異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第271話 くっころ男騎士と愚痴大会

 朝食の後は、再び会議である。比較的スムーズに進んだ交流会から一転、こちらは荒れに荒れた。この内乱から一秒でも早く足抜けしたい者と、自分たちが滅びることになろうとも相手を殲滅したい者。この両者の溝が、そう簡単に埋まるはずもない。……戦争は始めるのはカンタンなのだが、終わらせるのはその何倍も大変なのだ。

 結局、六人目の退場者が出たあたりで、会議は休会となった。このまま話し合いを続けていたら、乱闘が発生しそうな雰囲気だった。むしろ、いまだに誰一人暴力に訴えていないことの方が不思議なレベルだ。一応、両エルフェニア共に仲介者である僕たちの顔を立ててくれているのかもしれない。

 

「あのわからずや共ぉ……!」

 

 元老院からやや離れた小屋で、ダライヤ氏が気炎を上げている。彼女は酒瓶を小脇に抱え、手酌で酒杯にワインを注いでは一気に飲み干していた。見た目だけは童女のようなダライヤ氏だから、その光景はなかなかにインモラルである。

 

「このままいけばエルフは滅亡じゃ! 奴らとてそのくらいは分かっておるじゃろうに!」

 

「少し飲み過ぎじゃらせんか? 一応、会議はもうしばらくしたや再開予定なんじゃ。ベロベロに酔ってい(よくろうちょっ)たら、話し合いどころじゃなくなってしまうど」

 

 酒臭い息を吐きながら文句を言うダライヤ氏をたしなめるのは、オルファン氏だ。もともとは主従かつ師弟という関係にあっただけに、その声音は友人に対するもののように気安く優しげなものだった。

 我々は現在、親睦会という名目でトップ会談を行っていた。もっとも、会談というよりは愚痴大会に近いような有様だが。ちなみにメンツは僕とフィオレンツァ司教、ダライヤ氏とウル、そしてオルファン氏の五名である。ソニアの方はヴァンカ氏ら過激派の襲撃に備え小屋の外で警備に当たっている。

 

「飲まずにいられるか!」

 

 そう叫びつつ、ダライヤ氏はガボガボとワインを飲み干す。やさぐれ幼女だ。高い酒なんだから、もうちょっと味わって飲んでもらいたい。いや、気分はわかるがね。

 

「阿呆どもは捨てて、あてらだけでリースベンに亡命してはどうじゃ、大婆様」

 

 ため息交じりにそんなことを言うウルに僕とオルファン氏はギョッとしたが、ダライヤ氏は空っぽになった酒瓶と酒杯を放りだして地面をゴロゴロする。

 

「したーい!」

 

「ええ……」

 

 トップ自ら亡命希望なんて、末期状態にもほどがあるだろ……いや、もともとポストアポカリプスレベルの末期状態だわ、エルフェニア。

 

「のうブロンダン殿、割と真面目に全部投げ捨ててそっちへ亡命したいんじゃがなんとかならんかね」

 

「あなたが"新"を見捨てたらあいつら全員手に負えない無法者集団になるじゃん……駄目に決まってるでしょ」

 

「じゃよなぁ!! くぅ、貧乏くじ!」

 

 ダライヤ氏はそんなことを叫びつつゴロゴロとローリングして壁際におかれた木箱に近寄り、中から新たなワインを引っ張り出した。そのまままたゴロゴロと転がって、僕の隣へ戻ってくる。ローリングロリババアだ。フローリングとかならまだしも、ここは地面がむき出しの土間だぞ。バッチィからちゃんと足を使って移動しなさいよ。

 

「この件が終わったらワシは隠居して男とイチャイチャしながら余生を過ごすからな! ブロンダン殿、その時は頼んだぞ!」

 

「えっ、僕!?」

 

「当たり前じゃろうが! こんな限界食い詰め女しかいない国に居たら、いつまでたっても処女のままじゃ! ワシがあの阿呆どもの面倒を見ていることで、リースベンにもそれなりの利益が発生しているわけじゃからのぅ! 報酬として、そのあたりの面倒をみてくれても良いのではないかのぅ!」

 

 つまり年金と男が欲しいってことか……まあ実際、この人の存在が新エルフェニアの最後のストッパーになってるのは事実だからな。そのくらいの報酬は、出してもバチは当たらないかもしれない。……年金はともかく男かぁ、地味になんかヤだなぁ。僕じゃ駄目だろうか? まあダメだろうな……。

 

(オイ)若造(にせ)やった頃も、引退しよごたっ引退しよごたっと繰り返しゆちょったが……変わらんなぁ、ダライヤは」

 

 半目で自身の元教育役のロリババアを見ながら、オルファン氏はため息を吐く。そして素朴な湯飲みに入った香草茶をゆっくりと味わってから、もう一度ため息を吐いた。……驚くべきことに、オルファン氏は今のところ一滴の酒精も口にしていない。エルフどもは外交会議中でも平気で酒をかっくらうような連中なので、これは本当にびっくりだ。根が真面目なんだろうな、オルファン氏は。

 

「じゃっどん、こん問題を解決せんこっには隠居どころじゃなか。継戦派をどげんして抑ゆっか、こいが問題や」

 

 湯飲みを座卓に置いてから腕組みをし、オルファン氏が言う。……結局、その通りなんだよな。ダライヤ氏もオルファン氏も、戦争なんてさっさと辞めたいと思っている。両トップの意志が共通しているのにそれがなかなか実現できていないのは、配下に戦争の継続を訴えるものが多いからだ。

 むしろ、下っ端になるほど和平を拒む者が多いような風情がある。まあ、そりゃそうだろうな。現場の者は、百年近く戦い続けてるわけだし。長年矛を交え続けている相手と今さら和解するなんて、気持ち的にはなかなか難しいだろう。

 

「実際……ダライヤさんのところほど主張は激しくありませんが、オルファンさんの部下たちにも、この和平会議に納得の行っていない者はいるようですし」

 

 それまで黙って酒を飲んでいたフィオレンツァ司教が言った。その言葉に、オルファン氏は眉間にしわを寄せて視線を逸らした。思い当たるフシはあるのだろう。実際、今日出た六名の退場者のうち、二名は"正統"の使節団の者たちだった。

 

「……少々乱暴な手段ではありますが、いっそのこと和平に反対する者を粛清する、というのもアリかもしれません。ちょうど、反対派の旗印になりそうな者もおりますし」

 

「ヴァンカか」

 

 ダライヤ氏はほっぺたをぷぅと膨らませ、首を左右に振った。……普段は柔和なフィオレンツァ司教からこんな過激な意見が出てくるとは、かなり驚きだ。彼女も、さきほどのぐだぐだ会議には思うところがあるのかもしれないな。

 

「ヤツを殺した程度で事態が改善するなら、とうにやっておる。ワシは先代皇帝を(しい)して皇帝位を簒奪(さんだつ)した女じゃぞ? その程度の策は、とっくに検討済みじゃ」

 

 そう語るロリババアの表情は、なんとも複雑なものだ。かつてダライヤ氏とヴァンカ氏は友人関係にあったという話だが……そんなヴァンカ氏の殺害を検討しなくてはならないとは、まったく殺伐とした話である。

 

「結局、問題は下々の者たちなのじゃ。連中は個ではなく群体なのじゃから、頭を挿げ替えたところでその方針が変わることはない。やるなら根切りじゃが……ただでさえこれほど減ったエルフを、これ以上減らせというのか? そんなことをしたら、いよいよ我々は絶滅してしまうぞ……」

 

「むぅ……」

 

 口をへの字にしながら、フィオレンツァ司教は唸った。僕は小さく息を吐いて、小屋の真ん中で煙を上げる囲炉裏に目を向けた。揺らめく炎を見ながら、ワインを一口飲む。……考えても考えても、冴えたアイデアは湧いてこない。

 

「結局のところ……過激派どもが暴発しないよう気を使いながら、下っ端エルフたちを融和派に転向させていくしかないだろうな。地味で面倒な作業だが、破れかぶれになって無意味な死人を出すよりは百倍マシだ」

 

 僕の言葉に、ダライヤ氏とオルファン氏は頷いた。幸い、蛮族そのものと言っていいエルフたちも、腹さえ満たしてやればそれなりに大人しくなることがわかっている。これは百年にもわたる内戦だ、一朝一夕で解決する問題ではない。ここは、地道に一歩ずつ状況を改善していくほかないだろう。

 


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