平行未来観測女   作:丸米

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20 知っていましたか?重石を付けると、重くなるんです

 がしゃ、と音を立て。

 新型トリオン兵ラービットは──重みに耐えられず膝をついた。

 

「....」

 

 その全身の至る所に、黒いトリオンの重石が張り付いている。

 眼前には、拳銃を構えた──三輪秀次の姿がある。

 

「周辺の新型はあらかた片付けた」

「了解~。ならこっちと合流すっか」

 

 現在。警戒区域内の新型の排除にA級が駆り出され。避難区域周辺のトリオン兵をB級の合同部隊が順繰りに排除しに回っている。

 

 三輪隊もまた。新型の存在が報告に上がるたび、その排除に向かっていた。

 

「.....!」

 

 

 その中。

 三輪は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

 

 自分の視界から少々遠い地点。

 トリオン兵の集団が──市街地の方向に向け歩いていっている。

 

 その先。

 三輪一家が住む家屋がある。

 

 

「.....秀次」

 

 部隊の仲間である米屋の声が聞こえてくる。

 

「──行ってこい」

「....すまん」

 

 

 三輪秀次は一つ頷き──市街地方向に向かうトリオン兵の下へ向かった。

 

 

「残り二匹....さっさと殺させてもらうぜ猿共ォ!」

 

 ──先程。

 背後からの旋空で首を斬られて尚生きていた以上。トリオン供給脳と供給器官とのラインを断ち切っても仕留められないと理解できた。

 そして。

 柿崎が仕留められた攻撃。

 

 今まで液体→固体(ブレード)による変化を伴い攻撃を仕掛けているものだと判断していたが。

 先程の柿崎はトリオン体の内部からの攻撃によって、内側から破壊されていた。

 

「.....巴君」

「はい」

「一先ず隠れます」

 

 本当は一刻たりともエネドラを野放しにはしたくないのだろう。そう指示を飛ばす天王寺には、苦渋の色が刻まれている。

 されど。

 飲み下す。

 

 虎太郎はその表情を見据え──こくり、と。一つ頷きバッグワームを着込み、その場を離れる。

 

 

「おーおー。雑魚共は逃げ足もはえぇな。──まあ、逃がしはしないがな」

 

 虎太郎はバッグワームを装着しながら、エネドラの視界から逃れながらハウンドを撃つ。

 

「頭まで足りなくなってきたかぁ? ──そんなもんで、俺の”泥の王”に届くわけがないだろうが!」

 

 ハウンドの軌跡を追い、エネドラは攻撃を仕掛ける。

 建造物を貫き滂沱の如きブレードの山が、弾丸の射出地点周辺に展開される。

 

 

 攻撃の最中。

 トリオン反応が一つ現れる。

 

「おーおー。隠れていた猿がもう一匹潜んでいたか?」

 

 その反応を、トリオン反応を隠していた増援が来た──と判断したエネドラは。

 即座にその場所へ向かい、攻撃を飛ばす。

 

 そこには、

 

「.....あん?」

 

 浮遊する球体状の物体が、一つ。

 ──ダミービーコン。

 

 偽造トリオン反応を作り出す、ノーマルトリガーの一種。

 

 ──巴虎太郎はハウンドを撃ちおおよその自分の位置をエネドラに知らせた上で。ダミービーコンを設置し、釣りだす行動を行っていた。

 

 エネドラの戦闘指向が、おおよそ天王寺には理解できていた。

 破壊衝動を満たすべく暴れている相手であるが故に。

 敵を視界に収めないで仕留めるという事を、極端に嫌っている。

 

 だから釣りだされる。こんな単純な仕掛けにも引っ掛かる。

 

 釣りだされたその位置。

 

 

 天王寺が、背後より風刃を構えそこにいた。

 

 

「確かめたい事がある」

 

 

 その頭上。

 ビルの上に、貯水タンクがある。

 

「──また同じように殺されに来たか?」

 

 エネドラの表情に笑みが浮かぶと共に。

 タンクの支えが──風刃の遠隔ブレードにより断ち切られる。

 

 それがビルより落ちると共に。

 地面にぐしゃりと潰され、その衝撃がエネドラの方向に向かうと共に──天王寺は走り出した。

 

 

「.....チィ!」

 

 天王寺は迷うことなくエネドラへ走り出し、斬りかかる。

 それは振りかぶっての斬撃ではなく。刃を上向きに突き出し、エネドラの肉体を貫いた上で。最低限の手首のスナップのみでエネドラの肉体内部を、なぞる様な斬撃。

 

 肉体からブレードを射出し、エネドラは天王寺を追い返す。

 天王寺は幾らかブレードを食らうものの──その表情は一切の焦燥を浮かべていない。

 

「成程」

 

 

 その中。

 天王寺は──斬撃の中液状トリオンに纏わりつかれる感覚と共に、複数の手応えを感じた。

 

 

「全部、解った。──巴君」

「はい...!」

「あの近界民は、ダミーの供給器官を複数作り、それを身体の中で流動させながら隠しています。そして、──先程柿崎隊長を仕留めたからくりは」

 

 エネドラに対峙する。

 

「気体です。あの黒トリガーは液体と固体だけでなく。気体──ガスにも変換できる」

 

 黒トリガー、泥の王。

 あのトリガーの本質は変幻だ。

 

 エネルギーの性質を変換させる。

 

 流動させ、身に纏わせ、固める。

 

 物質化の範囲も、ブレードだけでなく。供給器官のダミーを増やす方向にも使えると来た。

 

 

「.....でも。どうしますか?」

「.....悔しいですが。我々二人だけでどうにかできるものでもないですね」

 

 

 だから。

 

 

「申し訳ありません」

 

 

 天王寺が、虎太郎を使いエネドラの位置を動かしたのは。

 丁度動かした場所が──B級合同部隊の分隊が向かっている場所に近かったため。

 そして。

 

「──手を貸してください。三輪君」

 

「.....ああ」

 

 

 市街地に向かうトリオン兵の排除を終えた──三輪秀次の姿。

 

 

「言われるまでもない。──近界民は排除する」

 

 

 

 

「.....雑魚が一匹増えた所で。どうにかなると思ってんのか?」

「....」

 

 挑発に対し、特段何も返す事無く。

 

「邪魔だ」

 

 三輪秀次は。

 エネドラに拳銃を向ける。

 

 撃ち出されるは、黒い弾丸。

 

 それは──エネドラの肉体を、”すり抜けていった”。

 

「あん?」

 

 そして。

 

 

 すり抜けた先にある、地面に着弾し重石となって表れた。

 

「.....成程。天王寺」

「はい」

「お前の推測通りだ。──風上から攻撃を開始する」

 

 

 天王寺と三輪は互いに頷き合うと、三輪は風上側へ移動し、天王寺は建造物の上へ向かう。

 

 

「何をやっても....無駄だぜ猿共!」

 

 三輪は足元・壁先からの攻撃を警戒し、足を止める事無く、周囲の建造物を蹴りながら移動する。

 

 その動作と並行し、絶えず鉛弾を撃ち出す。

 

 

 そのほとんどはエネドラの身体をすり抜けていく。

 が。

 

 

「.....あ?」

 

 

 ダミーとなる、偽装供給器官。

 それに衝突した瞬間──エネドラの肉体内部に、重石が生える。

 

 

「──供給器官を隠し、カバーする為にトリオンの物質で固めているのだろう。だったら、”鉛弾”は効く」

 

 鉛弾(レッドバレット)

 銃手・射手用トリガー専用の、オプショントリガーである。

 

 弾丸のコストを上げ、そしてその速度を遅くする代わり。着弾箇所に重石を発生させ、その動きを止める機能を持つ。

 それは、”物質”に着弾した際に重石が顕現する。

 それ故に、シールドによって防ぐことが出来ない。

 重石を付ける、という機能の為威力はなく。そして弾速も重くなる代わりに──防御不能の弾丸を撃ち込むことが出来る。

 

 エネドラの泥の王によって作られた液状・気体状トリオンは、それのみでは物質として見なされず。

 

 ”固体化”の状態までいってはじめて、鉛弾の着弾対象となる。

 

 

「何だこりゃあ....!」

 

 

 トリオンを流動化させ、大量のダミーを身体の中で巡回させていたエネドラ。

 しかし。

 鉛弾を受けたダミーはその重みにより動きが鈍くなっていく。

 

 

「──行くぞ」

 

「はい!」

 

 

 天王寺がエネドラの周囲にブレードを発生するタイミング。

 そこで──虎太郎と三輪が挟み込む。

 

 虎太郎はハウンドにより全方位からの弾丸を放ち。

 その弾丸に合わせ、三輪はエネドラに接敵しつつ”鉛弾”を放つ。

 

 エネドラの周囲を飛び回りつつ、三輪は──エネドラに弾丸を叩き込んでいく。

 

 供給器官のダミーに着弾するたび、──エネドラの内部に、重石が増えていく。

 

 

「──鬱陶しい!」

 

 エネドラは重くなっていく体内の感覚を嫌い、重石付きのダミーを体内より切り離し、捨てていく。

 同時に──焦りからか。攻撃の苛烈さは増していく。

 

 ──鉛弾の存在により、大まかな奴のダミーを動かす流れが掴めてきた。

 

「殺してやる....猿共ォ!」

 

 エネドラの周囲に、トリオンが満ちていく。

 恐らくは周囲一帯をガスで満たした上で、大技を放とうとしているのだろう。

 

 

「──かなり奴の意識に余裕がなくなってきましたね」

「勝負をかけるなら....ここだろうな」

 

 三輪が一つ合図を出した瞬間。

 

 

 

 彼方より、声が聞こえる。

 

 

 

「こっちはオーケーよ」

「それじゃあ撃っちゃうから。皆離れてね~」

 

 

 B級合同部隊の中、トリオン兵の排除を行っていた二人が、それぞれ声を上げる。

 

 B級那須隊、那須玲。

 B級影浦隊、北添尋。

 

 

 那須の手には、二つの射手用トリガーによるキューブを組み合わせ作った”合成弾”があり。

 北添の手には、グレネードが握られていた。

 

 

 キューブが放たれ。

 弾丸が放たれる。

 

 

 

 直角に折れ曲がる様な弾道の合成弾がエネドラの周囲に叩き込まれ。

 幾度となく放たれるメテオラの榴弾が、周辺の建造物を爆破していく。

 

 

「ぐ....!」

 

 

 合成弾の爆風で気体トリオンは吹き飛び。

 

 そして、北添の爆撃により、建造物の一部が大量にエネドラに降りかかっていく。

 

 

 

「.....何処に急所があるのか解らないのならば」

 

 その全てに。

 斬撃を──叩き込む。

 

「全部叩き斬ってやる」

 

 爆撃で足を止めるエネドラに対し。

 

 既に天王寺は、身に纏う全ての風刃のブレードを射出し、そして再装填を行い。

 更に地面にその刃先をなぞりながら、エネドラへと肉薄していく。

 

 

 爆撃で多くの液状トリオンが千切れ飛んでいる。

 供給器官のダミーの隠しどころも密集しているはずだ。

 

 そこに、三輪と虎太郎の弾丸と。

 

 ──風刃ブレード11本×2。全てを叩き込む。

 

 

 事前に仕込んだ分は全て地面から。

 そして今しがた放った分は──崩れ落ちたビルの瓦礫から。

 

 

 エネドラのトリオンの流動方向に合わせ、全てを串刺しにする。

 

 

「この.....猿がァァァァァァァァァァァァァ‼」

 

「お前はもう終わりだ。──さっさとくたばれ」

 

 

 大量のブレードで叩き斬られ。多くのダミーが破壊される。

 が、──まだ本丸を貫けていない。

 

 

「──合わせるぞ!」

 

 その瞬間。

 

 三人が駆けだす。

 

 

 虎太郎が正面から斬りかかり。

 

 遅れて三輪と天王寺が──背後・上から斬りかかる。

 

 

 山のようなブレードに串刺しとなったエネドラの、更なる隙間を縫うように。

 三刀が、エネドラの内部を斬りつける。

 

 

「クソが....この俺が.....こんな猿共に....!」

 

 

 バキ、と。

 天王寺の手先から確かな手ごたえを感じた瞬間──エネドラの換装体が破砕され、生身の姿が現れる。

 

 

 

「.....勝った」

 

 

 ──死の覚悟をもって臨んだこの戦い。

 

 結局、己の力のみで打倒するには至らなかったが。

 

 

 何にせよ。──乗り越えられた。

 

 

 

「....増援に来て頂き、ありがとうございました。三輪君」

 

 天王寺が三輪にそう言うと。

 

「気にするな。──今度は、俺の番だったというだけだ」

「.....?」

 

 ただそう呟いた。

 

 

「それで。こいつどうしましょうか」

 

 生身のまま放り出された──エネドラを前に、虎太郎が尋ねる。

 

「本部に連れていかなければならないでしょうね。大分距離があるので、少々難しいですが」

「こんなのでも一応情報源だからな」

 

「....」

 

 

 ──クソが。さっさと回収しに来やがれミラの野郎。何のためにテメェがいると思っているんだ。

 

 

「....!」

 

 天王寺の脳内に。

 一つの視点が生まれる。

 

 

 己の背中。

 そして──供給器官目掛け視点が集中する視線の流れも。

 

「あら。勘が鋭いわね」

 

 即座に振り向くと同時。

 天王寺はその身を捻りながら、刀身を突き出した。

 

 相手は、虚空から現れる。

 

 黒々とした穴から現れたその女は、身を引いて天王寺の攻撃を防ぐと共に。

 天王寺もまた──虚空から現れた、細く、長い杭の刺突を回避する。

 

「.....報告にあったワープ使いですね」

 

 この侵攻。誘導装置をすり抜け各地にトリオン兵が送り込まれていた。

 それは──この女の黒トリガーによって直接送り込まれていたからだと。

 

 

「おい....早く回収しろミラ.....!」

 

 絞り出すようなエネドラの声に。

 より強く反応したのは──三輪であった。

 

「──させるか!」

 

 先程、この女が人型近界民の兵士を回収したと報告があった。

 二度も同じ事をさせるか──その意思を以て、三輪はエネドラの前に立つ。

 

 

「ええ。──回収させてもらうわ」

 

 

 ミラ、と呼ばれた女は、エネドラから距離を置きまた現れる。

 三輪は変わらずエネドラの回収を警戒し動かず──代わりに天王寺と虎太郎がミラへと斬りかかる。

 

 

「さようなら」

 

 

 ミラは、手を振りかざすと。

 三輪と──そして、()()()()の頭上に。虚空が生まれていく

 

「な.....!」

 

 広範囲に展開された杭の山を前に。三輪は咄嗟に飛び去る。

 

 

「──おい」

 

 

 そして。

 

 

 取り残されたエネドラは──その頭上を見上げ、その表情に怒りと絶望を刻み込んでいく。

 

 

「テメェェェ! ふざけんなァァァァァァァ!」

 

 

 

 杭の雨が。

 エネドラの全身を貫いていく。

 

 

「貴方のおかげで、十分なデータは集まったわ。もう不要よ。泥の王は、次の使い手に受け継がれるわ──」

 

「ざっけ....!」

 

 

 三輪がエネドラから飛び去った隙に、ミラはエネドラの背後に降り立ち。

 そのまま──”泥の王”が装着された左腕を切断する。

 

 

「さようなら、エネドラ」

 

 

 そうして。

 

 黒トリガーを回収したミラは──何事もなかったかの如く、虚空の中に再度消えていった。

 

 

「.....」

 

 

 残った者は。三人と、死体が一つ。

 

 瓦礫の中、周囲の喧騒が静寂の中ただただ、響き渡っていた──。

 


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