異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
神聖帝国その物に対する宣戦布告に、南部方面軍の司令官への任命。屋敷に戻って寝込みたくなるようなショッキングなニュースだったが、職務を放棄するわけにもいかない。僕たちは作戦計画の修正を急ぎつつ、ズューデンベルグに向かった。
一応、ズューデンベルグはいまだに神聖帝国に属しているわけだから、少なくとも名目上は我々は交戦国同士だ。念のため迎撃準備を整えてから領邦内に入ったわけだが、特に敵対的な真似はされなかった。関所も顔パスで通してくれたし、それどころか貴重な騎兵を割いて先導役につけてくれる始末である。どうやら、ディーゼル家は今のところ我々と敵対するつもりはないらしい。
「いやはや、面倒なことになったな」
ズューデンベルグ城で我々を出迎えたアガーテ氏は、開口一番そういった。大テーブルの上にドンと乗せられた大陸西方の地図を眺めながら、深々とため息をつく。
「中央地方の国境地帯で王国軍が集結を確認。侵攻の兆候である可能性が極めて高いため、皇帝軍の組織を命じる……そんな通達が、
「それは大変ですね」
僕は他人事のような口調で言った。
「ディーゼル軍は、中央軍の助攻として侵攻してきたリースベン軍と交戦を開始。奮戦むなしく敗退し、屈辱のうちに城下の盟を結ばされた。そういう感じで結構ですか?」
「結構だ。いやあ、たいへんな激戦だったな。ディーゼル軍は良く戦ってくれたが、相手が悪かった。正面決戦で敗れたのならば仕方があるまい。……あ、一応そちらの旗もすでに用意してあるんだ、尖塔に掲揚しておこう。我が城は今、リースベン軍の制圧下にあるからな」
「お願いします」
今さらディーゼル家はリースベン軍などとは戦いたくないだろうし、我々としてもそれは同感である。しかも、ディーゼル家は以前から神聖帝国を離脱して、こちらに付きたいと打診をしてきたわけだからな。まあ、こういうことになる。
「降伏ついでにそちらに臣従しておきたいんだが、構わないかね? もちろん、防衛義務アリの契約で」
「いや、それは……」
ディーゼル家としては、神聖帝国を離脱する以上新たな集団安全保障体制の構築を目指すのは自然な流れだろう。ただ、その主軸としてウチを頼るのはどうなんだろうね? なにしろこっちは王家から睨まれている身の上だ。情勢が荒れ始めた以上、王家の矛先がこちらに向き始める可能性は十分にあるように思える。泥船になるかもしれない船に知り合いを乗せるのはどうにも躊躇が……。
「結構ですわ~大歓迎ですわ~」
などということを言おうとしたら、ヴァルマがしゃしゃり出てきて大声でそう言ってしまった。睨みつけてやると、彼女はペロッと舌を出して笑ってから、僕の耳元に口を近づける。
「貰えるものは貰っておくのが吉ですわ~、ノーコストでこれだけの大領主が臣従するならチョーお買い得ですわ~要らないようならわたくし様が貰っちゃいますわよ~」
「しかしだな……」
「うっせぇ~ですわ~レロレロレロ」
「ホァーッ!?」
突然耳を舐めまわされ、僕は椅子の上から落ちかけた。ソニアが無言でヴァルマをブン殴る。大木槌で殴打したような凄まじい音が響き、さしものアホ娘も「い、いってぇですわ~舌嚙みましたわ~」などと呻きつつ撃沈した。
「臣従を認めてくれるなら、そりゃ有難いがね。……ところで、その方は? スオラハティ家にゆかりのある方のようにお見受けするが」
「わたしの妹の、ヴァルマ・スオラハティだ」
「ああ、先日我が領土を通過した、あの騎兵隊の主殿か。報告は受けている」
得心がいったようで、アガーテ氏はポンと手を叩いた。
「どうせこの女のことだから、関所を強行突破して無断侵入したのだろう。大変に申し訳ない事をした」
そう言って、ソニアは深々と頭を下げた。しかしアガーテ氏は慌てたように首を左右に振る。
「いやいや、いやいやいや。そんなことはされていないぞ。騎兵隊は、キチンとした手続きをしたうえで関所を通過している。部隊を率いている方の名前は教えてもらえなかったが……スオラハティの旗を掲げていたし、王家からの命を受けて行動していると聞いたからな。私直々に通過許可を出した」
「エッ」
僕とソニアは、そろって素っ頓狂な声を出してヴァルマを見た。
「ヴァルマが、正式な手続きを踏んで関所を通過した……?」
「馬鹿な……コイツは関所と見れば強行突破せずにはいられない異常者のはず……」
「い、いくらなんでもその評価はヒドすぎるんじゃなくて!?」
ヴァルマは憤慨して、テーブルをドンと叩く。……いや、憤慨されてもな。困るんだよな。信用するには普段の行いが悪すぎるんだよ……。
「わたくし様だって、
「……急いでなければ?」
こいつの持ってきた命令書は、どう考えても可及的速やかに配達すべき内容のものである。にもかかわらず、急いでいなかった? 僕がヴァルマの目をじっと見つめると、彼女はニヤッと笑った。
「ええ。今回は急ぐ方がかえってマズイ案件だと思いましたの。実際、よいタイミングで合流できたでしょう? いやあ、流石は天下のヴァルマ様ですわ~」
……なるほどね。おそらく、我々とミュリン家が決裂するタイミングを待っていたのだ。もし決裂前に命令書が届いていたら、我々はミュリン家に先制攻撃をかけねばならない事態になっていた。
しかし、現実はそうはなっていない。賽を投げたのはイルメンガルド氏の方だ。つまり、こちらはあくまで反撃という形で攻撃を仕掛けることができる。些細なようだが、これは後々の交渉で大変に有利になる要素だった。なんとまあ、配慮の行き届いた話だ。やはりこの女は、たんなる暴走特急ではない。
「……一応、感謝しておこう。ありがとう」
「お礼は貞操で結構でしてよ~」
冗談めかした口調だが、ヴァルマの目つきは"マジ"である。ギラギラとした視線が、僕の身体に突き刺さっていた。意外と配慮ができるのは結構なのだが、このクソみたいな人格はどうにかならんのだろうか。その色ボケた頭に、ソニアが再び鉄拳を落とした。
「何するんですの駄姉~! わたくし様の優秀な頭脳に嫉妬してますの~? 先に生まれたこと以外に自慢できることがないからって、妹をひがむのは見苦しくってよ~!」
「アル様、こいつぶっ殺していいですか?」
「駄目です」
「じゃあ仕方ないので半殺しで我慢します」
「今は忙しいからやるなら後でね」
久しぶりに再会したばかりだというのに相変わらずアホみたいに仲の悪いスオラハティ姉妹を見ながら、僕はため息をついた。そして視線をアガーテ氏に移す。彼女はひどく困惑した表情をしながら姉妹喧嘩を眺めていたが、僕の視線に気付いてコホンと咳払いをした。
「とにかく、いろいろと状況は変わりましたが、やるべきことに関してはそれほど変化していません。とりあえず、目の前の脅威を取り除くのが先決です」
「ミュリン家を叩き潰すんだな」
「ええ。情勢は厄介極まりない方向に進んでいますが、一つだけメリットもあります。政治的な制約が取り除かれたおかげで、ミュリン家をフリーハンドで殴れるようになったことです」
従来の計画では、戦場はズューデンベルグ領に限定されていた。ミュリン領に侵攻するような真似は、皇帝軍の介入を招く可能性が高かったからだ。しかし神聖帝国との全面対決が確定的になった今、そんなことを気にする必要は全くない。
「収穫はすでに終わっているとはいえ、我が方の麦畑を戦場にするのは避けたい。こちら側からミュリン領に攻め込みましょう」
僕の言葉に、アガーテ氏は待っていましたとばかりに笑みを浮かべる。どうやら、相手を攻め滅ぼしたいほど恨んでいるのはミュリン家側だけではないようだった。僕としては、ため息をつきたいような事態だがね。まったく、どうしてこんなことに……。戦争が終わったら、王太子殿下に事の次第を問いたださねば。