ここはとある中世ファンタジー風の異世界。
光の女神レアリスと闇の邪神バルザックが支配を二分するこの世界では、レアリスを信仰する人類と、バルザックを信仰する魔族が長く対立し続けていた。
個体能力では魔族が人類を上回っているが、内輪でも実力者同士で勢力争いが絶えない魔族側は纏まりに欠け、人類側は団結力の優位で何とか拮抗しており、平時は互いに決定的な損害を被ることを警戒し、睨み合うだけであった。

しかし、数百年に一度、この均衡が崩れ去る時がある。
それが、バルザックから直接的な加護を受けた「魔王」と呼ばれる絶対的強者の出現であった。
魔王に率いられた魔族は団結力の面でもに人類に引けを取らなくなり、一挙に追い詰められ、滅亡の危機に瀕したことさえあった。
そこで、レアリスは魔王に対抗するためにとある存在を作り出す。
それがレアリスの直接的な加護を受けた対極の存在「勇者」であった。

しかし、勇者になるためのレアリスの加護に耐え、使いこなすことが出来るだけの適性を持つ者はこちら側の人類には存在しなかったのである。
このため、勇者候補にはレアリス自身が異世界から召喚した人間を宛がう現在のシステムが構築されたのだが、これには別の問題が発生した。
勇者候補の異世界人で判定基準となるのはその適性のみであり、人格面が考慮されることは全くなかったのである。
この結果、ろくでもない悪人勇者が魔王以上の脅威となったこともあった。

この事態を深刻に受け止めたレアリスは、いつとも知れぬ前に引退・死去した時の元勇者を「勇者殺し」と呼ばれる使徒に転生させ、地上に配置したのであった。
そして、転生した不老の勇者殺しはそこから更に幾星霜もの年月を務め続けた。
最初は憧れの女神様のためと精力的に、年月の経過と共に徐々に平坦化していく精神と戦いながら、そして何時しか勇者殺しは完全にダレてしまっていた。

…これは、そんな「勇者殺し」の憂鬱を描く物語である。
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