異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第511話 くっころ男騎士の過労

「そうだな、僕も同意見だ。……たいへんにありがたい申し出であります、閣下。こちらとしても、できれば市民とは戦いたくはありませんから。ご提案の通り、リッペ市のほうはエムズハーフェン軍のほうへお任せいたします」

 

 リッペ市の暴徒鎮圧を、捕虜のエムズハーフェン軍に任せる。選帝侯閣下のそんな提案を、僕はありがたく受諾することにした。いや、だって、キレた市民の相手なんて絶対にやりたくないだろ。エムズハーフェン軍だけでも難敵だったのに、これにくわえて第二ラウンドとか普通に冗談じゃない。

 

「話が早くて助かる」

 

 露骨にホッとした様子で、選帝侯閣下は頷いた。その安堵は領民の被害を抑えることができるからだろうか、それともこの鎮圧作戦を用いて何かしらの反撃を考えているからだろうか? 前者ならいいが、後者だとマズいよな。万一に備えて一応保険はかけておこう。たとえば、アーちゃんの身柄をキッチリ確保し続けておくとか。……あの人望のない雌ライオンを人質にしたところでどの程度の効果があるのかは、ちょっと怪しい所があるが。

 

「しかし、市民とは戦いたくない、か。だから、市内に駐屯していた部隊をぜんぶ退いてしまったわけか?」

 

 そんなこちらの懸念を知ってか知らずか、エムズハーフェン選帝侯閣下は何とも言えない微妙な表情で豆茶を飲み下した。あまり美味いとは思っていなさそうな顔である。

 

「ええ、その通りであります。まあ、もちろん戦術的な意図が全くなかったかと言えば嘘になりますが」

 

「何はともあれ、私は貴殿の奇策にすっかり嵌ってしまったのは確かだ。街中に居るとばかり思っていたエルフどもが、まさかこちらの本陣に牙を剥くとは」

 

 選帝侯閣下は深い深いため息をつきながら、視線をフェザリアのほうへと向けた。いったんは別行動を取っていたエルフ隊だが、今は本陣に戻ってきている。正直フェザリアに書類仕事は向いていないが、こいつらは放置しているとロクなことをしないからな。目につく所に置いておいた方がいいだろ。

 

「戦うすべも持たん短命種どもを虐げて喜ぶ趣味はなか。ぼっけもんは兵子(へご)と戦うてこそじゃ。そげん意味では、お(はん)とお(はん)ん軍は良か兵子(へご)じゃった」

 

「……すまない、何を言っているのかわからない」

 

 フェザリアの言葉に、選帝侯閣下は冷や汗をかきながら首を左右に振った。流石に、慣れない者ではエルフ訛りは聞き取りづらいらしい。僕もエルフらと交流を持ち始めた当初は困惑したものだ。

 

「戦士の役割は、民草を虐げることではなく相手の戦士と戦うことです。その点では、閣下と閣下の騎士たちは尊敬に足る好敵手でありました。……と、申しております」

 

「そ、そうか。あの(・・)勇猛果敢なエルフにそこまで言ってもらえたのであれば、部下たちも喜ぶだろう。あとで伝えておく」

 

 ノドに魚の小骨でも引っかかったような表情で選帝侯閣下はそう言った。どうにも、エルフどもに苦手意識を抱いている様子である。難しい顔で豆茶のカップを口元に運び、そしてますます顔をしかめる。そして自分の腹を軽くさすり、ため息をついた。

 

「……申し訳ないが、豆茶を白湯に替えてくれ。せっかく淹れてもらったのに、申し訳ないが」

 

「ええ、もちろんです」

 

 理由も聞かずに、僕は従兵に申し付けて選帝侯閣下の豆茶を取り返させた。どうも、彼女は胃腸を痛めてしまっているように見える。その原因は……考えるまでもなくこの戦争による心労だろう。正直、だいぶ心苦しい。我々は別に、彼女やエムズハーフェン領に恨みがあって侵攻してきたわけではないのだし。

 

「……まあ、何はともあれ、我が領民に気を使ってくれたことは感謝しよう。正直に言えば、この街が血に染まる事態も想定していたのだ、私は。そうならずに済んで、正直ホッとしている」

 

 そうは言うが、リッペ市ではいまだに大規模な暴動が続いている。市民の血がまったく流れていない、ということは流石にないはずだ。街の出入り口をふさぐアリンコ隊と暴徒の交戦はいまだに続いているし、内部では略奪やら何やらも起きているだろう。こういう経験は初めてではないとはいえ、やはり気分は悪い。

 

「これ以上の流血を避けるためにも、すみやかに街の混乱を治める必要がありますね。こちらも出来る限りの手助けはいたしますので、何かあればなんなりとお申し付けください」

 

「ありがとう、助かる」

 

 そういって、選帝侯閣下は小さくため息をついた。なんとも、こういう苦労人じみた所作の似合うお方である。その小動物めいた容姿も相まって、そこはかとなく罪悪感を刺激される。

 

「ああ、そうだ。せっかくですから、正式な停戦協定も結んでおきましょう。現在の協定は、そちらの筆頭参謀殿が代理で調印したものですし」

 

 僕は今思いついたかのような口調でそんな提案をした。現在、我々とエムズハーフェン軍の間では暫定停戦協定が結ばれている。しかしそれはあくまでこのリッペ市戦域の部隊に限ったものだ。リュパン団長のほうの戦線はいまだに戦闘が続いているはず。先代皇帝と選帝侯の両名が捕縛された以上、あちらの戦闘も延々と続ける意味はなかろう。

 

「……承知した。我がエムズハーフェン軍の全軍に停戦を発令しよう。これ以上あがいても無駄な流血が増えるだけだ。負けを負けと認められぬ者に、将たる資格はない……」

 

 さすがは知将、こちらの意図をすぐに察してくれるな。話が早くて助かる。僕はこちらの幕僚に目配せをして、事前に用意してあった正式な停戦の協定書を選帝侯閣下に渡した。彼女はそれをしっかり読み込み。筆頭参謀と二言三言相談した後、協定書にサラサラと署名した。それに続いて、僕もサインをする。これで、ここしばらく続いた戦いもお終いだ。

 

「ありがとうございます、閣下。……改めまして。お見事な戦いぶりでありました、閣下。貴方様のような名将と戦えたことは、我が一生の誇りであります」

 

 そう言って、僕は選帝侯閣下と握手を交わす。

 

「……名将、ね。これほどコテンパンにやられておいて、そのように言われるのは面はゆいな。名将という称号は、私ではなく貴殿にこそふさわしい」

 

「部下に恵まれました。ただ、それだけです」

 

 前世知識もあるしな。あんまり慢心だ出来ないだろ、正直なところ。そんなことを考えていると、ふと選帝侯がこちらに気づかわしげな目つきを向けていることに気付いた。

 

「優秀な部下、ね。だったら、その部下に仕事を任せて、君は一休みするべきではないだろうか。正直に言えば、あまり顔色がよろしくないぞ」

 

 む。まさかまさか、敵方の将軍にそのようなことを言われてしまうとは。そんなに調子が悪そうに見えるかね、僕は。……いや、そりゃそうだろ。流石に三徹はしんどいわ。限界だわ。とはいえ、仕事はまだまだあるからなぁ。

 

「いえ、いえ。部下たちが頑張っている中、僕ばかり休むわけには参りません。男だからと甘えた態度が許されるほど、軍隊は甘い組織ではありませんから」

 

「どうかな? むしろ、男性である貴殿がそうも頑張っていたら、部下たちのほうも却って休みづらくなると思うのだが」

 

「む……」

 

 言われてみればその通りである。普段ならばその辺りもある程度気を使っているのだが、寝不足のせいかどうにも頭が回っていない。いや、まあ、ソニアがダウンしている分、そちらの仕事も僕がこなさねばならないという事情もあるのだが。

 

「我が方の上官を見よ。部下など顧みずグースカ寝ていらっしゃるぞ」

 

 逡巡する僕に、選帝侯閣下は更なる追撃を繰り出してきた。ちなみに、上官というのはもちろんアーちゃんのことだ。完全にノックアウトされてしまった彼女は、今はソニアと同じく野戦病院に収容されている。ぶっちゃけ、だいぶ羨ましい。

 とはいえ、選帝侯閣下の声音は冗談めかしてはいても少々恨みがましいものだった。自分が後方でひどい目に遭っている間、前線で遊び惚けていたアーちゃんにはそれなりに思うところがあるのだろう。よくよく考えれば閣下は自分一人とその手勢だけでヴァルマ隊、フェザリア隊、そしてネェルというこちらの切り札三枚と対戦する羽目になったのだから、そりゃあ恨み言の一つも言いたくなるよな。

 

「こればっかりは選帝侯閣下に完全同意ですわ~! 過ぎたる真面目は美点ではなくってよ~!」

 

 そこへ口を挟んできたのがヴァルマだった。彼女は上がって来たばかりの書類に目を通しつつ、かけていた眼鏡の位置を直した。この愚妹は、本や書類を読む時だけは特注の洒落た伊達眼鏡をつけるのである。

 

「ここはわたくし様に任せて先に行け! ですわ~。寝不足の半病人みたいな上司が職場をチョロチョロしてたら普通に迷惑でしてよ~。病み上がりの閣下ともども、お休みなさいまし~!」

 

「むぅ、私もか」

 

 選帝侯閣下は唇を尖らせた。たぶん、僕も同じ表情をしていると思う。顔を上げ、僕らを一瞥したヴァルマは深々とため息をついた。

 

「リッペ市の件があるとはいえ、流石にすぐに出陣! という訳には参りませんわ~。準備はそちらの参謀殿にお任せして、あなたは休んだ方がよくってよ~」

 

 ヴァルマの言葉に、筆頭参謀殿がウンウンと何度も頷いた。どうやら彼女も同感らしい。

 

「しかしだな……」

 

「あんまりしつこいとカマキリちゃんに頼んで強制的に眠らせて差し上げますわよ~」

 

「それは勘弁願いたい……」

 

 青い顔で選帝侯閣下が首をブンブンと振る。どうやら、ネェルがトラウマになってしまったようだ。まあ気分はわかるよ。

 

「わかった、わかった。そこまで言うなら休ませてもらおう」

 

 結局、そういうことになった。

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