異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
応接室で待っていたのは、同性のワタシでも感嘆しそうになるほどの美しい少女だった。直視することすら憚られるような整った容姿に、輝かんばかりの金の髪。とてもじゃないが、蛮族には見えない。正直、かなり面食らった。ただ、問題が一つ……。
『なんじゃこんわろは、ハトの鳥人か? いや、腕も生えちょっぞ。見たことん無か種族じゃろうか』
思考の訛りがキツい! 半分くらいしか意味が読み取れない! ど、どうしよう……ワタシのアドバンテージの六割くらいが消し飛んでないこれぇ……? 暗号言語でも使われてるような気分なんだけどぉ……。
「こちらは、当家の食客のリケ・シュラント氏です。……リケ、この方はパレア市……僕たちの国の都で星導教の教区長をされている、フィオレンツァ・キルアージ様だ」
そんなこちらの内心には気付いていない様子で、パパがエルフを紹介してくれる。こういう場合には、仲介者がお互いの紹介を行うのがガレア貴族のマナーだ。
「リケ・シュラントです。よ、ヨロシクおねがいします」
『食客! 物は言いようじゃな。今ん
ひどく読みづらい思考と共に、リケとやらが手を差し出してくる。ワタシは己の内心をおくびにも出さず、にっこりと笑って握手に応じてやった。
「フィオレンツァ・キルアージです。お会いできて光栄ですわ、リケさん」
このエルフ、心の声はひどく訛ってるけど、言葉遣いの方は(ちょっとぎこちないけど)ガレア風ね。思考が読みづらいからちょっと確証が持てないけど、どうもこの頃ガレア言葉を覚えるために自主的に猛勉強してるみたい。
「ど、どうも……」
頭を下げてから、リケは慌てた様子でパパに身を寄せて小さな声で聞いた。
「教区長とか司教とかようわからんのじゃが、偉かお方なんか?」
「偉い人だよ。部下の数なら僕の十倍以上いるんじゃないかな……」
「ひぇっ……」
まあ、確かに部下の数はそれなりに居るけどさあ……結局、親(とは認めがたい血縁がつながってるだけの女)のコネと能力を生かした脅迫で成り上がった立場だしねぇ。あんまり、胸を張りづらいのよねぇ。自らの知識と才覚で出世してるパパのほうが、百倍えらいわ。
それに、惚れた弱味ってのもあるしねぇ。パパに頼まれたら、部下くらいいくらでも貸すし。職権乱用しまくりよぉ、もう。伊達や酔狂で生臭不良聖職者やってるわけじゃないのよ、ワタシも。
「そう緊張する必要はありませんよ。わたくしは、あくまでアルベールさんのお友達としてここにいるのです。同じくアルベールさんのお友達であるあなたに偉ぶって見せるほど、恥知らずではありませんもの」
有象無象にどんな態度を取られたって、気にならないしねぇ。
「そ、そうですか。あいがとごわ……ありがとうございます」
頭を下げるリケに、ワタシはにっこり笑い返した。……しかし、物騒な前評判のわりに普通に話が通じるわね、この女。いやまあ、なんかの拍子に逆鱗に触れたら、問答無用で切りかかってくるんだろうけど。
まあ、この辺りはパパの作戦勝ちみたいなところもあるかもね。徹底的に相手から攻撃性を削ぎ落すような対応を、意識して行ってたみたいだし。エルフと共存するためのテストを、このリケとやら使ってやってたんでしょうねぇ。
「それでその……そのような高貴なお方が、私ごときになんの御用でしょうか?
『話せっことは全部話してしもたせいで、もう尋問んネタがのうなってしもた。困った、こんままでは耳かきしてもれんくなっ……』
えっ、このエルフ、パパに耳かきしてもらってるの!? うらやましいいいいっ! ワタシはもう何か月もしてもらってないっていうのにさあ! ……ううううーっ! なんとか、リースベンに滞在している間に一回くらいはやってもらおう。でも、そうなるとソニアが邪魔よねぇ。どう考えても邪魔してくるだろうし……。アイツがダウンしている今がチャンスかな?
しっかし、このエルフもすっかりパパに魅了されてるわねぇ。流石の人心掌握術だわ。なんとか、ワタシもこういう真似が出来るようになりたいけど……催眠やら読心やらを駆使しても、なかなか難しいというのが現状なのよねぇ。
「いえ、いいえ。そんなことはありませんわ。わたくしがお聞きしたいのは、エルフの風俗や宗教に関してです。わたくしの役割は、ガレア王国とエルフェニア帝国の橋渡しの一助になることですから」
「な、なるほど」
『こん腕付き白ハト女、
あ、一瞬で目論見がバレた。実際、ワタシの目的はエルフに対する布教で間違いない。とはいっても、別に『世界の
今後のことを考えれば、パパの資金はできるだけ温存しておきたいのよね。この手は、そう悪いプランではないと思う。エルフたちが宗教戦争を起こすリスクも無くはないけど……星導教は異教に対してはかなり穏健(代わりに異端に対しては異様に苛烈だ)で、なんなら
まあでも、ワタシも藪をつついて蛇は出したくないからねぇ。リースベンで宗教戦争とか、本当にシャレにならない。布教に対する抵抗が大きそうなら、このプランを廃案にすることも考えてはいる。……それを調べるために、わざわざこの元捕虜のエルフに会わせてもらってるわけだし。
「とくに気になるのは、エルフの宗教です。あなた方は、どのような信仰を持たれているのでしょうか? いち聖職者としては、非常に気になるところですね」
しっかし、案外頭の回転は速いわねえこいつら。雑兵でこれなら、首領のダライヤとやらはどれほどのものか……ちょっと怖くなってきたなぁ。相手は年齢四桁オーバーのババアでしょ? 知謀戦では勝てる気がしないなあ……。
最悪、この魔眼についても見抜かれてしまう可能性もある。永いこと生きていたら、ワタシの同類と出会った経験もあるかもしれないしね……。眼帯を特別製のものに変えて、あえて読心能力を封じておくのもアリかな。どうせ、訛りのせいで思考は半分くらいしか理解できないし……。
「信仰ですか……」
『やっぱいそげん話か。アルベールどんも面倒な人を連れてきたもんじゃな。坊主ん話はしゃらくせぇで好かん』
あ、かなりイヤそう。でも、感触としては悪くないな。異教の聖職者を相手に、憎悪でも嫌悪でもなくまず面倒という感想が出てくるあたり、そこまで宗教に熱心ではない証拠ね。
別に、ワタシとしても本気でエルフたちに星導教を広めたいわけじゃないしねぇ(というかワタシ自身、星導教なんて道具としか思っていないワケで……)。なあなあでいいのよ、こんなのは。形ばかりの洗礼さえ済ませてしまえば、あとはこっちでなんとかできるからね。
「まあ、大したものではありませんが……獣を狩ったり、芋を掘ったり、人が死んだりした時は手を合わせて拝んだりするくらいで」
「ほう」
何に対して拝むのだろうか? 神? 精霊? あるいは祖霊? そのあたり、根掘り葉掘り聞いておかないとね。火種になりそうな部分は徹底的に潰しておかなきゃマズい。王都みたいなトラブルは、もう二度と起こしたくないからねぇ……。