異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第525話 カワウソ選帝侯とロリババアエルフ(1)

「お初にお目にかかります、選帝侯閣下。ワシはダライヤ・リンド、リースベンでエルフのお飾り酋長などをやっておる者ですじゃ」

 

 ウワサの曲者エルフ、ダライヤ・リンドはブロンダン卿に紹介を受けて挨拶した。一見すると、名工の手によってつくられた人形のようにも見える愛らしい童女だ。軍服風の(つまり女物の)礼服を見事に着こなしたブロンダン卿の隣にいるせいか、余計に幼さが強調されて見える。

 しかし、この女が単なるお稚児さんなどではないことを私は承知していた。なにしろ、あの老練なイルメンガルドの婆さんをして、あれほどタチの悪い相手と会うのは生まれて初めてだと言わしめるような人物だからね。油断をしたあげく足元をすくわれるような醜態を見せるわけにはいかない。

 

「噂はかねがね聞いている。お手やわらかに頼むぞ、リンド殿」

 

 そう応じて、私は彼女と握手をした。こちらは王侯に属する大貴族で、相手は辺境の蛮族酋長。身分差を考えればむしろ握手などするべきではないのだけれど、ここはあえて自分から手を出した。ダライヤはソニア・スオラハティと並ぶブロンダン卿の腹心だという話だからね。仲良くやるつもりはありますよ、というアピールくらいはしておかなければならない。

 

「どんな噂を聞いたのやらわかりませぬが、ワシなどはただの歳ばかり食った老婆にすぎませぬ故な。皆様方のお邪魔にならぬよう端の席で小さくなっておりますので、どうぞおらぬ者として扱ってくだされ」

 

 不安げな声でそんなことを言うダライヤ。その姿を見ていると、本当に年端の行かない童女か、あるいは半ばボケた年寄りのような……つまり、"戦力外"の人間であるように思えてくるから不思議だ。これが意識的な擬態だというのならば、たしかにコイツはとんでもない食わせ物でしょうね。

 

「ははは、その手には乗らんぞ。知識と経験を蓄えた古老ほど恐ろしくも頼りになる存在を私は知らぬ」

 

 私はイルメンガルドの婆さんの方をチラリと見ながら言った。彼女は、とんでもない詐欺の現場を目にしてしまったような顔で首を振っている。またこの手管か、と言わんばかりの様子だ。

 

「ちなみに、参考までに聞きたいのだが……貴殿の御歳はいかほどなのだろうか? いや、無礼な質問を申し訳ない。なにぶん、身近に長命種の者がおらんのでね。ふと興味がわいた」

 

「さあて……過ぎる年月を数えるのに飽いてだいぶになりますからのぉ。細かいことは覚えておりませぬが、五百か六百くらいでしたかのぉ……」

 

 ぼけ老人そのものの口調でそんなことを言いつつ、ダライヤは視線をさ迷わせた。口調は年寄りでも声音は愛らしい童女のそれなので違和感がすごい。……しっかし、六百歳? すっごいわねぇ。想像もつかないわ。それだけの経験があれば、そりゃあ手ごわい相手にもなるか……。

 

「ばあちゃん、五百もサバを読むのは流石にやりすぎだよ。サバが多すぎてもはや魚群だよそれは」

 

 ところが、そこへブロンダン卿が口を挟んできた。指摘された本人は、明らかに素とわかる声で「エッ!?」と叫んだ。

 

「あ、あ、確かにそうじゃったかもしれん。そうか、何日か指摘を受けたばかりじゃったのぉ……」

 

「何日か前じゃないよ、年齢を指摘したのは去年ぶりだよ」

 

「そうじゃったっけ……? まあ、昨日も去年も大差ないからの。気にするほどではないじゃろう」

 

「大違いだよっ!」

 

 思わずと言った様子でツッコミを入れるブロンダン卿。ダライヤは曖昧な笑みを浮かべながら頭を掻いた。……これ、本当にボケてたりしない? イルメンガルド、大丈夫? 策士に一杯食わされたと思ってるのはイルメンガルドだけで、実はぼけ老人に振り回されてるだけだったりしない?

 

「無駄に長生きしてしまうと、時間の感覚があいまいになっていかんのぅ……おお、そうじゃそうじゃ。これ以上恥をかかんうちに、先に聞いておこう」

 

 わざとらしく手をポンと叩いてから、ダライヤは私の方を見た。いつのまにか、彼女の纏うぽけぽけした雰囲気が消えている。代わりに現れたのが、名刀のように鋭い気配。これは……仕掛けてくる気ね。私は腹に力を入れた。やはり、これまでの態度は擬態だったか……!

 

「選帝侯閣下、もしや貴殿はゲアリンデ・アウラー殿の御子孫ではありませぬか?」

 

「……ッ!?」

 

 身構えていたにも関わらず、私は思わず息をのんだ。予想もしない方向から攻撃が来たからだ。ゲアリンデ・アウラー……またの名を、ゲアリンデ・フォン・エムズハーフェン! ああ、まさかここでその名前を聞くとは。確かに、私はそのゲアリンデの子孫……それも直系だ。いや、それどころか……家系図をたどれば、エムズハーフェン家の者は皆彼女にたどり着く。つまり、いわゆる開祖という奴だ。

 

「…………いかにも。ゲアリンデ・フォン・エムズハーフェンは当家の開祖である」

 

 心臓は全力疾走をしたかのように激しく鼓動し、冷たい汗がダラダラと出る。生まれて初めて味わう類の恐怖だった。長命種の口から、己の家の開祖の名前が出る? ああ、勘弁してほしい。本当に勘弁してほしい。

 そもそも、貴族家の開祖などというものはだいたいデリケートな話題なのよ。私たち貴族には青い血が流れているとされている。けれど、実際のところ天地開闢の時から貴顕だった家系など存在しないだろう。つまり、いずれかのタイミングで血が赤から青へと変わったわけだ。

 けれども、それを正面から認めてしまえば貴族の権威が傷ついてしまう。だから、私たちは『私の家系は最初から青い血でしたよ』、という顔をせざるを得ないのだ。……まあ、ブロンダン家のようにやたらと歴史の浅い家は、流石にそういう誤魔化し方はできないが。まあ、彼ほど急速に出世するような人間はそうそういないのだから、これは仕方ない。

 

「おおっ! やはりですか。いや、エムズハーフェンの名を聞いた時から、そうでないかと思っておったのですよ。そして、実際にお会いして、そのカンは確信に変わりました。流石は直系の御子孫、選帝侯閣下は顔かたちがアウラー殿によく似ておりますじゃ」

 

 アーッ! アアアアーッ! 最悪だ!! こいつまさか、初代様と顔見知りなのか!? ウワーッ! アアアアアアアアアーッ!! 私は内心絶叫しながら、テーブルに頭をぶつけたくなる衝動をこらえた。最悪だ。本当に最悪だ。なにしろ、初代様ことゲアトリンデ卿は……

 

「ほ、ほう。それは興味深い。もしやダライヤ殿は、当家の初代様をお会いになったことがおありかな」

 

「無論ですじゃ」

 

 旧友に再会したような晴れやかな顔で、ダライヤは頷いた。……ああ、これは。これは駄目だ。こいつ、全部わかってる。初代様が、ウチの……エムズハーフェン家にとっての黒歴史であることを!

 

「忘れもしませぬ、あれはワシが故郷を出て武者修行の旅をしていたころ。ある時、ワシは傭兵としてとある大戦(おおいくさ)に参加しましたのじゃ。それが、かの竜戦争!」

 

「……ちょうど、初代様が活躍されていた時分の話だな」

 

 竜戦争というのは、数百年前に怒った大戦争のことだ。西方の島国アヴァロニアから竜人(ドラゴニュート)の大軍がこの大陸西方に攻め入り、当時の大陸西方の覇者であった神聖オルト帝国の領域を大きく削り取った。その削り取られた領域は、竜戦争から十年もたたないうちに独立戦争を起こし、今のガレア王国になったという。

 

「その通り! あの戦争でも、モルダー川流域……すなわち、選帝侯閣下の所領のあたりは激戦地になっておりましてのぉ。そこで我らに立ちふさがったのが、かのアウラー船長(・・)というわけですじゃ」

 

「そ、そうか……」

 

 ああ、こりゃ、駄目だ。言い訳のしようがない。船長呼びするあたり、絶対にわざとだ。……なんの船長かって? 河賊……つまり、河の海賊の船の船長よ! 今ではモルダー川の守護者を自認している私たちだけど、当時はそうではなかった。むしろ、治安をバッチリ乱しまくる側だったってわけよ!

 もちろん、そんな不都合な歴史は今では完全に隠蔽されている。開祖ゲアリンデは公正で勇猛な騎士であって、乱暴狼藉の限りを尽くしたあげく街一つを占拠して領主を僭称しはじめた極悪人などではない。……ということになっている。

 その、ある意味エムズハーフェン家一番の恥部を……このクソエルフはよりにもよって初対面で突っついてしまった。なんという、なんという最悪ぶり。長命種にしか切れない特別なカードを、いきなり切ってきた。私のこころは、まるで決闘に出向いたら相手が大砲を出してきたような気分になっていた。

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