日本帝国海軍
第一航空艦隊 (通称、南雲機動艦隊)
第一航空戦隊 赤城 加賀
第二航空戦隊 蒼龍 飛龍
開戦以来、連合国海軍を相手に連戦連勝を続けた上記の艦隊には、
明らかな慢心と油断があった。
1942年6月。ミッドウェイ海戦。日米空母が激突した決戦となる。
第一航空艦隊の練度を考えれば負けるはずのない戦いであったが、
様々な不運が重なり敗北した。
低空から侵入してくる米艦載機の群れを制空隊(零戦隊)が次々に撃墜する最中、
それは突然現れた。赤城の飛行甲板で叫び声が上がる。見張り員が空を指す。
「敵機!! 直上!!」
高高度から急降下した米艦載機(ドーントレス)の攻撃により、
赤城、加賀、蒼龍の三空母が一瞬で大破炎上。
世界最高練度の制空隊が見逃した謎の敵部隊の正体は、
なんと母艦発艦後の空中合流ではぐれてしまい、
広大な雲の中をさまよっていた米爆撃機の集団だった。
それが、たまたま雲の隙間から南雲艦隊を補足して
急降下爆撃をしたため不意をつけたのだ。
ドーントレス爆撃機隊のパイロットは、無線ではしゃぐ。
「隊長!! 敵の大型空母に爆弾を落としたぞ!!
あの火柱を見ろ!! 天まで届く勢いだ!! 」
「今日はなんでこんなについてるんだ!!
日の丸の飛行甲板に風穴を開けてやったぜ!!」
「いやっほおお!! スーパーラッキーだ!!
日本の大型空母を三隻炎上させたぞ!!」
赤城、加賀、蒼龍は、甲板上に魚雷や燃料を満載した艦載機を
展開した状態で被弾してしまい、次々に誘爆を引き起こしたのだ。
地獄のような黒煙が空を覆う。火災は半日近くも続いた。
しかしながら、米艦隊の司令部では油断するなとの声もあがる。
まだ恐るべき日本空母艦隊の生き残りがいるからだ。
事前に敵雷撃隊の襲来があり一時的に退避していた飛龍は難を逃れた。
「まだ負けたわけじゃない。赤城先輩たちの仇は……私が取る!!」
飛龍の飛行甲板から、歴戦の猛者が操縦する航空機が飛び立つ。
小林道雄大尉の指揮のもと、零戦の護衛を付けた九九式艦上爆撃機の群れが
米空母艦隊に襲いかかる。狙いは空母ヨークタウンだった。
米機動艦隊は、空母を護衛する各種艦艇と共に熾烈なる対空砲火を展開する。
この砲火のすさまじさは、精鋭をかき集めた第二航空戦隊の想像を超えるものだった。
この時期の米海軍は攻撃よりも防御戦術に優れており、対空射撃の精度は見事だった。
対空射撃に加えて米迎撃機の妨害もあり、小林隊長を含む7割の爆撃隊が
撃破されたが、ただでは死なない。その代償としてヨークタウンに
3発もの爆弾を命中させることに成功した。
ヨークタウンの甲板から黒煙が空高く上がる。
ミッドウェイを防衛する空母3隻のうちの1隻は、地獄の炎で焼かれた。
さすがは二航戦。これでヨークタウンは終わったと日本側は判断した。
ここでアメリカ人は信じられない力を発揮した。
「応急処置を急げ!! アメリカン魂を見せてみろ。野郎ども!!」
ヨークタウンは、大火災を早急に沈下させ、戦闘が可能な状態となった。
これは、アメリカ製空母の防弾性と防火性に優れた設計と、
燃え盛る空母の中で、黒煙で視界が効かず呼吸もできない中で、
自らの命を捨ててまで修理を行った整備員の勇敢さなしにはできないことだった。
「ミッドウェイが占領されたら次にハワイも取られる。そうしたらアメリカは丸裸だ」
「ミッドウェイが抜かれたら、次は西海岸が空爆されるのは間違いない」
「南雲の艦隊に勝てないことは分かっている。それでも抵抗を続けるぞ」
彼らが守りたいのは、本土に残した愛する家族だった。
かのウィンストン・チャーチル首相は、ミッドウェイの作戦に参加した
米海軍兵の勇敢さを、世界戦史上類を見ないものだと褒め称えた。
特に空母艦載機のパイロットたちが、戦闘能力で南雲艦隊に
劣っていながらも、決死の覚悟で波状攻撃をしたことが勝利の要因だとした。
実はミッドウェイ海戦の序盤では、米国の艦載機、ミッドウェイの基地航空隊を含めた
150機以上が赤城加賀を中心とした制空隊(零戦)によって撃破されていた。
それと比べて空中戦における南雲機動艦隊の艦載機の損害はゼロに等しかった。
練度の未熟な米軍パイロットは、空中での合流に失敗し、護衛の戦闘機もつけずに
爆撃機、雷撃機の群れが時間差で南雲艦隊に突撃してしまう。
これは、銃を持った相手に生身で戦うのと同等の無謀さだった。
南雲艦隊は、セイロン沖海戦で英国東洋艦隊を
赤子の手をひねるかのごとく容易に撃破したことが記憶に新しい。
この悪魔の艦隊を倒すことのできる航空戦力は、当時の連合国軍には存在しなかった。
一航戦、二航戦の零戦の攻撃によって翼が折られ、コクピットの席に銃弾が貫通し、
エンジンが燃え上がり、海へ墜落する、星のマークの付いた飛行機の集団。
日本の空母にたどり着くこともできずに、やられていく。
もはや攻撃ではなく集団自殺だった。
しかし、米機動艦隊が無謀な攻撃を続けたことは無駄ではなかった。
結果的に彼らは低い高度で零戦の飛行中隊を引き付けていた。
彼らが次々に死んでいく間、南雲艦隊は対空迎撃戦を継続せねばならず、
その間は空母から艦載機を飛ばすことができない。
そして上述した高い高度からの急降下爆撃のすきが生じることになる。
ちなみに、この後の展開で飛龍が攻撃することになるヨークタウンには、妹がいる。
ヨークタウン級航空母艦、二番艦のエンタープライズである。
エンタープライズは、太平洋戦争の開戦から終戦まで生き残った
幸運なアメリカの空母の3隻のうちの一隻であり、
連合国軍最強の空母 『ビッグE』 『ラッキーE』 として世界で語り継がれている。
エンタープライズは、姉のヨークタウンが日本最強の空母艦隊の
一隻によって撃沈させられる姿を、その瞳に焼き付けることになる。
彼女は戦争後半の神風特別攻撃によって多くの艦艇が炎で焼かれていく姿も見た。
自身にも特攻機が突っ込んだ。米国の歴史の中で、海上戦闘の恐ろしさを
これほどまでに体験した艦艇は他にはなかった。
同船は合衆国大統領から感状まで授与し、米国民の誇りとされている。
飛龍が、げきを飛ばす。
「第二次攻撃隊の発艦準備!! 我々はヨークタウンを倒した!!
次は別の空母を攻撃する!! 小林隊の死を無駄にするな!!」
飛龍爆撃隊は壊滅したが、まだ虎の子の雷撃隊が残っている。
友永大尉が指揮する友永雷撃隊は、海面にぶつかるほどの超低空で敵艦隊へ突撃する。
米艦隊の猛烈な対空射撃が彼らに集中し、友永大尉を含む第一波は全滅した。
後続の第二派が華麗なる編隊飛行で左右に分かれ、
米空母に対し右舷と左舷から魚雷を計4発放つ。
ヨークタウンの無防備な腹に2発の魚雷が命中する。
先ほどの爆撃の傷も完全に癒えぬ中、今度は航空魚雷である。
これは、ヨークタウンにとって致命傷となった。
航行不能となったため艦長が総員退避命令を出す。
飛龍攻撃隊は、本来ならエンタープライズかホーネットを狙うはずだったが、
ヨークタウンの修理が速すぎたために、
ヨークタウンを無傷の別空母と判断し、結果的に反復攻撃をかけてしまった。
「ヨークタウン姉さん!!」
「お姉ちゃん!!」
ふたりの妹、空母エンタープライズとホーネットは姉がもう
助からないことを知り、涙を流した。
姉はまるで自分が身代わりになるかのように、
飛龍の攻撃を一身に受けることになった。
米司令部では、もう最強の三隻の空母を倒したのだ、
飛龍を攻撃せずに撤退するべきだとの意見もあったが、ニミッツ提督が退けた。
恐るべき日本空母艦隊の最後の一隻、第二航空戦隊の
飛龍にとどめを刺すために、生き残った妹たちは全力で攻撃機を差し向けた。
「泣いてる場合じゃないぞホーネット。もう姉さんは戦えないんだ。
私たちがしっかりしないと、日本には勝てないんだ」
この時、エンタープライズは戦士として覚醒していた。
のちの南太平洋海戦で妹のホーネットが五航戦によって
撃沈されてからというもの、彼女は終戦まで笑うことがなくなった。
日本海軍を倒すための殺戮マシーンと化したのだ。
エンタープライズは終戦までに20を超える従軍勲章を授与されたが、
自分の戦果を誇ることはなかった。
「英雄と呼ばれるのは好きじゃない。私は運が良かっただけだ。
本当の英雄とは、日本との戦いで海の底に沈んでいった船たちだろう」
大海原を索敵し、敵艦隊の姿が到底見えぬ距離から飛行機を飛ばし合い、殺し合う。
これが空母同士の機動戦闘である。
かつてこのような戦いを日米英以外の国が経験したことはなかった。
執筆時点の令和の時代においても、日米以外で太平洋戦争ほどの大規模な
空母機動戦をしたことのある国は、一国も存在しない。
午前中から始まったミッドウェイの戦いは、すでに日が傾き夜となっていた。
「第三次攻撃の準備を始める!!
赤城先輩や加賀先輩の航空機の収容を続けなさい!!」
飛龍は数の上で劣勢でありながらも、戦意が衰えることは決してなかった。
失われた艦載機が多すぎたため、すでに攻撃力は皆無に近かったが、
大破炎上した三空母の生き残りの飛行機を引き取る形で補った。
「飛行甲板が無事な限り、私は戦い続ける!!
赤城先輩に代わり、飛龍は第一航空艦隊の旗艦となっている!!
飛龍は健在!! 飛龍は健在である!!」
まだ山本司令長官からミッドウェイ作戦中止の命令は受けていない。
飛龍のはるか後方には、大和を旗艦とした戦艦部隊がひかえている。
ここで飛龍が敵空母を倒すことができれば、
まだ作戦は続行できる。日本海軍得意の夜戦ならば、
あるいは敵艦隊を倒すこともできる。
倒された三隻の空母を視界のすみに入れながら、歯を食いしばり、
涙を流しながらも飛龍は戦い続ける。あまりにも孤独な戦いだった。
見張り員が体を後ろへ傾け、空を指す。
「敵の爆撃機の編隊が接近!! 数は20以上!!」
襲来したドーントレス24機が、急降下爆撃を開始した。
飛龍は全力で退避運動するもむなしく、4発の爆弾が甲板を突き破り、
艦内を炎が焼きつくす。機関部がやられてしまい、航行が不能となる。
船の心臓部を維持していた機関部員は全員が死んだ。
飛龍は戦闘能力を完全に失った。 総員退艦命令が、ついに出される。
「勇敢な乗組員のみんな……最後まで私と一緒に戦ってくれてありがとう。
私もすぐに、先輩たちのもとに帰るからね……」
飛龍は、ミッドウェイの海域に沈んだ。
空母機動艦隊の壊滅を確認した山本五十六長官は、ミッドウェイ作戦の中止を下令。
空母部隊の後方に位置していた100隻を超える大艦隊が反転し日本を目指す。
ミッドウェイは惨敗だったと日本の教科書やメディアが広く伝える一方で、
米正規空母三隻を相手に取り、たった一隻で戦った彼女のことを、
多くの日本人は知らない。
飛龍は、間違いなく日本人の誇りだった。
『飛龍、ありがとうね。日本のために戦ってくれて、ありがとうね。
たくさんの敵を相手にして怖かっただろうに、君は一度も弱音を吐かなかったね』
海の底に沈んだ彼女の頭を、大元帥(天皇)陛下の霊が優しくなでた。