異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第456話 老狼騎士と蛮族皇女

 遅ればせながら幸福の決断をしたあたしだったが、今の我々にとっては白旗を上げることそのものが大きすぎるハードルだった。なにしろ敵の前衛はあたしたちミュリン家に恨み骨髄のディーゼル家と、開戦前に我がバカ孫が死ぬほど煽ってしまったエルフだ。あたしが白旗をあげてノコノコ前に出たりしたら、降伏が受け入れられるまえにブチ殺されてしまうだろう。

 いや、別に死ぬのは怖くない。どうせ老い先短い身の上だ。必要であればブロンダン卿にこの皺首を進呈することも惜しくはない。ただ、無駄死にだけは避けたかった。実の長女の献身によって永らえた命だ、出来るだけ有意義に使いたい。せめて、ミュリン家の一族郎党皆殺しだけは避けなくては……。

 しかし、つくづく嫌になるね。ディーゼル家はともかく、エルフを完全に敵に回したのが痛い。一応謝罪は済ませているが、エルフの皇女だというフェザリアとかいう女の怒りようは尋常ではなかった。おそらく、仕返しの機会を虎視眈々と狙っていることだろう。まったく、バカ孫め。ガキの時分から、むやみに敵を増やすような真似はよせと教えこんでやったはずなのだが……。

 

「仮にエルフやらディーゼル軍やらに見つからずにブロンダン卿へ面会が叶ったとして、大人しく降伏を受け入れてくれるのだろうか」

 

 そんなことを言うのは、あたしの隣を歩いているジークルーン伯爵だった。右翼に展開していた彼女の軍は、ヴァルマ・スオラハティによって壊滅していた。残された手勢は僅かであり、進むにしても退くにしても心もとない。結局彼女は、あたしとともにブロンダン卿の所へ行くことを選択した。ブロンダン卿に自軍への攻撃中止や捕虜の解放を直訴する腹積もりなのだろう。

 そう言う訳で、わたしとジークルーン伯爵は最低限の護衛だけを連れて森の中を歩いていた。戦場の大半は見通しの良い麦畑だからね。そんなところを歩いていたら、あっという間に敵に見つかってしまう。少々遠回りになるが、森の中に身を潜めながら進むのが安全で確実だと判断したのだった。

 

「……ブロンダン卿は話の通じる相手だという話だ。会って話をすれば、最悪の事態だけは避けられるんじゃないかと思ってるんだがね」

 

「本当か? あんな連中を飼ってるような男が、マトモな手合いだとは思えんのだが……」

 

 身震いをしながら、ジークルーン伯爵はそう言った。右翼での戦いが、そうとうに恐ろしかったのだろう。取り繕う余裕もないのかあの慇懃無礼な態度もすっかり鳴りを潜め、砕けた口調になっている。

 

「女でも大概なのに、よりにもよって男だぞ!? 悪魔も怯むような大淫夫なのでは」

 

「い、いや、そんなことは……」

 

 あたしは以前の狩猟会で見たブロンダン卿の顔を思い出した。いかにも実直で生真面目、という風情の男だった。女を惑わし手のひらの上で転がす淫夫という印象は……ない。

 

「なにはともあれ、彼が敗者であるディーゼル家に寛大な処分を下したのは事実なんだ。連中と同じように遇してくれることを祈ってるけどね」

 

 ディーゼル家の連中は理不尽な動機でリースベンに戦争を挑み、そして敗北した。それから僅か一年で、奴らはまるでブロンダン家の尖兵のように振舞っている。ならば、我々も彼女らと同じ場所に収まることが出来るのではないだろうか?

 ……思えば、最初からそうしていればよかったのだ。皇帝家など、毛ほども役には立たなかった。神聖帝国などからはさっさと離脱し、頭を垂れる相手をブロンダン家に切り替えておけばよかったのだ。同じ臣下という立場になれば、ディーゼル家が我が領に侵攻してくるリスクは大幅に減る。あたしも安心して後進に席を譲ることができていたはずだ。

 

「今さらか」

 

 あたしは小さく呟いた。本当に、今さらだ。それに、我が孫アンネリーエはリースベン軍を舐め腐っていた。あたしがブロンダン家への鞍替えを選択していても、あの馬鹿は納得してくれなかっただろう。まったく、ままならないったらありゃしない。

 

「なにをブツブツ言ってるんだ、耄碌したか」

 

「シバくぞ」

 

 あたしはジークルーンを蹴飛ばしてから言った。彼女は涙目になりながら「シバいてから言うな」と言い返してくる。そう強くは蹴っていないが、衝撃が腕の骨折に響いたらしい。

 

「……まあいい。それより、このまま進んで大丈夫なのか? 迷ったりしないよな?」

 

「馬鹿言うな、ここは我がミュリン家代々の御用猟場だ。あたしゃガキの時分からこの森を駆けずり回ってたんだ、自分の家の庭で迷う奴がどこに居る?」

 

「ならいいが……」

 

 まったく納得していない声で、ジークルーン伯爵はそう言った。あたしが信用できないというより、不安のあまり何もかもが信用できなくなっているという風情だ。この戦いで増長を打ち砕かれたが故の態度だろう。

 

「そんなことより、いい加減に静かにしな! あたしらは隠密で敵中を突破しなきゃならないんだよ、それがわかってんのかいさっきからペチャクチャペチャクチャ!」

 

「な、なんだとぉ……!?」

 

 ジークルーンが憤慨し、言い返そうとした瞬間だった。森の奥から、悲壮な叫び声が聞こえてきた。あたしとジークルーン伯爵は顔を見合わせる。

 

「……味方が敵に襲われているのかも。様子を見に行くよ、ついてきな」

 

「おまっ、さっきの自分の発言を忘れたのか? 隠密行動だぞ!」

 

「馬鹿言え、敵の位置を把握しとかにゃ隠密どころじゃないだろ」

 

 そう言ってあたしは、森の奥へと進んでいった。森の中での戦いでは、情報収集が特に重要だ。この森にも敵が侵入してきているというのなら、早めにその正体や規模を調べておきたいところだった。

 

「誤チェストにごわす。こや目当ての騎士じゃなか」

 

「またにごわすか!」

 

 幸いにも、"敵"はすぐに見つかった。茂みに潜む我々のすぐ向こうでは、エルフの一団がたむろしている。エルフどもは生首を片手にあれこれ検分しており、その横には首無しの死体が山積みになっていた。

 

「ひぇ……」

 

 その地獄めいた光景に、ジークルーン伯爵が小さく悲鳴を上げる。彼女とて腐っても武人、死体など見慣れているだろうが……まるでゴミのように首無し死体が積み上げられている様は、なかなかにショッキングだ。

 

「獲物は皺くちゃんオオカミ獣人じゃちゅう話だぞ。こんわろはまだ若か」

 

(オイ)らから見れば短命種(にせ)など皆若かがな」

 

「違いなか。グワッハハハ!」

 

 エルフどもは生首を放り捨てながら爆笑する。皺くちゃのオオカミ獣人……あたしだ! あいつら、探してるんだ……あたしの首を……!

 

「じゃっどん敵ん首級が大量じゃなあ。持って帰っとも少々骨じゃっどん……どうしましょう(どげんしもんそ)?」

 

「うむ、そうじゃな……耳だけ削っせぇ、あとはみなエルフ式焼き畑農法(火葬)してやってん良かが……」

 

 部下のエルフの問いに、リーダーらしきエルフが腕組みをしながら思案する。その顔に、あたしは見覚えがあった。

 

「フェザリア・オルファン……!」

 

 エルフどもの皇女、茶会の席で我が孫の首を叩き落そうとしたあの女である。まずい、あの女が居るってことは……エルフの本隊が森に侵入している! これはマズイ、大変にマズイ。

 

「ズューデンベルグ市に持ち帰って広場でさらし首にすっど! ズューデンベルグ領民は昔からミュリン騎士に無体を働かれちょったちゅう話じゃ、きっと喜んでくるっことじゃろ」

 

「おおっ、流石は殿下! 良か考えじゃ」

 

「ズューデンベルグには飯ん恩義があっ。こん辺で一つ、恩返しをしちょくちゅうとも悪うなかな」

 

「おお、そうじゃ! ズューデンベルグからミュリンまでん道すがらに、ミュリン騎士ん首で一里塚を作っちゅうたぁどうやろうか?」

 

「おう、おう、名案にごつ! そいで行こう!」

 

 冷や汗をかく我々をしり目に、エルフどもは野蛮極まりない話題で大盛り上がりしている。涙目になっているジークルーンを一瞥してから、あたしは背後を指さした。

 

「逃げるぞ、相手がエルフじゃ分が悪い。別のルートを探した方が……」

 

 そこまで言った瞬間だった。ボゥという凄まじい音と共に、燃え盛る液体が我々の潜んだ茂みにむけて放たれた。我々は慌てて茂みから飛び出す。逃げ遅れた護衛の一人が火だるまになり、耳障りな悲鳴を上げつつ地面の上をのたうち回った。それでも彼女の身体にまとわりついた炎は消えず、むしろ周囲に延焼していく始末だ。

 

「くそ、気付かれたか……!」

 

「エルフは森ん種族じゃ。我々が森ん中で獲物ん臭かに気付かんとでも思うたか」

 

 フェザリアは挑発的な笑みと共にそう言って、我々を睨みつけた。

 

「そん声、イルメンガルド・フォン・ミュリンじゃな。自分からノコノコ狩人の前に出てくっとは、感心な獲物じゃらせんか。……火炎放射器兵! 逃げ道を塞げぃ!」

 

 そう言って彼女が手を上げると、森の中から分厚い革製のマスクと外套を纏った不気味なエルフ兵たちが現れた。彼女らは手に持った筒から炎を噴射し、我々の背後の木々を燃やし始める。森はあっという間に火の海と化していった。こ、この炎上スピード、どうなってるんだ!? 生木なんて、火炎魔法をぶちこんでもすぐには燃えださないはずだぞ!

 

「まて! 待ってくれ! 我々は降伏しに来たんだ! 戦う気は……」

 

「開戦前はもはや問答無用ちゆて交渉を打ち切った分際で、旗色が悪うなったや話を聞いてくれち申すか! なんたっ雄々しか女じゃろうか、やはり許しちょけん! せめて女らしゅうさぱっと殺してくるっ、往生せい!」

 

 そう叫ぶなり、フェザリアは短弓を構えて射かけてきた。その精度はすさまじく、吸い込まれるようにあたしの胸甲へと命中した。あたしは半ば吹っ飛ばされるようにして地面に倒れ込む。くっ……短弓とは思えない威力だね。魔装甲冑(エンチャントアーマー)ではない普通の鎧だったら、貫通されてたかもしれない。

 

「く、くそ……このエクストリーム蛮族が……! 逃げるぞ!」

 

 あたしは護衛の騎士に助け起こされ、慌てて逃げ始める。はっきりって、闘争以外の選択肢はなかった。なにしろフェザリアはミュリン家一番の騎士を一刀のもとに切り捨てたほどの達人だ。生半可な手段では倒せない。ましてや、エルフ兵は彼女の他にも大勢いる……。こうして、我々の絶望的な逃避行が始まったのだった。

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