異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
ロスヴィータ氏が懐妊した。予想外過ぎて椅子から転げ落ちそうになったが、とりあえず僕は笑顔で祝辞を述べることにした。困ったときには、まず笑え。それが僕の信条である。
「それはそれは、おめでとうございます」
彼女の腹は今のところ、まったく膨れていない。時期から考えて、カルレラ市に移住して以降にできた子供だろうが……。ロスヴィータ氏は、領地から夫を呼び寄せているからな。まあ、夫婦が揃っているんだから、子供が出来ることもあるだろう。
カリーナの母親でもあるロスヴィータ氏だが、多くの亜人貴族は十代のうちに結婚して子供を産むのが一般的だ。ロスヴィータ氏本人もまだ三十代で、女ざかりといっていい年齢である。頑丈な亜人ということもあり、出産に関してもそこまで心配しなくても大丈夫ではなかろうか。
「ちょいと気が早いですが、腕のいい産婆を手配しておきましょう」
「助かる。……あっ! 悪いが、妊婦はもう一人いる。準備は二人分で頼みたい」
「……もう一人は、一体どなたで?」
ロスヴィータ氏の元に居る伯爵家の人間は少ない。その中で二人も妊婦が居るというのは、かなりの驚きだ。恐る恐る聞いてみると、彼女は赤くなった頬を掻きつつそっぽを向いた。
「あたしの義妹……つまり、夫のもう一人の妻だな。
「……」
神聖帝国も我らがガレア王国と同じく星導教が国教だから、結婚は基本的に一夫二妻制である。夫を共有している妻同士は、義理の姉妹という扱いだ。
とはいえ貴族の場合、夫を共有するのはおおむね自分の家で抱えている
「そっ、そんな顔するなっての! 責任を手放して、時間が出来て……せっかくだから楽しまなきゃ損だろ! 夫婦三人で"仲良く"するくらい、いいじゃないか」
「いや、悪いとは言ってませんが」
つまり、人質生活をしつつ三人プレイを敢行したわけか、この夫婦。ううーん、フリーダム。まあ、よそ様の性生活に口出しするほど、僕も野暮じゃないがね。何にせよ、家族が増えるのはめでたい事だしな。
「ま、まあご両名とも、全力でバックアップいたしますので……ご安心を」
「すまねぇな、この忙しい時期に」
申し訳なさそうな顔で、ロスヴィータ氏は頭を下げた。今の我々がエルフ案件にかかりきりになっていることは、彼女も知っている。何しろ彼女らディーゼル家の助力がなければエルフたちの食料需要に応えることなどとてもできないからな。事情を離さないわけにはいかなかった。
「忙しいことを言い訳にしてそちらの方向性の努力をサボった結果が今の僕ですよ。結構なことじゃないですか、赤ちゃんの二人や三人くらい……」
これが例えば、ソニアあたりが妊娠で現場を離脱……という事態なら大事だけどな。でも、この人の本業はあくまで人質だ。大した影響はない。
……しかし、ソニアの妊娠かぁ。そんなことになったら、密かに泣くかもしれん。子供のころは、「僕、将来的にはソニアと結婚することになるのかなあ」とか思ってたんだが……距離感が近い割に全然そっちの話題を出してこないし、たぶん彼女にとって僕は性別が違うだけの親友、みたいなポジションなんだろうなあ……。
いやまあ、ソニアってばお偉いさんの嫡女だし、そもそもブロンダン家の嫁は
「おいおい、そんなんじゃ困るぞ。あたしは、孫と娘を同時に抱っこするのが夢なんだから」
「……はい?」
僕がいくら行き遅れようが、ロスヴィータ氏に孫が出来る時期には影響しないと思うんだが……。
「カリーナだよ、カリーナ。あいつももうすぐ成人だ。そろそろ、子供のことも考え始めたほうがいい時期だろ」
「ああ、なるほど」
僕は納得した。たしかに、義理の兄である僕が婚活で苦戦していると、カリーナにも悪影響があってもおかしくない。ガレアや神聖帝国の貴族は成人(中央大陸西方の場合、十五歳が成人年齢だ)を迎えると同時に結婚し、そのまま第一子を妊娠、という流れが多いしな。まだ十四歳とは言え、カリーナもうかうかはしていられない時期が来つつある。
二十代はもっとも戦士として脂が乗る時期だ。身重の状態で戦地に行くわけにはいかないので、出産は十代のうちに済ませておくべき……そういう考え方が、亜人貴族たちの間では一般的なのである。
僕の周りに居るのは結婚もせずに仕事が恋人みたいになってるやつらばっかりだから、その辺りの感覚がすっかりマヒしてたよ。アデライド宰相なんか、アラサーで未婚だしさ。幼馴染の騎士たちも誰一人として結婚してないし……他人事ながら、心配になってくるよ。いやまあ、僕も全く同じ状況な訳で、人のことはまったく言えないんだけどさ。
「あいつは確かに勘当娘だ……。立場上まともな結婚は難しいかもしれない。しかし、好いた男と連れ合いになるくらいの幸せはあっていい。そうだろ?」
「ええ、もちろん」
そうなんだよな。カリーナは実家から勘当されている立場だ。結婚相手を見つけるのは、僕以上に大変かもしれない。しかし、義理とはいえ僕は兄だ。あいつの幸福な未来のためには、全力で骨を折ってやろうじゃないの。
「カリーナには、絶対に不憫な想いはさせません。このアルベール・ブロンダンに、万事お任せを」
「すまないなあ。あんたには、本当に世話になるよ。この恩は決して忘れん」
目尻に涙を浮かべ、ロスヴィータ氏は右手で僕の手をぐっと握り締めた。思わず、暖かい気持ちが胸からあふれ出してくる。かつては敵同士だった我々が、こうして本心から手を握り合える関係になったのだ。これほど素晴らしい事は他にはない。
「こうなったからには、我々は家族と同じだ。穀物の件は、あたしに任せておけ。絶対に、必要量すべてを供給して見せる。本家の連中がなんと言おうとな」
どうやら、ロスヴィータ氏のおかげで食料の調達はなんとかなりそうな気配だ。あとは、どうやって輸送するかだが……こればっかりは、三者会談の結果次第だな。さてさて、正念場だぞ。