異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

70 / 700
第70話 くっころ騎士と最後の攻撃

 爆発の正体は大砲を改造した簡易爆弾だ。火薬を限界まで詰め込み、砲口を塞いだだけの簡単な代物だが、なにしろ大きいので威力は抜群である。僕はこれを、擱座したフリをして第一防衛線の途中へ配置していた。

 いわゆる路肩爆弾というやつだな。前世の僕はコイツにさんざん悩まされたが、いざ自分が使う側になってみると本当に扱いやすい兵器だ。アレクシアも含め、敵兵は爆発の音と衝撃にびっくりして動きが止まっている。ちょうど、攻城魔法を撃ち込まれた時の僕たちと同じだ。

 

「馬車、行きます!!」

 

 そんな叫びとともに、数名の兵士が馬の繋がれていない馬車を押しながら突っ込んできた。切通は下り坂になっており、兵士たちの手を離れても荷馬車はぐんぐんと加速していく。その進路上にいた味方兵があわてて道を開けた。

 

「ウワーッ!?」

 

 勢いのついた荷馬車はそのまま敵陣へ突入した。不運な敵兵が数名跳ね飛ばされたが、悲劇はそれで終わりではない。馬車の荷台に満載されていた火薬ダルが一斉に爆発したのだ。その爆発力は、凄まじいものがあった。なにしろ備蓄してあった火薬をすべて投入したからな。

 爆発に巻き込まれ、幾人もの敵兵が吹っ飛ばされるのが見えた。爽快な気分だ。……でも、アレクシアは巻き込まれてないよな? あいつを殺して、近衛兵たちに仇討の名目を与えるわけにはいかない。そこが一番の不安要素だ。

 とはいえ、深く考えている暇はない。プランCは持久戦を投げ捨て短期決戦を図る乾坤一擲の策だ。使えるリソースはすべて投入してしまうので、この作戦が終われば僕たちの継戦能力は完全に失われてしまう。敵が体勢を立て直す隙を与えるべきではない。

 

「これより逆襲に移る。総員、我に続け!」

 

 僕は大声で叫ぶと、銃剣装着済みの騎兵銃を構えて駆け出しだ。突撃ラッパが鳴り響き、周囲の兵士たちが一斉に鬨の声を上げる。

 

「代官殿に遅れるなーっ!」

 

「帝国のクソどもが、舐めやがって! ぶっ殺せ!」

 

 一方、敵陣はいつの間にか白煙に包まれていた。馬車には爆薬だけではなく、煙幕弾ものせてあった。視界はまったく効かなくなっている。

 

「喰らえ!」

 

 敵陣に突入する寸前、一部の兵士たちが腰の袋から出した何かを前方に投げ込んだ。耳をつんざくような破裂音が連続して鳴り響く。投擲物の正体は、爆竹だ。当然殺傷力はないが、威圧効果は尋常ではない。特に今は、敵は視界を封じられた状態なのだ。

 案の定、情けのない悲鳴があちこちから上がった。敵からしたら、銃声も爆竹も区別がつかないだろうからな。マシンガンじみた連続射撃を喰らったように誤認してくれれば、万々歳だ。

 

「キエエエエエエエッ!」

 

 白煙の中であっけにとられる敵兵を見つけ、その喉元に銃剣を突き入れる。湿った悲鳴を短く発して、その女は地面に倒れ込んだ。

 爆竹の爆発音。本物の銃声。突撃ラッパ。そして剣戟の音や罵声。戦場は完全に混沌に包まれていた。

 

「ヌウーッ!」

 

 煙幕を切り裂くようにして、大柄な重装歩兵が剣を構えて突進してくる。僕は即座に騎兵銃をそいつにむけ、引き金を引いた。銃弾は肩に命中するが、魔装甲冑(エンチャントアーマー)に弾かれてしまう。しかし、姿勢を崩す程度の効果はあった。

 

「やらせんっ!」

 

 その隙を逃さず、ソニアが弾丸のように飛び出していった。クレイモアが閃き、敵兵の首を飛ばす。

 

「お見事!」

 

 僕は称賛しつつも、周囲に視線を走らせた。煙幕にさえぎられてよく見えないものの、いまの敵兵のように積極的に僕たちを迎え撃とうとする者はかなり少ない様子だった。むしろ、かなり逃げ腰になっているように見える。

 事前の精神攻撃が効果を発揮したのだ。『男騎士に率いられた食い詰め傭兵に殺された無能な騎士、ここに眠る』というアレだ。帝室の近衛隊。たしかに精鋭中の精鋭なのだろう。しかし、優秀な騎士である者ほど名誉を重んじる。

 こんなところで死んだら、彼女らには末代まで消えない不名誉が降りかかることになるだろう。男騎士風情に殺されるというのは、そういうことだ。いくら死も畏れぬ勇猛な騎士とはいっても、これは絶対に避けたいはずだ。同じ不名誉でも、死ぬくらいなら逃げて生き残った方がマシ。そういう判断をせざるを得ない状況を強いるのが、僕の作戦だった。

 

「手柄首がより取り見取りだぞ! 突っ込め突っ込め!」

 

 味方の戦意を鼓舞するべく叫び、僕自身も新たな敵を求めて走り出す。半分殺すと宣言したのは脅しではない。二度と僕たちに手出しする気を起こさないよう、彼女らには見せしめになって貰う必要があった。

 

「アルベール! そこに居るか!」

 

「むっ!」

 

 喜悦すら浮かんだ声が耳朶を叩き、背筋に冷たいものが走る。そちらに目を向けると、案の定そこに居たのはアレクシアだった。漆黒の甲冑は煙幕の中でもよく目立つ。かなりの威圧感だ。

 ちょっと脅かしたくらいで逃げるタマじゃないとは思っていたが、案の定か。どうしたものか、判断に悩む。こいつを殺したら、近衛隊は退くに引けなくなるはずだ。それは非常に困る。手持ちの戦力でこの精鋭部隊に勝利するには、逃げる背中に噛みついてやる以外の選択肢はないんだ。

 

「貴様か、アレクシア! その首級、頂いていく!」

 

 腕の一本でもぶった切れば、流石に退いてくれるだろう。本人が継戦を望んでも、周囲が許すまい。そう判断し、騎兵銃を投げ捨てサーベルを抜いた。

 

「キエエエエエエエエエエッ!!」

 

 即座に強化魔法を使い、突進した。アレクシアはそれを悠然と待ち受ける。大上段からの振り下ろし。彼女はそれを、腰から抜いた剣で受け止めた。

 

「のわっ!?」

 

「ぐえっ!」

 

 その結果、二人して同時に悲鳴を上げる羽目になった。アレクシアは防御のために構えていた自らの剣が肩口に激突し、吹っ飛ばされる。一方、僕の方もタダではすまなかった。なんとアレクシアの剣が突如バチバチと放電し、サーベルを通して僕を感電させたのだ。どうやら魔剣の類だったらしい。

 

「男の剣技か、これが! ますます欲しくなった!」

 

 空中で身を捻り、アレクシアは見事に着地した。胴鎧はへこみ、剣は半ばから折れている。だが、それだけだ。中身の方はピンピンしている。電撃のせいで途中で力が抜け、刃筋が通せなかったのだ。対する僕の方はひどい有様で、身体がしびれて剣を構えなおすことすらままならない。そして、その隙を逃す彼女ではなかった。

 

「グワーッ!」

 

 猛烈なタックルが僕を襲う。もともと、体格ではアレクシアのほうが圧倒的に優れているのだ。僕は抵抗すらできず吹っ飛ばされ、地面に転がった。いつの間にかサーベルも手から離れている。

 

「ぐっ!」

 

 不味い。そう思うより早く、アレクシアは僕に馬乗りになった。いつの間にか面頬が上がり、素顔が露出している。酷く興奮したような表情だった。

 

「こんな奥の手を隠し持っていたとは! どうやら我はきみを過小評価していたようだ。宮中伯程度の地位では確かに足りぬな!」

 

 彼女は僕の面頬を押しあげ、顔を近づけた。獣のような吐息が僕の頬を撫でる。

 

「ならば、我の夫になるというのはどうだ? 君にはそれだけの価値がある! 共に神聖帝国統一の礎になるのだ!!」

 

 そう叫ぶアレクシアの目はらんらんと輝いていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。