平行未来観測女   作:丸米

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4 人を撃てない人って、人を撃つことが出来ないんですね。だから人以外のものなら撃てるかもしれないんです。

 それはいつかの事。

 個人戦ブース内で集団戦の訓練を行っていた時だ。

 

 

 

 ──天王寺恒星は、不意打ちと狙撃に強い。

 それは彼女の副作用が、彼女を視認した敵の存在を感知するから。

 彼女を攻撃しようとすると、その攻撃しようとする視界を彼女は感知する。

 だから、不意打ちも狙撃も効きにくい──のだが。

 

 その訓練中。

 天王寺は──武器を撃ち落とされた。

 

 

 

 敵との戦闘時。自身の肉体はおろかトリガーも振り回している中。人体ではなく、武器を正確に撃ち落としてきたのだ。

 狙撃の瞬間に映った映像は、本当に一瞬であった。スコープ越しの映像が己の脳に映され、視線が自分が持つスコーピオンに寄ったその瞬間には、撃ち落とされてしまっていた。

 武器を破壊された天王寺は、そのまま眼前の攻撃手に仕留められ、戦線離脱する事となった。

 

 ──何故だ、と思った。

 

 凄まじい技量だ。敵と相対し打ち合っている最中に、小振りなスコーピオンだけを正確に撃ち抜くその技量。間違いなく人間技ではない。

 だからこそ思う。

 これだけの技量があるならば。人体に当てる方が明らかに簡単でかつ、効果的であろうに。何故彼女はそうしないのだろう──と。

 

 その後。

 その狙撃手の行動を、倒された後も追っていた。

 

 同じだった。

 彼女は、人体を決して撃たない。

 武器を破壊していた。

 

 それも、武器を無くせば確実に倒せるタイミングを見計らって。

 

 

 ──だからこそ、何故なのだろう。

 ──武器に当てられるなら、人の頭を撃ち抜くことなど造作もないであろうに。

 ──何故武器に当てることに拘るのか。

 

 

 

 遊び心でやっているのかとも思ったが。

 彼女はブースの映像越しでも解るくらい真剣な表情をしていた。

 それは、──決してミスは許されないのだと。そう自分を追い詰めているかのような。鬼気迫る様相であった。

 

 

 その後。

 彼女の真実を知ることになった。

 

 

 鳩原未来。

 彼女は──人を撃てない狙撃手だったのだ、と。

 

 

 

 

 

 

「.....あたしは、人を撃てないの」

 

 

 

 その後。

 鳩原は少し自嘲気味な笑みを浮かべて、天王寺にそう言っていた。

 集団戦が終わった後。

 天王寺は即座に鳩原に声をかけ、食事に誘い出した。

 

 その際に──率直に、何故人ではなく武器を撃っているのか、と。そう尋ねたら──予想外の答えが返ってきた。

 

「撃てない?」

「うん。撃てない」

 

 もうこの問答にも慣れているのだろうか。淡々と鳩原は答えていた。

 

 

「人を撃とうとするとさ。こう....身体全体が拒絶する感じがしてね。どうしても....指先に力が入らないの」

 

 

 ──聞いたことはある。

 性格的な問題か、はたまた生理的な問題か。たとえトリオン体であろうとも──人体に攻撃を加える、破壊する行為に対してどうしようもない嫌悪感や拒否感を抱いてしまう人間がいる事を。

 

 

 そういう人たちは、戦闘員からオペレーターや技術員に転属する事が多いという。適性に応じて別の役割に振り分けられるのは普通だ。

 しかし。

 この人は──そういう人間であるにもかかわらず、それでも戦闘員を続けていて。そして戦闘員としてそこにいる為に、果てない努力を続けて。

 その結果として。

 彼女はここにいる。

 

 

「.....凄まじい、ですね」

 

 その技術は勿論の事。

 何よりも──人を撃てない、という大いなる能力の欠落を抱えながらも、それでも戦闘員を続けているその様が。凄まじい、と天王寺は感じていた。

 

「そんなことは無いよ。あたしには、結局の所一番求められる技術──人を撃つ技術がないんだから」

「.....私は。”出来ない”を言い訳にしない人を、強く尊敬します」

「...」

「私は──それを言い訳にしてきた人間ですから」

「そっか」

 

 

 

 そう言うと。

 鳩原は、少しだけ笑った。

 張り付けたような。ちょっと自嘲気な笑みから、ほんの少し表情が変わったような──そんな気がした。

 

 

「....改めて。あたしは鳩原未来といいます。よろしくね」

「私は天王寺恒星です。.....差し出がましい申し出ではありますが」

「うん?」

「よろしければ──私に狙撃の事を教えていただけませんか」

 

 

 

 その時に思った。

 もし狙撃の事を学ぶのならば──この人だと。

 

 

 

 

 

 

 天王寺恒星は、不意打ちや狙撃に強い。

 それは、重ね重ね彼女には”平行視”の副作用があるから。

 狙撃手がスコープ越しに彼女を見据えた瞬間。その時には、彼女はその視界を観測している。不意打ちせんと背後から襲撃をしようとする時も同じ。彼女には、文字通り死角がない。

 

 だが。

 死角がない事イコール、完璧という訳ではない。

 

 

 これまで。

 不意打ちや狙撃で落とされたことがない訳ではない。

 

 

 

 例えば。

 ボーダーナンバーワン狙撃手当真勇は、天王寺が攻撃手との交戦時、一瞬足を止め回避動作が不可能な一瞬の隙を突き狙撃を通した。

 かつてA級1位部隊を率い、狙撃手の兵種をボーダーに持ち込んだ東春秋は、ライトニングによる高速弾を用いて狙撃を通した。

 そして。──この、鳩原未来という異色の狙撃手は、天王寺本人ではなく天王寺が持つ得物を撃ち落とした。

 

 

 

 ──これまで副作用を利用して大抵の狙撃はやり過ごしてきたが。それでも、上位の狙撃手を相手にするにはこれだけでは頼りない。もっと、狙撃手という兵種の人間が、どのような思考で行動しているのか。そこから理解しなければ、成長はない。

 

 

 

 だから学びたいと。そう常々思っていた。

 

「えっと....あたしでいいの?」

「はい。──鳩原先輩でなければダメなのです」

 

 

 

 間違いなくこの人は試行錯誤を繰り返せる人だ。

 出来ない事を前に投げ出さない人だ。

 

 

 そういう人に──学びたいと。そう天王寺は思った。

 

 

「──お願いします」

 

 

 

 という訳で。

 鳩原未来は天王寺恒星の師匠となったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・         ・         ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから。

 天王寺は鳩原から狙撃の事を学ぶようになった。

 副作用頼みで狙撃を防ぐのではなく、理屈として狙撃手の思考を学ぶために。

 そうして、鳩原から狙撃手について学ぶ中で――

 

 

「──今日もよろしくお願いします、辻君」

「....は、はい...」

 

 

 自分が教わってばかりでは申し訳がない、と。何か協力できることは無いか──そう尋ねたら。

 

 鳩原が所属する二宮隊作戦室に連れ込まれ。

 二宮隊所属の攻撃手──辻新之助と相対する事となった。

 

 

 

 非常にシャープな顔立ちをした端正でクールな男性──なのだが。

 女性を前にし出すとあら不思議。視線をあたふた彷徨わせ、落ち着きなく両手を前に出してぶんぶん振り回していた。

 

 

 

 ──辻君は、女性が苦手で。ちょっとでも克服できたらな、って思って。

 

 

 

 異性を前にすると、途端に慌てだす。

 会話もまともに出来ない。

 

「それじゃあ今日もいっちょやってみようかな。ね、辻ちゃん」

 

「...」

 

 

 

 顔を赤らめてあたふたしている辻の肩にポン、と手にかける男がまた一人。

 辻とは対照的な、よく言えば陽気そうな。悪く言えば軽そうな。そんな印象な──二宮隊銃手、犬飼澄晴。

 

 

 

「それじゃあいつもの通り。──天王寺ちゃんは辻君を攻撃していくから。おれと鳩原ちゃんはそのカバー。辻君は可能な限り逃げるなり防ぐなりして。出来るなら反撃して」

「了解」

 

 これは、二宮隊及び天王寺全員の訓練であった。

 

 天王寺が辻に襲い掛かると同時。

 辻はそこから逃れる。

 鳩原と犬飼は辻の援護。

 

 ──万が一、辻がランク戦の最中に異性の隊員と対峙する事になった時の為の訓練である。

 

 辻自体がある程度異性を前にしても戸惑わず動けるように。

 そして周囲が的確にカバーできるように。

 そして天王寺にとっては──鳩原の狙撃のタイミングを見計らい、回避できるように。

 

 

 

 ”狙撃手がこちらを認識している”という状況下での立ち回りを覚える。

 狙撃が通らない状況を堅持しながら、犬飼と鳩原のカバーを掻い潜り辻を仕留める。

 これは。――この場にいる全員が学びを得られる特訓であった。

 

「....」

 

 オペレーターの氷見と共に──隊長の二宮が、その様子をモニターから見る。

 実は、この訓練の提案をしたのは、二宮だった。

 

「動きが鈍い!」

 

「....う」

 

 犬飼の突撃銃の掃射を掻い潜り、天王寺は上からスコーピオンの振り下ろし──の体捌きから辻の足下に向け、スコーピオンを生やした足先で脛を斬る。

 右足を斬り飛ばした辻に、更に追撃の蹴りをかけた瞬間。

 

 スコープ越しの自分を見る視界が映って。

 ──足先に生やしたスコーピオンが、狙撃で破壊される。

 

「...」

 

 鳩原の狙撃。

 足先から生やしている分、更に小さくなった刃先。それも蹴りを行使している最中での狙撃。──それでも難なく、鳩原はこちらのスコーピオンを破砕してきた。

 すぐさまシールドを展開し常にこちらの側面を取り続ける犬飼の掃射を防がんとするが──シールドの展開と同時に銃口の向きを変え、足元を削っていく。

 

 上手い。

 ──だが、足を削られているのは辻も同じ。

 

 ス、と右腕を前に出す。

 そして

 

「アステロイド」

 

 出した腕先に集中力を傾け。

 二分割。

 タイミングを遅らせ射出されたそれは、一撃は犬飼と辻の合わせシールドで防がれるものの──遅れて射出された二射目にて辻の胸部を貫く。

 

「さっすが。いい感じだね鳩原ちゃん。──辻ちゃんも、今回はちゃんと防御態勢が取れたね。偉い偉い」

「...」

「天王寺ちゃん程圧が強い女の子、ボーダーでもなかなかいないから。慣れたら他の子でも大丈夫になるよ」

「.....はい」

 

 仕留められた辻を、左右に挟んで犬飼と鳩原が慰めている。

 

 .....そうか。圧が強いのか。そうか。

 鳩原の何気ない言葉を少々気にかけている天王寺に、笑いながら犬飼が声をかける

 

「何というか。天王寺ちゃん戦う時マジで殺意に満ちている感じがするんだよね。おれもそうだけど、ボーダーではじめて戦うようになった人は良くも悪くも淡々としてるんだけど。天王寺ちゃんは何かこう、真剣勝負みたいな殺気がある」

「.....そうですか?」

「そうなんだよ。天王寺ちゃん、怪我する前までマジモンのアスリートだったんでしょ。他の人と戦う時と、明らかに様子が違うんだよねぇ」

「...」

「だから。天王寺ちゃんに慣れれば辻ちゃんも何とかなるよ」

 

 

 

 何だか上手く言いくるめられた感もある。

 解せぬ。

 

 

 

 

 

 

「.....うーん」

 

 

 

 辻・犬飼・鳩原との合同訓練を終えたその後。

 鳩原指導の下、今度は狙撃訓練を行っている。

 

 

 

「やはりそう上手くいかないものですね」

「うん。筋はいい。本当に。──ただ、照準を合わせるのがやっぱりちょっと遅いね」

 

 天王寺は、おおよそ百メートルの距離の標的ならば正確に当てられる。

 だが。照準を合わせ、実際に弾丸を放つまでの時間が遅い。移動標的になると更にその遅さに拍車がかかる。

 

「実戦レベルではまだまだ駄目ですね。使えない」

「でも、こうして狙撃手の動きを身をもって知る事だけでもかなりプラスになるかと思うから」

「はい。本当にその通りです。――本当に感謝しています」

「ううん」

 

 恐らくは。

 敵が百メートル圏内にいて。相手が足を止めている状況で、その上で敵がこちらを視認していない。

 これだけの条件がそろっていなければ──今の所狙撃は当てられない。実戦での運用は、控えめに言って厳しいと言わざるを得ない。

 

「.....天王寺ちゃん、スコーピオンとアステロイドだけでも十分戦えるでしょう? 何で狙撃まで覚えようと思ったの?」

「私はこれまで──ノーマルトリガーは、風刃を手に入れる為の手段でした。だからこそ自分の適性に合わないトリガーは排除して、適正な武器を突き詰めていく方向で鍛錬を行ってきました」

「うん」

「しかし。もう私は争奪戦に敗れてしまったので。──恐らくもう、迅さんが自ら手放すまで風刃が私の手に来ることは無い。となれば、現実的に私はもうノーマルトリガーで戦っていくしかない。──そうなれば、狙撃が出来ないのは間違いなく欠点になる。せめて人並みには出来ておきたいんです」

「.....部隊を組むことは考えないの?」

「.....考えてはいます。でも、どうしても私の中で抵抗があるんです。部隊を組む事に」

「それは....何で?」

「.....ひどく抽象的な言葉で申し訳ないのですが」

「うん」

「私は──必要となれば、自分の全てを犠牲にする事になるんだと思います」

「...」

「その”全て”の中に。私以外の誰かを含めたくないんです。だから、一人で最大戦力になることが出来る黒トリガーが欲しかったんです」

 

 

 

 かつて。

 自分の命を捨てるつもりで、未来を変えようとした。

 それが自分の在り方で。そして自分の運命で。自分が何よりも望む姿なのだと。そう自覚できた。

 

 

 天王寺は、天王寺以外の誰かが自分を見る視点を知っている。

 だからこそ。

 自分以外の他者に、自分の在り方に巻き込まれて欲しくない。

 

 自分は、恐らく自分の在り方を変えられない。

 それが自覚できている。

 何者にも変えられない在り方があるのならば。

 この在り方に、自分以外を巻き込んではいけない。

 

 ──私が向く方向は、私が決める。でも、他の人に”同じ方向を向け”とはどうしても言いたくない。

 

「.....そっか」

 

 その時。

 鳩原は──少し。ほんの少しだけ、怯えのような色を、表情に滲ませた気がした。

 

 

 

 この時。

 

 

 

 ”気がした”と。そうその変化を処理してしまった事を、天王寺は死ぬほど後悔してしまう事になるのだが。

 

 

 

 それはまた──少しだけ先の話。

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