艦娘の死 (史実)   作:なおちー

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瑞鶴の死。

   ――かつての第五航空戦隊に所属した、翔鶴(しょうかく) 瑞鶴(ずいかく) 

 

 

 

一航戦、二航戦の先輩を失った後も、太平洋の広い海で大型空母の瑞鶴は戦い続けた。

 

 

ミッドウェイの戦訓から、瑞鶴の飛行甲板には、上空から空母以外の船に

見せかける迷彩をほどこし、防火性を強化し、電探(レーダー)、

対空墳進砲(ロケット弾)を搭載していた。

 

しかし、この頃になると国力の差から数の上でも兵器の質でも

搭乗員の練度においても日本海軍は劣勢となっていた。

 

1944年10月のエンガノ岬沖海戦において

瑞鶴は勝てるはずのない戦いに望むことになる。

 

エンガノ岬沖海戦とは、広義ではレイテ沖海戦における局地戦である。

レイテの海域に展開した米海軍の航空戦力は、空母が30隻以上、

艦載機は1000機を超えた。

 

対する日本海軍は4隻の空母のみであった。

空母に乗せる飛行機の生産が間に合わない状態であり。

熟練パイロットもほとんどが戦死した。もはや、どうやっても勝ち目などない。

 

そこで瑞鶴以下の空母艦隊は、レイテ湾に栗田艦隊が突撃

(米上陸部隊を襲撃)するための援護として、

すなわち、おとり部隊として米機動艦隊を北上へ引き付ける役を任された。

 

連合艦隊司令部は、瑞鶴に対し「死ね」と言ったのだ。

瑞鶴は命令に従った。

 

「私たち艦娘は、戦うために生み出された存在だから、

 戦いの中で死ぬのは本望だよ」

 

瑞鶴はさみしげな瞳でそう言い、死地へ出撃した。

彼女の背中には、黒い影らきしものが煙のように浮き出ていたと言う。

これから死ぬことが分かっている者には、超然とした雰囲気が漂うのだろう。

 

新設された第一航空艦隊の旗艦となった瑞鶴。

瑞鶴、千歳、千代田と組んで第三航空戦隊を形成した。

あこがれの加賀先輩たちの姿は、もうそこにはない。

 

「電探にて大部隊を補足!! 空母艦隊の模様!!」

 

米空母艦隊の一部を補足した。瑞鶴を旗艦とした空母艦隊から艦載機が発艦する。

米艦隊の猛烈な対空射撃によって攻撃隊は前を見ることさえ困難になり、

次々に撃墜され、一発の命中弾を与えることもできない。

 

この時期の米海軍の対空戦闘能力は、開戦時とは比較にならぬほど強力であり、

通常攻撃を仕掛けても自殺に等しい結果しか得られないほどだった。

全世界の海軍を調べてみても、

米国機動艦隊ほどの強力な対空火力を有する海軍を筆者は知らない。

 

 

そしてお返しとばかりに、

米空母軍から飛び立った艦載機の群れが、瑞鶴の上空を覆う。

 

「翔鶴ねえ……」

 

よせばいいのに、つい姉の名を呼んでしまう。

開戦以来、身を挺して彼女を守り続けた翔鶴の姿はもうない。

彼女は4か月前に生起したマリアナ沖の海戦で

潜水艦の魚雷を食らい、この世を去った。

 

大好きだった優しい姉の死は、瑞鶴の心を砕いた。

 

今回の作戦が決定した時、ふと思ったことは死への恐怖と絶望以上に、

これで翔鶴のもとに帰れるといった安堵の気持ちであった。

 

真珠湾攻撃に参加した6隻の正規空母の最後の生き残りである瑞鶴は、

歴戦の猛者として知られている。偉大なる先輩たちがいなくなった後でも、

瑞鶴と翔鶴は世界的に見れば十分に練度の高い強敵として認識されていた。

 

「取り舵いっぱい!! 急げ!! 

 対空墳進砲は惜しみなく打ちまくれ!!」

 

瑞鶴は、回避運動を続けて少しでも敵の爆弾を避け続けた。

対空射撃をして敵の攻撃をそらす。彼女の戦闘目的は勝つことではない。

栗田艦隊のおとりとして一秒でも長く戦い続けることだ。

 

「魚雷が左舷に接近中!! よけきれません!!」

 

瑞鶴の体が傾く。内部の機械室に浸水して、飛行機の離発着が不可能となった。

これで瑞鶴の攻撃力は実質ゼロになった。

 

「まだだぞ!! 私はまだ戦える!!」

 

敵の数は130機を超えた。

日本艦隊は対空戦を展開するが、さすがに敵の数が多すぎた。

僚艦も次々に被弾し、防空駆逐艦の秋月がまもなくして沈没した。

 

米の第一次攻撃隊が去る。

 

瑞鶴の機動艦隊は修理をしながら北へ進路を取る。

 

それから1時間後に第二次攻撃隊が襲来した。

幸いなことに瑞鶴に命中弾はなかったが、

旗艦はすでに負傷した瑞鶴から大淀へと移される。

 

米艦隊のハルゼー提督は、ここで日本の空母艦隊を撃滅する気でいた。

敵の機動艦隊を引き付ける「おとり役」としての仕事は完全に成功していた。

 

あとは、その旨を伝えなければならない。

 

「大淀、早く栗田艦隊に通信をして!!」

 

「了解しました!!」

 

大淀は、確かに貴重な情報を発信したが、

信じられないことに栗田艦隊からの返事はなかった。

 

のちに戦艦大和、武蔵を有する強力な栗田艦隊は、

なぜかレイテ湾の目前で反転して日本に帰る。

 

当時のレイテ湾にいた米軍の揚陸中の陸戦部隊は、全く無防備の状態だったのに、

また大和と武蔵の46センチ主砲を生かすことなく、なぜ反転してしまったのか。

瑞鶴たちの献身に唾を吐きかけるような蛮行だった。

 

瑞鶴にとどめを刺す目的で、ハルゼー機動艦隊の第三次攻撃隊が空一面を覆った。

瑞鶴の機動艦隊の多の船が傷を負い、彼女らのために艦隊の速力を

落としていたので敵にとっては絶好の的となってしまった。

 

瑞鶴の左舷に4本、右舷に2本の魚雷が命中した。

さらに、航空爆弾を5発以上も食らう。

 

瑞鶴の飛行甲板は、大爆発した。体中が炎で焼かれる苦痛の中で、

旗艦として気を張っていた瑞鶴がついに涙を流してしまう。

 

「戦いで死ぬのって、こんなにみじめな気分なんだ……。知らなかったよ。

 加賀先輩たちも、きっと同じ気持ちだったんだね……」

 

米艦載機の群れは、瑞鶴を無視して軽空母・瑞鳳を集中攻撃している。

瑞鶴の意識はもうろうとしており、体がゆっくりと沈んでいくのを感じた。

瑞鳳への敵の攻撃を止めさせるために、

せめてあと一発でいいから対空砲を撃ちたいと思った。

 

『もう頑張らなくていいのよ瑞鶴』

 

姉の翔鶴の霊が、ボロボロになった瑞鶴の体を抱きしめていた。

 

『あなたは十分に任務を果たしたのだから、もう休みなさい』

 

気が付いたら、瑞鶴の周りには、

なつかしい一航戦や二航戦の先輩たちもいて、優しく微笑んでくれた。

 

 

『瑞鶴はすごいよ!! あの時の五航戦が、こんなに立派になって!!』

 

『うんうん。瑞鶴、すごいじゃん!!』

 

『そうね。あなたは日本海軍の誇りだったわ』

 

『長い間、ミッドウェイで散った私たちの分まで戦ってくれてありがとうね』

 

 

「こちらこそ……ありがとう。みんな。もう思い残すことは何もないよ」

 

瑞鶴は息を引き取った。

 

『瑞鶴』は、翔鶴型航空母艦の二番艦として、戦争開始直前に建造された。

 

巡洋戦艦から改装された赤城、戦艦から改装された加賀と違い、

初めから空母として設計された空母である。防弾性能や艦載機の多さを筆頭に

空母としての基本性能では二航戦の先輩たちを上回っていた。

 

大戦の初期から激戦地に投入されながらも、

1944年6月のマリアナ沖海戦まで一発の命中弾も

食らわなかった幸運艦として知られていた。

 

米国のエンタープライズが大英雄ならば、

日本では瑞鶴がそれに値するのかもしれない。

 

五航戦の瑞鶴と翔鶴は、確かに戦闘能力では一航戦や二航戦に

劣っていたかもしれない。しかし大戦を通じて

戦い続けた功績や幸運まで考慮するならば、

米国にとってもっとも大きな障害として存在したと考えられる。

 

瑞鶴は勇敢だった。

 

空母としてのプライドを捨て、敵にやられる「おとり」となって死ぬその寸前まで、

彼女の精神力と忠義の強さは、まさしく日本第一級の空母だった。

 

太平洋の戦いとは、極論すれば島にある航空基地の奪い合いだ。

海上の制空権の奪い合いだ。そのためには空母艦娘が必要だ。

彼女の死は、第一航空艦隊の壊滅は、日本帝国海軍の滅亡を意味していた。

 

史上最大規模の海戦とまで称されたレイテ沖海戦で完敗した日本海軍は、

以後まともな空母艦隊を有することができなくなり、ついに特攻に頼るようになる。

 

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