転生者は言った、ヒーロー? ヴィラン? 違う、俺は忍者だ。 作:しのおん
ヒーロー――その根底にある“
もちろん、変化はあった。一番の変化はなんと言ってもヒーローの立場が公的に認められたことだろう。
かつて、少なくとも俺が生まれてすぐの頃、ヒーローはあくまで管理される存在だった。具体的に言うとヒーローの責任者は市民で、市民はヒーローに許可を与えて活動させていた。
それが今では、ヒーローがヒーローを管理し、ヒーローの行動は誰にも憚られることのない、立派な活動へと昇華したのだ。
とはいえ、市民の新人類に対する悪感情が拭われたわけではない。単純に、かつては市民に管理されるしかなかった新人類の“子どもたち”が大人になり、責任を負える立場になっただけのこと。
今のヒーローをバックアップする立場は、そのほとんどがかつてヒーローだった新人類だ。かつては大人の言いなりになるしかなかった子どもたちが、自分の立場と、大人とやり会える口八町を手に入れたことで、今のヒーローは法律でも認められた一つの職業になったのである。
かつてのヒーローは、食事と住居だけを認められて、あとは活動に自由のない、いうなれば兵器のような扱いだったのだから、人として認められただけ大きな進歩と言える。
対してヴィランは余り大きな変化はない。新人類が現れてすぐ、倫理観の欠如した一部の人類が新人類の解剖を開始した。世間では新人類は人類ではないという風潮が蔓延し、それが後押ししたのか、はたまた後押しさせるためにそういう風潮をばらまいたのか。
とにかく、新人類は徹底的に解剖され、そこから既存の人類を改造して生み出される新人類――
こうして傍若無人に、世間へ被害を生み出し始めたヴィランと改造人類。市民たちはそのあてつけとして、新人類たち――当時はまだ十歳にもなっていない子供だった者たち――へと戦いを強要した。
それがヒーローの始まりだ。
ここからも分かる通り、そもそも新人類がどうして差別される対象となったか。それは新人類がある時期を境として一斉に、赤ん坊の中から生まれてきたからだ。
要するに、攻撃しても反撃で自分たちに傷が及ばないだろうことを、世間が理解していたから。
もう一つ大きな理由として、それを裏で糸引いたヴィランの親玉が居た、というのも非常に大きい理由であるのだが――その親玉は既に死んだ。ヒーロー達が退治したからだ。
故に、今残ったヒーローとヴィラン、新人類の問題の多くは新人類の立場が弱かったことに集約される。そんな彼らが、今や立派なオトナとなり、中には家庭を持ち、子を為す者も現れた。
この事は、忍者にとっても喜ばしいことだった。
なにせ俺も、少しばかり組織の設立には関与した身だ。我が子のように、というとおかしいが――なにせこの組織のトップと俺では、俺のほうが年下なわけで(転生前の年齢を含めない場合)――とにかく思い入れがあることは事実。
そんなヒーロー組織の一員が、組織を裏切ってヴィランとなった。嘆かわしい事態だ。その原因、もっとも根底にある悪は、疑いようもなく市民である。
とはいえ、だからといってそれを許してしまったものを、俺は許すことはできぬ。
なにせ、俺は忍者。
このしみったれた現実がつまらなくなったとき、それを面白くするために現れる存在であるからして。
――誰かがそれを、傲慢と笑う。
チートを与えられた転生者が、転生者らしくイキっているだけだ、と。
確かにそうだ。俺は転生者、新人類のように、絶望的な境遇を押し付けられたわけでもない。経歴も、精神も、どこまで言っても部外者だ。
しかし、だ。
だからこそ言ってやろう。もしもそう想うなら、
この世界を、俺よりも面白くしてみせろ。
少なくとも俺は今の世界のほうが、俺の居ない世界よりもよっぽど面白いと、そう想うぞ?
――――
忍者。
一般的に男はそう呼ばれている。
ネット上では、彼が頻繁に『サプライズ』という単語を使うことから、サプライズニンジャ、もしくはサプニンと呼ばれることも多いが、彼自身は正式に名前を名乗ったことがないため、あくまで彼の公的な呼び方は忍者で統一されている。
忍者が現れたのは、いまから十年以上も前だと言われている。その歴史は、ヒーロー――ミズケが所属する組織、『ミュースタンス・アライアンス』通称MAが生まれるよりも古い。
男の年齢は二十代前後と言われているが、顔は常に仮面で覆われているため不明。ただ、それもいまいち当てにならない。男は人前に姿を表してから、一度として容姿を変化させたことがない。
忍者だから、と彼は言う。
人々の中には彼もまた新人類である、と言う者もいる。しかし、それはありえないだろう。今の時代、新人類は測定すればすぐに分かる。体内に人類とは違う独特の“波形”を有し、その波形は非常に強力な新人類でも誤魔化すことは難しい。
ましてや、生まれて一年もすれば新人類検診が行われるこの世界では、そもそもその波形を隠すような自我が人類には宿らない。
だから、忍者は忍者なのだ、少なくともミズケはそう思っていた。
ミズケはヒーローだ。MA設立以前はともかく、今のヒーローは志願制。もっと言えば免許制だ。当時と比べて新人類の総数が増えたこともあり、ヒーローとなれる新人類の数は限られていて、その狭き門をくぐった――潜ろうとした人間である。
つまり、正義感が強くヒーローへのあこがれが強い。
そんなミズケにとって、忍者もまた憧れの一つだった。
忍者は一般的にヒーローではない。法律でもその行動が認められているわけではない。社会的に、彼はヴィランに分類される存在だ。
しかし、その行動がヴィラン染みていたことは一度としてない。彼は常々言っていた。
このつまらない
その言葉は、まさしく彼を体現した言葉だろう。
先程、少女を救ってみせた手腕もそうだが、彼のやり方には現実にはないものが詰まっている。あの場にいる人々は、自分が危険に陥ることなど考えてもみなかった。ヒーローとヴィランが出現して数十年、その光景が日常となってしまっているのだ。
だから、そんな日常が忍者によって壊されれば? 彼らは理解せざるを得ない、日常とはかくも儚いものなのだ、と。
まるで、物語の登場人物のように、現実を突きつけられるのだ。
それを、
忍者は決して市民の味方ではない、ヒーローに悪感情を向けて無関係を嘯く市民に、彼は辛辣だ。つまらない、と常々言っている。
なんとも傲慢な態度だが、それでいて彼は絶対に市民を傷つけない。そして傷つけさせない。まるで、どれだけ気に入らなかろうが、人を傷つけることは悪。あくまで命を守った上でなければ、傲慢である刺客はないと言わんばかりに。
彼が現れた戦場では、たとえどれだけそれが絶望的でも、絶対に死者も怪我人も出さない。建物だって、多少傷つく事はあっても、倒壊されることはなくなる。
無茶だ、一人では余りにも限界がある。そう思うのは当然だ、しかし、忍者にはある忍術がある。誰もがよく知っていて、忍者の代名詞とも言われる、あの忍術だ。
――今、忍者はミズケとダークブルームの間に立ち、
ここが忍者の恐ろしいところ、忍者は人は誰も傷つけないが、ヒーローには攻撃を行う。そう、ヒーローには、だ。もちろんヴィランが無視できなければその事件を解決するが、全体を通して見ると、忍者はヒーローと対決している時間のほうが長い。
曰く、単純明快なヴィランよりも――
ヒーローのほうが、つまらない。
ただ、今回ばかりは事情が違った。ダークブルームは元ヒーローで、そしてミズケの相棒。何より、忍者にとってそのヴィランの言動は非常につまらない。
故に、忍者はヴィランとヒーロー、それらを同時に相手取る事となる。
一人で? 答えは否だ。
今、忍者は二人いた。影分身だ。
影分身の術。忍者という存在に置いて、鉄板といってもいい忍術。変わり身と並び、忍者が扱う忍術としては非常に知名度が高いと言えるだろう。
その中で、あの忍者は影分身の術を完璧に使いこなしていた。
今、目の前にいる二人の忍者は、“どちらも本物”だ。共に同じだけの力を持ち、どちらもが影であり、どちらもが真でもある。
「ヒーローよ、そしてヴィランのマネごとをするヒーローよ」
「……!」
「お、俺はヴィランだ、ダークブルームだ!」
「敢えて言おう、“驚くのはまだ早い”」
そういいながら、忍者はクナイを構える。
「こ、これ以上、どこに驚く要素がある!」
「ヒーロー・ミズケ。ヒーロー・モズク。おまえたちは大切な存在を奪われているな?」
「――――ッ!」
その瞬間、二人の顔がこわばった。
事実だからだ。二人のヒーローには、それぞれ幼馴染がいた。もともとヒーローミズケとヒーローモズクは、それぞれに二人のサポーターを加えた、四人のチームだったのだ。
そして、その二人のサポーターは、市民だった。新人類ではない普通の人間だったのだ。
今の時代、世界中全ての人間が新人類を差別しているわけではない。口には出さないだけで、新人類を応援しているものもいるし、MAの中にだって普通の人間も所属している。
――そして、そんな人間は、新人類にとってはわかりやすいウィークポイントだ。
「守れなかった。奪われてしまった。であればお前達は被害者か? その憎悪を振りかざし、他者を攻撃する正当性を得たか?」
「……黙れ、黙れ黙れ! お前に何が解る!」
「
一喝。ダークブルーム――モズクの絶叫を、忍者はそれがどうしたと切り捨てた。
「――忍者、貴方はそれを言うために、わざわざ僕たちの問題にクビを突っ込んだんですか?」
ソレに対して、声を荒げたのは――意外にもミズケだった。
ミズケは忍者を尊敬していた。ヒーローでも、ヴィランでもなく。その枠組にとらわれる事なく行動し、その上で市民を守り平和を維持する。
間違いなく彼もまた、ヒーローであった。彼はヒーローではないけれど、その行動事態は、ミズケが憧れるヒーローそのものだったのだ。
もちろん、ヒーローと忍者が敵対することもあった。しかしそれはミズケにとって、ヒーローを成長させるためのものであったとも思っている。――思っていた。
しかし、忍者と相対した先輩ヒーローたちは口を揃えて言っていたのだ。
アレは忍者であって、ヒーローではない、と。
「無力だった僕たちに、力の差を見せつけて、つまらないと切り捨てるためにここまで来たんですか!?」
――その言葉の意味を、ミズケはようやく理解していた。
「忍者においても、ヒーローにおいても、ヴィランにおいても、結果を出すためには力が必要だ。お前達はその力が足りていなかった」
「……っ」
「――だから奪われた」
その時、ミズケも、モズクも、既に決意は決まっていた。
この忍者は、自分たちにとって、絶対に許してはいけない存在だ――!
「お、おおおおおっ!」
「ああああああああああっっ!!」
かくして、少女を人質にして、余りある罵倒をぶつけてくる市民を前にしても激情に震えることのなかったヒーロー二人が、初めて自分の感情だけで、敵意を忍者へとぶつけた。
――そして一瞬で片が付いた。
実力差は明白だった。忍者は一瞬で攻撃を仕掛けてくるヒーロー二人を絡め取り、そのまま地面へ叩きつけ首元にクナイを突きつけた。
演舞と見紛うほどの、見せつけるような動きである。
忍者は、忍者だ。故にその動きには忍者としてのムダが一切ない。常に忍者、常在忍者。それこそが忍者の戦い方である。
「一つだけ教えておこう、もっと現実が面白くなるぞ?」
癪にさわる物言いだ。
忍者とは、これほどまでに露悪な存在であったのか。人をからかい、あざ笑い、一方的にヒーローの資格なしと決めつける。
そんな存在が、ミズケの憧れる忍者だったのか。
歯噛みし、睨み、嫌悪して、
「俺がいつ、一度としてお前達の大切な存在が、“喪われた”と口にした?」
――――忍者は盛大に梯子を外した。
ミズケとモズクにはヒーロー活動をする幼馴染がいた。彼女たちは新人類ではなく、故にヴィランに狙われた。
ヒーローたちは、少女が死んでいたと思っていた。だからそこを忍者に突かれて激高し、飛びかかったのだ。
そして忍者は、
「お前たちの大切な存在は奪われただけだ、そして、殺されたわけではない」
「――――は」
それを切って捨てた。
「何より、そいつらを奪った連中は、そいつらに手を出せない。俺が忍術で俵に包んだからだ」
「俵」
一瞬さらに理解のできないに単語が生まれた。
それを忍者は一切説明せずに続ける。
「なのに、お前たちはそれを知らず、あろうことか片方はヴィランの真似事をして、世界に絶望したかのように叫ぶ。――そんなものは、つまらん」
「…………」
「俺を責める以前に、お前たちはそいつらが消えていった瓦礫を調べたか? 瓦礫全てを吹き飛ばし、生存の可能性がないかを探ったか?」
「――――」
「――――お前たちは、何故そこで諦めている?」
忍者の言葉は、何もできなかった――否、何もしなかったヒーローたちに突き刺さる。
「……忍者、どうしててめぇは――あいつらを、守った?」
唯一、口に出せたのはモズクのそんな言葉だけだった。
モズクも、ミズケも、忍者が何なのか、もはや解らなくなっていた。
「俺がそいつらを守ったのは、建物が崩れ、瓦礫になったからだ。本来、俺はあの戦場を面白くする必要はなかった。しかし、あの倒壊では、アレはよりつまらなくなる。それは防ぐ必要があり――あの場にいる全てに人間を俵で包んだ」
「……俵」
どうしてもそこが気になってしまった。
「その後、そいつらが救出されることはなく、逆にヴィランに持っていかれるのは、随分とつまらぬ過程をたどっているが」
「……じゃ、じゃあ」
「……まだ、この現実は終わっていないぞ」
すがるように顔を上げた、ミズケの言葉を忍者は肯定するように告げる。
そして、
「――どうだ、多少はお前たちの現実も面白くなっただろう」
その言葉に、否定できるヒーローは、どこにもいなかった。
――――
ヒーロー達のもとを離れた忍者の前に、一人の少女が現れた。
少女は、露出の多い着物を着ている。長い黒髪を束ねてポニーテールとし、背丈は小柄な十代半ばほど、胸元が大きく露出しているわりに、対して大きくない胸が特徴的だ。
彼女は何者か、それは彼女の背中が如実に語っている。
「――くノ一か」
彼女の背中、露出の多い服には堂々と「くノ一」という文字が刻まれていた。
少女はくノ一、忍者と行動をともにすることの多い、ヒーローでもヴィランでもない、もうひとりの忍者である。
彼女は、そして忍者は頑なに、少女のことを『くノ一』と呼称するが。
「はい、忍者。ヒーロー・ミズケとヒーロー・モズクのパートナー、及び瓦礫に呑まれた俵が運び込まれたヴィランのアジトを確認しました」
「そうか、見事だ」
忍者はくノ一の言葉にそれだけ答える。
そして、忍者にソレ以上の言葉は不要だった。
「……では、ヒーロー・モズクが“里”を頼った場合、支援を行うということでよろしいでしょうか」
「構わない。お前が決めろくノ一。より“面白くなる”と思った方へ」
くノ一はそれに恭しく頷く。
そうしてから、くノ一は忍者が上司へ報告を行うときのポーズを解いて、その場からかき消える。
あとに残ったのは、忍者のみ。
「さて――」
忍者は遠く、背中をあわせてぽつりぽつりと何かを語っている、二人のヒーローを見ていた。
「――ようやく、面白くなってきたな」
クソッタレな現実が、動き出そうとしていた――
意図的にシュールギャグにしている部分もあります。
そうでない部分もあります、この物語は忍者でできているためです。