異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第303話 未亡人エルフの苦悩

 私、ヴァンカ・オリシスは、自らの涙で溺れそうになって目を覚ました。時刻は、深夜。私はポンチョに包まり、木の根を枕にして森の中に横たわっている。

 

『エルフなんか皆死んでしまえばいい』

 

 夢から覚めたというのに、いつまでもいつまでもその言葉が頭の中で反響している。……昼も夜も、寝ている時も起きている時も、ずっと。彼が死んだあの日から、ずっと。

 

「うっ、うっ、ごめんなさい、エルフでごめんなさい……」

 

 私は泣きながら、自らの両耳をぎゅっと握り締めた。エルフの特徴である、長くとがった耳。こんなものは、さっさと削ぎ落してしまいたい。けれども、そんなことをしたって何の意味もないことはわかっている。

 贖罪をせねばならない。罪もない男を攫い、犯し、辱め、飢えさせ、挙句の果てに下らない内紛に巻き込んで死なせてしまった。とても許されるような罪ではないが、だからといって開き直ることなどできない。私は善い妻とは正反対の女だが、だからこそ彼の最後の言葉くらいは叶えてやらねばならないのだ。

 

「ヴァンカどん、ヴァンカどん。夜半に申し訳あいもはん。よろしかと?」

 

 遠くから、そんな風に声をかけられる。私はいつも悪夢を見るので、就寝中は人を近づけないようにしていた。寝るたびに泣きはらしている姿を、他のものに見られるわけにはいかない。

 しかし、耳障りな声だ。汚らしい、エルフ訛り。罵声を飛ばしたい気分をこらえつつ、私は「少し待て」と答えた。ポンチョの中から丸薬を取り出し、奥歯で神占める。苦さと青臭さが口内に広がると、ドロドロした気分がスッと消えていった。この丸薬は、鎮静効果のある薬草を集めて私手づから調合したものだ。効果に関しては、折り紙付きである。

 

「……で、どうした?」

 

 涙でドロドロになった顔をポンチョで拭いてから、私は立ち上がった。私に声をかけてきたのは、深夜にも関わらず釣鐘型の笠を被ったままの若造(にせ)エルフだった。

 

「夜襲部隊が帰って来もした」

 

「そうか」

 

 私はぶっきらぼうに応える。我々は現在、カルレラ市を目指してエルフェン河を北上する腐れエルフどもとリースベンの連合部隊を追撃していた。

 追撃と言っても、戦力は我々のほうが劣っているからな。もちろん、正面から挑んだりはしない。チマチマとした攻撃を仕掛け続け、相手を疲弊させる戦術を取っている。

 私の目的は、エルフの殲滅だ。いまだにこの私に従い続けている救いようもないバカどもを殺し尽くすだけならば簡単なのだが、ダライヤやオルファン皇家の末娘の部下たちも殲滅せねばならない。これはなかなかの難事だった。それなりに考えて立ち回らねばならない。

 

「で、成果は?」

 

「全て予定通りじゃ。手持ちん鏑矢(かぶらや)は全部撃ち込んだとかで。……歩哨も五、六人仕留めたそうじゃ」

 

「ふん……」

 

 夜襲と言っても、私が命じたのは敵部隊の睡眠妨害だ。敵兵を殺せとは言っていないのだが……また勝手な真似をしたようだな。まあ、いつものことだが。この程度のことで目くじらを立てていたら、エルフの将などやっていられない。……本当にロクデナシだな、このクズどもめ。今すぐ全員腹を切って死ねばいいのに。

 

「こちら側の損害は?」

 

「三人やられたと。……流石は先輩方じゃなあ、数に勝っ相手に一歩も引かず、倍近か数ん敵を倒すなんぞ」

 

 心底感嘆した様子でそんなことを言う若造に、私は思わず舌打ちをしかけた。夜襲での戦果確認が六名なら、実際に倒せたのはせいぜい三名くらいだろう。もっと少ない可能性も十分にある。良くて一対一の交換、下手をすればこちら側のほうが損害が多いのではないだろうか?

 我々と連合部隊の戦力差は一対二程度。単純計算で、一人あたり二人の敵兵を倒さねば相打ちにすら持ちこめん。しかし、現実的にそれはムリだ。夜闇に隠れて奇襲して、やっと一対一の交換比なのだからな。正面からぶつかり合えばこちらが一方的にやられるだけだ。

 

「……流石はエルフの精鋭だ。しかし、戦力的に少々厳しいのも事実。アリどもの準備はまだ完了しないのか?」

 

 我々にとって有利なこの地で戦ってすらこの始末なのだから、カルレラ市に逃げ込まれたらもう手出しができない。あそこはここ数か月ですっかり要塞都市に変わってしまったようだからな。攻城戦はエルフ兵の苦手とする分野だ。野戦を仕掛けられるうちに決戦を挑まねばならない。

 だが、そのためには圧倒的に戦力がたりない。それを何とかするための作戦が、私にはあった。なにしろ私は、何年もかけてエルフそのものを滅ぼすための策を練っていたのだ。布石は既に打ってある。状況は当時の想定とだいぶ異なった様相を呈しているが、なんとかなるだろう。

 

「アリンコどもは明日には動くっちゆちょっ。……じゃっどん、あげん連中を信用して大丈夫じゃっとな?」

 

「問題ない、所詮は頭の足りぬ蛮族どもだ。こちらの思い通りに操作するなどたやすい事よ」

 

 なーにが蛮族だ。自分で言ってて恥ずかしくなってきた。野蛮なのはエルフだろうに……。

 

「それに、万が一の時の用意もある。例のアレは、しばらく餌を抜いてあるんだろう?」

 

「無論じゃ。あん外道どもが食料庫を焼き払うてしもたせいで、兵糧も対して残っちょらんでね」

 

「アレは飢えれば飢えるほど狂暴になる。そのまましばらく日干しにしておけ」

 

「承知いたしもした」

 

 一礼をして、若造エルフは去っていった。私はため息を吐き、木の根元に腰を下ろす。私が母親を取り上げてしまった赤ん坊たちは、無事だろうか? 腹を空かせて泣いているのではないか? そんな考えが、頭の中でグルグルと周り続ける。

 私はエルフを根切りにする。そう決めたはずだ。それなのに、子供たちが心配でならない。偽善だ。ひどい偽善だ。彼女らから母親を取り上げ、戦場に投げ込もうとしているのは私なのに。

 不誠実だ、不義理だ、不条理だ。夫に対しても、子供たちに対しても。復讐鬼にすらなり切れぬ、中途半端な獣。それが今の私だ。このような有様で、あの賢明で優しい男騎士の対手が務まるのだろうか?

 ああ、ああ。すまない、ブロンダン卿。君を巻き込むつもりは無かったのに、こんなことになってしまった。すまない。本当にすまない。しかし、もはや私は私自身にも止められないんだ。許してくれとは言わない、言えない。どうか私を恨んでくれ。


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