異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第298話 くっころ男騎士と仮眠

「まったくあのババアどもは……」

 

 森の片隅に建てられたテントに入りつつ、僕はため息を吐いた。交渉は予想外の方向に進んだが、なんとかおおむねこちらの要求は通すことが出来た。"正統"と同じく、"新"もリースベン領に移住することになった、ということだ。

 ま、移住自体は思ったよりカンタンに受け入れてくれたがね。どうもエルフどもは拠点を移すことに抵抗感を覚えない種族のようだ。農耕民族にしては珍しいタイプに見えるが、まあなにしろ相手は長命種。根本的な感覚が我々短命種とは異なっているのだろう。

 

「はー、眠……」

 

 気が抜けたせいか、思わずあくびをしてしまう。昨日はほぼ夜通しで戦い続けていたので、体力的にかなりキツい。事態はまだ予断を許さない状況だが、隙間時間を利用して仮眠を取っておくことにしたのだ。気を張りすぎて肝心な時に頭が回らない、などということになったら元も子もないしな。

 

「お疲れ様でした」

 

 背後霊のごとく僕の後ろに付き従っていたソニアが、ニコリと笑いつつそう言う。そんな彼女の顔には疲労感らしきものはまったく浮かんでいなかった。流石は竜人(ドラゴニュート)、基礎体力が違うね。羨ましい限りだ。……まあ、まったく消耗していない訳でもないだろうが。彼女も士官だ。やせ我慢は得意である。

 

「ソニアもな。……せっかくジョゼットの奴が気を利かせてくれたんだ、休める時に休んでおこうじゃないか、お互い」

 

 ソニアの叩いてから、僕は寝床に腰を下ろした。寝床と言っても、麦藁の束で作ったおそろしく簡素な代物だがね。しかし、戦地では地面の上に直接転がって寝ることも少なくないのだ。こんなものでも、あるだけ遥かにマシだ。

 ちなみに、僕もソニアも甲冑は脱いで普段着に着替えていた。なにしろ、夜明け間際の通り雨で僕ら全員ビショビショになっちゃったからな。甲冑は鉄でできているので、しっかり手入れをしておかないとあっという間にサビサビになってしまう。流石に自分で何とかするような気力は無かったので、甲冑は従者に丸投げしておいた。

 

「そうですね」

 

 軽く頷いたソニアは、両手を軽く上げてグググと伸びをした。身長一九〇センチオーバーの恵まれた体格に見合ったサイズのその胸部が強調されて、大変に目に毒である。

 

「しかし、はあ……本当に、ジョゼットもたまには気が利きますね。あの子が責任ある立場に自ら立候補するなんて……」

 

「まあねえ……」

 

 僕は軽く笑った。ジョゼットは、我々の幼馴染の騎士の一人だ。士官としての能力は申し分ないのに、意地でも下っ端に固執する面倒なヤツである。まあ気分はわかるがね。昇進したって責任が増えるばかりで大した役得もない。

 そんなジョゼットだが、今日は珍しく僕が休んでいる間の指揮官代行に立候補してきた。普段ならこういう場合はソニアと交代しつつ休憩を取るのだが、ジョゼット曰く「アル様とソニア、どちらが倒れても私が難儀をする羽目になるんで。いっそ二人まとめて休んでくださいな」……ということだ。

 

「……」

 

 それはいい。むしろ有難いくらいなのだが、なぜ我々はナチュラルに同じテントで仮眠をとるような流れになっているんだろうか? 幼馴染とはいえ、一応僕は男でソニアは女なんだが。しかし、ソニアは一切の躊躇もなしに自然な流れで僕のテントに突入してきやがった。紳士を手厚く保護すべしと定められているガレア騎士にあるまじき行いである。

 

「いやしかし……話は変わるが、なんだか懐かしいな。幼年騎士団の時分は、よくこうして同じテントで寝てたもんだが」

 

 ガレア騎士の通過儀礼である幼年騎士団(騎士見習いの子供たちを集めて集団生活と戦闘技能を叩き込む新兵教練(ブートキャンプ)の一種だ)は、当然ながら男が入団するような組織ではない。一人だけを特別扱いするわけにもいかないので、僕はしばらくの間少女たちの集団に混ざって寝起きしていた。……いやあ、あの時期はいろんな意味で地獄だったなあ。

 もちろん、流石にある程度身体が成長してきたら、別々にされたがね。間違いが起きたらシャレにならん。……でも、行き遅れになりつつある現状を想えば、むしろ間違いがあった方が良かった気もしてきたな……。

 

「懐かしい話ですね。……時折、あの当時に戻りたい気分になることもあります」

 

 そんなことを言いながら、ソニアは僕の隣に腰を下ろす。ガッツリ肩が密着するような近さだ。普段からソニアは異様に距離感の近い女だが、今日はいつにもましてくっ付いてくるな。

 でもよく考えると、幼年騎士団時代のソニアは四六時中こんな感じだったんだよな。流石に成人……つまり、十五歳になった辺りでスパッとやめたが。しかし当時は、あまりに距離感が近いものだから、ソニアは僕のことが好きなんじゃないかという恥ずかしい勘違いをしてしまっていた。

 アレのせいで貴重な成人直前の婚活期間を無駄にしたんだよ、僕は。まあ、彼女を責める気はないがね。勘違いした僕が十割悪いだろ。アデライド宰相やスオラハティ辺境伯なんかを見るに、こちらの世界の女性は親しい男性に対してはあれくらいの距離感で接することは普通のことっぽいし。

 

「確かにね。あの頃はよかったよ、ほんと」

 

 頷くと、ソニアはくすりと笑ってから僕の肩に頭を乗せた。そのまま体重を預けてくるものだから、滅茶苦茶重い。この副官は、僕より二十センチちかく背が高いのである。体重はたぶん五割くらいソニアの方が重い。

 いやまあ、我慢するけどね。役得だし。しかし、今日のソニアはなんだかヘンだ。普段はここまで甘えてくるような真似はしない。……たぶん"正統"の火炎放射のせいだな。敵兵とはいえ(味方が混ざっていた可能性もあるが)、ヒトが生きながら焼かれている姿はかなりショッキングだ。惨劇慣れしている僕ですら、胃に鉛を流し込まれたような心地になってしまった。

 

「ちょっとだけ、子供のころに戻る?」

 

「……はい」

 

 こくりと頷くソニアの頭を抱き寄せると、彼女は抵抗もなく僕の胸板に顔を押し付けてきた。そのまま、二人して麦藁のベッドに倒れ込む。その大きな体をぎゅーっと抱きしめてやると、ソニアはゆっくりと脱力していった。

 懐かしい感覚だな。子供のころのソニアは、辛いことがあると必ずこうして甘えてきたものだ。彼女は幼くして父親と死別している。その喪失感を、僕で埋めていたのかもしれない。

 

「ソニア、君は最高の副官だ。けれども、いつもいつも最高の副官で居続ける必要はない。二人っきりの時くらい、ただのソニアとアルベールに戻っていいんだよ」

 

「……うん」

 

 普段の丁寧な口調を捨て、ソニアは僕を抱きしめ返してくる。……正直めちゃ苦しい。滅茶苦茶デカくて重くて力が強いんだよ、ソニアは。大型野生動物に甘えられてる気分だ。おまけにそのヒマラヤ山脈みたいにデカい胸がものすごい圧力で僕に密着しているんだからシャレにならない。理性の耐久試験か? 勘弁してくれ。

 しかしもちろん、ここで彼女を拒否するような野暮な真似はしない。時には女の弱さを受け止めてやるのも男の役割だと、父上が言っていたからな。

 普段があまりにも有能すぎるので忘れがちだが、ソニアもまだ若い。前世の僕なんて、彼女くらいの年齢の時分には大学(海軍兵学校)で遊び狂ってた。当然、昨夜のような悲惨な光景を直接目にする機会も全くなかったわけだ。そう思うと、なんだか申し訳ない気分になってくる。彼女には辛い思いをさせてしまったな……。

 

「お前はよく頑張っているよ、ソニア。本当にすごいヤツだ。君のような友達が居て、僕は幸せ者だよ」

 

 背中をとんとんと叩きつつそう言ってやると、ソニアは甘えた様子で僕の胸板に頬擦りしてくる。すっかり子供のころに戻ってるな……。

 どんなに強い人間でも、戦場のような高ストレス環境に居続ければおかしくなってしまう。だからこうして、しっかり弛緩させてやる必要があるわけだ。大切な友人であるソニアには、いつまでも健やかでいて欲しい。そのためなら、父親役だろうが抱き枕だろうがやってやるさ。

 

「昨夜の君は、ほんとうに格好良かった。惚れ惚れしたよ。ありがとう、ソニア。君が傍にいてくれてよかった……」

 

 耳元で優しく囁きつつ、心臓の音を聞かせてやる。ソニアは小さく息を吐いて、幼い子供のように僕にひっついた。……よしよし、イイ感じだ。幼馴染だけあって、彼女の弱い所はすべて心得ている。せいぜい頑張って彼女を癒すとしようか。

 ……ケアが必要なのはソニアだけじゃないんだよなあ。カリーナをはじめとしたガキどもにも、随分とひどい戦場を見せてしまった。たぶん、心の傷になっているはずだ。やっちまったなあと思うが、今さらどうしようもない。泥縄式で申し訳ないが、後で彼女らもケアしてやらねば……。


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