異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第77話 くっころ男騎士とチート男魔術師

 男魔術師は戦場慣れした僕ですらちょっとびっくりするような怒気を放っていた。鋭い目つきで、僕に馬乗りになったアレクシアを睨みつけている。

 

「それ以上狼藉を働くようであれば、ぼくとて容赦はしません。いかな陛……団長とはいえ、魔装甲冑(エンチャントアーマー)もなしにウィンドカッターなりファイアボルトなりを受ければタダではすまないと思いますが?」

 

 やめろよ! 僕まで巻き込まれるだろ! 助けたいのか殺したいのかどっちかにしろよ!

 

「そちらの方も、敵にその身を汚されるくらいなら殺される方がマシだと思っているはず。男騎士とはそういう生き方だと聞いていますので」

 

 そう語る彼の目はマジだった。さしものアレクシアも若干ビビった様子で身を固くする。男魔術師殿の車いすを押している侍男(侍女の男版にあたる使用人)が、不安そうな様子で僕たちと男魔術師の顔を交互に見ていた。……うちの代官屋敷に男の使用人はいなかったはず。こいつもアレクシアの部下だろうか?

 

「……い、いや、すまない」

 

 しばらくにらみ合った後、折れたのはアレクシアの方だった。慌てたように立ち上がり、僕に手を差し伸べてくる。僕は彼女の手を取らず、自分だけで立ち上がった。唇を念入りにぬぐいつつ、彼女から距離を取る。アレクシアは露骨にショックを受けた表情になった。……戦場でシバきまくられてもヘラヘラしてた奴がなんでこれでショックを受けるんだよ!

 まあ、正直キスに関しては若干役得だったような気はするんだけどな。とはいえ犯されかけたのは事実なので、清純(・・)な男騎士としては嫌悪感を覚えているポーズは崩すことはできない。貴族社会を生きる男として、淫乱扱いされるわけにはいかんからな。

 

「助かりました、感謝します」

 

「ぼくは自分の良心に従ったまでです」

 

 僕をちらりと見ながらそう言う男魔術師殿の口調は冷たい。まあ、こいつの足をブチ抜いたのは僕だからな。そのことを知らないにしても、自分から足を奪った連中の首魁ってだけで反感はモリモリ湧いてくるはずだ。

 

「……なんというか、その」

 

 アレクシアの方も、冷静になってきたらしい。彼女にしては珍しく、ひどくバツの悪そうな顔で何かを言いかけた。しかしそれを、男魔術師が「言い訳無用!」と遮る。

 

「とにかく、今はアルベール殿も貴方の顔は見たくもないでしょう。正直に言えば、ぼくもです。言い訳をするなら、お互いが冷静になってからの方が良いはず」

 

 いや、個人的にはアレクシアが動揺している今がチャンスな気がするんだけどな。グリグリ責め立てて、いろいろと要求を通したいところだ。とはいえ、状況の主導権を握っているのはこの男だ。助けてくれた恩もあるから、好き勝手には動きにくい。

 

「……そうだな。押し倒したのは、流石にやりすぎだった。すまない」

 

 頭を下げてから、アレクシアは脱臼した右腕をプラプラさせつつ裏庭を後にした。どことなく、シュンとしているようにも見える。思った以上にしおらしいな。……性欲に引っ張られて行動したあと、ひどい後悔に襲われた経験は僕にもある(一時の気の迷いでつい性癖にマッチしてないお高めのエロゲを買っちゃったときとかな)。今の彼女も似たような心境なのだろうか?

 

「はあ……あんな人だとは思わなかった。淑女的なところだけは高く評価してたのに」

 

 男魔術師殿は、アレクシアを見送りながら深いため息をついた。

 

「ああ、自己紹介が遅れました。ぼくはニコラウス・バルツァー。クロウン殿の傭兵団で魔術師をしています」

 

「アルベール・ブロンダンです」

 

 視線をこちらに戻した男魔術師殿……改めニコラウス氏と握手を交わす。柔らかい手だった。剣の握りすぎでカチカチ手のひらがになっちゃった僕とは全然違う感触だな。顔も美しいし、さぞモテることだろう。

 

「……戦地帰りの兵士は、どうしても粗暴になってしまうものです。理性の働きが鈍くなったり、過剰に暴力的になったり……心の防衛作用ですから、本人にはどうしようもない部分があるんですよ」

 

 アレクシアに対する嫌悪感を隠しもしない彼の顔を見て、僕は言う。ひどい目に遭いはしたが、彼女も戦場から戻ったばかりだからな。ある程度は仕方がない部分がある。それに、あの人の発情スイッチを押したのはどうやら僕自身らしいしな。一方的に被害者ヅラもできないだろ。

 僕もそうだが、戦地から返って来たばかりの人間は平和に適応できないんだよな。どうしても問題行動を起こす可能性は高くなる。そういった事態を起こさないためには、軍や政府による十分なバックアップと周囲からの理解が必要だ。それが欠けると、有名な映画のベトナム帰還兵のようなことになってしまう。もちろん、だからと言ってなんでも許してやれるわけではないが。犯罪を犯せば裁きは必要である。

 

「……冷静ですね、貴方は。あんなことをされたのに」

 

「ひどい目にあうのは慣れていますから」

 

 そう言うと、ニコラウス氏の視線から感じる険が若干和らいだ。

 

「……実は、ぼくは偶然ここに通りかかったわけではありません。あなたに会いに来たんですよ」

 

「ほう」

 

 なんだか、突然雲行きが怪しくなってきたな。この男とはこれが初対面のハズである。それがわざわざ会いに来たとなると……足の復讐? 不味ったね。講和会議中は非武装というのが慣例だから、今の僕は帯剣していない。アレクシアの件もある。会議中はともかく、休憩中くらいは武装しておくべきだったか。

 

「男の戦闘職は希少です。だから、貴方も僕と同じ境遇なんじゃないかって……」

 

「境遇?」

 

 どうやら、物騒な方向の話ではないようだ。僕は内心安堵する。

 

「いろいろ、あるでしょう? 出世をしたければ身体を差し出せ、とか」

 

「ああ……」

 

 まあ、ぶっちゃけある。ケツを撫でるだけで満足してくれるアデライド宰相など、淑女的なほうですらある。直接的に「おい、セックスしろよ」と言われたことも一度や二度ではなかった。それでも僕の貞操が無事なのは、アデライド宰相やソニアの実家……スオラハティ辺境伯家の力添えあってのことだ。いやー、コネってすごいね。

 

「ぼくは……いえ、ぼくたちは、そのような現状を良しとはしていません。男性を女の従属物から解放するべく運動しています。クロウン様の傭兵団に在籍しているのも、その一環です」

 

 ……わあ、なんだかヤバそうな雰囲気だぞ。

 

「後ろの彼も、その活動の同志です。……属する国は違えど、同じような気持ちは貴方も抱いているはず。どうか、ご協力をお願いしたい」

 

 うううーん、言いたいことはわからんでもない。でも、僕の脳みその根底にあるのは民主主義国家の兵隊としての思考法だからな。軍人は政治に干渉するべきではない、という意識は根強い。まあ、軍人(騎士・貴族)が領地を運営する封建制社会でそんなことを言っても妄言以外の何物でもないんだが……。

 何にせよ、僕はあまり主義者にはかかわりたくない。その思想がどんなに良い物であってもだ。軍人としての僕の役割は市民の安全と財産を守るための剣になることだし、組織人としての僕の役割は部下たちをちゃんと食わせていくことだからだ。改革だのなんだのに熱中するあまり、本来の活動が疎かになってしまえば本末転倒である。

 まして、こいつらは他国の人間だ。危ない所を助けてくれたことはありがたいが、できれば他所を当たってほしい。とはいえ、正面から拒否するのもなんだか怖いんだよな。相手は凄腕の魔術師だし、こちらは徒手空拳だ。とりあえず話を逸らして時間を稼ぐことにしよう。

 

「……正直、驚いています。僕たちは、あなたに恨まれても仕方がない仕打ちをしたはず。にもかかわらず、そのようなお言葉を貰えるとは」

 

 僕はニコラウス氏の足を見ながら聞いた。彼の右ひざの先はなくなってしまっている。僕が銃で吹き飛ばしたからだ。なにしろ急所に命中すれば熊でも一撃で仕留めることができる対大型獣用の猟銃だ。人間を相手にするにはオーバーキル気味の威力を誇る。あたったのが胴体なら確実に仕留められてたのにな……。

 

「たしかに、ぼくはあなた方の手により片足を失いました。思うところがないわけではありません。しかし……」

 

 物憂げな顔つきで、ニコラウス氏は一瞬目を逸らした。そんな動作もサマになるから美少年というのは凄い。まるで一枚の絵画のようだ。

 

「ぼくにも夢があります。その実現のためなら、足の一本くらいの恨みなど水に流しましょう」

 

 夢。夢ね。軽くは流せないワードだ。僕だって、一度死んでいるにもかかわらず軍人としての栄達という夢を追い続けているわけだからな。気分は分かる。ま、こいつの抱えてる夢がどんなもんかは知らんがね。影ながら応援するくらいならいいが、カネやら部隊やらを出してくれと言われれば問答無用で断る程度の安い共感だ。

 ……いや、本当に彼らには支援する価値がないのだろうか? よく考えてみれば、彼らは典型的な不穏分子だ。軍事や政治の世界がガチガチの女社会なのは、神聖帝国も同じことだろう。そんな状況で急進的な改革を目指せば反発は避けられない。イイ感じに焚きつけてやれば、なかなか面白い状況に持ち込めるかもしれないぞ。

 うん、うん。悪くない考えだ。ここは言質を取られないよう気を付けながら色よい返事をして、後でアデライド宰相に相談してみることにしよう。なにも僕が個人で動く必要はない。こういう大きな案件は上司に投げるのが一番だ。

 

「なるほど、そこまでの志をお持ちとは。このアルベール、感服いたしました。宜しければ、詳しいお話を伺っても?」


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