異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
朝食を終えた僕は、カリーナ(とおまけのロッテ)を暇そうにしている騎士におしつけ、厩を訪れていた。今日は丸一日かけてカルレラ市周辺の農村を視察して周る予定だった。
なにしろ、僕が代官に就任してからすぐに戦争の準備が始まったからな。各村の村長との顔合わせも終わってないんだよ。それに、税やら蛮族・盗賊の対策やら、話し合うべき話題はいくらでもある。こう言った地道な仕事も、代官の重要な業務の一つだ。
「……」
さっさと出発して日の出ているうちに帰ってきたいなあ、なんて思いつつ忙しそうに働く馬丁たちの動きを目で追う。ちょっとした手違いがあり、馬の準備が遅れているらしい。
気分は少し急いていたが、現場の人間に過度なプレッシャーをかけても良いことはない。のんびりとした表情を心掛けつつ、ぼんやりと物思いにふける。
「アル様」
少しして、後ろから声がかけられた。聞きなれたハスキーボイスだ。振り向くと、案の定ソニアがいた。その顔には苦悩が浮かんでいる。カリーナの件……ではあるまい。そのことについては、彼女とも事前によく話し合っていた。
「どうした。……王都行きの件か?」
「はい」
予想通り、ソニアは深く頷いた。まあ、顔を見れば大体わかる。
「オレアン公が座してこの状況を受け入れるとは思いません。御身に危機が迫ることがわかっているというのに、この私が同行できないというのは……」
話題を気にしてか、ソニアは周囲に聞こえないような小さな声で言った。少しだけ掠れた彼女の声音は、妙にセクシーだ。それが耳元で囁かれるのだから、いろいろと堪らないものがある。
「確かに、今回の件だけで奴の陰謀のストックが尽きたとは思えない。間違いなく何か仕掛けてくるだろうが……」
相手は国内有数の大貴族であり、合法・非合法を問わず様々な手段を取ることが可能だ。どれだけ警戒しても足りるものではない。確かに、できればソニアには近くに居てほしい状況ではある。
とはいえ、リースベン領を放置するわけにもいかないからな。リースベンの周りにもオレアン公派の領主はいる。しかもこの頃、森に潜む蛮族どもの動きが妙に静かなのだという。食料や男を求め、隊商や村落に頻繁に襲撃をかけてくるのが蛮族どもの平常運転だ。それが大人しくしているというのだから、逆に不気味さを感じてしまう。何が起こっても対処できるよう、リースベンには信用できる指揮官を残しておきたい。
「それに、警戒すべきなのはオレアン公だけではありません」
「というと?」
「我が母、スオラハティ辺境伯です。この時期はおそらく、王都に滞在しているはず」
「……その人は味方では?」
ソニアの母親、スオラハティ辺境伯は僕の支援者の一人だ。彼女が統治するノール辺境領は北は北洋協商同盟、西を神聖オルト帝国に接している。我が国に敵対的なこの二国を同時に抑えられる重要な地を統治しているスオラハティ辺境伯は、国防の要といっても過言ではない。
そんな重鎮貴族の一人であるスオラハティ辺境伯だが、実のところ僕にとっては最も重要な支援者だと言っていい。僕がアデライド宰相の部下になったのも、宰相と同じ派閥に属していたスオラハティ辺境伯の斡旋だ。
「……それがヤツの策なのです。味方ヅラをして警戒を解き、その隙に毒牙を突き立てる! そういう策なのです。気を許すべきではありません」
そんなことを力説するソニアだったが、正直なところ僕としては辺境伯にそれほど悪い印象は抱いていなかった。スオラハティ辺境伯はソニアを通じて幼少期に知り合ったわけだが、何の実績もないただの子供だった僕の話を真剣に聞いてくれたことをよく覚えている。成人してからも様々な便宜を図ってくれたため、僕としては頭の上がらない人物である。
もちろん、気前のいいだけの人物ではないだろう。それなりの利益を見込んだからこその便宜だろうし、実際に僕からもライフルやら信号弾やらの技術を渡している。しかし、協力関係なのだからギブアンドテイクは当然だ。
それに、利得を抜きにしてもスオラハティ辺境伯にはいろいろ良くしてもらっている。辺境伯が王都に逗留する際は、かならず僕や僕の家族を自身の邸宅に招き、手厚く歓迎してくれるくらいだ。ヒラの宮廷騎士の家でしかないブロンダン家と隔意なく家族ぐるみの付き合いをしてくれるほどなのだから、その度量の広さは尋常ではない。
「実の母親だろうに、そこまで言わなくても」
しかし、ソニアとスオラハティ辺境伯の関係はよろしくない。家庭のことだから詳細は聞けていないが、半絶縁状態になっているという。まあ、そんな状況でもなければ大貴族の長女であるソニアが、ヒラの騎士でしかなかった僕の副官なんかやってるはずもないのだが。
……長女、長女なんだよな、ソニア。本来ならば、彼女が次代のスオラハティ辺境伯だったはずだ。僕なんか、顎で使える立場だろうに。本当になんで僕の下についてるのかさっぱりわからん。
「実の母だからこそ、です。自分が入っていた腹ですからね、その中身がどれだけ黒いかは知っていますよ。年甲斐もなく色ボケた性悪女! まったく、許しがたい……」
ソニアの声音にはひどく昏い感情が籠っていた。実の親子だろ、仲良くしろよ……なんて無責任なことは言えない。親子だからこそ拗れてしまうこともある。世の中、円満な親子ばかりじゃないからな。
「わかった、とにかく注意はしておこう。たしかに、歴史を紐解けば味方だと思っていた相手に背中を刺された例なんか腐るほどある。どれほど警戒しても、したりないということはないだろうからな」
まあ、逆に裏切りを警戒するあまり部下を粛正しまくって、結果自身も没落する羽目になった例も腐るほどあるがな。大事なのはバランスだろう。
「ええ、その通りです。アル様を狙う不埒な輩はそこら中にいますからね」
「偉くなるのも考え物だな。出る杭は打たれるというヤツか」
「偉くというか、エロくというか……」
ソニアの最後の言葉は、声が小さすぎて何を言っているのかわからなかった。しかし、聞き返す前に馬丁がこちらに走ってくるのが目に入る。
「お待たせしました! 準備完了です!」
「ああ、ありがとう。今行く」
今日は複数の農村を回る予定だから、早く出ないと夜までにカルレラ市に帰ってこられない。僕はソニアに一礼して、愛馬の元へ向かおうとする。
「……おや、アル様。その短剣はいったい?」
しかしそこで、ソニアが声をかけた。彼女の目は、僕の剣帯に装着された短剣に向けられている。……アーちゃんの雷の短剣だ。一度は受け取り拒否をした代物であるが、結局別れの日に強引に押し付けられてしまった。希少な武器なのは確かなので、ありがたく使わせてもらうことにした。
「戦利品だよ。あの先帝陛下から引っ剝いでやった」
「……そうですか」
ソニアの目がすっと細くなる。なんだかコワイ雰囲気だ。僕はあいまいな笑みをうかべてから、そそくさと彼女の元から逃げ出した。