RESIDENT EVIL Ƶ ─ バイオハザード9 ─   作:脱税文庫

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Chapter 1

 人生最悪の出来事は?と問われれば、ぼくは間違いなくあのルイジアナでの出来事だと答える。

 

 ルイジアナ州ダルウェイ毎年ハリケーンが上陸して街を水浸しにしていくこの地域は、そのイメージ通りカビ臭い湿地帯だった。そんな地域にポツンと佇むベイカー農場での悪夢が、ぼくの人生を決定的に変えた。

 

 ぼくがここを訪れる三年前の歴史的被害を出した嵐の夜、この地方に棲まうベイカー一家は忽然とその姿を消した。ぼくがここを訪れたのはその取材のためだった。

 

 2017年当時、ぼくは大手動画配信サイトではちょっと名の知れた配信者だった。しかし当時のパートナーとの間に起きたいざこざのせいでDVを疑われ、大炎上をかました結果これまで配信者として獲得した地位も財産も一瞬にして失われた。

 

 それからというもの、日々の食事にも事欠く生活を送る羽目に陥ったぼくは、配信者時代にできたコネを通じて職を募った。そこでぼくに声をかけてくれたのがテレビ局のネット配信番組「スーワゲーターズ」のプロデューサーを務めるアンドレだった。醜聞のせいで粗方のコネを潰され、途方に暮れていたぼくは、彼の提示したカメラマンとしての仕事に一も二もなく飛びついた。元より配信者としてのプライドはとっくに捨てていたし、ここから人生の再起を図るのも悪くないと思い始めていた。

 

 そして破滅が始まった。今思えば本当にバカだったと思う。過去の自分に何か言ってやれることがあるとすれば、どんなピンチの中でも仕事は選べと口説くだろう。

 

 さて、基本スーワゲーターズは適当なロケをしてフェイクを混ぜ込んだり、やらせをしたりというみみっちい番組に過ぎなかった。だからその時の廃墟化した幽霊屋敷の調査という、今時配信者でもやらないような下らない内容に呆れていたので、適当に済ませよう、そう思っていた。

 

 メンバーはぼく、アンドレ、そしてニュースキャスター気取りのピーターの三人だ。

 

 このピーターという男は週末の代理キャスターをしていただけにもかかわらず、やたらとぼくやアンドレに対して傲慢に接して来た。彼は特に、配信者としてそこそこ名の知れたぼくに何かとライバル意識を抱いていたらしく、撮影中しょっちゅうぼくのカメラを揺らしてきた。そのせいで音声を拾いきれずアテレコになったのも今となっては懐かしい。

 

 さて、ベイカー邸に赴いたぼくら三人はやや揉めつつも撮影を開始した。最中、この家の元住人の詳細や失踪した経緯などを語っていたアンドレが唐突に姿を消した。邸内を探し回り、やがてやたらと凝った仕掛けの隠し部屋の奥でアンドレは死体となって発見された。

 

 第一発見者はぼくだった。隠し部屋に通じる梯子の下で彼は口に金属パイプを突っ込まれて惨殺されていた。おまけにそれがぼくの方へと倒れてきたものだからぼくは半狂乱で騒ぎ立て、次いで現れた謎の大男に顔面を殴打されて気を失った。

 

 目が覚めると、キッチンと思しき別の部屋に拘束されていた。ピーターも同じく捕まっており、やばいことに巻き込まれたのを察したぼくたち二人は早急に脱出を目指して行動を開始した。ピーターは床に落ちていた包丁でぼくの手首の結束バンドを解こうとした。しかしその最中、彼の背後からいきなり現れた狂人女が彼を刺し貫いたのである。

 

 さっきぼくはピーターはキャスター気取りの傲慢な奴だと言っけれどもそれは訂正しなければならないようだ。謎の女の登場にぼくが半分漏らしながら喚いている間、彼は刺されたのにも関わらず果敢に女に立ち向かって行ったのである。今まで可哀想な奴だと見下していたのにまさかあんなに勇気のある奴だとは思わなかった。おかげでぼくの命は助かったわけだけど、その代償は彼の生首という形で支払われることになった。こちらにポイ投げされてきた彼の頭部は一生忘れられないだろう。おまけに地面を転がる頭が壮絶な表情でこちらに視線を合わせてきたものだから、後々ぼくはこの光景にずっとうなされた。

 

 ぼくはその後女に襲われて気を失い、気がつけば寝室と思しき部屋でベッドに拘束されていた。目の前には盆に乗った異様な食事が配されていて、左手はベットに併設された食台に拘束されていた。

 

 視界の奥の扉から老婆が入ってきた。

 

 ぼくはその顔を見て驚愕した。その顔には見覚えがあった。廃屋を取材していた際、至る所に見受けられた家族写真に写っていた女性だったのである。ということは彼女は失踪したと思われていたベイカー一家の一人というわけだ。

 

 彼女はぼくにグロテスクな料理を食べるよう言い、拒否すると平手を食らわせてきた。仕方なく口に含むと命の危険を感じる味がしたので、また戻ってくると言った老婆が部屋から去ると同時に脱出を開始した。

 

 この寝室というのがこれまたえらく難解にして制作者の性根を疑う謎に満ちている代物で、それを解きながら何とか脱出への道筋を探り当て、物音を聞きつけて戻ってきた老婆の喉にナイフを突き立ててベッドの下の隠し扉から逃げ出した。

 

 ひと安心か、と思いきや悪夢はまだまだ終わらない。隠し扉からの秘密の通路を通じて地下に降りたぼくは、今度はアンドレを殺したと思しき大男に遭遇する。大男──この家の主、ジャック・ベイカーはぼくの前に立ち塞がり、一晩生き残ったら逃してやると言った。男が去った後、壁や床、そして空気穴を通じて現れた謎の黒い化け物が襲いかかってきた。

 

 これがまた不快な代物で、廃液みたいな汁を垂れ流しながら蠢くカビ臭い肉塊だった。それが人の形をして硬い爪なんぞ持ってるものだから襲われたらそりゃもう死にかけるわけで。あれほど死を意識した時はなかった。

 

 とはいえこちらも黙って死ぬわけにはいかない。手近にあった大量の銃器を駆使して──異様な改造が施されているとはいえ、ただの民家に何故こんなにも火器が配置されているのかは全く不明──叫び散らしながらそれらをぶっ放した。始めは恐怖に支配されていたけれど、その内に怒りが湧いて来てアンドレやピーターを殺した奴らの仇をとってやろうと俄然息巻き、やがて段々敵の頭部を撃ち抜いて粉々にしてぐちゃぐちゃのそれが飛散するのが楽しくなりつつあった。

 

 夢中で殺しているうち、さっきの大男がハサミのような怪物チェーンソーで襲いかかってきた。こっちも半狂乱で抵抗し、全身ズタズタになりながらも辛うじて生き長らえた。

 

 地下から脱出すると、そこは巨大な邸だということがわかった。途中黒い化け物をかわしながら邸からの脱出を目指すと、今度は謎の実験場に迷い込んだ。と思うと後ろから何者かに殴打されて気を失った。

 

 気がつくとぼくは謎の部屋にいた。モニターが親の仇のように配置された狭い場所で、作った奴の趣味の悪さが伺える。ぼくは卓の前に座らされ、左手を面妖な機械に固定されていた。そして卓を挟んで向かい側に麻袋を被せられた男が同じく左手を固定されていた。

 

 モニターが点灯し、隈の濃い目をしたいかにもなサイコ野郎が現れた。この男こそがベイカー家の長男、ルーカス・ベイカーだった。

 

 ルーカスはぼくらに殺人ブラックジャックを強要し、ぼくと向かいに座るホフマンという男は、左手の指をチップにこのゲームに挑むことになった。賞金はこの地獄からの解放だ。

 

 その時ぼくは指を二本失い、ホフマンは五本だった。左手の機械には指を切断する最高に最悪な機能が搭載されていた。ホフマンが左手を更地にしたところでゲーム終了かと思いきや、その次に殺人電気ショックを食らえる第二ステージ、更にその次にスーパー残虐マシンこと回転包丁ノコギリというスーパーに残虐なマシンにかけられる第三ステージまで続いた。これは縦の円盤に放射状に取り付けられた包丁が回転したものが顔面に迫ってくるというもので、負けた方は実の親すら見分けられない悲惨な面に早変わりだ。もっともイケメンと醜面も大差がなくなるからある意味生来の格差を取り払ってくれる良心とも言える。

 

 ぼくがホフマンを殺したところでやっとここからおさらばできるかと思いきや、サイコなルーカスが義理堅く約束を守るわけもなく、あっさりそれは反故された。ルーカスは次のお楽しみだと愉しげに笑ってぼくをふたたび気絶させ、次のゲームに誘った。

 

 次のゲームでぼくは死んだ。文字通り焼死したのだ。

 

 障害を乗り越え、謎を解いてバースデーケーキにロウソクを立てるだけの簡単なゲームだったけど、謎解きの過程でどうやったって死ぬようにできていた。終わりだ。デッドエンドだ。

 

 ロウソクをケーキに立てた瞬間、ケーキが爆破し、部屋に充満していた可燃性液体に引火した。一面炎塗れの部屋で肺を焼かれながらもがき苦しんだ。耐え難くて死にたかった。やがてその時が訪れた。暗闇に取り残された。

 

 ホフマン以上に苦しい死に方だっただろう。地獄で彼と会ったらマウントをとってやろうと焼き切れる寸前の脳で考えた。

 

 そしてぼくは死んだ。

 

 後のことは走馬灯か、はたまた夢だったのかも知れない。現実感を完全に欠いていたからだ。

 

 死んだ後、ぼくの中にはぼくでない何かが発生した。或いはぼくが日頃意識していなかった原初の本能というやつかもしれない。そいつがぼくの死んだ意識と切り替わるようにすっと交換され、何かの間違いでひょっこり表に顔を出した。

 

 そいつがやったことといえば大したことはない、すっと立ち上がって壁を幾度かバンバン叩いただけだ。あるいは脱出したかったのかもしれない。壁には穴が空いたけど、それっきりそいつは姿を消してしまい、ぼくはただの死体に戻った。

 

 まさかそれから目を覚まそうとは思いもよらなかった。


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