異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第309話 くっころ男騎士と泣きっ面に蜂

 隊列を組んだアリンコ兵には、銃弾が通用しない。おっぱい丸出しの露出狂とは思えぬ防御力の高さである。流石に面食らったが、銃弾の通用しない敵を相手にするのは初めてではない。魔装甲冑(エンチャントアーマー)を着込んだガレアや神聖帝国の騎士だって、ライフル弾ではなかなか倒せないのだ。当然、対処法は頭に入っている。

 

「マイケル・コリンズ号に連絡! ギリギリまで支援砲撃を続けろ!」

 

 電信機を抱えた工兵にむけて、僕はそう叫んだ。銃で倒せない相手は砲で倒せばよい。シンプルな理屈である。五七ミリ砲の威力では敵の隊列その物を吹っ飛ばすような真似はできないが、そこは速射砲ならではの連射力でカバーだ。

 彼我の距離は三百メートルを切っている。着弾がズレると味方陣地のほうに砲弾が飛び込んでくる可能性もあるが、心配する必要はない。こちらの陣地は、少なくとも最前線だけはしっかり塹壕で防護されているから、少々の砲撃ではびくともしないのである。

 

「いいぞ、その調子だ」

 

 僕の命令を受け、マイケル・コリンズ号の主砲が快調に吠える。猛烈な砲撃を浴びたアリンコ部隊は、一人また一人と倒れていく。一発の威力は極めて低い五七ミリ弾も、連続して浴びせかければ十分な効果がある。

 そしてファランクス陣形はきわめて強力だが、密集隊形ゆえに移動速度が遅いのが弱点だ。この調子なら、こちらの陣地に取りつく前に随分と敵兵を削れそうだ。

 密かに胸をなでおろしていると、突然ダライヤ氏が「いかん! よせ!」と叫んだ。彼女の視線の先を追うと、そこには味方の砲撃の隙間を縫うようにしてアリンコ隊列へと急降下攻撃を仕掛ける鳥人部隊の姿があった。

 

「ムッ……!」

 

 しかし突然の奇襲にも、アリンコ兵は慌ても騒ぎもしなかった。上腕に握った丸盾で鳥人たちのカギ爪を軽々と受け止め、右の上下腕で構えた槍を突き出す。カウンターを喰らい、少なくない数の鳥人兵が地面へと叩きつけられてしまった。

 そこへ、かたき討ちとばかりにライフル兵が銃弾を浴びせかける。しかし、アリンコ共の身体は左下腕に構えた丸盾で防御されている。鉛弾は黒光りする装甲に弾かれ、何も傷つけることなく砕け散ってしまう。一瞬暑くなっていた心に、氷水を浴びせかけてくるような光景だった。

 

「鳥人は、アリンコ共に手を出さぬよう厳命せよ!」

 

 ダライヤ氏の強い口調の言葉に弾かれるようにして、鳥人伝令が上空で待機している同胞たちの方へと飛んでいく。それを眺めながら、僕は小さく唸った。

 

「なぜ盾を二つも持っているのかと思ったが……上からの脅威と前からの攻撃を同時に対処するためか」

 

「ウム、弓矢と鳥人による急降下攻撃は、旧エルフェニア軍でも多用されておったからな。当然、アリンコ共も対策を用意しておるのじゃ……」

 

 ため息を吐きつつ、ダライヤ氏はひどく後悔しているような表情で呟く。

 

「この頃、アリンコ共とはマトモな戦闘が起きておらんかったからのぅ。若い鳥人の中には、あ奴らと戦う際の定石を知らぬ者も多かったようじゃ……ぐぬぅ、事前に警告しておくべきじゃった……」

 

 本当に厄介な敵だ。どうしてリースベンにはヤバイ連中しか居ないのだろうか? そんなことを考えた瞬間だった。通常の砲声とは明らかに異なる、弾けるような耳障りな音が僕の耳朶を叩いた。慌てて望遠鏡を引っ掴み、マイケル・コリンズ号の方へと目を向ける。

 

「ミ゜ッ」

 

 おもわず、死にかけのセミのような声が出た。マイケル・コリンズ号の主砲である五七ミリ速射砲は砲身が根元から裂け、出来の悪い造花のような姿になっていた。

 砲身の途中で砲弾が詰まり、ガス圧に耐えられなくなったか……あるいは、砲弾その物が砲身の中で爆発してしまったのか。とにかく、その手の不具合である。何はともあれ、どこからどう見ても致命傷であった。修理など絶対に不可能、放棄するしかないレベルの損傷だ。

 

「主砲が暴発ッ! 操砲を担当していた砲兵二名が重傷ッ!」

 

 通信兵(本業は工兵だが)が悲鳴じみた声で報告する。心臓が冷たい手でギュッと握られたような心地になったが、動揺が表に出ないよう僕は密かに深呼吸した。そして出来るだけ落ち着いた口調を心掛けつつ、口を開く。

 

「ソニア、手すきの衛生兵をマイケル・コリンズ号に送ってくれ。あの船には船医が居ない」

 

 我が副官が頷き、部下たちに命令を出し始めるのを見てから、僕はテーブルの上に置かれた冷めた香草茶を一気に飲み干した。

 

「……新兵器に事故はつきものだ、致し方あるまい。兵器は新しく作ればいいが、人員はそうはいかない。砲兵たちが心配だな」

 

 ため息を吐きたい心地だったが、部下たちの前なのでなんとか我慢した。今僕たちの手元にある大砲は、信号砲などの特殊なものを除けば五七ミリ速射砲が一門のみである。それが壊れた今、アリンコ兵への対処は歩兵のみで行う必要がある。

 なんで僕はこの遠征に山砲なり迫撃砲なりを持ち込まなかったのだろうか? まともな砲兵隊がいれば、あんな時代遅れの陣形などあっという間に粉みじんにできるというのに……。

 なにより、砲兵火力を実績のない試作砲のみに頼るなど、あり得ないことである。そしてその試作砲に無理をさせた結果がこれだ。肝心な状況で火力源を喪失し、あげく貴重な砲兵を負傷させてしまった。

 やってしまった。そんな言葉が頭の中でグルグル回る。もともと外交目的の遠征だ、それほど多くの重兵器を持ち込めるわけないだろ。僕の心の卑しい部分がそんな言い訳を吐き出したが、軍人は結果がすべてである。後からあれこれ言い訳をしたって仕方が無いのだ。

 

「……」

 

 僕は口を一文字に結んで、何事もなかったかのように行進を続けるアリンコ兵を睨みつけた。砲兵火力を失った以上、アレには歩兵のみで対処する必要がある。

 軍隊アリ虫人は、正面からの白兵戦ではエルフよりも強いかもしれない。なにしろ腕が四本も生えている。普通の兵士一人半ぶんくらいの活躍をしそうだ。しかも、アリンコ共はかなり体格が良い。竜人並みかそれ以上だ。虫なら虫らしくちっちゃい身体で居てくれ。

 あんな生物兵器みたいな戦士と正面からぶつかり合って、ウチの兵士は大丈夫だろうか。タダでは済まないとは確かだ。総戦力はこちらの方が多いが、二正面作戦を強いられている都合上こちらの戦線のみに全戦力を投入することはできない。限られた数の兵力のみで対処する必要があるということだ……。

 

「城伯様」

 

 指示を求める目つきで、陸戦隊の指揮官が僕を見た。……どうしよう、敵はすぐ近くまで迫っている。ライフル兵やエルフ弓兵がしきりに射撃を仕掛けているが、強固なファランクス陣形の前には大した効果は発揮していない。

 せめて鉄条網があれば、もっと相手の行動を抑止できたのに。しかし、残念なことに有刺鉄線は一束たりとも手元にはないのである。いや、それどころか柵や杭すら立てていない。陣地設営の時間がなかったためだ……。

 このままでは、敵が塹壕内になだれ込んでくる。相手がエルフ兵ならともかく、軍隊アリなんぞと閉所での白兵戦なんかしたくない。徘徊性の軍隊アリとはいえアリには違いない、狭い場所での戦闘は得意中の得意だろう。さあ、どうする、どうする……。

 

「……」

 

 その時、脳裏に前世の母親の顔がよぎった。まだ僕がクソガキだった頃の記憶である。詰まらない喧嘩をして泣いていた僕に、前世の母はこう語り掛けた。

 

『特別に、我が家に伝わるおまじないを教えてあげる。辛いとき、悲しい時、怖いとき……このおまじないを唱えると、勇気が出てきて前を向けるようになるの。……いい? 胸を張って、こう唱えなさい――』

 

「チェスト関ヶ原!!」

 

 突然の大声に、ソニアやダライヤ氏、他の兵士や士官などがびくりと身体を震わせた。だが、僕はそんなことは気にしない。前世の母の言葉の通り、僕の心の中で勇気と闘志が夏の入道雲の如く湧き出していたからだ。

 そうだ。関ヶ原の戦いで散った前世の御先祖様の苦闘に比べれば、この程度の状況など窮地のうちにも入らない。そして何より、僕は生まれ変わった今でも一人の海兵隊員(ジャーヘッド)であり、デジレ・ブロンダンの息子でもある。無様を晒せば偉大なる先輩方や大切な母上の顔に泥を塗ることになる。それだけは絶対に許せない。自分の頬を全力でビンタして、気合を入れなおす。

 

「そこの君」

 

 手近にいたカラス鳥人を呼びつつ、僕は懐紙を取り出して『赤号作戦(レッド・プラン)を発動』とだけ書きつた。自分の名前を署名してから懐紙を畳、カラス娘に押し付ける。

 

「これをカルレラ市のジルベルトに届けてくれ」

 

「承知いたしもした」

 

 飛び立つカラス鳥人を見送りもせず、僕は次の仕事に取り掛かる。敵は間近に迫っている。猶予はほとんどない。即断即決だ。

 

「ソニアッ!」

 

「ハッ!」

 

 威勢のいい声で、我が副官は応えた。その怯えや困惑など微塵も含まれていない声音に、自然と僕の顔に笑みが浮かぶ。

 

「北部戦線は僕が直率する。南はお前に任せよう。あのアリンコ……アダン残党軍とやらが攻勢に出た以上、ヴァンカ派も何かしらのアクションをしてくるはずだからな……」

 

「了解です」

 

 こういう時、打てば響くのがソニアという女である。その小気味の良い返答を聞きながら、僕は指揮壕の出口に向けて歩き始めた。

 

「ダライヤ殿、貴方は僕の方を手伝ってもらう。いいな?」

 

「ウムウム、承知した。……ところでちょっと聞きたいのじゃが、オヌシはもしや前世がエルフだったりせんか?」

 

「……冗談はよしてくれ」

 

 なんて失礼なことを言うんだこのロリババアは。


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