平行未来観測女   作:丸米

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5 単位が取れてなかろうが、卒業できるかどうかは俺が決めることにするよ。

 春が過ぎ。

 夏となった。

 梅雨晴れが続く青空のある日の事──

 

「太刀川さん」

「うん? ──あ、ノルマ消化お疲れさん」

「はい。ありがとうございます。──それはいいのですが」

「何だ?」

「太刀川さん──貴方はいつ大学に行っているのでしょうか?」

 

 個人戦ブース内。

 風が吹くような。

 そんな静寂が、一瞬。

 

「おう、行っているぞ」

「そうですか。──ちなみにこの前、貴方の同輩にあたる二宮さんは作戦室でレポートの作成をしていたのですが。太刀川さんと同じ講義を取っていらっしゃると仰っておりました」

「おう」

「.....講義に出ている姿を一度たりとも見たことないと。そう言っておられました」

「そりゃそうだ。俺は忙しい」

「忙しい?」

「おう。──この個人戦にな」

「....」

「.....ん?」

 

 忍田本部長。及びボーダー上層部の方々。

 貴方方の名の下、推薦して送り出したこのもじゃひげ馬鹿男は──無事、ボーダーと大学の顔に泥を振りまきながらその生を謳歌するダメ人間と成り果てました──。

 

「太刀川さんは、出席ノルマという言葉を知っていますか?」

「ん? なんじゃそりゃ」

「講義に出席をしなければならないノルマです。達成しなければ単位は得られません」

「ほう。そんなものがあるんだな」

「....」

「.....?」

「太刀川さん。──今まで講義の出席はされていますか?」

「していないが」

「残念なお知らせです。これにて太刀川さんの今季の単位数は半分近く取得不可能となりました。──何か弁解は?」

 

 風なんて入ってきていないのに。ひゅう、と二人の間に空気が凪いだ感覚があった。

 

 太刀川慶。

 後に単位を犠牲にして個人ポイントを稼ぐという手法を以て、到達不可能な程の最強の道を作り上げし男の、大学生としての最初の夏が過ぎ去ろうとしていた──。

 

 

「で」

「はい」

「太刀川さんは最終的に──どれだけ夏の期間に単位を取得できたんだ?」

「6」

「へ?」

「6です」

 

 眼前には。

 カチューシャで髪を後ろに纏めた男がいる。

 

「卒業要件にかかる必須単位のみ、風間さんと忍田本部長が軟禁してレポートを作らせ何とか単位取得に間に合わせたようです。──ちなみに、4年で卒業する為には基本的に平均16単位は取らなければならないみたいですね。今後どうするつもりなんでしょうねあの人」

「よく6単位も取れたなぁ、太刀川さん」

「.....米屋君」

「ん?」

「貴方の方は大丈夫なのですか? 貴方も本部長に呼ばれていましたが」

「おう。──ちょっと赤点付きのテストが量産されただけだ。気にすんなよ」

「.....」

 

 ボーダーにおける頭痛案件というのは、本当にこういう所にある。

 非常に有用な人間に限って、こうして学業面での問題点が噴出していく点だ。

 

 ──米屋陽介。

 

 前期のランク戦で悲願のA級入りを果たした、三輪隊攻撃手。

 彼は──トリオン量に恵まれない中においても、非常に優秀なトリオン体操作のセンスと戦闘能力でもって、三輪隊躍進の一手を担った。

 ボーダー隊員としての彼は非常に優秀なのだが。

 .....成績面に関しては。最早彼の右に出るものはいない。ワースト的な意味で。

 

「まあそんな事よりも」

「流すな」

「──A級特権ってやつで。オレは別の武器を使う事になったわ」

「.....あら」

「ちょいと手合わせ願おうか」

 

 にこやかに米屋はそう言うと、天王寺を手招きし──個人戦ブースに入っていく。

 米屋陽介は、元々天王寺と同じく、スコーピオンの使い手であったが。A級に上がった事を切っ掛けに別のトリガーを使う事にしたらしい。

 A級は。通常規格のノーマルトリガーに手を加え、独自の改造トリガーを使用する事が可能となる。その特権を使い――米屋は別の武装を拵えたとの事。

 

「──こいつが、新しいオレの相棒だぜ」

 

 そうして取り出したのは──

 

「.....槍?」

「そう。槍なんだよな」

 

 槍であった。

 身の丈ほどもある柄に、穂先から伸びる──小さな弧月の刃。

 

「成程。──確かにこれなら、ある程度のリーチを持ちながら戦えますからね」

「そういう事。──それじゃあ、早速やろうかね」

「了解です。──十本勝負でよろしいですか?」

「おう」

 

 

 天王寺もまたトリガーをセットするが──無手のまま米屋と向かい合う。

 特段の合図もなく。

 両者は互いの視線が交差し、呼吸が合った瞬間から──動き始めた。

 

 

 視線が交差する瞬間。

 天王寺は、──米屋の視点を、視る。

 

 視点は、天王寺の首に向かっている。

 

 ──首狙い。

 

 米屋が腰の回旋と共に放つ突きの一撃は、天王寺の首に向かう。

 ”平行視”の副作用にて読んでいた天王寺はそれを回避し、懐に潜り込もうとするが──。

 

「.....成程」

 

 体捌きにてそれを避けんとした瞬間──穂先が変化する。

 槍の側面部位。そこから鈎爪状の刃が飛び出し──天王寺の首を掠る。

 

「──幻踊ですか」

「そう」

 

 ──幻踊。

 それは、弧月専用のオプショントリガー。

 

 旋空は、刀身にトリオンエネルギーを用いて伸ばすもので。

 幻踊は、刀身そのものの形を変化させる。

 

 伸ばす、というリーチ上の変化をもたらすものと。

 刀身を変える、という形状部分の変化をもたらすもの。

 

 ──柄が長く、刀身が小さな槍という武装上。確かに刃の形状を変えられる幻踊はかなりの脅威になるであろう。

 

「──流石。初見でも避けるか」

 

 しかし。

 それでも──天王寺は、この初撃を避けた。

 この一撃を避けた瞬間から。天王寺の行動が開始される。

 

 瞬時に間合いを詰めながら、同じく首に向けてスコーピオンを突き出す。

 米屋は懐に潜り込む天王寺の動きを一瞥し、背後へと飛び去る。

 

 が。

 

 米屋の動きに合わせ──ピタリ、天王寺は動きを止める。

 

「アステロイド」

「げ」

 

 バックステップする米屋の動きに合わせ──天王寺は足を止めてキューブ状の弾丸を生成する。

 

 分割は、二つ。

 間合いを詰める動きをブラフとし、後退する米屋に対し――威力と速度にパラメータを振ったアステロイドを米屋に放つ。

 

 

 着地の隙をついた二撃。米屋はシールドで防護をするものの、一撃目でシールドを破られ、二撃目の直撃を喰らい──戦闘体が破壊される。

 

「ああ~。やっぱり槍になるとどうしてもリーチ維持しようと後ろに行きやすいな。引っ掛かっちまった」

「ですね。後退するなら、初撃の打ち込みの時点からちゃんと動かないと。私には射撃手段もありますから」

「了解了解。その辺りもうちょい気を付けてみるわ。──それじゃあもう一本」

 

 敗北しても悔しがる様子はなく、むしろ気づきを得た事への喜色を浮かべ──更に戦いを挑む。

 

 

 ──しかし。

 

 米屋は、眼前の女を見て──実感する。

 

 ──以前から強かったけど。太刀川さんと戦い始めてから更に強くなってきたな。

 

 天王寺恒星。

 彼女は──攻撃手トリガーと射手トリガーの双方を使いこなす、万能手である。

 

 恐らく、純粋な体捌きや体術の技術においてボーダー全体でも右に出るものはいないだろう。そこに関して、彼女はボーダーに入る以前からずっと訓練を重ねてきて。そして誰よりも才能があったのだから。

 

 ──もう読み切られてる。

 

 槍の効果範囲。そして幻踊を用いるタイミング。

 その全てが。

 

 米屋は、眼前に迫る天王寺に向け、槍を突き出す。

 が。

 届かない。

 

 天王寺は上体だけを突き出し、米屋の攻撃範囲に入った──と思わせ。

 突き出した上体を軽くまた背後に戻す動きで、槍の一撃を回避。微妙な間合いの管理が完璧故に、届かない距離感なのにどうしても攻撃を仕掛けてしまう。

 

 ──マジで間合いが掴めねぇ。

 

 

 恐らく、歩法や間合いの詰め方一つとっても、別の技術を持っているのだろう。

 その上で──こちらの視界を視れる副作用まで持っているときている。

 

 攻撃が、本当に当たらない。

 

「お...」

 

 そして。

 更に突き出した槍の一撃を──天王寺はスコーピオンで受ける。

 それは。

 以前──太刀川相手の戦いで用いた、鈎爪付きの刃。

 

 槍の穂先を捉え、叩き落とすと共に──アステロイドを生成。

 生成する間に──空いた左腕で米屋の手首を掴むことで回避動作すら封じ込み。

 

 米屋は──またアステロイドの一撃で倒される事となる。

 

 

 ──天王寺の基本的な戦い方は。相手の懐に潜り込んでの、スコーピオンとアステロイドの連撃で相手を詰めていくという手法が基本となる。

 

 スコーピオンとアステロイド。

 スコーピオンは身体の中にしまう事で隠す事が可能で。アステロイドはキューブが生成されるまでそもそも武装としての形が生まれない。要は、相手からするとスコーピオンかアステロイドか、どちらのトリガーを使用しているのか判断が出来ない

 この特性を活かし、天王寺は基本は片手を空にした状態で間合いを詰め、相手の判断に迷いを生じさせ──その隙を突く。

 

 接近戦に付き合えば、天王寺有利な戦いに持ち込まれる。

 しかしそれを嫌って距離を取ろうとすると、アステロイド。

 更に──距離を取ろうとする動きも、体術で封じてくる。

 

 

 三戦目。

 アステロイドのキューブを生成すると同時。足払いからの当身で体勢を崩す動きも並行させる事で──また、米屋の身体を貫く。

 

 トリガーを使用しない、純粋な体術はトリオン体に一切のダメージを与えない。

 しかし。

 相手の行動を阻害し、体勢を崩させる手段としては有効となる。

 その為──天王寺は接近戦から逃れようとする相手にアステロイドを確実に当てる為の手段として、体術を用いる。

 

 ──天王寺を相手にする際には。間合いを詰められる前に追い払える能力か。間合いを詰められた後でも純粋な接近戦で押し勝つ技量か。このどちらかが求められる。

 これが、天王寺という隊員の特色。

 ボーダーに入る前に積み重ねた経験を副次的な技術として活かし、戦う。そういう特異性を持った隊員である。

 

「へっへ」

 副作用でこちらが攻撃しようとする部位・タイミングは読まれる。

 槍のリーチ上の有利は、アステロイドで潰される。

 槍という武装の関係上、懐に潜られたら不利。更にそこから逃げようとする動きを見せると体術とアステロイドの組み合わせで潰される。

 

 米屋にとって──相性の上で最悪な相手だ。

 斬撃という、大きく、幅のある攻撃ではなく。突きという攻撃を主軸とする米屋にとって──事前に攻撃が読まれる上に射撃での決め手を持つ天王寺は誰よりもやりにくい相手だ。

 それでも。

 いや。

 それだからこそ。

 

 米屋は、笑う。

 

 ──どう打開してやろうか。

 

 その思考が巡る間。

 間違いなく──この男は、誰よりも幸せな時間を過ごしているから。

 

 

 その後──。

 結局米屋は天王寺相手に一本を取ること叶わず、十本を終えた。

 

「かあ~。一本も取れずじまいかぁ」

「トリガーを変更したのは最近だったのですよね。──動きそのものはかなり鋭かったですよ」

「まあまだまだ研鑽そのものは足りてねぇわな。いい経験になったわ」

「それならよかったです」

「──新人も、活きのいい連中が入ってきているからな。オレも負けてられねーわ」

 

 新人、という言葉を聞き。

 ああ....と天王寺は呟く。

 

「もうそういう時期なんですね」

「おう。──去年もウチの奈良坂や柿崎隊の照屋もいて凄かったが。今年もかなりの粒ぞろいだ。ほれ、特にアイツ」

 

 その視線の先。

 一人の少女がいる。

 

 

「──彼女は?」

「木虎藍。強気そうだろ? まあ実際強気なんだがな──B級に光の速さで上がって、そのまま嵐山隊に内定したってよ」

「へぇ。嵐山隊...」

「あそこ、全体のバランスはかなりのレベルの部隊だったからな。──点取れる駒が一枚入るだけで、随分と違うだろ」

「....」

 

 そうか、と天王寺は呟く。

 嵐山隊。

 元々四人部隊だったのが、一人抜け三人部隊になっていたが。

 ついに、嵐山さん及び──上層部のお眼鏡にかなう隊員が見つかったのか。

 

「嵐山隊、広報担当部隊だからな。──実力以外の要素も求められるから、易々と新しい隊員を入れる訳にはいかなかったもんな」

「....ですね」

 

 恐らくあの新人の木虎という子も。

 人格面や素行面も含めて、上層部から問題なしと判断されたのだろう。

 

「.....」

 

 何となく。

 今の自分は何をしているんだろうなぁ、と思ってしまった。

 

 

「.....陽介」

「お、秀次」

 

 そうして。

 暫く話していると。

 

 三輪隊隊長──三輪秀次が、現れた。

 

「もうそろそろ防衛任務の時間だぞ」

「了解了解。解ってますよ。──それじゃあな、天王寺。また頼むぜ」

「はい」

 

 そうして、米屋は個人戦ブースから軽く手を振って去っていく。

 その様子を見て、一つ溜息を吐いて。

 

「.....いつもすまないな」

「いえいえ。私としても助かっていますから」

「....」

「どうしました?」

「いや...」

 

 三輪秀次という男は、よく言えば物静かで、悪く言えばあまり他者に干渉しない性格だ。

 そういう性格の彼にしては──天王寺に対しては、かなり気にかけているように思う。

 

 ──多分。あの侵攻の時の事はバレてはいないと思うけど。

 

 単純に、あの侵攻で住まいも、選手生命を絶たれるほどの怪我をしてしまったという身の上に共感して気にかけてくれているのだろう。そう思う事にした。

 

「.....」

 

 ──三輪秀次は。

 ──ただ一つ。天王寺恒星に聞きたい事がある。

 

 ただ。

 それを尋ねて肯定されようが否定されようが、自分の中の何かが変わる確信もあって。

 

 聞くことが出来ないだけなのだ。

 

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