平行未来観測女   作:丸米

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ワートリ杯......開幕......!


1 おぼろげながら浮かんできたんです。講義にも出ずレポートも出さず個人戦ブースに入り浸り単位を落としヘラヘラ笑って留年し餅食ってる髭の姿が

「決闘です」

 

 そう、眼前の男に向けて女は言った。

 

 女は少女だった。

 スラリとした、女性にしては高い背丈。後ろ手に結んだ長い髪。真一文字に結ばれた口。整った顔立ちは、可愛いというよりかは綺麗な印象が勝る。

 少女は凛然としていた。

 歩幅は一定で、姿勢に一切の乱れも歪みがない。声音は良く響く透くようにシャープだ。

 

 対するは、何処までも対照的な男であった。

 もじゃもじゃの髪。あまり生気というものを感じない目つき。

 黒のコートに二刀を掲げた男は──決闘、という言葉にほぅ、と呟いた。

 そして──その言葉に強い興味を惹かれたのだろうか。生気のない目とその表情が笑みの形を象る。

 

「決闘、か。──ただの個人戦じゃないんだな。天王寺」

 天王寺、と呼ばれた女は。その問いかけに一つ頷く。

「ええ。そうですとも太刀川先輩」

 

 楽し気な雰囲気の男に対し、女は何処までも真剣であった。

 

「私は貴方の強さには敬意を持っています。それはまさしく貴方の才能であり、努力の賜物でしょう。その強さを否定するつもりは一切ありません。貴方は間違いなく──ボーダー最強の隊員だ」

「ああ。当然。俺は最強だ」

「ですが。その強さ故に全てを許してしまうというならば。それはただの暴挙。──私は貴方を認める訳にはいかない」

「成程なぁ。──ならこれから決闘するとして。お前は俺に何を求めるんだ?」

「それは──」

 

 この決闘に至った理由。もとい原因は。

 

 ついぞ先日──女がある事実を知ったことに起因する。

 

 

 

 三門市には「ボーダー」が存在する。

 

 界境防衛機関。

 

 この世界には──我々が認知し、観測するこの世界とは別な世界が存在する。

 その別な世界は。我々との世界と一線を引きつつも交差している。そして我々の世界を認知している。

 時に交流し。時に同盟を組み。

 そして。

 常ならぬ──脅威として厳然として存在する。

 

 この組織が設立する以前。

 ──別の世界からの、紛う事なき「侵略」と「奪略」と「戦争」がここ、三門市にて巻き起こった。

 異世界とこの世界を繋ぐ『門』が開かれ。異世界製の怪物が跋扈し。千人単位の市民が死亡し、あるいは連れ去られた。

 

 侵略するには理由がある。そこに略奪する為の資源があり、戦争するに値する価値があるから。

 

 その全ての原因が──トリオンというエネルギーにあった。

 

 トリオン。

 それはその異世界にとっての基幹エネルギーであり。太陽であり。大地であり。あまねく自然であり。生きていくために必要な根源。

 異世界における人々が住まう星を維持する為のエネルギーである。

 

 そして。

 そのエネルギーは──人間から作られる。

 

 

 それ故に異世界人は我々の世界へとやってきた。侵略し略奪する為に。

 そして戦争となった。侵略と略奪を跳ねのける為に。

 

 

 そうして──異世界人『近界民(ネイバー)』の脅威から防衛を行うための機関が生まれた。

 それが、ボーダーである。

 

 

 して。

 侵攻によって荒廃し人がいなくなった”警戒区域”の中。ぽつねんと建てられた黒く巨大な建造物がある。

 そこは、ボーダー本部。

 最も多くのボーダー隊員を抱え、そして組織の中枢である場所。

 組織を統括する上層部の多くもこの建造物におり、日々激務をこなしている。

 

 

 そんな、本部建物内。

 天王寺恒星は、一人の男と向かい合っていた。

 

 

「──正気ですか? 忍田本部長」

「.....」

 

 男の名は、忍田真史。

 全ボーダー隊員の上に立つ前線指揮官。

 現在のボーダー組織の設立にも関わっている人間で、前身となる旧ボーダー時代からその剣を振るい続けてきた歴戦の戦士。

 

 その男が、一人の少女を前に──苦し気に表情を歪めていた。

 

「.....忍田本部長。本当に──あの男を大学に行かせるのですか!?」

 

 天王寺もまた。

 苦し気に声を上げていた。

 

「推薦という言葉の意味を理解しているのですか.....! 一体忍田さんは大学にあの馬鹿を送り込むにあたって何を薦め何を推すというのですか!? 脳髄くり抜いたチンパンジーでもまだあの男よりまともに大学生活を送れますよ!」

「君の言いたい事は、解る。本当に解る。だが.....!」

「A級1位の隊長が、大学にも行けない──確かにこの事実は痛いのかもしれない。ボーダーの顔に泥を塗る結果にもなるかもしれません」

「.....」

「しかし、大学に行けた所で──あの男がボーダーの顔に泥を塗りたくらないとでも? あの男は、大学生になったところであの手この手で泥を投げつけてくるに決まっています.....! あの男は、生き方からしてボーダーに泥を塗るように設計されているんです! そういう生き物なんです! それは──あの男の師である本部長が最も身をもって知っている事でしょう!? 同じ大学に、同じように推薦で来ると知らされた時の風間さんの顔を見ましたか!? 苦虫どころか毒そのものを飲んだかのような、あの実に不愉快そうな面持ちを! あの男と同等だと評価された風間さんがどれだけ自尊心を傷つけられたか! 解らないのですか――本部長!」

 

 太刀川慶、という男がいる。

 

 

 この男は誰よりも戦いを愛し、そして愛された男であった。

 

 誰よりも戦闘の才があり。そして誰よりも戦闘を積み重ねてきた。その果てにその男が得たものは──A級1位隊長の座であり、そして最強の隊員の座であった。

 その在り方はまさしく──戦闘狂。この言葉が相応しいのであろう。

 人は何かに狂ってしまえば、そのほかの事がおざなりになってしまう。

 太刀川慶は──戦闘に関する事項以外、ダメ人間を超越したハイパーウルトラダメ人間オブダメ人間と化していた。

 

 食う・寝る・戦うの三原理にてボーダー生活を満喫していたこの男には、学生の本分という字面のほの字すら目に映らなかった事であろう。幾度となくその事で──師である忍田本部長は頭を抱えていた。

 されど頭を抱えすぎて首から捥げ落ちたのか。よりによって──そんな男を何故か大学にぶち込もうとしているのだ。

 

 

「あの男は──存在そのものが泥なんです! 最高の戦闘能力を持つが故に捨てる訳にもいかない人の形をした泥なんです! 奴に関わる限り、泥を塗られるのは必定.....! ならば、せめて塗られるのはボーダーのみに狭めるのが、人としての道理でしょう.....! 大学まで巻き込んでは、駄目なんです.....!」

 

「しかし.....!」

 

 忍田真史は真面目な男だ。

 たとえ一隊員の言葉とは言え、それが真剣なものであるならばしっかりと耳を傾ける。それが自分の事や、自分が手にかけた弟子の事であるならば猶更。

 更に言えばそれが反論の余地のない正論であるならば、猶更。

 

 それ故に。返す言葉はだが、なり、しかし、なり。逆説の言葉がぶら下がるだけでその先の言葉を口に出来ない。

 

 その先にある言葉──それは忍田の脳内を駆け巡る。

 

 自らの息子が大学に行ける──そう聞いた瞬間に泣き崩れたという太刀川の両親の事が。ボーダーがなくなればもう人生がどうにもならない所まで来ている馬鹿弟子の未来が。要は──師匠としての親心が。

 他の上層部──特にメディア対策室長の根付辺りは、ボーダーの顔の一つである太刀川には是非とも大学に行ってもらいたいのだろう。ボーダーは民間組織であり、スポンサーの資金によって運営されている。三門市に住む市民の理解なしで存続できる組織でもない。その中で──最強の看板を掲げる太刀川に対して、世間体の為にも学歴の箔をつけてやらねばならないという意思が、そこには存在している。

 

 されど。

 忍田にとって。太刀川は間違いなく弟子であり、可愛がってきた子同然なのだ。

 情もある。親心もある。

 どれだけ迷惑をかけようとも──あの男の師匠なのだ。

 

「本部長。──それが本部の意向というのならば、私にはどうする事も出来ません。たとえそれが、どれだけ学問という概念に唾を吐きかける行為だとしても。私には止められない。歯を食いしばりながら、あの男がその存在の全てを用いて大学を愚弄する様を見つめ続けるほかない」

「......すまない」

「ですが。どうにかできる人間がただ一人残っています」

「.....?」

 

 天王寺の目は、一つの決意に満ちていた。

 

「本人自体が──大学進学を辞退する決断をするのならば、何ら問題がない。私は──必ずやあの男を”説得”してみせます」

 

 

「──そういう訳で。太刀川先輩には私と決闘して頂きます。私が勝てば、大学進学を諦めてもらう」

「ふんふん。それで、俺が勝った場合は?」

「300戦」

「ん?」

「10本勝負×30セット。私が本部にいて、なおかつ防衛任務等の業務が入っていない場合。太刀川先輩との個人戦を最優先で300戦分お受けする事を約束します」

「.....ほぉ」

 

 太刀川の目が、変わる。

 

「二言はないな?」

「己の心と尊厳に誓って」

 

 太刀川の表情に、更に深い笑みの形が象られる。──決闘を承諾したのだろう。

 己が将来を、たかだか個人戦の権利で平気で賭けられる。もうこの時点でこの男の価値観というか、狂っている部分が垣間見えてしまう。

 

「ルールはどうする?」

「一発勝負で行きましょう。決闘ですから」

「オーケー。──いや。これは本当にいいな」

 

 太刀川は、実に楽しそうだった。

 

「個人戦は楽しいが、迅がS級に行っちまってちょいとマンネリ気味だったからな。──負けられない。何か賭ける要素があるというのはいい事だ。勝負に緊張感が生まれてくれる」

「....」

 

 ──イカレてる。

 

 だがこのイカレた部分がなければこの決闘が成立しなかったのも事実。

 

 ──太刀川さんとの今までの戦い。勝率はおおよそ三割弱。普段の個人戦ならば五分の勝負とはいかない。だが──残り二割を埋める術を今回は持ってきた。

 

 一回勝負。そして仕掛けたのはこちら側。初見殺しの術を持ってきている。

 

 なんとか。この一回だけでも五分の戦いが出来るのならば──勝機はある。

 息を整え、さりとて冷静に。

 

 最強。それを相手取るにあたっての策は──もう用意できている。

 

 

 

 ・          ・          ・

 

 

 

 個人戦ブースは、異様な雰囲気に包まれていた。

 ブース周辺にはB級、C級問わず──幾人もの隊員により観覧席が埋まり、何処か緊張感を伴った空気が充満していた。

 

「.....何が起こっている?」

 

 その様を見て、ぽつり──赤いマフラーを学生服に巻いた少年が呟いた。

 

「よぉ、三輪」

「──出水」

 

 ひらひらとジュース片手に手を振る少年がまた一人。千発百中とでかでかとプリントされたシャツを上着の下に着込んでいた。

 

 三輪秀次と、出水公平。

 互いに顔を合わせ──そしてそれぞれがそれぞれの関係者に目線をやる。

 

「何をやっているんだアイツは....」

 三輪は、天王寺を見やりため息交じりにそう呟き。

 

「太刀川さんも何やってんだか」

 出水は対称的に楽し気にそう呟いた。

 

「──太刀川さんがボーダー推薦で大学に行ける、って決まった瞬間にさ。天王寺がかなりキレてたみたいでな」

「あの馬鹿が。ほっとけばいいのに....」

「まあ今まで推薦で大学行った人、ちゃんとやる事やってたからな。太刀川さんまで、となると納得できないのも仕方ないかもな~。特に真面目堅物融通利かない三段活用の天王寺なら猶更。──特に、風間さん慕っていたからなぁ」

「....それで。納得できなくて太刀川さんに噛みついているのか?」

「いいや。──推薦辞退を賭けて決闘だってさ」

「な」

「そして天王寺は個人戦の権利300戦分を条件にした。太刀川さんはにこやかに決闘を受けて──今から始めるってよ」

「は?」

 

 三輪は、出水の言葉の一つ一つに──困惑の声音を滲ませ、言葉を返していた。

 

「いや。馬鹿なのか?」

「ああ」

 

 まさか。

 大学進学の権利と、たかだか個人戦の優先権が等価だと。そう太刀川慶は思っているのか、と──

 

 

「一発勝負。太刀川さんはつえーけど、それでも天王寺は三割は勝ってるからな。その上、仕掛けたのが天王寺からって考えると無策であるとも思えねぇ。──楽しみだな」

「楽しみなのか.....。お前の隊長だろう?」

「別に高卒になろうが隊長は隊長だよ」

 

 はっはっは。

 出水公平の、実に陽気で軽い笑い声が上がると共に。

 戦いの火蓋は、切られた──

 

 

 トリガー。

 

 それは、ボーダーで用いられる武装の総称である。

 敵である近界民は、人体から生成されるトリオンというエネルギーを用いた兵隊を用いて、侵略を行う。

 それ故に──ボーダーが用いる武装もまた、トリオンを用いる。

 

 脆弱な生身の肉体をトリオン製の戦闘体に換装し、トリオンで出来た武器を手に、──外敵である近界民を排除する。

 

 

「さあて──試合開始だ」

 

 太刀川慶は、二刀を抜く。

 これが──彼のトリガー。

 

『弧月』

 その刀型のトリガーは、そう呼ばれている。

 

 仮想空間の中で作られた仮想の市街地。無人環境下、太刀川慶は──天王寺に向け斬撃を放つ。

 

 相対距離。おおよそ十五メートル。

 

 

 放った斬撃は──光を纏い、刀身が”伸びて”天王寺へと向かう。

 

 伸び上がる斬撃を一瞥し。

 足元へと向かっていることを確認した天王寺は軽く飛び上がり避ける。

 

 今のところ──天王寺には武装が存在しない。丸腰のままだ。

 

 太刀川は──飛び跳ねた事で回避手段を失った天王寺に向け二撃目の伸びる斬撃を放つ。

 

「ほう」

 

 天王寺は──その攻撃を読んでいたのだろう。飛び跳ねた瞬間から上体を折り曲げ左手を地面につける。

 コンクリの地面に──指がめり込んでいる。

 

「成程な」

 

 めり込んだ指先から、軽い地割れのようなヒビが見える。

 天王寺は──指先から武器を小さく()()()()のだ。

 

 地面にめり込ませた左手を起点に、体幹をぐるりと回し斬撃の懐に入る。

 そうして天王寺は瞬時に体勢を戻し──斬撃の効果範囲を狭めるべくタックルを行うような低い体勢から太刀川へと肉薄する。

 

 その背後に──キューブ状のトリオンエネルギーの塊を作成しながら。

 

「アステロイド」

 

 そのキューブは、更に九分割され宙に浮き──天王寺の背後より、弾丸となり太刀川へ向け放たれる。

 太刀川の肉体だけでなく、その左右の空間含め散らされたその弾丸は──空間に挟み込まれたかのような”シールド”にて阻まれる。

 

 

 ──よし。これで奴のシールドは潰した。

 

 

 ボーダーの一般隊員が用いる通常規格のトリガーは、基本的にメイントリガー、サブトリガーから一つづつ。二つの武装を切り替えながら戦う。

 メインに四つ。サブに四つ。ここから一つづつトリガーを取り出すイメージ。

 

 よって──今天王寺が放った”アステロイド”という名の射撃トリガーによる攻撃で、太刀川の武装の一つである”シールド”を発動させ、実質選択肢を一つ潰すことが出来たのだ。

 

 

 そして。

 無手だった天王寺の右手に──ようやく、得物としての形が生まれる。

 それは刃物の形をしたトリガーであった。

 

 太刀川が持つ日本刀型トリガーである『弧月』よりも、短く、小振り。

 そして物質というよりは、トリオンエネルギーが刀剣の形を纏っているかのような、光が剥き出しの刃物。

 

 それを、迷うことなく太刀川の喉元に向け突き出す。

 突き出されたそれを太刀川は上体を反らす事で回避するが──天王寺の攻撃は続く。

 突きから、引き動作。手首のスナップと上体の捩じりのみの最低限の身体操作から生み出される瞬間的な斬撃。──その全て、太刀川の心臓部位と首、頭部へと向かっている。

 

 その連撃を、太刀川は手にした弧月により迷いなく受ける。

 受けながらも体軸の回転により天王寺の体勢を微妙にずらし攻撃のタイミングを遅らせながら──長物の弧月に不利な間合いであるにも関わらず、斬撃を挟み込む。

 斬撃に対し、天王寺は全て反応する。時に回避し、時に太刀川の手首目掛け斬撃を落として動作を押し留め、時に斬撃そのものを刃先で滑らせ受け流し。

 

 

 互いの息がかかる程に肉薄した状況下。

 金切り声のような剣戟音が、間断なく響き渡っていく──。

 

 

 

 

 

 旋空。

 弧月の刀身をトリオンにより延長し、斬撃の効果範囲を拡げる──”弧月”専用のオプショントリガー。

 

 これが、この弧月というトリガーにおける最も大きな特徴。

 近接武器でありながら、射程を伸ばせる。

 

 太刀川が初手で用いた伸びる斬撃は、旋空である。

 この旋空はボーダー全武装の中で最も威力がある。先端に行けば行くほど威力は増し、シールドを易々と斬り裂く。

 

 とはいえ。刀身を伸ばし同時に斬撃を行う、という行為は非常に難度の高いもので。移動標的に対して正確に当てられる隊員はごく一部。

 

 そして。

 太刀川慶は──。

 

「旋空弧月」

 

 この難度の高い行為を、いとも容易く行使し、そして当てる能力がある。そのごく一部の隊員の一人であり──そのごく一部の中においても間違いなく最強の人間。

 

 太刀川は、猛攻を続ける天王寺の一撃を峰で弾くと共に、バックステップ。

 ステップ間の隙を埋めるべく──天王寺に向け旋空を放つ。

 

 天王寺の腹部から胸部にかけて走る斬撃。

 このまま剣が振るわれれば──天王寺に防ぐ手段はない。

 

 

 されど。

 天王寺は攻撃を弾かれた瞬間より、後方へ流れる体勢を瞬時に立て直し、バックステップする太刀川の動きに合わせ前進。

 前進しつつも斬撃のタイミングに合わせ膝を抜き上体を後方へ流し、旋空を回避。

 

「流石。読みがいい」

「それが私の強みですから」

 

 回避と同時。

 天王寺は後方へ上体を流す動きから体軸を回転させ、左足を軸に、太刀川の膝に蹴りを放つ。

 その踵から──刃を生成しつつ。

 

「おっと」

 

 太刀川は蹴りの軌道上にシールドを生成。踵から生成した刃は易々とそれを砕くが──速度は幾らか鈍る。その隙に太刀川は弧月を盾に蹴りを防護。

 防護ついでに、片足立ちの天王寺のバランスを崩させんと力を加えるが──天王寺の身体は根を張るように動かない。

 

「──ああ成程」

 

 天王寺の左足──そこから小さくヒビが入っている。

 先程左手の指先から刃を出したように。今度は左足からスコーピオンを地中に潜らせ、支えとしていたのだろう。

 

 あわよくば背後に転ばせて仕留めてやろうと思ったが──そこまで甘い相手ではなかった。

 

 

 

「──いやあ。お前との戦いはいつも長く楽しめる。いい事だ」

「それはよかったですね。──はやく負けて勉学に励んでくださいね」

「そうはいかねぇ。俺にだって親を想う心くらいある。お袋が泣いていたんだ。俺が大学に行けるって聞いた瞬間にな──」

「その所為で風間さんが泣く羽目になるかもしれないというのに.....!」

「ん? どうして風間さんの名前がここで出てくるんだ?」

「こいつ....」

 

 怒りを振り切り呆れの境地へと達した天王寺の表情は、色のない無と化す。

 

 

 ──この男は。やはり一度痛い目に遭わせなければ駄目だ。

 

 

 天王寺は、視る。

 自分の視界に映る、太刀川の姿を。

 

 そして。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()姿()()

 

 

 ジ、っと。

 ひたすらに見ていた──

 

 

 天王寺恒星はB級隊員である。

 所属部隊はまだない。

 彼女は部隊を持たぬ辺境の支部隊員であり、個人戦をするか、何らかの事情で本部の部隊員の代打の為に本部に顔を出している。

 部隊の勧誘も幾らか受けた事はあるが、全て断っていた。

 

 

 彼女は現ボーダー設立時に入隊した、古参の隊員の一人である。

 

 ──彼女には、一つの『副作用(サイドエフェクト)』が存在していた。

 

 人間の身体に存在する、トリオン器官。そのトリオン器官から生まれる、トリオン。

 そのトリオンというエネルギーが潤沢に存在する人間の中には──時折、特殊な体質や感覚を持ち生まれる者がいる。

 

 そう言った諸々の体質やら感覚を──トリオンというエネルギーを生まれながらに多く受け入れた人間特有の”副作用(サイドエフェクト)”であると考えたのであろうか。

 

 

 彼女にも、それがあった。

 

 

 彼女のそれは、ボーダーによって”平行視”と名付けられた。

 

 彼女は、彼女を観測する他者の視界を視る事が出来る。

 自分を見る他者の視界。それを”共有する”と言い換えてもいいのかもしれない。

 

 彼女は──自分から見る視界と。

 他者から見える自分。

 

 それらを同時に見ながら、生きている。

 

 それは──ボーダー隊員としての彼女にとって、大きな武器となった。

 自分と対峙する人間が、自分のどの部位を見ているのかを視線の流れから読み取ることが出来る。多人数との戦いならば、自分がいま何人に見られているのかが解る。狙撃手が彼方から自らを狙う瞬間も、把握できる。

 

 だから。

 見える。

 

 太刀川慶が、自分の何処に意識を向けているのか。どこに攻撃を仕掛けようとしているのか。その全てが。

 自分の視界とは異なる視界が。

 だから読める。

 己に向けられた視点が。

 何処にどう攻撃を仕掛けてくるのか。

 

 

 だが。

 

「.....く」

 

 猛攻を捌き、回避し、打ち合う。

 一見この状況は互角のように見えるが──実際のところは太刀川が有利だ。

 

 ピキ、と。

 打ち合うごとに──次第に天王寺の刃に、ヒビが入っていく。

 

 

 スコーピオン。

 弧月と対を成す近接戦闘用のトリガーであり、天王寺にとってのメインウェポン。

 

 弧月に比べ軽い。軽い故に取り回しがいい。形も自在に変えられるし、肉体に”生やす”ような特殊な使い方にも対応できる。手数の多さと変幻性に富んだトリガーである。

 されど弧月に比べ脆く威力は低い。弧月と打ち合えば間違いなく先に壊れる。そして弧月に対する旋空のような、特殊なオプショントリガーもない。それ故に射程をカバーする手段もない。

 

 故に。

 スコーピオン有利の間合いで決定打が決められない状況そのものが、もうスコーピオン使いからすると不利。打ち合うごとにスコーピオンは壊れていく。耐久性と威力が完全に両立した弧月と打ち合うには、スコーピオンはあまりにも脆い。

 

 

 ──勝負を仕掛けねばならない。

 

 そうして。

 天王寺は狙っていた。

 

 天王寺は右手にスコーピオンを持っている。

 左手は、空手。

 

 

 太刀川は──天王寺の左手を警戒していた。

 その警戒する意識も、天王寺のトリガーセットの組み方が迷わせるよう出来ているからだ。

 

 

 天王寺のトリガーは、スコーピオンとアステロイド。双方ともメインサブ両方にセットされている。

 この二つの特色として──セットしても、攻撃の瞬間までその形が見えないことにある。

 

 スコーピオンは体内で隠せる。アステロイドはキューブを生成するまで武装としての形が見えない。──太刀川は、この空の左手が存在する事でスコーピオンとアステロイド双方の警戒をしなければならなかった。

 

 これがあるから。太刀川は天王寺から易々と距離を置くことが出来ない。

 セットしているのがアステロイドならば、距離を開けた瞬間に放つ可能性がある。距離を取るにせよ、アステロイドの射出タイミングを潰した上で行わなければならない。

 

 瞬間

 天王寺の空の左手に──得物が生まれる。

 

 それは右手に握られているものと同じ。スコーピオンの刃。

 

 されど、形状が異なる。

 それは──鎌の如き斜めに突き出された、鈎爪が伸び上がった刃であった。

 

「──おぉ!」

 

 左手から始動する斬撃を、太刀川は当然弧月で受ける。

 受けて尚──首の裏側を通る刃がそこに在る。

 

 そのまま天王寺が刃を引けば──首を刎ねられる形。

 太刀川は当然その形を理解しているが故に、弧月の刀身にて天王寺の鎌状スコーピオンを押しのける。

 

 天王寺は──そこまでの太刀川の動きも読めていた。

 相手が並みの攻撃手ならば、受け太刀からの引き動作で首を刎ねれたであろう。だが相手は№1攻撃手。当然、こちらの行動に即座に最適解を持ってくるであろう。

 だが。

 首を刎ねれずとも。

 鈎爪で弧月の峰を絡めとり、引く動作によって刃先を地面に叩き落す。

 

 これにて。

 太刀川の得物を、この瞬間だけ無力化に成功。

 

 その隙を見逃さず。

 天王寺は、右手での斬撃を太刀川へ走らせる。

 

「あぶね」

 

 されど。

 

 太刀川もまた、読んでいる。

 左手のスコーピオンで弧月を絡めとり無力化された後──残る刃で返しの一撃が来ることが。

 

 シールドで防げる保証はない。

 故に太刀川も、二刀目を握る事を選択。

 

 逆手に握る弧月を抜く、その軌道上で天王寺の斬撃を防ぐ。

 

 

 互いに行きつく暇もない攻防が続く中。

 互いの二刀が互いに鍔競る一瞬。

 

 この状況。

 動き出しが速かったのは、──天王寺。

 

 

 天王寺はぐるりと体幹を回しながら両の刃を弾くと共に──スコーピオンを、己の両腕から消す。

 体幹を回しつつ左足で踏み込み。

 太刀川の顔面に──掌底を打ち込む。

 

 その動きはどこまでも滑らかかつ、迅速であった。幾度となく鍛錬を行ってきた者が行える動きが、そこにあった。

 

 当然。

 その掌底そのものにダメージがある訳ではない。

 それに当たったところでトリオン体に直接的なダメージが与えられるわけではない。

 

 だが。

 その掌底を喰らった先には、二つの効果がある。

 一つに、視界が塞がれる。二つ。──掌底から、スコーピオンを生成してのゼロ距離攻撃が行使される可能性が生まれる事。

 

 スコーピオンが消えたとしても。使い手がスコーピオンと他のトリガーを”入れ替えた”のか、それとも”体内にしまったのか”を相手が判別することは出来ない。

 スコーピオンを仕舞い、掌底と合わせてスコーピオンが腕から飛び出してくる可能性を、否定できない。

 

 だから。

 太刀川は──実質のダメージが存在しないその掌底を回避するほかない。

 

 首を動かし、掌底を回避。

 天王寺はそこから。太刀川の両足の間に右足を入れ。そして残る腕で太刀川の右肩を掴んで。

 

 弧月の攻撃が届きにくいゼロ距離。

 そこで──極めて限定的ながら、天王寺は体術を用いて太刀川の動きを止める事が出来た。

 

 

 スコーピオンを使わず、あくまで体術にて動きを止めたのは。

 ──この手を使う為。

 

 

「アステロイド」

 

 背後から生まれる、トリオンキューブ。

 

 

 これを生成し、撃ち込む一瞬の時間を確保する為。

 

 

 

 二分割。

 

 時間差で二撃を──太刀川に叩き込む。

 

「では太刀川さん。──来年はちゃんと勉学に励んでください」

 

 そう天王寺が呟いた瞬間。

 

 

「──いや。楽しかった。ありがとよ、天王寺」

 

 浮かべた太刀川の笑みは。

 負けを受容したものではなく、全くの逆。

 勝ちを確信したものであった。

 

 太刀川の視点。

 それはずっと己に向けられている。己の”平行視”でそれは読める。

 しかし。視点がや視線の流れが、特定位置にいっていない。攻撃をする部位に視線をやる──という行為を、太刀川は行っていない。

 ──太刀川さんは攻撃を仕掛けようとしていない! 

 

 

「──グラスホッパー」

 

 そうして。

 太刀川が決して視線をやらなかった──己の足下に、浮かべるは。

 四角の、トリオンで形成された踏み台。

 

「距離詰めて体術で動き止めて、そこからアステロイドを撃つ。いいアイデアだとは思ったがな。──俺にはこの手がある」

 

 太刀川がそれに足をかけた瞬間。押さえていた肩から手が離れ──太刀川は上空へと向かう。

 

 ――グラスホッパー。

 バッタの意味を持つこのトリガーは――触れる事で対象を高速で飛ばす踏み台を生成する代物。太刀川はこれを用いて、上方向へ自らを飛ばしたのだ。

 

 

 二分割されたアステロイドの片割れが、凄まじい速度で向かうものの──上空に向かう太刀川を捉えられず通り過ぎる。

 

 ──避けられたか。だが、大丈夫だ。

 

 まだ一発ある。

 

 ──グラスホッパーを使ったという事は、シールドはない。その上この弾体は速度と威力に振っている。空中で回避手段もない。落ち着いて、当てろ──! 

 

 空中にいる太刀川に向けて、天王寺は指を向ける。

 その時。

 上空から──光が視え。

 

 

 

 そして。

 その指先から縦に斬り裂かれる──己の姿も同時に、視えてしまった。

 

 

 

「......クソがっ‼」

 

 斬撃を放つその一瞬まで。

 太刀川は──天王寺の姿を見なかった。

 その為、斬撃が放たれるその瞬間まで──攻撃の予兆を読み取る事が、天王寺には出来なかった。

 空中にいながら攻撃が行使される最後の最後まで天王寺を視界に入れず、太刀川は旋空を天王寺に叩き込んだのだ。

 

 彼女の副作用まで完全に見切った上での、見事なまでの一撃。

 

 斬り裂かれた半身はその姿を光に変え。換装体が崩壊し、そのまま天王寺恒星は──『緊急脱出(ベイルアウト)』の機械音声と共に、その姿を消した。

 

 

「お疲れさん」

 

 苦渋に満ちた表情を浮かべブースの座席に座り込んでいた天王寺恒星に、出水公平が言葉をかけた。

 

「.....出水君ですか。お疲れ様です」

「いや~。めっちゃいい所まで行ったのに。惜しかったな」

「.....こちら側が完全に一発勝負前提の準備をしたうえでこのザマです。思った以上に私と太刀川さんとの差は大きい。......申し訳ありません風間さん。私の力不足です」

 

 はぁ、と、一つ溜息を吐く。

 その姿を──三輪秀次もまた、見ていた。

 

「.....天王寺」

「.....こんにちは三輪君」

 天王寺の姿を見る三輪も三輪で。

 天王寺の姿を一瞥し、一つ溜息を吐く。

 

「何をやっているんだ.....?」

「太刀川さんに決闘を仕掛け、そして無様に負けた所です。ええ。あまりにも無様。無様すぎて腹を切って死んでしまいたいくらいです」

「あんなの、ほっとけばよかったのに...」

「納得できないことがあって、それをほっとくという選択肢は私にはありえない。──私は全力を尽くし、結果はそれでもどうにもならなかった。悔しいですが現実は受け入れるほかない。精進します。.....それにしても、無様......!」

 

 そうして項垂れていると。

 

「よ、天王寺」

 黒コートの男が、またも眼前に現れた。

 

「....太刀川さん」

「いやぁよかった。久々にスリルある戦いを味わえたわ。ありがとさん」

「....そうですか。それはよかった」

 

 どんよりとした天王寺の声に、変わらぬ調子の太刀川。

 何処か微妙な空気が流れている。

 

「お前も──(ブラック)トリガー争奪戦で迅に負けてから、腑抜けちまったのかと心配だったが、杞憂だったな。俺も迅がS級に行っちまってちょいやる気なくなってきてたけど──いい相手が見つかった」

「.....」

「300戦、よろしくっ」

 

 そう言い捨て、太刀川慶は手をひらひらさせて──また別の個人戦ブースの中へ消えていった。

 

「....」

 

 ──(ブラック)トリガー争奪戦。そのワードを聞き、天王寺の表情が更に渋面を形成していた。

 

「.....このところ負け続きですね。本当にどうしようもない」

 

 では、と。天王寺は呟き。

 

「私は寮に帰ります。それではさようなら」

 

 そうして。

 彼女は出水と三輪に一礼し、鞄を手にそのまま歩き去っていく。

 

 

 そうして。

 ボーダー本部から出て、周囲に誰もいないことを確認し。

 トリガーオフ、と口にする。

 

 その瞬間──換装体から、生身の肉体に戻る。

 

 それは、

 

 ──左腕が鉛のようにぶら下がり、そして左目に大きな眼帯を付けた姿であった。

 

「.....」

 

 彼女の左腕は、もうまともに動かない。

 彼女の左目は、もう何も映さない。

 

 ──彼女もまた。三門市の第一次大規模侵攻の時に、そこにいたのだ。

 

 いや。

 

「敗北は、受け入れろ」

 

 彼女は、侵攻が起こる以前からそこにいたのかもしれない。

 もしも自らの運命を観測した瞬間。その未来を観測する瞬間まで遡るのならば──。

 

 

 彼女が三門市内で、一人の男に視られてしまった時から。

 彼女は、そこにいたのだ。

 

「あの男と並び立つのだと決めたのなら」

 

 ──これは。他人の視点が見えてしまう女が、未来を視る男の視座を識ってしまう話だ。

 

 始まりの場所は、三門市内のショッピングモール内。

 ──迅悠一に彼女が視られてしまった瞬間に遡る。




平行視

自身を観測する他者の視界を視る事が出来る、という副作用。

他者が天王寺を視界に入れた瞬間、その他者の視界から見た光景を天王寺は脳内で自らの視界と同時再生する。

その見え方は、その人間の性質が反映されたものになる。視力の差異や、色覚の差異などによって異なる見え方も再生される。更に、その視点が何処に意識が向けられているか、という部分も認識する事が可能である。

そして。
見る事によって発生する副作用がある他者の視点もまた、見る事が可能となる。
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