異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第283話 くっころ男騎士と腹黒ロリババア

 もともとの計画では、これほど早い段階で"新"を分裂させる予定はなかった。それが気付けばこの有様である。実際のところ、僕は内心頭を抱えていた。

 しかし、まあ、なにはともあれ腹ごしらえである。僕の経験上、空腹状態でウンウン唸っていてもいいアイデアなんてものは湧いてこないものである。食事を用意してもらい、川港の片隅に折り畳み式のテーブルと椅子を出して昼食をとる。食卓にはダライヤ氏やオルファン氏、その他の長老・氏族長級も同席しており、なんとも賑やかだ。

 

「とにかく、一番先に決めるべきなのは当面の方針だろう。こんなことになってしまった以上は、『はい、サヨナラ』とこの場で解散するわけにもいかない」

 

 レンガみたいなカチカチのパンを軍隊シチューに浸しながら、僕はそう言った。なんだかこの頃、本当に毎日軍隊シチューばかり食ってるような気がするな。エルフ側から狂される料理も、エルフェニア版軍隊シチューの芋汁ばっかりだし。

 ……いやまあ、いいけどね。食えるだけありがたいよ、実際。エルフたちなんか、普段は一日一食だけらしいし。それに比べればはるかに恵まれた環境だ。文句なんか言ってたらバチが当たるというものだ。

 

「まあ、分裂はエルフのお家芸じゃからな。もう慣れたもんじゃ。そう焦ることもあるまい」

 

 大ぶりにカットされたサツマ(エルフ)芋を頬張りつつ、ダライヤ氏がいう。大変に可愛らしい姿だが、発言内容自体は微塵も可愛らしくない。そんなんだから、絶滅寸前になっちゃんだぞエルフども。しかも今回の場合、分裂を仕込んだのはダライヤ氏の可能性が高いわけだし。……いや、証拠がない以上、確定ではないのだが。

 

「とはいえ、早急に対処せねばならんこともある。ワシらは、村に男やら何やらの戦えぬ者どもを残したまま出陣してしもうた。一応……そう、一応は皇帝であるワシとしては、彼らの安全の確保を第一に動きたいところじゃ」

 

 一応、という単語をやたら強調しつつ、ダライヤ氏は僕をチラチラ見てくる。何だよその顔は。僕は知らないからな。こっち見るんじゃないよ。勘弁してくれ。

 

「そん通りじゃ。あん馬鹿どもん手に男たちをゆやなあっわけにはいかん。早急に保護すっ必要があっ」

 

 ダライヤ氏の言葉に、別の長老が同意する。まあ、そうだよね。僕が彼女らの立場だとしても、同じような判断をしていたことだろう。もはや戦士階級しか生き残っていない"新"と違い、"正統"にはなんとかギリギリ社会と呼べるモノが残ってるわけだし。弱者を見捨てるわけにはいかんだろう。

 とはいえ、それはあくまで"新"の問題。僕が最優先にすべきことは、リースベン領民の安全と利益の確保だ。出来る限り、エルフの内輪もめには手を突っ込みたくない。

 ……突っ込みたくはないのだが、突っ込まないわけにはいかないんだよな。実際のところ。なにしろ、ルンガ市に住んでいる男たちって、半分以上がリースベンの出身者とその子孫っぽいし。見捨てるわけにはいかないだろ、領主としては。

 

「その作戦、我々も一枚噛ませてもらっていいかね? 助太刀の恩は助太刀で返すことにしよう」

 

 正直、攫われた男たちの奪還はあきらめてたんだけどな。うまくやれば、彼らをリースベンに連れ戻すことができるかもしれない。そのためには、多少の流血も必要経費と割り切るべきだろう。戦うべき時に戦わぬ騎士など、本物のごく潰しでしかないのだから。

 

「無論じゃ。若様ん助力があれば百人力、あん愚かな若造(にせ)どもなど、鎧袖一触で倒せっことじゃろう」

 

 匙を剣のように掲げつつそんなことを言う長老たちに、周囲の元老たちも「そうじゃそうじゃ」と同調した。……いやだから、さっきから何なんだよ若様って。確かにこのババアどもから比べりゃ僕は随分と若いが、だからといってまるで身内のような呼ばれ方をするような覚えはないぞ。

 

「とりあえず可及的速やかに反撃を行い、ルンガ市の非戦闘員の保護を行う。そういう方針で構わないわけだな? ……オルファン殿、君たちはどうする?」

 

 白湯で口を湿らせながら、オルファン氏に問いかける。……香草茶が飲みてぇなぁ。でも、茶葉は嗜好品だからって、輸送品のリストから外しちゃったんだよな。今回の輸送は食料品が最優先だから、仕方ないんだが……。

 まあ、それはさておき"正統"である。なにしろ彼女らは動員可能な戦力をすべて引き連れてきている。僅かな数の騎士と陸戦隊しか手元にない僕より、よほど頼りになる戦力だ。可能なことなら、保護作戦にも参戦してもらいたいところだ。

 とはいえ、"正統"と"新"は結構な確執があるようだからな。"新"の民衆を保護するための戦いに、彼女らが手を貸してくれるかというと若干厳しいような気もする。そう考えていたのだが……。

 

「当然、そんつもりじゃ。僭称軍ん連中に思うところがなかといえば嘘になっどん、じゃっどん民草には罪はなかじゃろう。男たちに手を差し伸ぶっことに、躊躇は無か。そいに……」

 

 が、オルファン氏の返答は予想に反してアッサリしたものだった。彼女はニヤリと笑って、言葉を続ける。

 

「臣下としては、主上からん参戦要請を蹴っわけにめかんじゃろう。そうじゃな、貴様ら?」

 

「応! そん通りじゃ!」

 

「殿様と僭称軍ん連中に我らが武勇を見せっ格好ん機会じゃ! 任せちょけ!」

 

 オルファン氏の発言に合わせて気炎を上げる"正統"の幹部たち。僕はほとんど無意識に懐からウィスキーの入った酒水筒(スキットル)を取り出しそうになって、あわてて手を引っ込めた。殿様ってなんだよ殿様って。まさか僕のことか? もう滅茶苦茶だよ、押しかけ臣下かよ。飲まなきゃやってらんねぇよ……。

 

「……」

 

 ニンマリ笑ったダライヤ氏が、僕の肩をぽんぽんと叩く。……まさかこれもアンタの作戦のうちか!? なんてことするんだこのロリババア! 人にエルフ族の統治をブン投げる気か!?

 いや、いや……確かに、予定外の事態ではあるものの状況は良い方向に進んでいる。期せずして"新"と"正統"の共闘が成り、穏当な和平への道が拓けつつある。それは確かだ。分離した烈士エルフどもは極めて厄介ではあるが、おそらく総戦力では我々が上回っているハズである。戦って勝てないことはないだろう。つまり、ダライヤ氏はこういう事態を見越して布石を打っていたということか?

 ああ、もうっ! このロリババア! 思ってたのより百倍は厄介なヤツだぞ! くそ、こうなった以上エルフどもと手を切ることなんかできないし(だいいちエルフの協力なしにエルフと戦うのはムリだ。連中、あまりにも強すぎる)、反対派をさぱっと斬って融和派のみを対手として扱うというやり方自体はこちらの方針にも合致したものだ。こうなったら、ダライヤ氏の引いたレールの上を走るしかない……。

 

「なるほど、承知した。ご協力を感謝する」

 

 僕はため息を一つついて、"正統"の連中に軽く頭を下げた。……まあ、こちらに損が無いのなら、別にダライヤ氏の作戦に乗ったってかまわないがね。しかし、主導権を奪われっぱなしというのは面白くないな。あんまり好き勝手させていたら、リースベンの実権まで奪われてしまいかねない。それはさすがに勘弁だろ。

 ……しかし、相手は齢四桁の化石級ロリババア。なまじのことでは、対抗不能だろう。僕は人生二周目だが、それでも生きてきた年月は前世と現世を合わせて五十年と少々といったところ。ダライヤ氏と比べれば、子供どころかバブバブの赤ちゃんみたいなもんだ。とてもじゃないが、勝てる気がしない。

 ここは、三人寄れば文殊の知恵作戦だな。僕はちらりと、同席しているソニアとフィオレンツァ司教の方を見た。幼馴染である彼女らは、アイコンタクトひとつで僕の意図を察してくれた様子で、しっかりと頷いてくれた。ソニアにしろフィオレンツァ司教にしろ、並々ならぬ智者だ。この二人の協力があれば、なんとかロリババアにも対抗可能なのではないだろうか……?

 

「……」

 

「……」

 

 などと思っていたら、副官と司教のにらみ合いが始まってしまった。相変わらず、この二人の相性はやたらと悪い。……なんだかダメっぽくない、これ? こんな状況でロリババアを理解(わか)らせることなんて、出来るんだろうか……。


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