異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第494話 くっころ男騎士と決戦の夜(2)

 エルフ部隊の撤収は粛々と進んだ。市民反乱は既に始まりつつあったが、そこは精兵揃いのエルフらのこと。まともな軍事教育すら受けていない市民らでは捕捉することすら難しい。彼女らは市民らの追撃をするりするりと潜り抜け、幻のように街の中から消え失せた。

 僕は街の正門で、彼女らを出迎えた。部隊の指揮はソニアに任せている。実戦中に総指揮官が指揮本部から離れるのは大変によろしくないのだが、こればかりは仕方がない。フェザリアらはこれまで困難な任務を良くこなしてくれたし、この後も少しばかりの無茶ぶりをする予定なのだ。しっかり激励して、士気を維持してもらわねばならない。

 

「お帰り、フェザリア。それにみんなも」

 

 街の中から戻ってきたエルフ部隊に向け、僕はそう言った。現在、僕たちがいる正門前にはなんとも剣呑な雰囲気が漂っていた。かつてこの場所にあった大扉は、以前の戦闘で完膚なきまでに破壊されてしまっている。その扉の代わりに、アリンコ重装兵らが密集隊形(ファランクス)を組んで門を守っているのだった。

 この門の維持は、戦略・戦術上きわめて重要な意味がある。僕は市民反乱を無視することにしたが、それは反乱を街の中に封じ込める自信があったからだ。この街にある大きな門は、正面にあるここだけだった。まあ、小さな門や港を使ったルートなども利用できなくはないが、正門以外の門は小さすぎて大勢が出入りするのは難しいし、港に関しては使えそうな船はすでに大方沈めたり川に流したりしている。つまり、ここを抑えている限りは暴徒の大群が街の外にまであふれだしてくるような事態は防げるということだ。

 ありていに言えば、これは市民を守るために建造された重厚な防壁を逆手に取り、民衆を封じ込めるための檻として活用しようという作戦だった。むろん市民らは正門に殺到するだろうが、いくら数が多かろうとも所詮は装備も練度も兵士とは呼べぬような連中だ。アリンコ重装歩兵の"壁"を突破することは困難だろう。

 作戦的にはこの一晩だけ持てばよいので、この程度の雑な封じ込めでも十分に機能すると踏んでいた。軍学上、戦況に触れることができない遊兵はいないのと同じだ。街の封鎖を徹底している限り、暴徒らはそれほど恐ろしい相手ではない。

 

「ん、お出迎えあいがとごわす」

 

 ちょっとした外出から戻って来たかのような声音で、フェザリアは答える。彼女を含め、エルフらの顔に疲労や苦悩の色などはない。……いやはや、流石だな。僕も経験があるからわかるのだが、本気でこちらに牙を剥くつもりで行動を起こした市民集団というのはたいへんに恐ろしいものだ。練度だけ見ればそこらの雑兵未満なのだが、数の暴力の前には多少の練度などは誤差同然だ。暴徒化した市民の大群はほとんど災害に近い存在なのだ。

 にもかかわらず、この泰然自若とした態度。まったく、百年とか二百年とかいう単位で戦い続けている本物の戦闘民族は格が違うな。一人の戦士としては、尊敬の念を抱かずにはいられないだろ。

 

「街の方はどうだった」

 

「石やレンガん家が多かで少しばかり面倒じゃっどん、まあ二日貰ゆれば鎮圧は可能やろう。こん地ん民に戦士は少なか、カカシんような輩ばっかいじゃ」

 

 腰に差した木剣の柄をポンポンと叩きつつ、フェザリアは言う。……二日で鎮圧可能って、それもしかして市民全滅させるつもりじゃないよね? 石やレンガの家ばかりで面倒って、まーた放火する気かお前。まったく、もう。これだから蛮族はさぁ、敵国とはいえ市民に手を出しちゃいかんという意識の全くない連中はさぁ……。いやまぁ、この世界の軍組織は多かれ少なかれそういう部分はあるのだが。人権概念のまだ存在しない世界の野蛮性をナメてはいけない。

 とはいえ、現代国家で軍人やってた経験のある僕としては、その辺りは気になっちゃうわけですよ。実際のところ現代の軍人ですらちょくちょく虐殺めいたことをしてしまうのは現実ではあるのだが、だからこそ人権意識は単なる建前などにしてはいかん。最低限の道徳を失った時、人は容易に獣に落ちてしまうからだ。

 この"市民反乱を無視する"という作戦も、実はその一環だったりする。市民相手には戦いたくないからな。街を戦場にする以上まったく戦いに巻き込まない、というのは不可能だろうが。しかしそれでも、民衆に武器を向けるような状況は出来るだけ回避したかった。まともに市民反乱に対処してたら確実に人手が足りなくなるという事情もあり、このような作戦を立てるに至ったという次第だ。

 

「あっ、そう……流石はエルフ。とはいえ、君たち精鋭にそんなくだらない仕事を任せるわけにはいかんからな」

 

 お世辞ではなく本音で僕はそう言った。ファルージャで目にした光景と同じものを部下たちに見せたくはない。ましてやモガディシュの戦いの再演などは論外だ。僕はちらりと正門の方を見た。そこでは、槍と盾を構えたアリンコ兵が集結中の暴徒と対峙している。

 両者の緊張感は高まるばかりだ。すでに暴徒らは投石などを始めており、アリンコ・ファランクスには石やらゴミやらが降り注いでいる。アリンコ兵は掲げた盾でそれを防ぐことに徹しているが、そのうち反撃を始めるだろう。市民と僕の兵士たちが戦う姿などは見たくもないが、自己防衛をするなとは言えない。僕はため息を吐くことしかできなかった。

 

「エルフ隊にはもっと面白い仕事を用意している。楽しみにしておいてくれ」

 

「面白か仕事ちゅうと、やっぱい例の?」

 

「ああ、アレだ。工兵隊はよく頑張ってくれたよ。あとは敵が罠にかかるのを待つばかり、だ」

 

 リッペ市を放棄してまで用意した切り札だ。塹壕線の維持だとか足りない火力の穴埋めだとか、そんな陳腐な任務に投入するのは圧倒的に勿体ない。僕は彼女らがもっとも輝くであろう任務を用意していた。適材適所、というやつだな。

 

「穴掘りはハキリどもんお家芸じゃっでね。こればっかいはエルフも敵いもはん。……じゃっどん、先ん戦いでやられた手を今度はこちらが使う訳じゃしか。確かにこんた愉快や」

 

 黙っていれば名工の手掛けた女神像のように美しいその顔を獰猛にゆがめ、フェザリアはくつくつとくぐもった笑い声を上げた。もとがとんでもない美人だけに、こういう表情になると迫力がスゴい。正直、怖いくらいなんだよな。

 

「……ま、何はともあれ君たちの仕事はもう少し後になってからだ。長期間の警備任務で、流石の君たちも少しばかりくたびれている所だろう。温食を用意してあるから、しばらくくつろいでいてくれると嬉しい」

 

 ただし、出来るだけ目立たないようにね。僕はそう付け加えた。一応、対外的にはまだ彼女らは街中に居ることになっているのだ。その存在がエムズハーフェン軍にバレてしまっては奇襲効果が半減してしまう。事を起こすまでは目立たぬよう大人しくしてもらう必要があった。

 まあ、今は夜だしそこまで警戒する必要はないだろうがね。一応偽装のために街中には少数の精鋭エルフ兵を残しているし(実際、街の方からはほら貝やら鏑矢やらの音が聞こえてきていた。残置部隊による対暴徒かく乱戦術だ)、そうそうバレるものではないだろう。怖いのはスパイだが、これに関してもそれなりの対策は打っている。

 

「別にそげん疲れちょらんが」

 

 少し唇を尖らせ、フェザリアは前線の方を一瞥した。そちらからは、相変わらず悲鳴やら剣戟の音やらが響いてきている。もちろん山砲隊も全力射撃を継続中だ。遠くから見ているだけでも、相当の激戦であることが伝わってきた。

 

「あちらが難儀しちょっごたってあればしばし手を貸してん良かど」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 フェザリアの提案を、僕は即座に拒否した。確かに前線の戦況は予断を許さないが、だからといってエルフを投入しては作戦の根底自体が崩れてしまう。

 

「休むのも軍人の仕事のうちさ。君たちは君たちの仕事を果たしてくれ」

 

「ん、承知した」

 

 素直に頷くフェザリアに、僕は内心安堵した。納得しなければ平気で命令不服従をやらかすのがエルフという連中だ。あれこれ指示を出すだけでも、なかなか神経を使う。まあそれでも、僕の言うことは聞いてくれる方なのだが。アデライドやロリババアなどは、何かを命令しても聞き入れてくれる場合のほうが稀だという話だしな。……そんな状態でよくもまあ新生エルフェニアを維持できてたな、ロリババア。

 

「みながキチンと自分の仕事をこなせば、この戦いは必ず勝てる。今晩一夜の辛抱だ、気張ってくれ」

 

 僕は言い聞かせるような調子でそう言ってから、僕は最後に常に忠誠を(センパーファイ)! と付け加えた。前世からの癖で自分や部下に気合を入れる際にはつい口にしてしまう言葉だが、エルフたちほどこの標語を言い聞かせたい連中もいない。幸いにも、彼女らは揃って腕を掲げてそれに応えてくれた(当然だが一応隠密作戦中に大声で鬨の声を上げるようなアホはエルフ兵には一人もいない)。本当に頼むぞ、お前ら。別に僕個人に忠誠をささげる必要はないが、リースベンという共同体と任務、そして戦友に対しては無窮の忠誠を向けてほしいものだ……。


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