異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第267話 くっころ男騎士と未亡人エルフ(1)

 会議はその後夜まで続いたが、予想通りほとんど進展はなかった。さっさとこの内乱から足ぬけしたい"正統"と、戦争継続を望む"新"の過激派たち。まあ、そりゃそうだよな。"新"のほうが圧倒的に戦力で勝ってるわけだし、勝てる(と思っている)戦争を中途半端な形では終わらせたくないのだろう。

 "新"の継戦派と和平派の比率は、七対三といったところだ。圧倒的に継戦派が多いように見えるが、この中には周囲の意見に同調しているだけの風見鶏や、穏健な意見を出して弱腰扱いされるのを恐れているだけの者も居るだろう。そう言った層を取り込めば、五分五分くらいには持ち込めそうな気がするんだが……。

 

「ふぅ……」

 

 元老院の外に出た僕は、小さくため息を吐いた。交渉が上手くいかないこと事態は予想していたが、やはりいい気分はしない。精神的に、随分と疲労してしまっていた。

 野外は既に真っ暗で、只人(ヒューム)の僕には数メートル先も見通せないほどだった。なにしろこの集落は木々の影に隠れるような形で建設されているので、村の中には星明りすら届かないのである。ランタンなどの灯りが無ければ、散歩もままならないような状態だ。いや、物騒だからしないけどね、散歩なんて。

 はあ、しかし疲れたな。煙草の一本でも吸いたい気分だ。残念ながら、転生してからこちら禁煙続きなので煙草の持ち合わせは無いが。酒で我慢するかね? いや、過激派どもがまた襲撃を仕掛けてくる可能性もある。すでにかなりの量のアルコールは摂取しているのだから、これ以上の深酒はやめておいた方がいいだろう。

 

「……お疲れのようだな、ブロンダン殿」

 

 何とも言えない心地で夜風に当たっていると、闇夜の中から何物かが現れてそう言った。背後に控えていたソニアが剣の柄に手を伸ばし、スッと僕の前に出ようとする。だが、僕はそれを手で抑えた。

 

「交渉相手がなんとも手強くてね、弱っているんですよ」

 

 僕はそう言って、相手に笑いかける。そこに居たのは、ポンチョ姿のヴァンカ氏だった。こちらと違い、護衛の類は伴っていないように見える。おそらく、攻撃を仕掛けにきたわけではないだろう。……まあ、周囲は真っ暗だから、伏兵がいてもたぶんわからないんだけどな。

 しかし、ヴァンカ氏はどういう目的でこちらに声をかけてきたんだろうな? いくらなんでも、世間話をしにやって来た訳ではあるまい。やっぱり、警告かね。まあ、油断はしないほうが良いだろう。なにしろ彼女はダライヤ氏並みの年寄りだという話だ。とんでもない奇策や陰謀を腹の中に秘めている可能性もある。

 

「エルフを相手に交渉をしようというのが、まず間違っているのだと私は思うがね。……これは脅しではなく本心からの忠告だが、君たちリースベンは我々に関わらないほうが良い。無用な被害を受けるだけだ」

 

 脅しではないと言っているが、直球の脅迫に聞こえちゃうなあ……。僕は少し笑って、視線を遠くにさ迷わせた。かがり火一つ焚かれていないエルフの村は深井戸の底のように真っ暗で、何も見通すことはできない。

 

「そういう訳にはいかないんだ。あなた方が延々と戦い続けていると、こちらまで迷惑を被ることになるからな」

 

 工業と商業を軸にリースベン領の発展を目指す僕とアデライド宰相の計画において、物流と食料生産を脅かすエルフたちの存在はかなりの脅威だ。彼女らには可及的速やかに大人しくなってもらわねば困る。

 それに、"新"は千人以上の兵力を持っているという話だからな。彼女らが"正統"を倒し、残った戦力がすべてこちらを向くような事態は避けたい。リースベン軍には僅か数百名の兵力しかないんだからな。

 もちろんガレア本国の援護がある以上、我々単体でエルフに対処するわけではないのだが……なにしろリースベンはド辺境だ。王国軍が到着するまでには、かなりの時間がかかる。本格的な戦争が始まった場合、最低でも一か月は独力で対処する必要があった。

 

「……心配することはない」

 

 思いのほか優しい声でそう言ってから、ヴァンカ氏は薄く笑う。元老院から漏れ出す微かな光に照らされたその笑みは、ぞっとするほど凄惨だった。

 

「そう遠くない未来、我々は滅ぶ。そうすれば、このエルフェニア……いや、リースベンはすべて君たちのものだ。……ああ、沿岸部は別だがね? あそこは、人魚の土地だからな……」

 

 え、人魚とか居るの、リースベン。海の蛮族の代表選手じゃん。厄介だなあ……。いや、いや。今はそんなことを考えている場合じゃないわ。いきなりとんでもない事を言い放ちやがったなこの未亡人。

 

「……ほう。なかなか刺激的な言い草だな」

 

「事実を言っているまでだ」

 

 薄く笑ったまま、ヴァンカ氏は持っていたワインをラッパ飲みした。お上品な貴婦人といった風貌の彼女だが、蓮っ葉な動作が妙に様になっている。

 

「……他の何よりも名誉ある死を望むのがエルフという生き物だ。……外国(とつくに)には集団で自死するネズミが居ると聞いたことがあるが、エルフもそのネズミと変わらん」

 

「レミングか……」

 

 北方に生息するネズミの一種、レミングは集団自殺を行うという伝承がある。まあ、これはあくまで俗説のようなもので、実際はたんに移住目的の大移動中に事故で海に転落する個体が居るだけという話だがね。

 ……しかし、この世界におけるレミングの生息地は、ガレア王国最北端のノール辺境領が南限だ。南方のリースベンに住むヴァンカ氏が、よく知っていたものである。昔のエルフは案外に外部とも積極的に交流していたのかもしれないな。

 

「この"死の行進"に巻き込まれれば、貴殿らもタダではすまないだろう。事が収まるまでは、遠くへ退避することをオススメする。……なあに、そう長くは待たせないだろうさ」

 

「……」

 

 つまり、余計な手を出すなと言いたいわけか、この未亡人は。確かにまあ、事実としてエルフは滅亡寸前だ。そのまま放置していたら、大半の者は数年で餓死するのではないだろうか? それを待つというのも、戦術としては間違っていないのかもしれない。

 ただ、このプランの場合、どう考えても末期状態に陥ったエルフが野党化するんだよな。統制の取れていない小集団なら、まあ撃退は難しくないだろうが……それでも、少なくない被害を受けるのは間違いない。

 

「残念ながら、そういうわけにはいかないんだ。僕の仕事は、市民の安全と財産を守ること。タチの悪い野盗や山賊が大発生するような事態は、絶対に防がねばらない」

 

「そうか」

 

 ヴァンカ氏は何とも言えない表情で、首を左右に振った。本気で残念そうな様子だった。僕は少し考えて、ソニアのほうをチラリと見る。彼女はヴァンカ氏に聞こえないような小さな声で、「歩み寄りは難しそうですね」と囁いてきた。

 

「ただ、まったく話し合いの通じないタイプというわけじゃなさそうだ。ここは一つ、懐に飛び込んでみよう。護衛は任せて大丈夫だな?」

 

「……お任せを」

 

 ソニアがコクリと頷くのを見てから、僕はヴァンカ氏に笑みを向けた。

 

「……だが、こちらに事情があるように、そちらにも事情があるのだろう。落ち着ける場所で、いろいろ話を聞かせてもらっても良いだろうか?」

 

 和解はムリでも、せっかくの機会なのだから情報収集くらいはしておきたい。今のところ、ヴァンカ氏の真意は不明だからな。このあたりをキチンと理解しておかないと、相手の出方を見誤る可能性が大きくなってしまう。

 

「まあ、いいだろう……だが、一つ聞きたい。レマ・ワインという銘柄の葡萄酒を探している。持ち合わせはあるか?」

 

 レマ・ワイン。聞き覚えのある銘柄だった。リースベンから最も近いガレア王国内の街、レマ市で作られているワインだ。 ただ、レマ・ワインはガレア王国全体で見れば無名と言っても差し支えの無い零細産地で、マズくはないが特別ウマいわけでもない。そのため、この宴会では他の有名産地の銘柄を選んで提供していた。こちらにも見栄があるからな。

 

「ああ、あるとも。……もしや、亡くなった御夫君の?」

 

 そんなあえて避けていたレマ・ワインを欲しがるというのだから、それなりの事情があるはずだ。そしてレマ・ワインは、産地が近所ということもありリースベンではもっとも一般的に出回っているワインだった。亡くなったというヴァンカ氏の夫がリースベンの出身だったとすれば、もっとも飲みなれている酒だと考えて良い。

 

「……そうだ。彼は、ことあるごとにレマ・ワインがまた飲みたいと言っていた。しかし、このエルフェニアではそのようなものはなかなか手に入れることができない。結局、一滴も飲ませてやることができないまま……あいつは……」

 

 そう語るヴァンカ氏の声は、若干湿っているようだった。彼女はいまだに、夫の死から立ち直れていないのかもしれない。

 

「……なるほど、承知した。そういうことならば、すぐに用意させよう」

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