異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第249話 くっころ男騎士と聖人司教

 このところ、エルフとの交渉は外交戦の様相を呈している。まあ、戦争回避のための交渉だ。ある程度荒々しいものになるのは仕方のない話だろう。とはいえ、僕はあくまで軍人だ。しかも、出身は貧乏騎士家と来ている。政治や外交のノウハウなどまったく持っていない。

 こういう時は、専門家を呼んで手伝ってもらうに限る。そこで僕は、上司であるアデライド宰相にリースベンへ来てもらえないかと打診をしていたのだが……これがなかなかうまくいかなかった。

 何しろ王都はでは、四大貴族のうちの二つが反乱を起こすというとんでもない事件が起きたばかりだ。政界は荒れに荒れていた。今やガレア王国最大派閥となりつつある宰相派のトップとしては、なかなか辺境を訪れるような時間が作れずにいるのだ。

 

「どうもお久しぶりです、アルベールさん。それに、ソニアさんも」

 

 そこで代わりにやってきたのが、ガレア宗教界の大物フィオレンツァ司教である。彼女は宰相派閥の人間ではないが、僕の個人的な知己……というか、幼馴染だ。彼女も多忙な身であるというのに、僕の現状を知って助力を申し出てくれたのだ。正直、滅茶苦茶有難かった。

 いつもの青白の司教服に身を包んだ彼女は、その天使じみた愛らしい顔に友好的な笑みを浮かべつつ握手を求めてきた。翼竜(ワイバーン)に乗ってきたというのに、まったく平素通りの顔色をしている。彼女は自前の飛行能力を持つ翼人族だ。空の旅には慣れているのだろう。

 

「ご多忙のところ、本当にありがとうございます。フィオレンツァ司教様」

 

 その小さな手を握り返しつつ、僕は頭を下げた。本心からの言葉だ。なにしろ、星導教の司教というやつは実に偉い。世俗貴族でいえば、最低でも伯爵……場合によってはそれ以上に相当する役職なのだ。そして、パレア教区……つまり王都の教会を統括しているフィオレンツァ司教は、司教の中でもかなり上の方の序列だった。

 僕より三歳年下の彼女がいったいどうやってそのような要職に就いたのかは定かではないが、なんにせよそのような実力と権威を兼ね備えた大物がエルフに対する交渉の助力のためにわざわざやってきてくれたのだから、万の軍勢が増援にやってきたような頼もしさを感じる。

 

「大したものではございませんが、饗応(きょうおう)の準備をしております。さあさあ、こちらへ」

 

 時刻はすでに夕方、そろそろ空腹になってくるころ合いだろう。僕の提案に、フィオレンツァ司教はにっこりと笑って頷いた。そして、ちらりとソニアのほうを見る。この二人は昔から犬猿の仲……というか、ソニアが一方的に司教を敵視しているフシがある。案の定、彼女は獲物に飛び掛かる寸前の猟犬のような顔をしてフィオレンツァ司教を睨みつけていた。

 それはまあ、いつも通りなので気にするほどのことはない。しかし、司教のほうの反応はやや意外だった。少し驚いたような顔をしてから、さらにジルベルト(先ほどの件が尾を引いているのか、砂漠で日晒しになった葉物野菜のような有様になっている)の方まで見る。両者を交互に見た後、彼女は一瞬だけひどく妙な顔をして額に手を当てた。

 ……何が何だかわからないが、まずはメシである。僕もすっかり腹ペコになっていたし、ジルベルトの告白の不発でもやもやとした気分も抱えていた。こういう時は、酒とメシで脳みそを誤魔化すに限る。

 

「なるほど、おおむね事情は理解いたしました」

 

 それから一時間後。領主屋敷のダイニングルーム。食事をしつつ現状の説明を受けていたフィオレンツァ司教は、そう言って頷いた。むろん彼女とは頻繁に手紙で情報のやり取りをしていたが、やはり文章よりも直接話したほうがわかりやすいものである。

 

「アルベールさんとしては、エルフたちとは積極的に融和を図りたいと考えているわけですね?」

 

「はい、その通りです」

 

 僕は頷いてから、酒杯に入った赤ワインで喉を潤した。大切なお客さんとの会食ということで、今日は手持ちの中でも一番いいワインを出している。なにしろ僕の先ほどの件でだいぶ精神がささくれだっていたので、やけ酒の勢いで酒杯の中身を口に流し込んだ。司教は一瞬心配そうな顔をしてから、すぐに笑顔を取り繕いなおして自らもワインを飲んだ。

 

「……大変良い香りのワインですね。さすが、アルベールさんはお酒の趣味が良い」

 

「いや、そんな。僕は酒精が入っていればそれで良いような、あまり趣味のよろしくないタイプの酒飲みですから」

 

 ……気を使わせてしまっちゃったか。なんだか申し訳ない心地になりつつ笑いかけると、隣の席に座ったソニアがこっそりと僕の膝を叩いた。彼女の方に視線を向けると、油断するなといわんばかりの表情をしている。……なんでここまでフィオレンツァ司教を嫌ってるんだろうな、ソニア。アデライド宰相に対するものよりもさらに態度が厳しい気がする……。

 

「こほん……ええと、それでは、本題に入らせていただきましょう。司教様をお呼びたてしたのは、他でもありません。エルフに対する交渉に御助力願うためです」

 

「ええ、承知しておりますよ。なかなか、手ごわい相手とか」

 

 頷きつつ、フィオレンツァ司教は酒杯を揺らしてワインの香りを吸い込んだ。

 

「……そのとおりです。エルフたちは、確かに蛮族とそしられても仕方のないような気質をしています。しかし、誇りに準じる気高さや、様々な道具を独自に開発する知恵も持っているのです。敵に回すよりも、味方としたほうが余程このリースベンの利益につながるものと確信しております」

 

 今回の会食に、エルフ関係者は一人も参加していない。だから、僕は率直な意見を言葉にした。フィオレンツァ司教はふむと頷いて、上品な所作でワインを飲む。可愛らしい少女のようにしか見えないフィオレンツァ司教だが「そんな、うふふ」、お酒はなかなかいける口なのである。

 ……こちらの内心を読み取ったようなタイミングで、フィオレンツァ司教が嬉しそうに笑っている。相変わらず、チートじみた人間観察能力だな。ほとんど読心術とかそういうレベルじゃん……。

 

「わたくしとしては、アルベールさんの方針に賛成ですね。たとえ不倶戴天の敵であっても、手を握り合う未来を目指すべきである……。それが極星様の教えですから」

 

「むろん、万一の事態には備えるべきですが」

 

 ムッスリとした様子で、ソニアがそう主張した。

 

「まあ、戦いはわたくしの得手とするところではありませんから……その辺りに関しては、アルベールさんやソニアさんにお任せいたします。しかし交渉に関しましては、どうぞわたくしをお頼りください。微力ではございますが、アルベールさんのお役に立てるよう粉骨砕身努力いたしますので」

 

「そんな、微力などと」

 

 謙遜にしても、あんまりである。交渉事に関しては、僕よりも何倍も優秀な方だからな。

 

「もうすぐ、エルフの二大勢力のトップとの直接会談が予定されています。その時には、どうぞよろしくお願いいたします。頼りにしておりますよ、司教様」

 

「ええ、お任せを」

 

 フィオレンツァ司教はにっこりと笑い、ぐっと拳を握り締めて見せた。……ううーん、めっちゃカワイイ。

 

「うふ、うふふ。アルベールさん、そんなにわたくしを喜ばせて、もうっ!」

 

 うわあ、また心を読まれた!


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