異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第261話 くっころ男騎士とエルフ帝都

「ほう……ここがルンガ市、新エルフェニア帝国の都……」

 

 昼過ぎ。僕たちは、予定通りルンガ市に到着した。この街はエルフェン河に面した場所にあり、小規模ながら川港も作られている。そのため、マイケル・コリンズ号で直接乗り付けることができるのだ。

 なんでエルフたちの町に川港があるかといえば、漁業の為らしい。エルフェン河は大きい魚はほぼおらず、最大でも大人の小指くらいの大きさにしかならない貧相な小魚が少しだけ泳いでいるような有様なのだが……そんな小魚でも、エルフたちにとっては重要な食料源なのだという。

 

「なるほど、巧みな擬装ですね」

 

 周囲を見回しながら、ソニアが言う。ルンガ市の港はマングローブによく似た(もっとも、エルフェン河は淡水なので正確に言えばマングローブではないが)水没林の中に設けられており、周囲はもちろん上空から見ても容易にはその位置が露見しないように工夫されている。流石にマイケル・コリンズ号ほどの船を隠すのはムリみたいだが……丸木舟程度ならば、十分隠せるだろう。

 

「まるで隠し砦だな……」

 

「明らかに戦時を想定した設計です。流石というほかありませんね、いくら探してもエルフの集落が見つからないはずだ」

 

 ソニアとそんな会話をしつつ、粗末な浮橋を渡って地面に降り立つ。真っ青な顔をしたフィオレンツァ司教が、「まだ地面が揺れてるような気がするぅ……」と情けない声で呟いた。な、なんだか申し訳ないな、僕が同行を頼んだばっかりに、こんなに衰弱しちゃって……。

 

「よ、ようこそ、皆の衆」

 

 そこへ、ダライヤ氏が出迎えにやってきた。"新"の皇帝という本来の身分が露見した後も、彼女は相変わらず地味なポンチョ姿だった。事情を知らない人間が見れば、彼女が一国家の長だとはとても思わないだろう。……まあ、そもそもエルフたちの現状を思えば、長とはいえ身を飾り立てるような余裕はないのだろうが。

 

「不逞の輩に襲われたと聞いたが、大丈夫かの……?」

 

「けが人は少し出たが、問題ない」

 

 どうやら、我々が襲撃を受けた件はもう知っているらしい。ダライヤ氏の愛らしい顔には、冷や汗が浮かんでいた。この人も、本当に大変だよなあ。エルフ族全体のことを思って行動してるのに、当のエルフたちがまったくいうことを聞いてくれないんだからさ……。

 

「しかし、見ての通り我々は慣れない船旅と水上戦闘で少々疲れていてね、休ませてくれると有難いんだが……」

 

「も、もちろんじゃ! もてなしの用意もしておる。ついてきてくれ」

 

 そう言って、ダライヤ氏は森の奥を指さした。……もてなしと言われても、こっちの人員は半分以上が船酔いでダウンしてるんだよなあ。ごちそうを出されても、たぶん食べられないな……。

 それから十分後。僕たちはルンガ市の市街を歩いていた。……都市だの市街だのと言っても、実際のところ外見上は"正統"の隠れ里と大差ない。粗末な竪穴式住居が巨樹に寄り添うように建てられており、当然ながら舗装路の類もない。ひどく粗末で原始的な集落だ。

 しかし、"正統"の集落でも思ったが、エルフの町はどこも徹底的に擬装されてるな。わざわざ巨樹にくっつくようにして建物を作っているあたり、おそらく意識的なものだろう。航空偵察を避けるための工夫だ。建物は原始的なのに、その設計思想は異様に現代的だ。ここまで徹底して対飛行兵を意識して建設された都市など、ガレア王国や神聖帝国にもまずないだろう。

 

「それで……我々を襲った連中は、何者なのだろうか?」

 

 町の様子を観察しつつ、僕は先導するダライヤ氏に質問した。僕の視線の先には、釣鐘型の深笠を被った不審者……虚無僧エルフの姿がある。先日の襲撃時にも目にした連中だ。彼女らは今のところ遠巻きに我々を眺めているだけで、襲い掛かってくる様子はないが……やはり不気味ではある。

 まあ、聞いた限り虚無僧ファッションは一定年齢未満のエルフたちの標準的な装いらしいからな。虚無僧エルフが全員敵という訳ではないはずである。……たぶんね。

 

「調査中じゃ」

 

 ダライヤ氏の返答は端的だった。そして僕たちの方を振り返り、ひどく申し訳なさそうな表情で頭を下げる。

 

「いや、煙に巻こうとしておるわけではないのじゃ。ただ、どいつもこいつも調査に非協力的でのぅ……一朝一夕には、なんともならんのじゃ。必ずや真相は伝えるゆえ、今少し待ってほしい」

 

「そうか……わかった」

 

 そう言われてしまえば、僕としては頷くほかない。そりゃ、襲撃を受けた身としては思うところがないわけではないが……ダライヤ氏に詰め寄ったところで何の意味もないからな。

 現状"新"で最もこちらに友好的な人間であるダライヤ氏に、あまり圧力をかけるわけにはいかない。彼女が失脚した場合、次の"新"のトップが穏健な人物だとは限らないからだ。過激派の元締めという噂のヴァンカ氏などが新皇帝に就いたりした日には、目も当てられない。

 

「一応、こちらでも調査はしているがね。やはり、国も種族も違う以上はなかなか上手くいかない。出来るだけ早く真相を明らかにしてくれると嬉しい」

 

 実際、僕たちも調査自体はしてるんだよ。先日手に入れた捕虜を尋問したりしてな(ちなみに、今朝の襲撃では捕虜は得ていない)。しかし、はっきり言って捕虜尋問も上手く行っていないというのが実情だった。

 別に、捕虜たちの口がやたらと固いとか、そういうわけではない。むしろ、男娼を用いた懐柔工作により、彼女らはペラペラなんでも喋るようになっていた。……だが、虚無僧エルフたちは所詮鉄砲玉である。まともな情報など、与えられているはずもなかった。

 『カゴ一杯ぶんのイモをやるから、リースベンに潜入して領主にヤジリのついていない矢を射かけてこい』……そう言われて、カルレラ市の近郊へ潜伏していたらしい。サツマ(エルフ)芋ひとカゴぶんの報酬で他国の領主を襲うのか、エルフどもは……。

 そんな雑な刺客でも、カラスやスズメの偵察兵が居ればある程度的確なタイミングで襲撃を仕掛けられるのが恐ろしい。エルフ式戦術の神髄は、高度な空陸協同にあるのだ。

 

「無論じゃ」

 

 コクコクと頷くダライヤ氏の顔色は、いまだ船酔い状態から回復していないフィオレンツァ司教と大差ないほど悪かった。この人も、たいがい可哀想だよな。ここまで上意下達の上手くいってない組織のトップなんて、貧乏くじ以外の何物でもないだろ。

 ため息を吐きたい心地で、僕は周囲をうかがった。僕たちの周りには、たくさんの野次馬が居る。エルフにカラス鳥人やスズメ鳥人、変わったところではクモ虫人(アラクネ)まで居る。ガレア王国ではあまり見ない人種のオンパレードだ。

 この中に、新たな襲撃者が居たらどうしようか。一応、僕たちの周囲は陸戦隊やエルフ護衛兵が固めているがね。しかしこのごろ襲撃続きだから、どうも警戒してしまう。

 

「男や、若か男がおっど」

 

「なんで戦装束を着ちょっど、女装趣味ん変態か?」

 

「とんでんなかスキモノじゃな。スケベや……」

 

 そんなこちらの懸念とは裏腹に群衆は好き勝手なことをいい合っていた。誰が女装趣味の変態じゃ! この世界では甲冑着てるだけで女装扱いされるから本当に困る。スオラハティ辺境伯は、良く似合ってると褒めてくれたのになあ……。

 

「……見えてきたぞ。あれが我が新エルフェニア帝国の元老院じゃ」

 

 内心ぶつぶつと文句を言っているうちに、いつの間にか僕たちは町の中心部にたどり着いていた。ダライヤ氏の指さした先には、大きな竪穴式住居があった。……そう、ただ大きいだけの竪穴式住居だ。これが元老院かぁ……いや、僕の住んでる領主屋敷も大概だけどさぁ。

 

「一応、饗応の準備もできておる。粗末な家じゃが、まあくつろいでくれるとうれしい」

 

 情けない笑みを浮かべながら、ダライヤ氏はそう言った。彼女は旧エルフェニアが崩壊する遥か前からこの国に居るわけだからな。自国の現状を、恥ずかしく思っているのだろう。……ううーん、本当に可哀想だなあ。できれば彼女の力になってやりたいが……ううーむ……。


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