申し訳ないでズラ。
その後。
天王寺は本部へ同行し、上層部からの取り調べを受ける事となった。
そこには。
上層部全員と、風間隊と──そして。二宮隊の姿。
ボーダー内部からトリガー複数を持ち出し民間人へ横流し。民間人もろとも『門』から近界へと消えていった。
それが、鳩原未来がやってしまった事であった。
天王寺は、寮の自室での会話内容と。そして携帯に送られてきたメールの内容をそのまま上層部に提出。
その後の調査も合わせ──天王寺は鳩原の計画を知り得なかったであろう、と判断され。そのまま解放される運びとなった。
「....」
どうすればよかったのだろう。
どうにもできなかったのだろう。
あの時。あの瞬間。──鳩原を遠征に行かせるための方策を考えつけなかった時点で。どうしようもない事だったのだ。
──あの時。諦めろと言えばよかったのか?
「....」
それだけは、言えない。
仮にこの未来が解っていたとしても。
天王寺恒星は──諦めろ、という言葉だけは。それだけは、口にすることが出来ない。
それを否定して生きてきたから。
※
その後。
二宮隊は──鳩原の諸々の隊務規定違反の責任を取る形で、B級に降格する事となった。
「.....そうか」
二宮隊作戦室。
天王寺恒星は──改めて、自分が知っている事を、二宮隊に話していた。
鳩原は自身が原因で遠征に行けなくなったことで、絶望感を味わっていた事。
そして──自分は鳩原に”諦めるな”と言った事。
その全てを。
「....ふん」
二宮は、一つそう呟いた。
「その時点で──もう話はついていたんだろうな」
「....そう、でしょうね」
二宮は、それ以上特に何も言わなかった。
「まあ。──しょうがないさ」
犬飼は、からりとそう言った。
「しょうがない。──人が下した決断に対してどうこう言えないからね。残された人間は、粛々と責任を取るだけ。クビにならないだけ救いだったと思うしかない」
「うむ。仕方ない。それはそうとして。──私たちに一つも相談が無かったのは、やっぱり気に入らない所はあるけどね」
「....自分が所属する部隊だからこそ。言えない事もあったでしょうからね」
犬飼の言葉に、氷見と辻が続く。
──やはり。隊の皆も、鳩原が認定の取り消しについてショックを受けていたのは重々理解できていたのだろう。驚きはすれど、困惑はしていないようだった。
「....私は。意図せずとも。鳩原先輩の決断について、背中を押しました」
「意図していなかったなら、どうしようもない。まさか”諦めろ”なんて──君が言えるわけもないんだし」
「はい。だからこそ──私も。あの言葉を言ったことそのものは、後悔はしていません。けど──この言葉に責任は持たなければいけないと思うのです」
そう天王寺が言うと、
「....責任か。なら、お前はどうするつもりなんだ」
「私は──二宮隊は遠征に行くべきだと思います」
だから、
「もう一度。二宮隊が遠征選抜試験に挑戦できるように、尽力します」
恐らく。
また次に二宮隊がランク戦でB級上位に行ったところで。二宮隊は再度A級に上がる事は出来ないだろう。
ずっとB級で蓋されたまま。A級に上がる事はない。
「.....手はあるのか?」
「今はまだ。ですが、必ず見つけ出して見せます。──私の全てを用いて」
そうだ。
──手段は択ばない。
自身の力。持ち得る能力。その全てを用いて──目的を達成して見せる。
天王寺恒星は、二宮隊作戦室を出ると。
携帯を手にする。
「──お久しぶりです、迅さん」
「やあ天王寺。何か用?」
「単刀直入に言います。──お会いする事は出来ますか?」
天王寺はそう聞くと。
「いいよ」
と答えた。
※
ボーダー本部からほど離れた、玉狛支部。
河の畔から、橋を伸ばした先にあるそれは──現在のボーダーの前身である、旧ボーダー時代の本拠地であったという。
迅悠一は、この支部に所属している。
「──いらっしゃい」
その中。
迅と天王寺は、互いに視線が向き合わぬように下を俯き、対峙していた。
現在、他の隊員は出払っているらしい。
迅と二人。互いに互いの姿を見る事無く──そこにいる。
「今日は──迅さんに一つ聞きたい事がありまして」
「何だい?」
「見えていましたか? ──鳩原さんの失踪する未来が」
「....」
迅の姿は見えない。
だから──今どのような表情をしているのかを視る事は出来ない。
「ああ」
と。
平坦な調子の言葉だけが、天王寺の耳朶を打つ。
「....」
その言葉を飲み込み。
歪む表情を矯正する。
──何故止めなかったのか、という言葉は。ここでは決して口にしてはならない。
自身に不都合な未来を選び取った迅へ不平を漏らしてしまうのならば。その瞬間に──自分はこの男と並び立つ権利が失われるであろうから。
「理由を聞いていいですか」
「二つある。あの時点で鳩原ちゃんの失踪を止めた所で、鳩原ちゃんにとっていい未来が訪れない事が明らかだったこと。二つ。この民間人と鳩原ちゃんがあちら側に行ったことが必要になる、と。そう判断したから」
「....」
そうか。
──止めた所で。自分が動いたところで。もうこれ以外に、鳩原は近界に向かう事は限りなく不可能だったのか──
「....解りました。その上で、迅さんにお願いしたい事があります」
「うん」
「鳩原先輩が近界に行ったこと。それ自体は致し方がない事です。鳩原先輩ご自身の決断ですから。──私の願いは一つ。その責任を負って、B級へ降格処分を下された二宮隊が。もう一度遠征に向かう事が出来るようになる事です。要は、もう一度A級に戻って頂く事。それだけが望みです」
「.....天王寺は、二宮隊が遠征に行くべきだと思っているんだな」
「はい。──鳩原先輩は、この決断をされたのならば。もう一度二宮隊と向き合っていただく必要があると。私は考えています。そして──私は、鳩原先輩の弟子ですから」
だから。
鳩原自身が起こした行動により何かしらの不都合が起きてしまったのならば。その不都合を是正する人間は──自分でありたい。
「だから。二宮隊がもう一度A級に戻る為に必要な情報が欲しい。なので──私の未来を視てください。迅さん」
そこまで言うと。
迅は──「いいよ」とだけ声をかけ。
互いに顔を上げた。
そして視線が交差し。
互いの副作用が──発動する。
「....」
暫く互いに目線を合わせ。
天王寺の中に──幾らかの情報が脳内に入ってくる。
「....ありがとうございました」
「うん」
「おおよそ。やるべきことが理解できました。──もしかしたら」
視線を外し、天王寺はくるり迅に背を向ける。
「次に会う時は──また戦う事になるかもしれないですね」
と。
そう呟いた。
「....」
迅は。
また戦う、という。その台詞を聞いて──
「ああ。だが──それでも、おれとお前は、敵じゃない」
と。
そうポツリ、呟いていた。
※
時間が過ぎゆく。
夏が過ぎ、秋を超え──冬。
天王寺恒星は変わらぬ日々を過ごしていたが。しかし、その肩書だけが変わっていた。
天王寺は、本部所属の隊員になっていた。
鳩原の件については、箝口令が敷かれ。事件にかかわった幾つかの部隊と上層部を除き──その詳細が伏せられる事となった。
その為。その数少ない情報を持っている天王寺は──辺境の支部から本部へと移され、本部管轄の隊員となった。秘密情報の管理にあたって、当然の処置だ。
「....」
冬になり。多くの事件が起こるようになった。
誘導機を通過し市街地へ数多く発生するようになった『門』。C級部隊員による無許可でのトリガーの使用。ボーダー外の何者かによる、トリオン兵の破壊。
──恐らく、そろそろだろう。
時が近づいてきている。
あの時に見えた、”未来”。
この時を──ひたすらに待っていた。
「──恐らく。もうじきだと思います」
天王寺は、二宮に告げる。
そう言うと、黒スーツの男は──そうか、と言った。
「一応確認しておきます。二宮隊の皆さんは、A級復帰の意思はありますよね?」
「そりゃまあ当然」
天王寺の声に、二宮隊を代弁するように──犬飼が頷く。
「ところで。本当に──加古さんに声をかけなくて大丈夫なのですか?」
「....あまり大所帯する必要もないだろう。それに、あの女を入れてしまえばある事ない事突っついてくるのは目に見えている。追加人員は最小限で十分だ」
「...了解です。では、近々連絡をします。その時はお願いします」
さあ。
もうじき──未来が訪れる。
この為に、変わることなく天王寺は牙を研いできた。
運命の日は、訪れる。
※
──現在。玉狛支部には近界民がいる。
それは、人型の近界民。
近界で生まれ、近界で育ち、その中で──傭兵として戦い続けてきた少年が。
その名は、空閑遊真。
彼により、市街地のトリオン兵の撃破が行われ、現在──玉狛支部が一員として保護を受けている。
次の正式入隊日をもって──近界民が、ボーダーの一員となる。
それだけならば。
それだけならば──問題は、些細なものだ。
問題は。
その少年が──黒トリガーを持っているという事。
「──支部に黒トリガーが二つ存在する状況は、看過できない」
本部に黒トリガーが一つ。そして迅が持つ”風刃”により玉狛支部に黒トリガーが一つ。
仮に──その空閑遊真が玉狛支部に所属するならば。支部に二つ、黒トリガーが存在する事となる。
これは──あまりにも歪なパワーバランスとなってしまう。
「現在、遠征中のA級部隊。彼等の帰還次第──黒トリガーを奪取すべく、玉狛支部へ襲撃をかける」
そうして。
ボーダー本部司令、城戸正宗により──黒トリガーを奪取すべく、極秘の任務が開始される事となる。
A級部隊三部隊を用いた、玉狛支部への襲撃作戦。
──遠征からA級が帰還する。12月18日。その日に。
※
そして。
「いやー。そんなに時間は置かないと思っていたけどさ。まさかまさか──遠征から帰ってきたその日のうちにやる事になるとは思わなかったねぇ」
「さっさと戦いたがったんだろう。あの馬鹿が考えそうなことだ」
警戒区域内。
誰もいないこの場所に、一つの集団があった。
「時間を置けば、それだけ玉狛側に準備を与える羽目になりますからね。仕掛けるなら、早ければ早い方がいいでしょう。──お。今、交戦音が聞こえてきましたね」
集団がいる、反対側の地点。
そこから、交戦音が一つ響き渡っている。
「みたいだね。──ひゃみちゃん。あちら側はどうなってる」
「交戦が始まったみたいだね。──事前の
それは。
二宮隊と、天王寺恒星であった。
「ならば動くぞ。あまりモタモタしていられない。反対側に迅が引き付けられているうちが勝負だ。──もう一度確認するぞ。任務は玉狛が保護する近界民から黒トリガーの奪取。近界民の生死は問わない。極秘任務故に、各員メテオラの使用は厳禁。いいな?」
「了解」
「よし。──ならば、行くぞ」
二宮の指示の下。
部隊が動き出す。
「では──これから合流に向かいます」
そして──そこから遠く彼方に位置する男に、二宮は通信を入れる。
「ああ。──後方の援護は任せろ」
既に。
玉狛支部からおおよそ二キロ地点にある高層の建造物に潜む男が、一つ頷く。
「では──これより任務を開始する」
男は肩までかかる長い髪を後方に流した、狙撃手であった。
彼は。
かつての二宮の上官であり、
「よろしくおねがいします。──東さん」
そして。
狙撃手という兵種をボーダーにもたらし。
かつてのA級1位部隊を率いた、ボーダー屈指の傑物。
「ああ。──こうしてお前と戦う機会を迎えられて。俺も嬉しい」
東春秋であった。
二宮隊及び、東春秋と天王寺恒星。
彼等は──A級部隊の交戦を確認すると同時。動き始めた。
次回 玉狛第一VS二宮隊+α
あと諸々のネタばらし