平行未来観測女   作:丸米

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6 感情を感じ取れるんですか?それってつまり、感情を感じられるという事ですか?

 夏が過ぎ。秋が過ぎ。もうじき冬が訪れる今日この頃。

 

 

「....」

 

 

 

 夏の──6単位事件の惨状を受け、太刀川は定期的に本部施設内に軟禁され、強制的にレポートを処理する期間が強制的かつ計画的に作られるようになった。

 

「秋だなぁ」

「そうだな」

 

 

 眼前には。

 二宮匡貴の姿がある。

 

 

「秋と言えば──餅が上手い季節だ。味噌塗って焼いたら上手いんだなぁ、これが」

「そうか」

 

 

 

 二宮は眼前のPCを一定の間隔で打ち。

 太刀川はただ──天を仰いでいる。

 

 

 

「なあ」

「なんだ?」

「何のためにレポートってあるんだろうな──」

「無意味な疑問だな」

「無意味か?」

「ああ。お前が大学に行っている事くらい無意味だ」

 

 太刀川の言葉を、バッサリと二宮は切り捨てる。

 

「俺がわざわざお前の前にいる理由は。俺が課題をする時間だけでもお前を監視してくれと言われたからだ。不愉快極まりないが仕方なくここにいる。せめて話しかけるな。集中できん」

「.....? お前も閉じ込められているんじゃないのか?」

「お前のような馬鹿と一緒にするな。虫唾が走る」

 

 二宮は一つ舌打ちすると共に、ノートPCを閉じる。

 

「俺はもう課題は終わった」

 

 そう言うと、二宮は部屋に備え付けられたモニターに何かを呟くと、扉の前で暫く立ち続ける。

 

「ご苦労二宮。この馬鹿に付き合わせてすまなかった」

「いえ。──では風間さん。引き継ぎお願いします」

「ああ」 

 

 怜悧な目つきをした小柄な男が──入れ替わりで入っていく。

 A級3位、風間隊。隊長ーー風間蒼也。

 一見すると少年の如き風情。しかしーーその目と、立ち振る舞いと、そこから醸し出される剣呑な雰囲気が、鋭く冷徹に、眼前の男に圧をかけていく。

 

「あ、風間さん」

「...」

 

 風間は太刀川の呼びかけに応じず。

 太刀川の背後へ向かい。

 

 

 ──文字数。十六文字。

 

 太刀川慶。

 5000文字以上のレポート課題五件を前にして──進捗、十六文字。

 

 

 

 

 

「そのよく回る口先にしては──随分と寒々しい文字数だな。太刀川」

「ん──うぉ! か....風間、さん」

 

 

 

 後頭部が。

 掴まれる。

 

 

 

「──存在そのものが泥か。天王寺も面白い事を言う」

 

 

 

 さあ。

 ──書け。

 

 

 

「ひたすらに書け。無心のまま書け。全身が泥で出来ているというのならば、その脳味噌ごと削ぎ落してくれる。さあ──書け」

 

 

 

 

「という訳だから──。今日は太刀川さんは来ないみたい」

「....」

 

 ほら見た事か、と天王寺は吐き捨てる。

 やはり、あの男に大学推薦など出すべきではなかったのだ──。

 

 天王寺と太刀川との三百戦の約束は、まだまだ続いている。

 

 その日もまた──天王寺は太刀川に呼ばれ、十本勝負を執り行う予定であったのだが。

 呼びつけた本人が、来ない。

 来ない理由は身から出た錆で出来た沼底に引きずり込まれ脱出不可能となった檻にぶち込まれたが故。あまりにもあまりな自業自得なのだが、何故あの男の業に周囲が巻き込まれなければならないのか。その故を天王寺は知っていた。知っていたどころか予言すらしていた。あの男は、──誰も彼もの顔面に泥を塗りたくる存在故であるから、と。

 

「.....承知しました。わざわざご伝言、ありがとうございます。鳩原先輩」

「ううん。それはいいんだけど....。大丈夫? 天王寺ちゃん」

「何がですか?」

「なんか、般若みたいな顔つきになっているけど....」

「多分、いつもの事ですので...」

「そう...」

 

 鳩原未来は。何とも言えない、張り付けたような笑顔を顔面に刻んでいた。──多分この人は何を言えばいいのか、感情の置き所が解らないとき、とりあえず笑顔を浮かべられる人なのだろうと思う。二宮さんを前にした時、こういう表情をしている可能性が高い。戸惑う時にちゃんと笑顔を張り付けられる人は高確率でいい人だ。うん。

 

「.....それじゃあ、今日は狙撃手の合同訓練があるから」

「はい。──では、見学させて頂きます」

 

 不幸中の幸いというか。

 太刀川との個人戦の後の予定──狙撃手の合同訓練の見学。全部は見れないと考えていたが、馬鹿が馬鹿をやらかしてくれたおかげで全部見れそうだ。不幸中の幸いとはまさにこの事。だからといって不幸をもたらした馬鹿への怒りが消えることはないのだが。

 

 

 ボーダーの兵種は、大まかに四つ。

 攻撃手。射手。銃手。狙撃手。

 他には特殊工作兵などもいるが、割愛。

 

 この兵種たちの中で、狙撃手は個人戦でポイントを取ることが基本的に絶望的だ。基本的には狙撃手は近付かれれば終わりで、その為隠密行動が基本となる。面と向かった個人戦で点を取れる訳もない。──なので、他の兵種に比べて狙撃手は個人ポイントが稼ぎにくく、C級からB級に上がる要件も相対的に難しくなる。

 

 しかしその分。狙撃手全体での教習、または訓練の機会が与えられることも多く。技術取得の環境がかなり整えられている。

 この狙撃手合同訓練も、そういう機会の一つ。

 C級からA級まで。ほぼ全員の狙撃手が一堂に集まり、同じ内容の訓練を行う。

 

 特にC級にとってこの訓練は非常に重要なものであり。この訓練で上位15%に三連続に入る事がB級への昇格条件となっているため、皆必死である。

 

 現在。

 天王寺恒星、見学中。

 

 その、隣。

 

「.....」

「.....」

 

 なんとなんと。狙撃手でもないのに訓練を見学をしている物好きが、もう一人いた。

 

 ボサボサの髪。ギザギザの歯。ギラギラした目つき。

 黒染めの隊服を着込み、退屈そうに訓練を見ているその男は──。

 

「こんにちは影浦先輩」

「.....あァ? 誰だお前?」

「天王寺恒星といいます」

「あ、そ」

 

 仏頂面にぶっきらぼう。お世辞にも感じがいいとは言えない。

 

 面識はない。

 そして特にいい噂も聞かない。

 

 

 ──影浦雅人。

 

 B級影浦隊の隊長であり。そして──攻撃手の中でもトップクラスの個人ポイントを保有している男だ。

 個人戦もかなり行っているが、基本的には気を許した相手と行う事が多く。特段面識もなく在籍も異なる天王寺は、彼と交流する事は無かった。

 

「....」

「....」

 

 そして天王寺は──影浦が持つ『副作用』についても、噂で聞いていた。

 それ故に。決して目線を彼に向けない。

 

「....影浦先輩は。何故狙撃手の訓練に?」

「....何でもいいだろが」

「えっと。....そうですね。単純に気になっただけですので、不快ならば返答は不要です。申し訳ありません」

「.....」

 

 影浦は、怪訝そうな表情を浮かべると同時。──訓練の最中にいる、隊員を一人指差す。

 

「.....次のランク戦からウチの部隊に入る奴。折角だから見物してやろうと思ってな」

「.....新しい部隊員を入れるんですね」

 

 指差す先には、少年がいた。

 後姿では体格と髪色くらいしか解らないが──何より、狙撃の的が異様だ。

 

 中心点に当てることは無く。的全体に弾丸を散りばめ、──何やら絵を描いている。

 

「....凄い腕ですね」

「はん。──ウチに入るんだったら、アレくらい出来てくれなきゃ困る」

 

 そう言う影浦の言葉が。ほんの少しだけ、声の調子が上がった感じがした。

 それがあまりにも意外で、──思わず天王寺は視線を影浦に向けてしまった。

 

「あ...」

「....」

「申し訳ありません....」

「ケッ。めんどくせー。気ィ遣ってんじゃねぇぞ。ムズムズする」

 

 ──影浦雅人は、副作用を持っている。

 

 それは、『感情受信体質』

 彼は。他者から自分に向けられた感情を、その皮膚の上から察知する。

 好意であれば、好意を。

 悪意であれば、悪意を。

 向けられる感情が苛烈であればある程。悪意であればあるほど。皮膚上に覚える感覚は、不快になっていく。

 

 他者の視線が。

 感情という鏃を纏いて、皮膚を貫く。

 

 ──それはどれだけ不快なのであろうか。

 天王寺はどうしても、そういう風に考えてしまう。

 

「....私自身も。人の視線に反応する『副作用』を持っているので。どうしても配慮というか。視線を向ける事が迷惑ではないのかな、と.....思ってしまうのです」

「...」

 

 自分の感情がどんな風なのか。完璧に理解できている人間というのはそうそういないだろう。影浦を見て、彼を不快にさせないと──そう言い切る自信が、天王寺には無かった。

 だからこそ。視線を向けない事で彼が自分の副作用を発動させなくて済むのならばその方がいいのだろう。そう天王寺は考えていた。

 天王寺は、あまり自分の内心についてそこまで強い自覚を持っていないから。

 

「....もう一回いうぞ」

 

 一度向けられた天王寺の感情を肌身で理解した影浦は。

 ガシガシと頭を掻きながら、

 

「めんどくせぇから、気を遣うんじゃねェ」

 

 と。

 

 

 それが──天王寺と影浦雅人との出会いであった。

 

 

 

「あ、カゲさん」

「よォ」

 

 訓練を終え、少年と影浦が目線を合わせ、そう挨拶。

 少年から影浦への視線には、悪意や恐怖の類は一切なく。

 影浦も不快そうな様子もない。

 

 ──彼の『感情受信体質』の副作用故に、影浦隊に入隊するにはまずもって隊長である影浦とちゃんと心の底から付き合える人間である事が必須となる。

 この条件が合致するだけでも。この少年に、人格面の不安が一切存在しないのであろうと。そう知ることが出来る。

 

「──こんにちは。私は天王寺といいます」

 ひとまず天王寺はそう少年に挨拶をすると。

「うん。知ってる」

「.....知ってる?」

「一応、姉弟子にあたるんでしょ。──オレの師匠から、名前は聞いている」

「あ、姉弟子.....?」

 

 何とも聞きなれない呼称に首をひねっていると。

 

「──あ、ユズルと。天王寺ちゃん」

 

 その背後から──鳩原の姿が見える。

 

「あ、お疲れ様です鳩原先輩」

「うん。ありがとう。──ユズルもお疲れ様」

「....うん」

 

 ユズル、と呼ばれたその少年は。

 鳩原に両肩を置かれた状態で──改めて、天王寺に向き直る。

 

「オレは絵馬ユズル。鳩原先輩の弟子です。──よろしくお願いします、天王寺先輩」

 

 

「....何というか。世間は狭いというか...」

「まあ。ボーダー内での縁だし」

「それもそうですね....。改めて、よろしくお願いします、絵馬君」

 

 狙撃手合同訓練を終え。

 現在──天王寺恒星は、影浦と絵馬に影浦隊作戦室にいる。

 

「あれれ。カゲが女の人連れてきてる」

 作戦室内。

 ほんわかずんぐりむっくりな男が、穏やかな声でそう言っていた。

 

「あン? ちげーわボケ。どっちかというとこいつはユズル関係だ」

「そうなのユズル?」

「うん。この人、オレの姉弟子だから」

「姉弟子ってことは....鳩原ちゃんの教え子かぁ~」

「はい。天王寺恒星と申します。──よろしくお願いします北添先輩」

 影浦隊、北添尋。

 通称ゾエさん。

 縦も横もデカい肉体に乗った顔面は常にほんわかしているお人。

「よろしくね~。──ん? 天王寺.....?」

 

 その名前を聞いた瞬間。

 少しばかり首をひねり.....そして「あー!」と声を上げる。

 

「太刀川さんといつも個人戦している人!」

「.....仕方ないですが。その認識は少々癪に障りますね」

 

 ──そりゃあまあ。ほぼ個人戦の為だけに本部に出向いているので、そういう風に思われるのも仕方はないけど。仕方ないのだけれども! 

 

「あ? こいつが?」

「そうなんだよ。太刀川さん相手に毎回個人戦してる人。毎回いい勝負するから、観戦する人もめっちゃ多いんだって」

「....へェ」

 

 その瞬間。

 影浦は──少しばかりの好奇心をその目に宿し、天王寺を見る。

 

「.....結構出来る方なんだな。お前」

「まあ...」

「おもしれぇ。──今度時間があったらやり合おうぜ」

 

 影浦は笑みを浮かべそう言った。

 その表情を見て、──ああ、なんだ。と天王寺は思った。

 普通に。こうして笑える人なんだな、と。

 

 

「おーお前等。ヒカリさまのお戻りだぞ、と。......ありゃ。なんだお客さんかぁ?」

 暫くすると。

 実に闊達そうな女性が、作戦室に入ってくる。

 

「お邪魔しています、仁礼さん」

「んー.....? あ、天王寺か! トリオン体だからすぐには解んなかったわ! どうしたんだよー、こんな所に来て」

「ちょっとした縁で」

 

 はっはっは、と笑い声をあげてバシバシと天王寺の背中を叩く。

 仁礼光。

 影浦隊のオペレーターであり。そして、天王寺のクラスメイトでもあった。

 

「ん? 天王寺ちゃん、トリオン体で髪型とか変えてるの? 小南ちゃんみたいに」

「あー...」

 

 北添の言葉に、仁礼は実に言い難そうに口ごもる。

 

「別に隠しているわけではないからいいですよ。──私は生身の肉体では眼帯していて、それで前髪をちょっと流しているので。ぱっと見では判別がききにくいと思います」

「あ、.....これはゾエさん余計な事聞いちゃった。ごめんなさい天王寺ちゃん」

「いえいえ。大丈夫です」

「ったく。本当に余計な事しか言わねーな、このゾエめ!」

「ヒカリちゃんヒカリちゃん。ゾエさんのお腹をつつかないでつつかないで」

 

 仁礼はつかつかと北添に近付き、その豊満な腹の肉を人差し指で突っつく。心なしか気持ちよさそうだ。

 

 ──いい空気の部隊だな、と。

 そんな風に、天王寺は思った。

 

 

「.....いい部隊に入りましたね。絵馬君」

「うん」

 

 天王寺がそう言うと、絵馬は素直にそう頷いた。

 

「少しでも――オレの師匠に追いつかないと」

 

 

「....]

 

 思う事が、ある。

 影浦隊作戦室から出て、支部に戻る。

 

 ――自分は停滞していると感じる。

 隊に所属せず、自分を鍛える事ばかり繰り返し。

 鳩原含め二宮隊に懇意になり、学んだところで。

 今の自分は、何者にもなれていない。

 

 ――だが。

 ――自分がやるべき事は、隊に所属する事なのだろうか。

 

 隊に所属し、A級に上がり、そして――。

 その後は?

 

 現在、ボーダー上層部は近界への遠征を計画している。遠征艇を作り、あちらの国々へこちらの部隊を送り込む計画を。

 これはA級から、更に厳しい条件をクリアした部隊だけがその資格を得る訳であるが。

 もし部隊を組み、上に行く理由として考えられるのが、遠征であろう。

 だが――今の所、天王寺には近界に行く理由がない。今の自分が近界に向かって、何かできる事があるとは思えなかった。

 

「.....」

 

 何かが起こってから強くなろうとしても、それは遅い。

 だからこそ、今までの時間を全て強くなる事に割いてきた。

 しかし、そうしているうちにもう何年も経過してしまい。

 そして、自分は停滞を続けている。

 

「――ん?」

 

 そうして。

 携帯電話が鳴り響いた。

 その画面に映る名前は――

 

「迅さん......?」

 

 黒トリガー争奪戦以来、会う事の無かった。

 迅悠一であった。

 

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