異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第297話 くっころ男騎士と押し付け合い

 僕だって、エルフどもを己の領地に入れたくはない。なにしろこいつらは王都の無法ものどもがバブバブの赤ちゃんに見えてくるほどの暴力性を誇るクソ蛮族だ。どうかんがえてもシャレにならないレベルのトラブルを引き起こすだろうし、領民たちの心証的にもよろしくない。

 にもかかわらずなぜ"正統"のみならず"新"までリースベンに招こうとしているのかといえば、シンプルにヴァンカ派への対抗の為である。ヴァンカ氏が主敵としているのは"正統"の連中だ。彼女らをリースベンで受け入れる以上、我々もヴァンカ派と戦わざるを得ないのである。

 しかし、ヴァンカ氏はかなり手強い敵だ。我々と"正統"だけでは負けはしないにしても、苦戦を強いられるのは間違いない。ぼくはドロドロの悪戦なんか大っ嫌いなので、頭数はできるだけ揃えておきたいのである。

 

「ヴァンカ殿の勢力が完全な敵に回ってしまった以上、安定した物資輸送が難しくなる。予定では、カルレラ市とルンガ市の間で川船を使った定期便を運航する予定だったが……このような状況では、その案は凍結せざるを得ない」

 

「……」

 

 "新"の元老たちが、顔色を失って顔を見合わせた。リースベンの食料は彼女らの命綱だ。"正統"ほどではないにしろ、彼女らの食料備蓄の量はかなり少ない。

 

「ふふん」

 

 一足先にこの問題から一抜けすることができたオルファン氏がほくそ笑んでいるが、実のところ僕が"新"を積極的に吸収する方向に舵を切ったのは、彼女ら"正統"のせいでもあったりするんだよな。

 なにしろ"正統"の持っている兵力は、いまだにリースベン軍よりも多い。練度はもちろん、兵数ですら我がリースベン軍の方が少ないのである。このまま彼女らを吸収すると、逆にリースベン軍が"正統"に乗っ取られてしまう可能性がある。

 そこで利用するのが"新"の連中だ。両勢力の足の引っ張り合いを誘発することで、妙な真似をしでかすためのリソースを浪費してもらう。結果、表面上の平和は保たれるという寸法だ。汚い手だが、こうでもしないとエルフどもを御せる気がしないので仕方が無い。

 

「川船を用いてこのルンガ市に物資を輸送するためには、往路に一日復路に三日かかる。行きはまだしも帰りは人力けん引だ。逃げようがない……。僕がヴァンカ殿なら、絶対にこれを狙う」

 

「ウム、確かにワシでもそうすっ」

 

「護衛を配置すっにしてん、限度があっ。船を守りながら戦う以上、必ず先手を取らるっわけじゃっでな。面白くない(いたらん)戦になったぁ間違いなかじゃろう」

 

 元老たちは素直に頷いた。根っからの蛮族であるエルフだが、戦に関してはかなり合理的な思考ができる連中だ。理詰めの説得は案外効果的なのである。

 

「そこで、僕からの提案だ。カルレラ市郊外の平原……その南端にある土地の一部を、君たちに恩賜(・・)する用意がある。小さいながら、整備済みの耕作地だ」

 

 僕はあえて恩賜、という言葉を強調していった。つまり、僕に臣従せよと言っているわけだな。対等の同盟を結ぶ、というのは流石に無理だ。そこまで譲歩したら、領民たちに弱腰扱いされてしまう。

 リースベン領民はこれまでさんざんエルフに迷惑をかけられているのだから、並大抵のことでは受け入れてくれまい。狼藉を働いていた蛮族どもをシバいて服従させました……そういうストーリーが必要なんだよ。実態は異なっていてもな。

 ちなみに、臣従の条件については"正統"にも全く同じものを提示し、すでに了承されている。"正統"は話が早くて助かるね。……戦闘に入ったとたんバーサーカーと化すがな! "新"のエルフ兵のほうがまだかろうじて理性的である。少なくとも無差別放火なんて真似はしない。

 

「……」

 

 内心に冷や汗を浮かべつつ、元老たちをうかがう。この提案は、一種賭けでもあった。なにしろエルフどもはプライドが高い。臣従など求めた日には、反発は必至である。最悪の場合、全部決裂してしまうかもしれない。そんな懸念があったのだが……

 

「ン、良か考えじゃ。ワシに異論は無か」

 

「むしろこちらから(びんた)を下げて頼んべきじゃろう」

 

「臣従などあまりにもケチ臭かとじゃらせんか? (オイ)は若様にエルフェニア皇帝になってもろうても一向にかまわんが」

 

 ……なんだか、思った以上に反応が良い。特に最後のヤツ、なんなんだお前は。エルフェニア皇帝なんていう地位はこちらから願い下げである。貧乏くじ以外の何だって言うんだよ、エルフェニア皇帝位。

 しっかし、なんなんだろうかこの反応は。予想外すぎて頭が痛くなってきた。疲れて寝込んだあげく、都合の良い夢でも見ているのだろうか? 原住民勢力がこんなに簡単に服属するわけないだろ、普通。頭を抱えていると、フィオレンツァ司教が小さな声で「アルベールさんの人徳のたまものですよ」と囁いた。んなアホな……。

 

「おうおう、良い考えじゃのぅ! それでは、皇帝はアルベール殿に譲位ということで」

 

 案の定、これに反応したのが新エルフェニアの現皇帝ダライヤ氏だ。彼女は満面の笑みを浮かべつつ、ポンチョの中から干からびたサツマ(エルフ)芋の輪切りを取り出した。

 

「……なにそれ」

 

「新エルフェニアの玉璽(ぎょくじ)じゃが?」

 

 玉璽!? 王印じゃん! えっ、もしかして、それ イモ判!? エルフって王印に イモ判使うの!? 雑過ぎるだろ……。思わずオルファン氏の方を見ると、彼女は猛烈な勢いで首を左右に振りながら懐から何かを取り出した。豪勢な房飾りのついた、ヒスイ製の立派な印章である。どうやら、アレが正統エルフェニアの玉璽らしい。

 よ、よかった。流石にコッチはマトモだ。正統を名乗るだけのことはあるって感じだな。眉間に皺を寄せながらダライヤ氏を睨むと、彼女は卑屈な笑みを浮かべつつ肩を震わせる。なんだよ、もう……。

 

「……」

 

 ソニアが無言で僕の肩を叩いた。エルフのやることだぞ、いちいち気にするな。そう言いたいらしい。正論だな。こほんと咳払いをして、気を取り直す。

 

「ま、まあ、その……なんだ。僕は只人(ヒューム)だし、しかも男だ。エルフの民族自決を妨げるわけには行かないから……ね?」

 

 何はともあれ、エルフェニア皇帝などという立場には絶対になりたくない。僕は断固拒否したが、エルフどもは納得しなかった。

 

「いやいや、男じゃっで良かど。エルフを娶れば子はエルフ、アルベールどんが皇帝になってん我らん正統性は保たるっ」

 

「そん通りじゃ。そいにアルベールどんなダライヤ婆なんぞよりよほどエルフ魂にちて理解しちょっ。ぜひとも我らん長になってもらおごたっもんじゃ」

 

「同感じゃ同感じゃ! ワシなぞよりよほど皇帝向きの性格をしておるぞ、アルベール殿は!」

 

 現皇帝まで一緒になって僕に皇帝位を押し付けようとしてくるのだからタチが悪いにもほどがある。……ああ、なるほど。理解してしまった。"新"の元老どもの中には、もう誰一人として皇帝をやりたい者が残っていないんだ。だから、僕のようなよそ者にすべての面倒ごとを押し付けようとしているわけか……!

 ええいクソ婆ども、しゃらくさい真似をする! 僕は絶対に嫌だからな! エルフェニア皇帝なんぞ、百害あって一利なしの地位だろ! とにかく、皇帝位はダライヤ氏に押し付けたままにせねば……。

 

「……」

 

 あわててソニアとフィオレンツァ司教に視線で助けを求めると、彼女らは苦笑して頷いてくれた。流石は幼馴染、以心伝心である。僕は面倒ごとから逃れるべく、全力で寝不足の脳みそを回転させ始めた。予想とはまったくの逆方向だが、こいつはハードな交渉になりそうだ……。


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