異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第255話 くっころ男騎士と船旅

 河川舟艇マイケル・コリンズ号はエルフェン河の流れに乗り、ゆっくりと進んでいく。"新"の集落があるのは川下だ。帆や(オール)を使わずとも、川の流れが勝手に目的地に連れて行ってくれる。

 ……行きは楽でいいんだけど、帰りは流れに反して進むことになるからかなり大変なんだよな。人力や馬なんかで強引にけん引して進むしかない。自前のエンジンを持った現代舟艇のような自在な運用は難しいのである。

 

「進めども進めども森ばかりだなあ」

 

 マイケル・コリンズ号の上甲板で、僕はぼんやりとしながらつぶやいた。出航してから半日が経過したが、カルレラ市周辺の田園地帯を抜ければあとは森と山しかないのがリースベンという土地である。どっちを向いても一面のクソミドリなのだから、あまり景色を楽しむという気にもならない。

 

「歩いていくよりは随分と時間の短縮が出来るはずだが……さて、到着まではどれくらいかかるかな」

 

 カルレラ市から"新"の集落(ルンガ市というらしい)までは、徒歩で三日の旅程である。ただし、カルレラ市・ルンガ市間には街道は結ばれていない。ほとんど手つかずと言っていい原生林を踏破する必要があるわけだから、当然余計な時間がかなりかかるわけだ。直線距離で考えれば、両市は大して離れていないはずである。

 

「あてもこげん船を使うたぁ初めてっじゃっでようわかりもはんが、丸一日程度で到着すっとじゃらせんかと」

 

 そう答えたのは"新"の連絡員、カラス鳥人のウル氏であった。彼女は大きな木箱に腰を下ろし、心地よさげな表情で頬に当たる風を楽しんでいる。南国リースベンもすっかり秋が深まり、ずいぶんと涼しい風が吹くようになっていた。

 

「なるほど。まあ、仕方がない話だが……一回は、船上で夜を明かす必要がある訳か」

 

 僕は小さく唸った。現状の旅路は平穏そのものだが、反"正統"派の妨害が予想されている以上、あまり油断もできない。いつ襲撃があるのかわからないので、なかなかに神経を削られる。

 僕は小さく息を吐いてから、背後を振り返った。そこには、回転式の砲架に収められた小ぶりな大砲があった。マイケル・コリンズ号の主砲、試製五七ミリ速射砲である。王都内乱でも活躍した八六ミリ騎兵砲もたいがい小さな大砲だったが、さらに小型のチビ大砲だ。そして、異なるのは大きさだけではない。砲身の材質は青銅ではなく鉄……それも鋼製だし、砲尾には大きなハンドルが取り付けられていた。

 この試製五七ミリ速射砲は、砲口ではなく砲尾から弾を装填する後装式という方式を採用していた。そのため発射速度は従来の大砲を大きく上回り、理論上はこの砲一門で従来砲四門に匹敵する火力を持っている。まったく素晴らしい、新世代の大砲だった。……スペックデータ上では、の話だが。

 しかし、所詮は新兵器だからな。正直な話、僕はコイツをまったく信頼していなかった。なにしろこの後装砲、開発段階では頻繁に砲身の破裂事故を起こしたいわくつきの代物だ。一応その問題は解決しているという話だが……事故ってやつは最悪のタイミングで起こるとしたものだからな。警戒は必要である。

 

「アルベールどんが不安に思うことはなか。不埒な輩がでたや、我々が追い払うてやる。安心せぇ」

 

 などと胸を張りつつ言うのは、甲板上で警備に当たっていたエルフ兵だ。彼女は革鎧の上からポンチョを着込み、弓矢や木剣で完全武装している。同様の格好をしたエルフは、周囲に何人もいた。

 彼女らは、"新"から派遣されてきた護衛たちだ。どうやらダライヤ氏は先日の襲撃をかなり重く見ているらしく、護衛の人員を大幅に増やしてきたのである。エルフによる妨害はエルフ自身の手で跳ねのける、という気概の表れらしい。

 

「頼りにしてるぞ、君たち。そのかわり、メシは腹いっぱいになるまで出すからな。どうか期待してくれ」

 

「おう、任せとけ!」

 

 ドンと(エルフ特有の薄い)胸を叩き、エルフ兵はガハハと笑った。黙っていれば妖精のような幻想的な美しさを持つ種族なのに、彼女らはいちいち豪快である。ギャップがスゴイ。

 しかし、確かにエルフ兵は頼りになるが……"敵"が"新"内部に居る以上、彼女ら護衛人員の中に裏切り者が潜んでいる可能性はそれなりにあるんだよな。獅子身中の虫ってヤツだ。警戒を緩めるべきではないだろう。

 やはり、こういう時に一番頼りになるのは信頼のおける身内だろう。僕はちらりと、後ろに控えるソニアの方を見た。ここ数日不調続きだった彼女だが、流石に回復したらしく顔色は平素通りに戻っている。

 

「……」

 

 彼女は背中の愛剣の柄をぽんと叩き、頷く。彼女はガレア王国でも一、二を争う腕前の剣士だ。それほどの騎士が護衛に当たってくれているのだから、その安心感は尋常なものではない。

 安心感と言えば、あのニンジャ集団はどうしているんだろうか? 助太刀のお礼に昼食をご馳走してから、一度も姿を見ていないんだが……まだ僕を護衛する任務を続けているのだろうか。まったく、本物の忍者のように謎めいた集団である。

 

「じゃっどん、良か季節になったね。あては暑いの(ぬっかと)は好かん。ずっとこげん気候ならよかんどん」

 

 などと考えていると、ウル氏が世間話を振ってきた。確かに、良い気候である。太陽は相変わらずギラギラしているが、風は涼しいので汗ばむこともない。……季節的には、そろそろ晩秋なんだがな。王都なら、すでに冬服に衣替えをし始める時期だ。流石は南国……。

 

「しかし、聞いた話ではリースベン……エルフェニアの秋は短いそうだな。あっという間に冬になってしまうとか」

 

「そうじゃなあ。リースベン(・・・・・)の冬は、案外さんかど。冬支度には手を抜かん方が良か」

 

 こっちがわざわざエルフェニアと言い直したのに、あえてリースベンと言うあたりなんだか確信的なものを感じるなあ……。やっぱり、ウル氏らはエルフェニアを捨ててこっちにつく気なのではなかろうか? この会談が終わったら、そろそろ真意を確かめたほうが良いかもしれない。

 本当に鳥人衆がこちらの陣営に鞍替えするなら、大歓迎なんだよな。彼女らは翼竜(ワイバーン)よりも随分と小回りが利くし、数も多い。これは偵察や哨戒といった任務にはもってこいの特性だ。将来的には、空中からの弾着観測(文字通り、大砲の着弾を観測する任務。砲兵はこの観測結果をもとに照準を修正し、正確な射撃を行う)なんかも可能になるかもしれない。

 

「……寒いのは嫌いだ。まあ、我が故郷ほどではないだろうが」

 

 ソニアが憮然とした表情で呟いた。彼女の故郷、ノール辺境領は極寒の地だ。真冬ともなれば完全に氷雪によって閉ざされ、生半可な服装で外出しようものならあっという間に凍死する。寒さに弱い竜人(ドラゴニュート)にはあまりにも辛すぎる土地だった。

 僕も子供のころに何度かあそこで冬越しする機会があったが、寒すぎて顔面蒼白になったソニアが四六時中密着してくるものだからひどく参った。どうやら、ノール辺境領の竜人(ドラゴニュート)には只人(ヒューム)を湯たんぽがわりに使う文化があるらしい。性癖がおかしくなるからマジでやめてほしいだろ……。

 

「ソニアどんの生国は北ん方じゃっとな?」

 

「北も北、ガレア王国の最北端だ。今頃の時期には、すでに雪で真っ白に染まっているくらいの場所だぞ」

 

「ひえ、雪」

 

 エルフ兵がぶるりと体を震わせた。

 

「こっちじゃ山ん上くれでしか降らんぞ、そげんもんな」

 

「なんだ、寒いと言っても大したことはないではないか、リースベンの冬は」

 

 ドヤ顔でそんな宣言をするソニアだが、彼女はかなりの寒がりなので初雪が降る遥か前から着ぶくれしてモコモコの状態になっているのが常である。エルフたちにマウントを取れる立場ではないと思う。

 

「しかしソニア……」

 

 ちょっとばかりからかってやろうと、僕が口を開いた瞬間だった。大きな足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。僕は反射的に腰のサーベルの柄を握りつつ、そちらへ顔を向ける。いよいよ襲撃が来たのか、そう思ったのである。

 

「……ッ!」

 

 が、そこに居たのは顔を真っ青にして口元に手を当てたフィオレンツァ司教だった。彼女はひどく慌てながら船べりに駆け寄り、水面へ向けて嘔吐した。

 

「う、うぇ、おろろ」

 

「ワァ……」

 

 襲撃ではなかったが、大事には変わりない。僕はあわてて彼女に駆け寄って背中をさすり、ポケットから出したハンカチで口元を拭いてやった。フィオレンツァ司教の顔色は、ほとんど土気色になっている。

 

「だ、大丈夫ですか? フィオレンツァ様」

 

「う、うう……大丈夫です……星導教の聖職者が船酔いとは、情けな……オエーッ!」

 

 言葉の途中で再び吐き気が来たらしく、彼女はとんでもない表情をしながら再び水面に向けてリバースした。だ、大惨事……。

 実のところ、嘔吐祭りになっているのはフィオレンツァ司教だけではない。エルフ兵も、そしてこちらのリースベン兵も、船旅は初めてというものがそれなりに多いのである。当然、結構な数の人間が船酔いでダウンしている。そういう連中があちこちで吐きまくっているものだから、船上にはすえたような臭いが漂っていた。

 こんな死屍累々の状況で襲撃を受けたら、本気でシャレにならないんだよな。何事もなく終わればいいんだが……経験上、だいたいこういう時には悪いことが重なるものだ。今のうちに、戦闘準備を整えておこう……。


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