平行未来観測女   作:丸米

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18 人は憎悪を宿すから、憎悪するんです

 その新型の殴打が放たれた瞬間。

 天王寺は風刃の峰でそれを受けると同時、己の体幹をくるり回すと同時──押し込む。

 

 拳が伸び切り、足が前に突き出されたタイミングにて押し込まれた新型は、僅かであるが体勢を崩す。

 

「腹部から胸部のラインへの攻撃は、最終手段。ならば」

 体勢を崩す一瞬のうち。

 天王寺は身を屈めると共に──右膝を前に突き出しつつ、横薙ぎの斬撃。

 

「足」

 

 身を屈めると共に放たれた斬撃は、脛斬り。

 膝と腰により大きく延長された範囲による斬撃がラービットの左足を襲う。

 

「耳」

 

 足が斬り裂かれた新型の左手側へ己の肉体を転がし、肉体を起き上がらせる動きと並行し両足に力を籠め──跳躍。

 跳躍と共に終わらせていた旋回動作と並行した回転斬りが、ラービットの両耳を削り。

 

「──腹」

 

 

 胸部から腹部。

 肉体が格納されている可能性の高いラインを避けながら、外装を削るように剣先だけを触れさせるような斬撃を幾重にも放つ。

 

 

 刀というフォルムを取りながらも、スコーピオンよりも軽い風刃による斬撃は瞬きする間に新型の肉体を削り──

 

「目」

 

 新型は、天王寺に向け右拳による殴打を繰り出す。

 天王寺を視界に納め、放たれたそれは。

 腕を伸ばしきって尚──天王寺の肉体へ届かない。

 

 踏み込んだ足が、──風刃による仕込みブレードで削り取られると共に。

 クロスカウンターの如き、天王寺の突きの一撃により──新型の眼球に、風刃が突き立てられる。

 

「....」

 

 おおよそ、十秒にも満たない攻防の果て。

 天王寺は無言、無表情のまま──墓標の如く刀が顔面に突き込まれた新型の姿を一瞥し。

 風刃を引き抜き、胸部装甲を斬り裂き、そこから腹へと刃を突き込んでいく。

 

「成程。こういう風に捕えているのですね」

 

 その果て。

 見つけ出したのは、一つのトリオンキューブ。

 

 それは射手トリガーのそれと比べ遥かに小さく。──恐らくコンパクトなキューブにトリオン体を変形させ、肉体に格納する為の技術であろう。

 

「──くまちゃん!」

 

 キューブの取り出しが終わると同時。

 那須玲がやってくる。

 

「熊谷さんは無事です。那須さん」

「よかった.....!」

「ただ。格納される為にキューブ化されていますね。一旦、本部技術室に持って行く必要がありそうです」

 

 天王寺は手乗りする程度の大きさのキューブを那須に見せる。

 

「...」

「那須さん。熊谷さんは必ず戻ります。──信じましょう」

「....うん」

「では、まずこれを本部に戻さなければなりませんが──」

 

 本部までの道を見る。

 そこには、夥しいまでのトリオン兵集団が溢れ返っている。

 

 そして。

 

「まずは──この厄介な新型を潰してからですね」

 

 眼前に。

 更に新型が二体。

 

 天王寺は、那須にキューブを手渡す。

 

「ここらのトリオン兵はこちらで対処します。那須さんは、熊谷さんを本部技術室へ」

「.....解ったわ。その新型を倒したら、本部に向かう」

「助かります」

 

 ──さてさて。

 

 天王寺は眼前のトリオン兵を見据えながら、

 

 ──お前等をどれだけ潰せば、黒トリガーの餌となってくれる? 

 

 目を見開き。

 全身に迸る熱を必死に抑え込みながら。

 本丸である黒トリガー使いの姿を、思い浮かべていた。

 

 

 上がる。

 報告が続々と上がっていく。

 

 ──C級が、続々と捕獲されていっていると。

 新型トリオン兵、ラービット。

 トリオン兵を四方に散らし、兵力の分散を誘導し。そして導入された彼等は──市民の避難誘導等で外へ向かっていたC級を次々と攫って行った。

 これが目的だったのだ。

 

「....」

 

 那須のバイパー弾を防ぐべく手を動かす新型の懐へ、天王寺は潜り込む。

 足先から、腹部。相手が攻撃や防御のために体勢を変えたり崩されたりした瞬間に、急所である眼球を斬り裂く。

 

 ──冷静になれ。怒りを抑えろ。罪悪感を呑み込め。

 

 脳幹に熱湯が注がれたように、全身が熱い。脳が茹だる。痺れるような昏い感情が、胸中を支配する。

 それら全てを抑える。呑み込む。判断力や冷静さといった領域に、これらを潜り込ませぬように。

 

 ──そうだ。私は知っていた。見ていた。奴等が何を奪いに来たのか。その全てを知っていた。

 

 彼等の侵攻は。

 侵略による破壊や占領が目的ではない。

 

 資源の奪取だ。

 トリオンという、資源。

 

 かつての侵攻では──街々を襲い、無造作に市民からそれを奪っていた。

 

 今回は、そうではない。

 ボーダー隊員を目的に、敵は襲い掛かっている。

 

 それも──緊急脱出機能を保有する正隊員ではなく、C級を狙い撃ちにしている事も。

 

 知っていた。

 見えていた。

 知っていて、見えていて、その上で──見捨てたのだ。

 

 そうでなければ、より悪い未来が訪れる事が目に見えていたから。

 

 より悪い。より善い。自分はその判断者の一人になる事を、選択したのだから。

 

 吐き気がする。

 未来という視座を得ているがための独善に。”お前たちはより善い未来のために悪いが攫われてくれ”と判断し、それを呑み込んでいる己の在り方に。

 

 きっと──攫われているC級にとってみれば、最悪なはずなのに。

 その最悪を最善と断じなければならず、故に見捨てなければならない現実が眼前にある。

 命の天秤を掲げ。

 あれが善い。これが悪いと分銅を置き。

 他者の運命や命といったかけがえなく、代替不可能な代物を計量化し、掬ったり。切り捨てたり。

 

 ──謝らない。私は謝ってはならない。謝って許される事でもない。己を慰撫する事は決して許されない。この苦しみを。この感情を。受け止めろ。目を背けるな。逃げるな。戦え。

 

 必要の為に地獄を味わわされしC級の面々に向け、出来る事は。

 

 ──苦しみから逃れるな。

 

 己が己の背中を押し、選択したこの道の中。

 せめて己に出来る事は──この苦しみから逃げぬことだけ。

 

 ──これが、未来を視れる者の世界。迅悠一にとっての生のリアル。さあ味わえ。逃げるな。お前はあの日から、これが欲しいと、願ったのだ。

 

 

「....天王寺ちゃん」

「はい。どうしましたか、那須さん」

「大丈夫....?」

 

 熊谷が連れ去られかけ、熱くなっていた那須玲は。

 されど──その異様な雰囲気の天王寺の姿を目にして、冷静さを取り戻していた。

 

「大丈夫です」

 

 目は完全に据わり、口元は真一文字に閉ざされている。

 その全身から──焦燥混じりの怒りが滲み出ているようであった。

 

「....」

 

 新型と、周辺区画のトリオン兵を排除し。

 天王寺は──目元を軽く握り、那須に頭を下げる。

 

「気を遣わせてしまい申し訳ありません」

「ううん。いいの。....ただ」

 

 何となく、那須玲は気付いた。

 かつての自分から引き出された記憶と、天王寺が重なって。

 

「....無理をしないでね」

 

 何度だって自分がかけられた言葉だ。

 病に伏せて。誰かの負担になりたくなくて。焦って。無理をしようとして。

 そうした過去の諸々が一瞬で駆け巡り──天王寺の姿と重なった。

 

「はい。那須さんこそ。──付近の部隊ですと、弓場隊が近いみたいですね。無理せず、部隊と合流して本部へ熊谷さんを届けましょう」

「天王寺ちゃんはどうするの?」

「私の役割は、この区域で新型含め可能な限りトリオン兵を排除する事。付いていけず申し訳ありません」

 

 そう天王寺が言うと。

 解ったわ、と那須は応えた。

 

「それじゃあ──くまちゃんを助けてくれてありがとう」

「当然の事です。仲間ですから」

 

 那須は、キューブを手に持つと──弓場隊の方向へ向かって行った。

 

「....」

 

 一人になり。

 戦いから離れると──感情が膨れ上がっていく。

 

 申し訳ない。

 ごめんなさい。

 そんな言葉が心中で発生するたびに、噛み殺していく。

 

 

 ──来るなら、来い。

 

 

 覚悟は決まった。

 己の戦場はここだ。

 

 

 ──地獄行きの他者を見据えるのだ。ならば、己もまた相応しい地獄の中にいなければならない。

 

 覚悟はできた。

 さあ、来い。

 

 

 そう念じた言葉が、天へと届いたのだろうか。

 

 

「──猿が、いっちょまえに黒トリガーなんざ使いやがって。この馬鹿が」

 

 空間を削り取ったかのような漆黒から。

 漆黒のマントを身に纏い、同色の角を生やした男が一人。

 

 

 粗暴な所作で。

 落ち着かない足取りで。

 こちらを見下す表情で。

 

 天王寺恒星の前に、現れた。

 

「猿にしちゃあ雑魚狩り頑張っていたのになぁ。そのせいで、お前は特大の外れくじを引いてしまった訳だ」

「....」

 

 ぶるり震える。

 来た。

 ようやく、訪れた。

 

 幾度となく己の未来の前に現れた男が。

 黒トリガーを操り、笑いながら自分も他者も殺していた男が。

 

「──ようやく、現れたか」

「あん?」

「名も知らぬ人型近界民。──私はお前を知っている」

 

 込み上げてくる。

 あらゆる感情が。

 

 

「やはりだ。思った通りだ。お前は笑いながら人を殺せるやつだ。人を人とも思えぬ愚物だ。他者を猿と嘲る侮辱を纏い、人を殺さなければ心の均衡も保てない。哀れで愚かで──救いようのない」

「はン。なんだなんだ。俺等に家族でも殺されたクチか、テメェ?」

「私が憎むのは()()だ。()()()()じゃあ、ない。近界民という括りではなく──哀れで愚かなお前が、哀れで愚かが故に、人の命を弄び殺すその様が。憎くて憎くて堪らない」

 

 見てきた。

 快楽のまま殺してきたこの男の姿を。

 殺しを快楽として受け取ってしまう感覚と。快楽に流されねば生きていけない精神を持ってしまったが故の。哀れで愚かな姿を。

 その哀れさと愚かさゆえに。

 ──無為に死んでいく羽目となった、人間の姿を。

 

 必要の為ではなく。

 己の生存のためではなく。

 ただ己を満たすだけの為に、他者を害し、他者を殺す者。

 そういう精神性を持ってしまった者。

 

 他者という存在に確かな重みを感じてきた天王寺恒星にとって、

 ──その命を猿と侮蔑し、玩具の如く殺し続けるこの男は、存在する事すら許せぬほどの憎悪を抱かせる代物であった。

 

 こういう存在から誰かの運命を守る為に、自分は生まれてきた。

 そんな事を思ってしまう程に。

 憎くて、憎くて、堪らない。

 こんな存在に殺されなければならぬ命が存在する事すら、理解の範疇外であった。

 

 哀れで愚かなこの男は。

 その愚かさの代償を、こいつだけで払わねばならぬ。

 その代償は──己が手で払わせる。そして終わらせる。ここで。この場で。

 

「平行する未来を観測してきた。そのどこかしこにもお前という存在がいた。どの未来においてもお前は哀れで愚かだった。──私はお前を絶対に許さない。お前はここで無為にくたばれ。もう誰もお前の空っぽを満たすためだけに殺させはしない.....!」

 

 お前は、

 生まれてきてはいけない生き物だ。

 

 生まれてきたことそのものが間違いだったのだ。

 間違いを正すべく運命が、己に訪れた。

 

 この運命を──ただ、全力で信じる。

 

「かかってこい愚か者。私の運命は。覚悟は。お前如きに折る事は出来ない!」

 

 啖呵を切ると同時。

 天王寺は己が得物を見る。

 誰かが命を賭し、形成されたそれは。

 巡り巡ってきた。

 持ち手を選ばぬ特性のこれは。されどこの瞬間は、天王寺恒星の手の中に巡り巡ってきた。

 

 ──迅悠一の師。最上宗一氏。そこに貴方の魂が宿っているというのならば。ボーダーを、ここに住まう人々を、仲間を、守るべくこの形になったというのならば。

 ──今は。今だけは。私の意思を拠り所に。

 

「──ごちゃごちゃキーキーうるせぇなクソ猿が。お望み通り、テメェはここでぐちゃぐちゃに殺してやるよ‼」

 

 光と、影が交差する。

 

 ──黒トリガーと黒トリガーの戦いが、開始された。

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