異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第79話 盗撮魔副官と曲者

 わたし、ソニア・スオラハティは自室の壁に張り付き、隣のアル様の部屋から聞こえてくる音に全神経を集中していた。もちろん、手には愛用のカメラを握っている。アル様とて人間、性欲もある。特に今のような戦闘明けの夜は開放的になられる可能性が高く、素晴らしい写真を撮影するチャンスだった。ごそごそ怪しい音がし始めたら、仕事の合間にこっそり壁に開けておいたのぞき穴に急行しなくてはいけない。

 とはいえ、今のところその兆候はない。私は虫のように壁に張り付いたまま、目を閉じて聴覚を研ぎ澄ました。のぞき穴から向こうの部屋の様子を観察したい気持ちがあるが、我慢する。何しろアル様は剣の達人であり、その感覚は鋭敏だ。無遠慮に覗きをし続ければ、間違いなく視線に感付かれる。

 

「……」

 

 目をつぶりながら、考える。今日の会議が終わった後のアル様の様子についてだ。休憩から帰ってきたアル様の礼服には、土汚れがついていた。態度にも違和感があったので、なにか事件があったのは確実だろう。

 その事件についても、だいたいは見当がつく。おそらくは、あのカス先帝。発情したあの雌猫に襲われてしまったのではないだろうか。アレクシアは会議が終わった後忽然と姿を消し、その後姿を現していない。彼女が狼藉に及び、アル様に撃退された。そういう可能性は極めて高い。

 わたしがその場に居れば、アル様のお手を煩わせることもなかっただろうに……そう思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。その時のわたしは、積みあがった細かい雑務を処理するため屋敷中を走り回っていたのだ。こういうことがあるから、できれば一日中アル様のお傍に居続けたいのだが……人手不足がそれを許さない。

 

「はあ……」

 

 今回はなんとかなったようだが、やはりアル様には常に護衛をつけておきたい。出来ればわたし、妥協して信頼できるベテラン騎士だ。とにかく人手不足がいけない。せめて、気の利いた指揮官級の人材がもう一人いれば、わたしがアル様にお供できる時間が増えるのだが。

 

「ッ!?」

 

 などと考えていると、ギシギシという音が外から聞こえてきた。ちょうど、人が壁を伝って登ってくるような音だ。急いで壁から離れ、カメラを枕元に置いた。代わりに、腰に差していた護身用のショートソードを抜く。

 

「……」

 

 無言で窓際に立つ。もしこれが暗殺者なら、狙いは十中八九アル様だろう。窓から侵入しようとしたところを、真横から奇襲してやる。

 ギシギシ音は、予想通りアル様の部屋の近くで止まった。鎧戸にはまったカンヌキを抜いたその時、隣からノックオンが聞こえてくる。そこで、わたしの動きが止まった。丁寧にノックをしてから入室してくる暗殺者はいまい。これはもしや――

 

「誰だ」

 

「我だ」

 

 耳に入ってきたのは、聞き覚えのある声。案の定、腐れ発情雌猫のアレクシアである。これは夜這いだと直感し、窓から叩き落してやるべくアル様の部屋へ急行しようとしたが……会話を聞いていると、どうもそういう様子ではない。

 アル様と雌猫の会話に耳を澄ませていると、事情が理解できた。予想通り、あのゴミカス先帝は昼間にアル様を襲ってしまったらしい。今夜はそのことを謝るためにやってきたようだ。……謝罪がしたいなら正面から来い! まったく、ふざけた女だ。

 とはいえ、謝罪目的ならば妨害はするべきではない。詫びに何かしらの品を差し出してくる可能性があるからだ。腐っても大国の先代皇帝、むしれるものは何でもむしっておいて損はないだろう。わたしはショートソードを腰の鞘へ戻した。

 

「今夜はこれで失礼しよう。……最後に一つだけ。お休みのキスを貰っても良いか?」

 

 が、そんなわたしの温情をアレクシアは無視した。自身の劣情を言葉にしてアル様にぶつけた挙句、何も差し出さずに帰ろうとしはじめた。立場上こちらが強く出られないと思って、舐めているのではないか? 断じて許せるものではない。雌猫が地面へ飛び降りたが聞こえた瞬間、わたしは窓を開けた。裏庭へ着地したアレクシアの背中を確認して、窓枠を蹴り空中に飛び出す。

 

「曲者が! 無事に帰れると思うなよ!」

 

「グワーッ!」

 

 二階からの落下スピードが加算された猛烈な飛び蹴りがアレクシアにつき刺さった。まともに防御態勢を取れなかった彼女は、毬のように吹っ飛んでいく。もちろん、蹴りの一発程度で済ませてやる気はない。受け身を取りつつ着地したわたしはばね仕掛けのおもちゃのように飛び起き、地面に転がるアレクシアへと馬乗りになった。

 

「む、むうっ……! ソニア・スオラハティか! 誤解だ、我はただ釈明に来ただけで……」

 

「言い訳は許さん!」

 

 馬乗りになったまま問答無用で顔面をブン殴った。もちろん全力だ。アル様に手を出す不埒な輩に手加減をする必要など微塵もない。例え未遂だったとしても、キズモノにされたなどという風評が立ってしまう可能性がある。

 もちろん、アル様は最終的にわたしと結婚するのだから、その手の風評が立ったところでわたしは困らない。むしろ邪魔者が減って有難いくらいだ。しかし、そんなことは重要ではない。肝心なのはアル様の名誉であり、それを守るのが副官であるわたしの責務だ。やはりこの女は無事に返すわけにはいかない。

 

「ウ、ウオオ……素晴らしいパンチだ。やはりきみも尋常な騎士ではない。どうだ、我の近衛に……」

 

「黙れ! わたしの主は生涯アル様ただ一人だ!」

 

 ゴミカスの言葉に貸してやる耳はない。丁寧に丁寧にシバきまくる。殺すのは流石にマズイ。しかし、人間には二百十五本も骨があるのだとアル様はおっしゃっていた。一本や二本程度折れたところで軽症のうちだろう。そのくらいなら大丈夫なはず。

 

「何がおやすみのキスだ色狂いめ! そんなものわたしですら貰ったことがないんだぞ!!」

 

 というか、起きているアル様とキスをした経験すらない。まったく、アル様を庇ってキスを貰ったという例の新兵が羨ましいな。……とはいえ、アル様のために命を投げ出そうとした兵を叱責するわけにもいかない。心の中に湧いてきた嫉妬は、目の前のクソ猫で解消だ。

 

「無事に領地に帰れると思うなよ、下郎が!」

 

 わたしはもう一発、アレクシアの顔面をぶん殴った。


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