※公式で実装されているラインクラフト号とは異なる、美貌馬のラインクラフトちゃんの話です
※場合によってはすごくCPな感じです
※本編終了後の話です
それが夢か現実かはどうでもよかった。
「お願いだから無茶しないで。黙ったまま、オレの傍で蹲るのもやめて」
硬い声。硬い表情。
はっきりと開かれた瞳の蒼穹だけが、ラインクラフトに教えてくれる。
ひどく悲しくて、ひどく虚しくて。
「その優しさは、今、いちばん、オレのことを傷つけてる」
ひどく怖いのだ、と。
ごめんね、と言いたかったけど。
ラインクラフトの喉は、それをいつまでも拒んでいた。
ディープインパクト、シーザリオの誕生日が数日を隔てて続いた3月末を越えて、時は4月。
いよいよトゥインクルシリーズの花形、春のクラシックが幕を開けようとしていた、その初旬のことだ。
春疾風が健やかに吹き抜けた寮の一室で、サンジェニュインは宙を見つめていた。
「な〜んも決まってない」
何がって、ラインクラフトへの誕生日プレゼントが。
ウマ娘の誕生日は1月から6月の間に集中している。
ほぼ毎日誰かの誕生日! な日々の中で、サンジェニュインにとって特別大事なのは、チームメイトであり日常生活も共にするカネヒキリらの誕生日。
チーム内で一番目に誕生日を迎えるカネヒキリからスタートして、チームメイトほぼ全員の誕生日会を開くのは例年のことだ。
この4月では4日にラインクラフト、10日にヴァーミリアンが誕生日を控えていて、もちろんそれを祝う予定もある。
あるのだが、毎年同じような祝い方ではつまらんだろ、と言うサンジェニュインの一言によって、年々その規模は拡大している。
握手会や並走をねだるディープインパクトや、自身で企画立案するシーザリオやヴァーミリアンらはまだいいとして。
カネヒキリとラインクラフトの誕生日ともなると、サンジェニュインによって毎年ド派手に開催されていた。
常日頃贈り物をしあうカネヒキリはまだ軽く済んでいるが、ラインクラフトに対しては特に派手な催し物になりがちで、去年度はリンゴ園の所有権をプレゼントしかけた。
流石にこれは受け取れない、と青ざめた常識人ラインクラフトによって丁寧に辞退され、散々ごねた結果約1年分のりんごを送ることで決着がついている。
資産家出身ではないが、モデル業で荒稼ぎ、もといかなりの収入・貯蓄を持つサンジェニュイン。
だがその入出金を暴いてみると、大して金の掛かる趣味を持たない
せいぜいが昆虫標本を作る際の道具一式だったり保存液、押し花用のプレス機メンテ代くらいだろうか。
月々の最も高い出費の行き先はと言えば、サンジェニュインのために三食作ってくれているカネヒキリへの材料代やプレゼント代だ。
サンジェニュインのために食材選びにも妥協しないカネヒキリは、必然と散財する傾向にある。
オレも食うんだからオレの金使って、とカネヒキリに通帳・キャッシュカード・印鑑の一式を渡したのも、今や懐かしい過去。
一方、そんな大事なもんをポンと渡されたカネヒキリはその後気絶、3日間にわたり魘されていた。
それはさておき。
サンジェニュインが過去に使ったデカい額だと、勝負服の薄さに堪えかねて作った冬用マントだろうか。
あの勝負服はサンジェニュインのオーダーに合わせた完璧な性能だが、如何せん防寒ゼロの無慈悲な仕様。
春と夏はまだ良いが、秋と冬に着るにはあまりにもしんどい。ということで財布を開いた。ゴリゴリの自腹だ。
トレセン学園の勝負服は、最初は一斉支給だったりするのだが、それを変更したり修正したりする方法が限られている。
例えば副賞に勝負服が付いてるレースを勝つとか、それこそサンジェニュインのように自腹で作って貰うとかがスタンダード。
副業がモデルということもあって服飾関係のコネクションがそれなりにあり、知名度もあるから「これを着て下さい」と向こう側からプレゼンされることも。
今のトレセン学園でいちばんの衣装持ちは誰か、と聞かれたら、サンジェニュインは迷わず挙手するだろう。
自分でもやべえほど勝負服を持っている自覚があった。
そこに、2月~4月限定でバカでかい出費が加わるが、これは当然誕生日会用の変動だ。
トモダチの笑顔のためにかかる費用なんてほぼタダでは? さじぇお。
「んん、クラフトちゃんは少女漫画あんまし好みじゃないっぽいからカネヒキリくんと似た手法は取れないし……どっちかっていうと月9なんだよな好きなの。そもそも2人で飯! よりは大勢の方が好きなタイプだしなあ……」
ここでサンジェニュインが去年までにラインクラフトに贈った主だった品を列挙しよう。
・ルビーをふんだんに使った耳飾り
・ブランド物のネイル道具一式
・ドイツ製の工具一式
・好きなだけ工具をいじれるラボ
最初に送った『ルビーをふんだんに使った耳飾り』はそのまんまだ。
専属モデルを務めてるパジャマメーカーがジュエリーブランドとコラボした際に見せてもらったサンプルに、ラインクラフトにめちゃくちゃ似合いそう! と思った耳飾りがあったので、ポケットマネーで普通に購入して贈った。
ラインクラフト本人はまさか宝石びっしりの耳飾りを贈られたとは思っておらず、赤色の飾り綺麗っスね、くらいの気安さで受け取った。
それ宝石なんだよなあ、と察したのは見慣れているディープインパクトとヴァーミリアンくらいだ。
後ついでにサンジェニュインから宝石を贈られ慣れてるカネヒキリ。
2つ目『ブランド物のネイル道具一式』もそのまんま。
ラインクラフト自身も両手足に真っ赤なネイルを塗っているし、サンジェニュインも塗ってもらってる都合上、お礼も兼ねて贈ったそれは、かねてよりラインクラフトが『欲しい』と憧れていたものだ。
えっこれどうしたんスか!? と驚いたラインクラフト相手に、サンジェニュインはパジャマメーカーのコネで、などと言ったが、ゴリッゴリのポケットマネー購入である。
耳飾りには劣るがそれなりの値段で購入されたそれを、シーザリオだけが見抜いていた。
3つ目『ドイツ製の工具一式』は過去いちばんと言ってもいいくらいラインクラフトが喜んだ贈り物だ。
ラインクラフトの実家は圧着電子やコネクタなどの電子機器を販売している企業で、本人も幼い頃から電子機器に慣れ親しみ、電子工作を趣味としていた。
工具のメーカーはドイツの『父なる川』ことライン川近辺にある有名メーカーのもので、オーダーメイドして持ち手部分に『kraft』の刻印が入ったものを用意した。
小柄なラインクラフトでも持ちやすいようサイズ調整までされた一級品だ。
これは流石に高いのを本人も知っていたが、サンジェニュインが奮発したんだと思ってニコニコ笑顔で受け取ってくれたのでセーフ。
そして4つ目『好きなだけ工具をいじれるラボ』これが転換期だった。
工具を贈ったはいいもののいじれるスペースないよね、あったら便利だよね? くらいの軽さだった。
だが規模が規模である。ラインクラフトもこればっかりは真顔で『いや無理っス』と返すほかない。
「ラボはやりすぎ」
カネヒキリも嗜めるレベル。
これに焦ったのは贈った張本人。
やりすぎたとは思っても引き下がれない。オレは前にしか進めねえからよお! そういうノリでゴリ押しした結果、ラボはチーム・メテオの共同使用で決着がついた。
今となってはほぼ溜まり場のような扱いになっているそこに、ラインクラフトの工具一式も置いてある。
さてそれ以降の誕生日だが。ラボ贈答をきっかけにラインクラフトがこれまでのプレゼント額を計算してしまい、その総額にびっくり仰天。
こいつは大変だ、ということで翌年からはプレゼントを警戒されるようになってしまった。
ので、サンジェニュインは考えた。
トモダチには多少値が張ったとしても良いものを使って欲しい。その気持ちに偽りなし。
そうと決まったらやることは一つ。
「1個当たりの額を減らして量で攻めるか」
これにはカネヒキリもニッコリ。
知らぬはラインクラフトだけ、という状態に逆戻りしながらも、これまでギリギリバレずに量を増やす作戦に成功している。
前回は勢い余ってリンゴ園を送りそうになり、なんとかリンゴ1年分で手を打ってもらっているが、まだこの作戦だけはバレてないセーフだ。
「でもま、結局何送るかっつー悩みは解決してねえんだけどな。なー、しろまる?」
それに応えるは飼い主同様のまっしろボディーを輝かせる1匹のハムスター。
サイズが明らかにハムスターの域から逸脱していたが、エキゾチックアニマルの専門家にも見せたところサイズ以外はまごうことなきハムスターである。
夜行性にも関わらず、飼い主の呼びかけにケージの扉を勢いよく叩く忠ハムっぷりを見せてくれた。
「せっかくだから、今年はものじゃなくてなんか思い出に残るやつにするってのも手、だよなあ。つっても、なあ。オレは月9履修してないからシチュエーション演出出来っかなあ? 他になんか、思い出に残って、ついでにシーズンに合うやつ ── 」
その時、開け開かれた窓から花弁が一枚、迷い込んできた。
それを見た瞬間、サンジェニュインのちっちゃな脳みそに電流が走る。
こいつァ天才的なひらめきだいッ!!
「花見だァ!!!!」
100人中100人が春になればお思いつく、例のアレであった。
その頼み事をされたのは、4月に入ってすぐのことだった。
よりによってエイプリルフール当日だったので苦笑してしまったが、サンジェニュインの目を見れば嘘か本当かわかる。
お嬢様プレイだなんだと言って「別のウマ娘」のように振る舞うことはできる娘だが、とことん嘘をつけない性格なのはわかっていた。
「よろしかったのですか、会長」
「構わないよ。レースがあるわけでもない平日だ。追い切り集中日ではあるが、レース場で何かをするというわけでもあるまいに……これくらいなら許容範囲内だ。何より、花見自体が誕生日プレゼントなんだと言われては、流石にな」
サンジェニュインをプレゼントも贈れない甲斐性なしにするわけにも行くまい?
そう言うと、エアグルーヴは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「あなたは相変わらずあいつに甘いですね」
「そうだろうか? そういうつもりはなかったんだが……あの娘を見ると、どうだろう、幼い子供を相手にしているような、うん、そういう気がしてしまって邪険に扱えないんだ」
無邪気な瞳がそうさせるのだろうか。
かつて幼いテイオーと初めて会った時のことを彷彿とさせる、夢に満ちて諦めを知らない目だ。
そして間も無くトレセンを巣立つ。
「ひとつでも憂いなく旅立てたら……会長としてはこれ以上ないことだ。そうは思わないか、エアグルーヴ」
今度は苦笑いもなく、穏やかな眼差しの黙礼だけが返ってきた。
そうしてあっという間に日々がすぎ、4月4日。
私たちを出迎えたサンジェニュインは、春の陽射しに似合いの、朗らかな笑みを浮かべていた。
「ルドルフ会長、エアグルーヴ副会長、ご許可いただきありがとうございました!」
「ああ、これくらいなら構わないよ。 ── それより良かったのかな、我々も招いてもらって」
「もちろんです!
サンジェニュインが指差した方向を見ると、そこには色とりどりの髪色をゆらすウマ娘たちが集まっていた。
ざっと数えただけで30人以上はいるのだろうか?
私の横にいたエアグルーヴが思わず、と言ったように1歩前に出た。
「ここまでとは……さすが史上初の『変則二冠』」
「それもありますけど……単にクラフトちゃんの人望ですね。優しいし、人当たりも良いから、オレらメテオの中じゃいちばんコミュニケーション能力高いんで」
ラインクラフトの周囲には、彼女を慕って集ったであろうウマ娘たちが笑い合っていた。
トゥインクルシリーズに新たな盛り上がりを作った立役者であり、指導者としての人気の高さがよくわかる光景だった。
「オレはね、この光景が見れたのがいちばん嬉しいかもなあって」
温かい眼差しをしたサンジェニュインの顔に扇はない。
もう取り繕う必要も無くなった彼女に残るのは生来の優しさだけだ。
チーム・メテオの仲間を自分のよりうちのうちに包み込んで愛しているのだと、そう赤裸々に言うような。
ふと周囲を見れば、他のメンバーも温かい眼差しでラインクラフトを見つめていた。
ディープインパクトはヴァーミリアンと連れ添いながら、カネヒキリはサンジェニュインにほど近いところで立ちながら、シーザリオは輪の中から。
この日がどれだけ大切な日なのかを、誰の目にも明らかにしていた。
「良い仲間に恵まれたんだな」
うん、とサンジェニュインが頷く。
「このうえなく、素晴らしい日々でした」
トレセン学園の敷地内にはそれはそれは立派な桜並木がある。
栗東寮から練習用のレース場へと続く一本道に咲くそれらを、サンジェニュインも愛していた。
いつ見てもキレイだ。
ここの桜は毎年3月の終わりに咲き、4月の初旬できっぱり散る。
一本道を駆け抜けるウマ娘達の頭上にふり、かぐわしい絨毯を作りながら。
太い幹の根元に立って空を見上げると、桜がはらはらと散った。
どういうわけか、サンジェニュインは桜に好かれる。いや、桜の花弁に?
離れていても、風が吹いていなくても、かならず花弁が1枚2枚、その頬をかすっていく。
真下に立つともうかすっていくなんてレベルでなく、シャワーのように降り注ぎ、抱擁するように髪や肌にくっつくのだ。
カネヒキリと地元で手を繋いで歩いていたような、そんな小さな頃からそうだったので、そういう体質なのかもしれない。
実は桜だけでなく、夏になれば向日葵がサンジェニュインを太陽だと誤認して仰ぎ見たり、紅葉もシャワーのように降ったりした。
冬だって雪がサンジェニュインめがけて吹雪いていたこともあるくらいだ。
花や葉っぱはともかく雪は許せねえ、寒いから。
「相変わらずすごいことになってるっスねえ。苦しくないんスか、ソレ」
「そう思うなら助けボバッ! ッペ、ぺっぺっ、ペェ ──ッ!!」
美少女にあるまじき嘔吐。
これには100年の恋も冷める。
逆に微笑ましくなるやつがいたら手遅れだ。
こうして油断するとすぐ口に花弁が入ってはサンジェニュインを悩ませる。
ので、サンジェニュインは桜の下では満足に話もできないのだ。
それどころか、むせてる間に根っこに脚を捕られてすっ転び、最終的にはラインクラフトに引きずられるように道の真ん中に出た。
「薄幸美少女が桜に攫われる、のは古典的っスけど、桜も攫う美少女は選んだ方がいいっスよマジで」
「ディスんの早いねえ!!!!」
「サンジェニュインちゃん攫っても養分になるどころか過剰栄養って感じがするっス」
「そんなことねえもん枯らさないもん」
ヒーンヒンヒンヒン、春のセミ。
ちなみにラインクラフトはディスったのではなくありのままを伝えたのだ。
神の如き美貌と崇められ、その背後に数えきれぬほどの屍を作り上げた娘を攫ったところで、その桜は1日限りの狂い咲きで終わる。
間違いない、ラインクラフトはサンジェニュイン検定準1級持ちなので。1級の試験は後日受験予定。
「……ここで花見やるって聞かされた時は、ビビり散らかしたっスよ、さすがに」
「またまたあ。ニコニコだったじゃないですかあ!」
「なんスかその口調は……なんか変なもの食った? ダメっスよカネヒキリちゃんの作ったもの以外食べちゃ。今日はいろんなウマ娘来てるんすからね」
「ねえオレのことガキかなんかと思ってない!?!?」
「思ってないよ。ただ、うれしいなあ、って。ごめんね、テンション、なんか、上がってる、っス」
ラインクラフトの言葉が途切れた。
それを合図にサンジェニュインが背筋を伸ばす。
「今日は良いだろ、クラフトちゃん」
うん、と頷いたラインクラフトにサンジェニュインが微笑む。
まだ肌寒いはずの4月上旬。
なのに今日は16度を超える暖かい陽射しの中で宴は開かれた。
この佳き日を桜と祝いながら、ただひとりが生まれたことを喜ぶための。
遠くから誰かがラインクラフトを呼んだ。
弾かれるように顔を上げたラインクラフトがサンジェニュインに振り返る。
ふたりの間に言葉はなく、ただ笑顔だけで、また喧騒の中へと駆け出していった。
花見と誕生会を混ぜ合わせた祭りは宴もたけなわ。
シンボリルドルフら生徒会に約束していた現状回帰のため、メテオメンバーが残って片付けをしている中、ラインクラフトとサンジェニュインだけが一足早く帰寮していた。
主役のラインクラフトはさすがの掃除免除で、サンジェニュインは送迎担当。
その道中はきゃらきゃらしたサンジェニュインの笑い声をBGMに、ラインクラフトにはちょっとした緊張感だけを持たせた、実に穏やかなものだった。
「んじゃーここまでね。オレも片付けに戻るわ。さすがにどんちゃん騒ぎしすぎたから汚れがね……」
「えっ」
「ん?」
「あ、ああうん、うん? ……それだけ? それだけか……そ、そっかさすがに気にしすぎたっスね……」
もごもごと口を動かすラインクラフトに、サンジェニュインが不思議そうに首を傾げながら手を振った。
「クラフトちゃん?」
「や、なんでもないっスよ。……それじゃあ今日はありがとう。本当に楽しかったっス!! パーティー仕切るのも上手くなったスね、サンジェニュインちゃん」
「んふっふ、そうだろう、そうだろう!」
「そこで謙遜しないとこ本当におもしれ〜んスよねえ」
褒め言葉は余すことなく受け取る、そいう娘なんだ、サンジェニュインは。
「……やあ、正直、ここまで送ってきたのは何か渡すつもりなんじゃないかって思っちゃったんスよね」
「まあ本音言えばあげたいものいっぱいあるんだけど。困るんだろ?」
「困るって言うか、高いものはさすがに受け取れないっスよ。自分、サンジェニュインちゃんにはそんなに高いもの贈ってないんだから」
「ハ? 毎年プライスレスな最高プレゼント貰ってるが??」
「なんで半ギレしてんスか!?!?」
自分は金を掛けたがるくせに相手からのプレゼントはプライスレス、そういう娘なんだ、サンジェニュインは。
「オレね、チビの頃はほら、カネヒキリくんだけだったじゃん?」
「露骨に話逸らしたっスね。……それに関しては割と最近までその傾向強かったっスよ」
「だまらっしゃい! ちょっとその自覚もあります!!」
「あるんだ……」
衣食住のほぼすべてがメイド・イン・カネヒキリ。
凱旋門賞ウマ娘サンジェニュインの細胞はカネヒキリが作ったようなものと言っても過言ではない。
その特殊な体質から遊べるウマ娘が限られてる、とはいってもセルフ縛りプレイがすぎるのだ。
カネヒキリ以外にも選択肢はちらほらあったはずだが、結局信頼できるのはこの栗毛だけ! というフィルターが強すぎる。
しかしトレセン学園卒業を機に、サンジェニュインも徐々に変わろうとしていた。
この1年でもずいぶんとできることが増え、着実に一人暮らしの準備が整ってきている、と思う。多分。おそらく。
それを、ラインクラフトは嬉しいと思うのと同時に、少し寂しいような気持ちに苛まれていた。
共に過ごした数年。その間にもっと何かできたのではないか。
そんなタラレバが今になって脳裏を過る。
たとえばもっと一緒に遊んだり ── いやそれは結構してるな、うん、結構遊んでる。
サンジェニュインが外に出る時はもっぱらラインクラフトが付き添っているし。
併走にだって付き合ったし、カネヒキリが短期間の合宿に行ってるときは食事の面倒を見たこともある。
けどきっと、一般的な友人と呼ぶにはいろいろと足りないことだらけだったような、そんな気もするのだ。
夕焼けに染まる空を見ながら慌てて帰った記憶に、サンジェニュインはいない。
おやつを盗み食いして怒られた記憶に、サンジェニュインはいない。
横並びの布団に寝転んで昼寝をした記憶に、サンジェニュインはいない。
放課後に食べ歩きをした記憶にも、屋台のクレープを食べた記憶にも、市民プールに行った記憶にだって。
尋常ならざる美貌が、サンジェニュインの行動を制限していた。
それに文句を言ってるところを見たことはあるが、不思議なほど、サンジェニュインは自分の顔が整っているという事実に関しては文句を言わなかった。
こういう星の下に生まれたんだからしゃーなし、とすら思ってる節がある。
そんなサンジェニュインと、後少ししたら、さよならする。
トレセン学園で出会い、こうして、トレセン学園で別れる。
この箱庭の中だけのトモダチが、美しい横顔をラインクラフトに晒していた。
小さな瞬きにはどんな意味があっただろう。……いや、ないな。きっと意味なんてない。
いつだって意味を持たない表情ばかりだった。嫌味でも蔑みでもなく、そう、自然体でいることに意味が無いのと同じで。
サンジェニュインの表情にも言動にも大して深い意味がないと、当り前に理解できるようになったのはいつからだったか。
気づけばわかっていた。あ、いまただ欠伸しただけだな、みたいに。
どうしてか他バに深読みされることが多い娘だった。
意図的に女王様っぽく勘違いさせているお嬢様プレイはともかく、素でいる時すらどこか高潔に扱われる時があるのだ。
けれどラインクラフトたちにはわかってる。脳みそから直送された言葉を吐いてるだけで、本当に深い意味になんてないのだ、と。
その顔は別に日本ウマ娘を憂いてる顔じゃなくて、夕飯がチーズインハンバーグになるにはどうしたらいいのか悩んでる顔だ。
そういう、どうでもいい瞬間すら共有してきた。
だからこんなに寂しく思うんだろうか。
こんなに悲しく思うんだろうか。ラインクラフトにはわからない。
これから、
「……なあ、さっきさ、それだけ? って言ったじゃん?」
サンジェニュインの声にラインクラフトが顔を上げた。
ああうん、言った、そんな短い返しから一瞬だけ間を開けてサンジェニュインの手が伸びた。
ラインクラフトの華奢な手のひらがあっという間に包まれる。
ついさっきまで握られていた手はまだぬくいのに、それを上回るほどサンジェニュインの手が燃えていた。
「 ── ほんとは手ぇ繋ぎたいだけだって言ったら、怒る?」
ハナから撤回する気のない甘ったれた言葉に、ラインクラフトの全身は赤く染まって。
サンジェニュインは遠くを見るような眼差しで、その余韻を楽しむように笑った。
「ここでさよならなんてオレが泣いちゃう。……けどいつかは慣れちまうんだろうなあ」
昔、慣れたように。
シニア級の8月。オレはイギリスにいた。
馬の時にもやった海外転戦。ウマ娘になったからってやらない選択肢はなかった。
あれは俺のキャリアアップに最も最適なシーズンであり、俺が『競走馬・サンジェニュイン』としての意識を確固たるものにするために不可欠。
馬の記憶を持ったままウマ娘になったって、オレはそれでも完璧な存在じゃない。
レースに絶対がないように、繰り返す命にも絶対はないからだ。
だからいつか辿った道だとしても、もう一度冒険しようと思えた。
ドバイSCは負けた。リベンジを願っても負けた。ハナ差2cm。
やっぱりハーツクライさんは強くて、芝地を蹴り上げる一完歩の迫力は言葉にできない。
悔しかった。足りてない何かがまだあると理解した。
ガネー賞は勝った。26馬身差。不良馬場はオレの脚には最適だった。
サンクルー大賞典も勝った。前回はかなり突き放したはずのハリケーンランと着差が近づいていた。油断できない。
KIGVI&QESも勝った。先行策を取ったハーツクライさんが番手に。コーナーカーブを意識しすぎるあまり脚が脛を蹴って負傷。
そして欧州4戦目。インターナショナルSだ。
馬の時、この時期にラインクラフトちゃんが死んだ。
トモダチを亡くすのは初めて、すごく動揺したのを今でも覚えている。
だって4歳だった。自分と同い年の
カネヒキリくんと路線が別れ、シーザリオちゃんとも併せ馬が減った後に俺の前に現れた。
とても現実的で、今まで出会った中でいちばん馬の常識を知っている仔。
でも俺を否定しなかった。俺を馬鹿にしなかった。そんなこともわからないの、とは言わなかった。
何も知らない俺に、絵本を読み聞かせるような温度で出身牧場の話をしてくれたこともあった。
そして、人間の意識が強いままでいる俺の、仔を作るのが君の夢か、なんて言葉に答えをくれた。
『夢を見るのは人間っスよ』
俺の思考が一歩、馬に近づいたきっかけの言葉だ。
……そう、夢を見ているのは人間だ。馬が夢を見ているのではない。
人間が見た夢を、勝手に背負わされた馬が、負ける理由もないから勝って叶えているにすぎない。
けど、それでよかった。
カネヒキリくんの話も聞いて、ダービーで走って負けて、それでクラフトちゃんの言葉を理解した。
なんであれ、人間の言葉がわかる俺にとって夢とは、人間と一緒に見るもんなんだな、と。
君は桜花賞とNHKマイルCの変則二冠馬になって、俺はその秋に菊花賞を勝ってG1単独優勝。
『いつかおんなじレースに出ようぜ』
『えぇ……自分、マイルっスよ』
『……2000mまで行けたりしない?』
『無理』
『そんなぁ……』
そんなじゃれあいみたいなことを言って。
馬だけで約束したってどうにもならないのはわかってたくせに。
じゃあ次の併せ馬で勝負な、なんて言ったりもして。
でも全部口約束になった。叶わないものを、より叶わない形で終わらせた。
なのに君はきた。
あの夏のヨーク競馬場に、光の透ける馬体で、俺と一緒に走った。
すべてが終わって振り返れば、君は、約束を果たしに来ただけだったな、クラフトちゃん。
ウマ娘の君もそうならない保証がない。
弥生賞で自分がターフに落ちた時に気づいた。死を回避できるとは限らないって。
カネヒキリくんだってドバイWC後に馬の時と同じように屈腱炎を発症した。
だからオレ、トレーナーにわがまま言ってクラフトちゃんをイギリスでの帯同に選んだんだ。
せめてそばにいて欲しかった。遠くで、オレの知らない瞬間でのさよならを2度も経験したくなかったから。
そしてレースの2日前。
クラフトちゃんはオレのそばで蹲った。
幸いにもそれは死に繋がる心不全じゃなくて急性胃炎。
けど、オレが怖かったのはそこじゃない。
クラフトちゃんが痛みを訴えることもなく、あまりにも静かに蹲ったことだった。
ねえ大丈夫、なんて言ってしまったオレに笑顔まで見せて。
脂汗が滲む青白い顔で「痛くない」と繰り返したことを、怒ってる。
わかってるんだ、それは君の優しさだ。
レース前のオレがナーバスにならないように言ってくれてるんだってわかってる、わかっててもだめだった。
その優しさがあまりにも鋭くオレの胸を抉った。
だってそういうことだろう、あれも、── 馬の時のあのセリフも、同じだったんだろう。
痛くないなんて嘘だったんだな、クラフトちゃん。ああ、どうして。
全部終わってから思い知った。
それでもレースに出ない選択肢はない。
あのヨークレース場を青々とした芝生を蹴り上げないわけにはいかない。
そこに幽霊はいないし、クラフトちゃんは絶対死なせないから当然だけど。
ひとりっきりで、最悪のコンディションでもまっすぐ前だけ見て走り抜いて勝った。
欧州四冠のトロフィーを見て笑った君を前に、泣きじゃくりながら文句まで言って。
君が知ることは一生ないんだけど。
病室追い出されるまでの5分間。
オレの頭の中は四つ脚の君でいっぱいだったよ。
ヨーク競馬場で見た、あの時の君だ。
そうしたら一瞬で馬時代に意識が持ってかれた。
……夏が過ぎたらさ、君がいない日々に慣れたんだ。
いつもずっと一緒だったわけじゃないけど。
あの栗東の広い敷地のどこにも君がいないことを理解したし、この日本中のどこにも、世界中のどこにもいないんだって。
君は虹の向こう側にいるから。
誰も帰ってこない。帰ってこないくらい素敵な場所にいるから、ここにはいない。
時間は進む。秒針は絶え間なく動く。
1秒、2秒、それよりもはるかに早くコンマ1秒、コンマ2秒。
振り返ったとしても巻き戻らない時間を、けど、だからこそ、愛してやまない。
君のいなかった時間が長いほど、君と過ごした時間をかけがえのない宝物だと思って愛せるんだ。
俺は長生きをした、ほうだと思う。
23歳の秋に死ぬまで、クラフトちゃんと別れた19年間で多くの仔を残した。
俺と同じ白毛の馬から、青毛、栗毛、黒鹿毛もいたし、クラフトちゃんと同じ鹿毛の仔だって。
いっぱい走ってくれた。俺より先に逝く仔もいた。後継種牡馬になった仔もいた。
あの頃、君の口から聞いた時はあまりにも遠い世界だと思ってたことが、すごく身近になった。
これが血を繋ぐってことか、これが人間に血を守られるってことか、って。
── けど、ごめん。
俺、オレ、ひとりはもうごめんだぞ。
あれ、寂しいんだ。すごくすごく。
だから今度はもっと長く居てくれよ。
あの頃、四つ脚だった頃、君が覚えていない日々よりも長く居てくれ。
それで、オレに痛くなかったなんてもう言わないで。
もう知ってるから。
君より長く生きて、君よりいろんなものを見て、君よりいろんなものを知って。
理解したんだ。死ぬことが痛くないなんて嘘だってこと、もうわかってるんだ。
だから今度はもっと長く居てくれよ、お願いだから。
絶えることない優しさで、オレに傷跡なんか残して逝かないでほしい。
「サンジェニュインちゃん……?」
クラフトちゃんの呼びかけに顔をあげた。
怪訝そうな顔でオレを見る君にふっと笑みがこぼれる。
自然と閉じた瞼の奥でも、
「なあ、昔、オレが弥生賞で倒れた時さあクラフトちゃん。オレが元気だよって言っても泣いただろ」
クラフトちゃんが目を見開いた。
覚えてるな、そうだろ。
倒れたのが怖かったって言ったんだぜ、忘れたなんて言わせないから。
オレはあれで思い出したんだ、昔、馬だった時な、テキにも似たようなことを言われた。
その命を燃やしてまで走るなと、無理するなと言われた。
オレはわかったって頷くふりして、内心で従う気はなかったんだ。
だってオレにとって走るってことは命を燃やすことだ。駆ける、それだけで。
何より勝利を思い求めてこその馬だと理解していた。そのために生まれたんだと。
もし勝てるなら。これをすれば勝てるって言うなら。オレは息をするよりも自然に命を
けど少しだけ怖くなったのも本当なんだよ。
君がいなくなって、新しい夢ができて、生命を遺そうって思えるようになったんだ。
仔を遺したがっても繋げなかった君のことを思い出しながら、オレが大好きなヒトたちに遺せるものは何かと考えるようになってようやく、この命を何物よりも特別と思えるようになった。
初めての仔が産まれたときの歓び。
失ったときの虚しさ。
メイクデビュー、重賞、G1、少しずつ増えていく、この血を継ぐオレではない馬のこと。
君がオレに教えてくれたのはひとつじゃなかった。
勝つとか負けるとか、夢とかどうとか。
その後のことだって、身をもって教えてくれたんだって、今の君に言っても伝わらないのはわかってる。
だから言わないけど。言おうとも思ってないけど。
ただ君から与えた真心だったり、見せた背中が馬の俺を強く支えて、今のオレに繋がっていて。
ねえだから。オレが言いたいことは結局ひとつで、それはさ。
「オレを心配したのと同じ温度で、オレに優しい嘘なんかつかないで。これからもだ」
それは、オレがひとりになった時に痛みへと変わるから。
何回だって言う。聞き飽きたって言われても。
もしひとかけらでも君の感情がオレに向いてるなら今すぐやめてくれよ。
痛い時は痛いって言って、叫んで、助けを求めて。
オレはきっとその手を掴んで、抱きしめながら痛いねって共感して、君の痛みがなくなるその瞬間まで離れたりなんかしないから。
しばらくして、クラフトちゃんから深いため息が漏れた。
心底呆れたとか、そう言うのとは訳が違う。
深呼吸して溢れたモノの、染みわたるような吐息だった。
「……建前とか、強がりとか、カッコつけとか、そう言うのが、さあ」
「知らね。オレ、無神経なとこあるから」
「こう言う時だけデリカシーないとこ誇るのやめてもらっていいっスか」
胸を張って鼻で笑うとクラフトちゃんが青筋を立てた。
目を赤くしながら睨まれてもな。
「なんなんすかねえこの
「いいよ」
「は」
「『いいよ』」
ああ、なんか同じセリフになっちゃったな、クラフトちゃん。
今は春なのに。舞ってるのは桜で、ピンクの絨毯が敷かれてて。
とてもあの夏のヨーク競馬場とはひとかけらも掠ってないのに、どうしてここまでセリフが似るのか。
疾走の中で、声も涙もなく泣きじゃくった俺へと君が頷いた、あのセリフを。
似ても似つかない春の匂いと吸い込んで吐き出す。
「クラフトちゃん、オレね、クラフトちゃんが泣いても抱きしめられるようなウマになったよ」
伝わんなくていいから、思い知ればいいと思う。
「オレはここから巣立つけど、でもひとりじゃないよ。オレも、クラフトちゃんも」
両手の爪を彩る鮮烈な赤。
彼女の赤。彼女の命。彼女から繋いだもの。
今は、オレと彼女を繋ぐ、優しい赤。
「ひとりじゃないけど、ひとりになったときに、きっと、君を思い出すよ」
クラフトちゃんより大きな両の手のひらがその頬を包む。
溢れた涙が痕にならないように拭った。
オレたちの誰よりも幼い顔が綻ぶ。
そうして口を突いた「誕生日おめでとう」を、吹いた春一番が、遊ぶように攫っていった。
その日、チーム・メテオに新入生が加わった。
白毛の長髪にピンクのメッシュが入っている、可憐な少女。
その顔立ちには誰もが見覚えがあり、思わず顔を見合わせた先輩たちを前にしても、堂々と立っていた。
まるく大きな瞳の中には、空に散る桜のような輝きがある。
その少女は目の前に立ったラインクラフトを見上げると、頬を染めて笑った。
「ようこそ、チーム・メテオに。えっと、何ちゃん?」
「 ── デイ」
「ん?」
「
また春が来た。
希望の春が。
本編の「約束(https://syosetu.org/novel/259581/58.html )」を絡めた話なのでぜひこちらも。
ラインクラフトちゃんとサンジェニュインの組み合わせ実は結構好きなんすよね。
自分、もっと書いても良いっすか?
※本日4/4は2話更新しています
第◇回サンジェニュインのお嫁さんレース(敬称略)
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