してもらおごたっ」

 

 エルフの一人が重々しい声でそう主張した。僕としては「延々内戦を続けられるとクソ迷惑だから、こっちと取引したいんなら即座に戦闘を停止せよ」というのが本音だが、エルフたちからすればまあ正論かもしれない。下手しなくても内政干渉だものな、こっちの提案は。

 

「そんたそうじゃ」

 

(オイ)らんこつは(オイ)らで決むっ。外様にアレコレ言わるっ義理はなか」

 

 実際、幾人かのエルフはその意見に同調してしまった。物資は出せ、口は出すなといわれても困るんだけどなあ。そういうことは、食料くらい自前で調達できるようになってから言いなさいよ。

 ……とはいえ、ポッと出の僕たちから指図を受けたくないという彼女らの考え自体は、僕だって共感できるが。こういう独立独歩の気概を持っていない人間に、ひとつの勢力を背負っていく資格はないしな。まあ、限度はあるが。

 

「まあ、とりあえず"正統"をどうするかというのは、後回しで良いだろう。君たちの喫緊の課題は、食料を得ることだ。違うかね?」

 

 今の段階であまりつっこんだ主張をしても無意味だろう。僕は話を逸らすことにした。愚直に己の望みを主張するだけでは、目的の達成などできるはずもない。時には迂回も必要なのだ。……たぶんね? 正直その辺よくわからないので、扱いなれた戦術論の応用で考えてみることにする。

 

「それもそうじゃ」

 

 香草茶のカップを両手で持ちつつ、ダライヤ氏が頷いた。軍用のそのカップは竜人(ドラゴニュート)向けに作られており、当然ロリ体形の彼女にはあまりにも大きすぎる。ちょっと持ちづらそうだ。カワイイ。

 

「はっきり言えば、リースベンには君たちに食料を供給することは可能だ。むろん、タダというわけにはいかないが」

 

 手元の資料をちらりと見てから、彼女らに向けてそう言ってやる。まあ、供給可能とはいっても、もちろんリースベンだけでエルフェニア全体が必要としている食料を賄うことは不可能だがね。なにしろリースベンの耕作面積はいまだにかなり狭いし、土地自体があまり麦などの生産には向いていない。

 そういうわけで、エルフたちに渡す食料は他所から買い付けることになりそうだ。むろん、これをガレア王国だけで賄おうと思うと、それこそ買占めじみた真似をしなくてはならなくなるのだが……幸いにも、お隣のズューデンベルグ領は麦の一大産地だ。ディーゼル伯爵家の助力があれば、なんとかムリなく必要な量の穀物を集めることができるだろう。

 

「即座に提供できるのは、千人分の食料を一週間ぶん。その後は少々厳しくなるが、エルフェニア全体の冬越しに必要な量はなんとか提供するめどが立っている」

 

 ソニアが僕の説明を補足してくれた。戦争や飢饉に備え、リースベン各地にはそれなりの量の穀物が備蓄されている。これの一部を放出して当座をしのぎつつ、順次輸入品に切り替えていくというのが僕たちの計画だった。

 できれば輸入には頼りたくないんだが、こればっかりは仕方がない。エルフェニアほどじゃないにしろ、リースベンの農業は極めて弱体だからな。あまり負担をかければ、今度はこちらで飢饉が発生する。少々高くついても、食料に関しては外部から供給するほかない。

 

「まあ、(オイ)らも強盗じゃなかで、タダで食い物を寄越せとは()わん。じゃっどん、はっきりゆて出せっカネはなかど」

 

 情けなさそうな顔でエルフの一人がそう言った。まあ、そりゃそうだろうね。ない袖は振れないだろうさ。むろん、その辺りは織り込み済みだよ。

 

「わかっているさ。とりあえず、代金に関してはすぐには求めない。だがもちろん、エルフェニアの復興が成った暁には、かならず回収させてもらう」

 

 まあでも、実際のところ時間と平和さえあればそのあたりはなんとでもなるんだよ。虎の子のミスリル鉱山も、もうすぐ採掘がはじまるしな。商業に関してもはっきり言って絶好調だ。地域の安定さえ維持し続けることができれば、エルフどもに供給する食料の代金なんてものは短時間のうちに回収可能だ。メシはくれてやるから大人しくしてくれ。これが僕の本音である。

 

「だが、エルフェニアを復興させるには、内戦状態の解消は必須だ。当然の話だが、剣を振るのが忙しいあまり農具を握る時間がないようでは、戦災復興どころではないからな」

 

「……」

 

 さすがのエルフも、これには黙り込むしかなかった。指摘されずとも、そんなことは彼女たち自身が一番よくわかっているだろう。この隙に、僕はさらに畳みかける。

 

「今すぐ和平せよとまでは言わない。まずは、一時停戦だ。そうだな……半月でどうだ? 半月の間、"正統"との戦闘行為を停止してもらいたいんだ。そしてその平和が続いている間は、我々が責任をもって食料を供給し続けよう」

 

 これはもう、最低条件だ。なにしろ両勢力がドンパチやってる状況では、"正統"に食料を届けることができないからな。僕としては、片方の勢力だけに肩入れをする気はない。こちらの負担は増えるが、これに関しては絶対にケチっちゃ駄目な盤面だ。どっちかを優遇したら、どう考えてもかえって戦闘が激化する。

 

「さあ、どうする? エルフ諸君」

 

 僕はニヤリと笑って、新エルフェニア代表団に問いかけた。まあ、笑ってるのは顔だけだがな。僕の胃はすでにキリキリとした痛みを発していた。領主ってヤツは、思っていたのよりも五倍くらいキツイ仕事だ……。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。