異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第65話 くっころ男騎士と狙撃

 攻城魔法を暗い、第一防衛線が失陥してから半日が経過した。その間、ソニアに指揮されたわが軍は類稀なる奮戦を見せ、なんとか台地内への敵侵入を拒んでいた。狭い山道内で、一進一退の攻防戦が続く。

 しかし、敵の戦闘力は異常だった。装備・練度ともに大国の精鋭兵と遜色ないレベルであり、真正面からぶつかれば一方的にやられてしまう。それでもなんとか持久戦ができているのは、ソニアの指揮の巧みさあってのことだ。

 

「……」

 

 戦いの喧騒を聞きながら、僕は歯を噛み締めた。部下たちが戦っているというのに、僕はただ待機していることしかできない。魔術師は、まだ出てこなかった。魔力の回復を待っているのだろう。

 僕は、部下の一人を引きつれて戦場からやや離れた山中に潜んでいた。服装も、普段の甲冑姿ではない。周囲の岩肌に馴染む色合いのローブを着用し、顔にも土を塗り込む徹底ぶりだ。なにしろ、味方陣地から離れて単独行動しているわけだからな。敵に見つかれば、あっという間に囲まれて死、あるのみだ。

 

「風向きが変わってきました。移動しましょう」

 

 観測手(スポッター)役の部下の騎士、ジョゼットが提案する。なにしろ、敵は獣人国家だからな。狼獣人のような鼻の利く種族が混ざっている可能性は高い。常に風下に居続けなければ、臭いで居場所がバレてしまう。

 

「了解」

 

 このあたりは下草すら生えていない岩山ばかりだから、移動すると言ってもノコノコ歩くわけにはいかない。そんなことをすれば一瞬で敵に見つかってしまう。岩陰に隠れるように、匍匐前進。それしかない。硬い岩や砂の上を長時間這って進んできたわけだから、全身がこすれて滅茶苦茶痛かった。

 

「……」

 

 ずりずりと匍匐前進しながら、やはり狙撃兵という連中は尋常ではないなと思う。辛いしきついし、何より孤独だ。味方部隊から離れ、少数で敵陣に接近するというのはかなりのプレッシャーを感じる。

 実際のところ、僕は狙撃兵としての正規の教育を受けたわけではない。しかし、狙撃兵を指揮した敬虔ならある。そこで見たり聞いたりした知識をもとにすれば、なんとかスナイパーの真似事なら出来るはずだ。……正直不安は感じているが、ほかに方法が思いつかないんだからしょうがない。

 そうこう考えているうちに、次の待機ポイントへ到着する。大きな岩と岩の隙間に身体を押し込み、敵から身を隠す。ジョゼットが無言で望遠鏡を覗き込んだ。僕もそれに倣う。

 

「……だいぶ辛そうだな」

 

 この地点は戦場を横から俯瞰できるため、戦況が良く見て取れる。まさに威風堂々といった風情で侵攻する敵傭兵を相手に、味方兵は長槍やライフル射撃を組み合わせることでなんとか対抗している。しかし、やはり分が悪い。地面に転がっている遺体は、明らかにこちら側の兵士の比率が高かった。

 今すぐ持ち場を投げ捨て、味方に合流したい。あいつらは死力を尽くして戦っているのに、お前は何をしているのか。士官としての義務を果たせ。そう言って僕を責める声が、頭の中で鳴り響いている。

 僕の判断は正しいのだろうか? いくら狙撃兵の真似事が出来そうなのが自分だけだとは言え、総指揮官が現場を投げ捨てて単独行動するなんてあり得ないのでは。……じゃあどうやってあの腐れチート魔術師を仕留めるんだよ!

 そう心の中で吐き捨てた僕の脳裏に、ふと前世の剣の師匠の鬼瓦めいた顔が浮かんだ。『あれこれ考えるんはチェストした後で良か!』……その通りだ。今はあのクソ魔術師をチェストすることだけに集中しなくては。

 

「……ッ! 敵隊列後方、例の魔術師です」

 

 頭の中で問答をしていると、ジョゼットが緊迫した声を上げた。僕はあわてて望遠鏡をそちらに向ける。あの地味な色合いのローブは、確かにターゲットの魔術師だ。その隣には、漆黒の甲冑で全身を固めたやたらとデカい騎士がいる。二人は、泰然自若とした足取りで前線に向かっていた。

 ……戦線復帰早くないか? 最悪、数日間は出てこないものと思っていたが。ターゲットが早く出てきてくれたのは嬉しいが、もう例の戦術級魔法が再使用できるようになったのだろうか? もしそうなら、恐ろしすぎる。絶対に放置できない敵だ。

 

「良かったな、今日中にカタがつくぞ」

 

 今日中に魔術師が前線に出てこなかった場合、夜闇に紛れて敵の宿営地に接近する手はずになっていた。これならばほぼ確実に敵魔術師を捕捉できるだろうが、危険度は今の比ではない。戦術級魔法のクールタイムが異常に短い可能性があるという懸念点は出てきたものの、狙撃自体の難易度は下がった。僕は密かに安堵していた。

 

「接近するぞ。ここから撃っても絶対に当たらないからな」

 

 安全を考え、僕たちは敵から一キロメートルほど離れた場所で待機していた。この距離からの狙撃は、一流の狙撃兵であっても専用の特殊なライフルを必要とする。ましてや、僕の腕前では撃つだけ無駄だ。

 二人して、慎重に前進を始める。もちろん匍匐前進だ。芋虫のような動きでじりじりと敵との距離を詰める。客観的に見たら、そうとうダサい姿だろうな。映画に出てくる特殊部隊みたいにスタイリッシュにはいかない。

 

「……」

 

 歩けば数分もかからない距離を、長い時間をかけて詰めていく。腕や腹、足などの地面と擦れる部位に滅茶苦茶な痛みを感じる。たぶん、血も滲んでいるはずだ。血の臭いは目立つ。鼻のいい敵に感付かれるのでは? いや、死臭に満ちた戦場でそんな判別が出来るはずがない。大丈夫だ。そう自分に言い聞かせる。

 しばらくして、やっと匍匐前進を止めた。敵との距離はもうかなり縮まっている。剣戟の音や悲鳴、怒声が鼓膜を揺らす。迷彩で偽装しているとはいえ、まじまじと見られたらすぐ気付かれるであろう近さだ。

 

「やるぞ」

 

 敵の魔術師は、前線に到着していた。歌のような呪文の旋律が、微かに聞こえてくる。女にしては低い声だった。もしかしたら、男かもしれない。自分以外の男が戦場に居るというのは、僕も初めての経験だ。でも、そんなことを考えている余裕はないので完全に無視する。

 連続した銃声が聞こえた。銃兵隊が魔術師へ向かって発砲したのだ。しかし、その銃弾は魔術師には届かない。巨大なタワーシールドを構えた黒騎士が魔術師の前で仁王立ちになり、あらゆる攻撃を弾いてしまう。まるで生きた城壁だ。銃撃を受けてなお、呪文の詠唱は止まらない。

 

「風向、北北西。風速、弱。目標まで距離五百メートル」

 

 指をぺろりと舐めたジョゼットが小さな声で報告した。この世界には風速計もレーザー測距儀もないからな。狙撃に必要な情報はアナログな手段で集めるほかない。風向・風速は肌感覚だし、距離は目測だ。

 

「……」

 

 背中に背負っていた銃を取り出し、巻き付けてあった迷彩布を外す。出てきたのは、普段使っている騎兵銃ではなく長い銃身を持つ猟銃だ。貴族のたしなみである狩猟には僕もよく参加しているが、この銃はその際に使用しているものだ。弾の飛び方などの癖は熟知している。

 意識して呼吸を整えながら、猟銃に雷管を装着。そしてゆっくりと構えた。残念なことに、その銃身の上についているのは光学照準器(スコープ)ではなく物差しのような見た目のアイアンサイトだ

 望遠鏡こそ存在するこの世界だが、そのレンズに正確な十字線(レチクル)を刻むのにはなかなかに難しい。不正確なスコープを使うよりは、使い慣れたアイアンサイトのほうがマシだった。

 

「……」

 

 撃鉄(ハンマー)を上げ、あの魔術師へ向けて照準を定める。幸いにも黒騎士は目の前の攻撃を防ぐのに夢中で、こちらから見れば魔術師の全身が露わになっている。頭だけとか手足の先だけとか、そういう針の穴を通すような正確な照準はする必要がない。体のどこかに弾が当たれば、もう呪文の詠唱どころではなくなるはずだ。

 しかし、この銃も当然単発式だ。再装填している時間はないだろうから、初弾でかならず命中させる必要がある。おまけに照準器はアイアンサイトと来ている。五百メートルという距離は、アイアンサイトで狙うにはかなり遠い。

 

「さあ、神仏照覧あれ……!」

 

 いや、当てる。何が何でも当てる。万一外したら……ソニアには敵に肉薄したりしないと言ったが、あれは嘘だ。全力で突撃してサーベルでチェスト、これしかない。総指揮官としては最悪の振る舞いだが、もし本当にあんな魔法を半日程度のクールタイムで再使用できるのだとしたら、相打ち覚悟でも仕留めなければならない敵だ。何が何でもチェストしてやる。そう思いつつ、僕は呼吸を止めて照準を定め、引き金を引いた。


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