ㅤ 作:Trefoil Knot / 試行存在
「終わり」の研究所。
正式な名称を持たぬこの施設を、人々はそう呼ぶ。無論呼ぶ人は限られているし、そもそも存在を知る者も極僅か。
ただ、今世界が直面している危機──「終わり」に対しての決定打を研究する場所として、"裏側"の人間達にとっての希望である事は間違いないといえるだろう。
「とはいえ、難しい話よね。こちら側から出来る事と言えば、世界の観測と、二人の研究対象の観察のみ。"終わり"に打って出る、なんてことは……無謀でしかないのだから」
「当然だろう。結局、今回の世界は科学が発展した。魔法や錬金術は淘汰された。ワズタムやカムナリの言葉に嘘が無いのなら、俺達が向かう先にあるのは終焉のただ一つだけ」
「珍しく悲観的ね、ビーダ。嬉しい事でもあったのかしら?」
「故郷がな。FTRM3Uによって、近々"終わる"と観測された」
「……そう」
「終わり」。
世間の認識としては、唐突に建物や人間が消失する現象を指す。
建造物丸々一つ、であったり。大人数の中で、ただ一人が、であったり。その逆──周囲が丸ごと消えて、たった一人だけが残されたり。
そして、それら
それが、世界の「終わり」。
未来予知システムFTRM3Uによって観測された、この世界そのものがまるごと消失する「終わり」。
研究所が必死に打開策を探し、抗わんとする神の一手。
「TKの様子はどうだ、アズ」
「一般的な応答の出来るAIとしては、十分よ。感情の芽生えまでは未だに至っていないけれど、簡単な雑談程度なら出来る」
「だが、それでは困るのだろう」
「ええ。TKにはもっと感情豊かになってもらわないと……。人間の文化は、感情があってこそ遺し得るものだもの」
「やはり、必要なのはリソースか」
「そうね。苦しい事だけど、残念な事だけれど。……お願い出来るかしら、ビーダ」
「無論だ。何、既に組織は用意してある。この『箱庭計画』の内容を、少しばかり曲解して漏洩させたのだ。面白い事に、わらわらと集まったよ」
「義憤に燃える若者たちかしら?」
「いいや。"こんな世界を未来に残すなんてあり得ない"──なんて、馬鹿なことを抜かす、狂った奴らさ」
「終わり」は目前にまで来ている。
FTRM3Uは毎日の様に消失対象や消失地域を指し示し、それらの規模も拡大を続けている。
時間は無い。なれば、人道より外れた行為であっても、やるしかない。
「苦労をかけるわね、ビーダ」
「適材適所だろう、アズ。俺も、ウォロッソも、サルミナも。そしてワズタムとカムナリ以外の全人類が、この先を歩めない。お前だけなんだ。お前だけは、この先に行ける。ならばこそ、俺達は捨て駒に徹するべきだ」
「そんな言い方は……」
「ああ、すまない。失言だったな。……ワズタムとカムナリでさえ、この先に行けるかどうかは怪しいのだろう? 確率は……30%程だったか」
「27%、ね。ワズタムに関してはあまり心配しなくてもいいけれど、カムナリは……多分、ここで」
「……それは、幸運なのだろうな」
「どうしてそう思うの?」
「ワズタムから聞いたのさ。"終わり"の先。世界が"終わった"後の孤独。アイツが体内に"終わり"を飼っている事も含めて──ああ、気が触れてしまいそうになるくらい、悲しい場所なのだろう」
世界が「終わる」。
そうなれば、後に残るのは無だけだ。もしそこで「終わり損ねた」場合、新しい世界が出来るまでの間、半永久的に無を彷徨い続けなければならない。生物的な活動は出来ず、けれど死ぬ事も適わず。その無境の果てに、次なる世界を見つけなければならない。
全身に「終わり」を纏い、あるいは体内に「終わり」を飼い──その苦しみは、「終わり得る」まで続く。
「優しいのねぇ」
「ワズタムについてはどうでもいいが、カムナリは……俺の娘よりも幼いんだ。可哀相だろう」
「16歳で止まっているというだけで、経過した時間はそれなりじゃない?」
「ふん、どれほどの時を過ごしたとて、年齢を重ねなければ成長はしないだろう。
「……そうね。ごめんなさい、これは私の失言だったわ」
「ああ」
片や、マフィアのボスを思わせる、尊大にして威圧的な男。
片や、飄々とした声を隠さない、緑の長髪を流す男。
「その時までは、死んだらダメよ、ビーダ」
「ああ。じゃあな、アズ。また今度だ」
歩き出すのは、威圧的な男──ビーダと呼ばれた方。
暗い部屋から、明るい外へ。
昏い、「終わり」の迫った外側へ。
国際テロ組織Absurdusが発足し、最初の大量虐殺事件を起こした「最悪のメイデイ」の──ほんの三日前の話である。
「~♪」
口笛を吹きながらグラス類を洗っていく。従業員は食洗器の使用を勧めてくるけれど、こういうモノは手洗いの方がいい。何故って、愛が籠るから。なんちゃって。
この時間帯、客はいない。午後2時。14時。
知る人ぞ知るBAR、なんて言っても、流石にこの時間に飲み明かして飲みふけている奴は、ただのサボリ魔だろう。客がいないという事は、ここの常連は勤勉である、ということだ。勤労勤労。
「あら」
そんなことを考えていたら、店の扉がゆっくりと開かれた。勤勉でないお客様のご登場だ。
「いらっしゃい。……あら? ここはお酒を出すトコロだけれど……あなた達、学生じゃない?」
入店者は四人。茶髪の地味めな男の子。同じく茶髪の、けれど少し明るい感じの女の子。筋骨隆々な背の高い男の子に、バチバチにメイクを決めた派手な女の子。
形容として"少年少女"を使うに値する──そんな集団だ。
「BAR・エルドラド。その店主のアズ……で、合っているか」
「ええ、間違いないわ。どうしたのかしら、そんな……剣吞な雰囲気を出して」
「──頼みがあるんだ。友達を、救いたい」
不躾ねぇ、とは口に出さない。
ここは一応BARで、つまり飲食店で。
だから、お酒を頼みながら、とかなら大歓迎なのだけど、開口一番、店頭一番、「頼みがあるんだ」、なんて。
……ストレートなコは、嫌いじゃないから、にっこりしちゃう。
「頼みを聞くかどうかは内容次第よ。まずは座りなさい。ああ、成人はしているの?」
「いいや。全員18歳だ」
「お酒は飲めるけれど、大人じゃない、ってコトね」
この国において、飲酒は18から許可されている。他の国ではもう少し厳しかったり、逆に緩かったりするらしいのだけれど、この国は──いいえ、この時世になったから、なのかもしれない。
「終わり」がわかって、だから、この国は前を向いた。
たとえ「終わる」のだとしても──最後の最後まで、幸福に過ごしましょう、と。伴い、様々な規制が緩和されたのだ。飲酒然り、煙草やドラッグなどの嗜好品、結婚年齢などの様々が。
とはいえ、成人……大人である、と認められる年齢は緩和されなかった。20歳。その節目を越えなければ、子供。大人に守られるべき子供である。
「イアンだ。イアン・エンハード。こっちの三人は、今後必要になったら紹介する。それでいいか?」
「ええ、いいわよ」
こちらの言葉に従い、素直にカウンターへ座った四人。
成程、やはり学生だ。雰囲気でわかる。けれど、少しばかり……裏側の匂いもする。
「ああ、すまないが、今酒類を飲むわけにはいかないんだ。この後すぐに予定がある」
「あらそう。まぁ、今回はトクベツに良しとしてあげましょう。でも、次来るときはお酒を飲みに来てね? ここはBARなのだから」
「ありがとう。……本題に入っても、良いだろうか」
「ええ、良いわよ。友達を救いたい──そのために、こんな僻地のBARに、そのマスターである私に会いに来た理由を教えて?」
ああ──と、イアンと名乗った少年は口を開く。
年上に対しても物怖じしない、一見失礼とも取れる態度は、しかし裏側の人間であるが故か。他のメンバーにはそこまでの匂いはしないけれど、この少年だけは、そこそこ浸かってしまっている事が見受けられる。
「最悪のメイデイ……そう呼ばれたあの日を、覚えているだろうか」
「ええ、覚えているわ。今年の5月5日。テロリストABSによって引き起こされた大量殺戮事件と、その直後に起きた広範囲の"終わり"──この認識で、間違いないのなら」
「そこまで知ってくれているなら話が早い。あの日、あの事件の現場に、僕もいたんだ。そして、僕は……友達に逃がされて、友達が巻き込まれた。でも、テロ組織ABSの出した"殺害者リスト"の中には、その子の名前は入っていなかった」
「成程ねぇ。つまり……ABSに連れていかれた、と。そう考えているワケね?」
「ああ」
国際テロ組織Absurdus。ボスのエウリス・ビーダを筆頭とした、大量殺人犯やシリアルキラーを擁す超級危険度の集団。
"最悪のメイデイ"においては「見せしめだよ」との言葉と共に、一つのショッピングセンターが丸々占拠され──その中にいた一般人200余名の全てが惨殺された。そして、警官隊や機動隊が突入せんとしたその直後、ショッピングセンター及び周辺地域を抉り取るような「終わり」が訪れた。ABSも巻き込まれたかと思われたのも束の間、その後ネット上に、Absurdusの名を名乗る何者か達が現れ、更には被害者となった一般人の名前を丁寧にも書き連ねた書面が放流されたのだ。
まるで消失が起きる事を知っていたかのようなタイミングと、明らかに巻き込まれたはずなのに脱すことが出来ていた事実をして、「終わり」の下手人たちなのではないか、と噂するものまで現れた。
余りにも──余りにもビーダの目論見通りに、全世界のヘイトがABSに向いている。
「連れられたコの名前は?」
「エヌ、という。俺達より2歳年下……16歳の少女だ」
「あらあら、年下の女の子に救われてしまったのね。……ああ、ごめんなさい。茶化すべきではなかったわね。どうぞ、続けて?」
「……これらを開示した上で、頼みがある。エルドラドのマスター、アズ」
イアンは、カウンターに着く程、頭を下げる。他の面々も同じだ。
頭を下げて、言う。
「僕達とエヌを引き合わせて欲しい」
「……どういう頼みかしら。そんな、まるで」
「
「……」
純粋に驚いた。
どこまで知っているのかは定かではない。けれど、そこまで踏み込んでくるとは思わっていなかった。
ここは謂わば私のテリトリー。何が仕掛けられているかわかったものではない。それに対し、無手で乗り込み、頭を下げて……。
うん。
うんうん。
私、こういう真っ直ぐなコ、とっても好き。
「顔を上げなさい、イアン・エンハード君」
「……頼みを、聞いてくれるのか」
「条件と依頼料次第ね」
「飲む」
「……もう、その思い切りはとっても高評価だけれど、こういう取引ではもっと慎重になるものよ? 法外な値段や法に触れるような条件を吹っ掛けられたりしたらどうするの?」
「それでも、だ」
「あら」
強い目だった。
そんなことは関係ないと──そんなことは、己の足を止める枷には成り得ないと。とても強く、危うく──意志のある目。
「……わかった。わかったわ。私の負けね。でも、申し訳ないのだけど、私はそのエヌ、という子を知らないの。他のメンバーであればある程度知っているけれど、あの面々が16歳の女の子をただ誘拐する、とは考えられないし……」
「そうか。なら、もう一つ開示する。エヌは──"終わり"が見える。正確には、"終わりそうな場所"が色として見えるそうだ」
「──成程」
それならば、納得だ。
FTRM3Uに頼らない未来予知といっても過言ではない。私達があれほどまでの大仰な機械に頼って行っている消失の観測を、たった一人の異能で賄えるというのなら──ビーダが欲しがる理由もわかる。あわよくば、こちらの研究に、と言ったところだろう。
しかし、そうなってくると連れ戻す、引き戻す、というのは
「一つ。貴方達は分かり切っている事だと思うけれど、Absurdusはテロリスト集団よ。構成員はそのどれもが大量殺人犯。無差別に人を殺したり、可愛らしい女の子だけを狙ったり。爆発物や毒物を使ってくる奴もいる。それに対抗する覚悟が、そして対策し得る手段を持っているの?」
「持っている」
「へえ」
エウリス・ビーダの作り上げた組織は、冗談抜きで過激派集団だ。殺戮も毒物も細菌も辞さない──人を殺すために、いまある文化を破壊するためだけに活動する異常者集団。
それに対抗するという事は、あるいは接触するということだけでも非常に危険な事である。
ああ、けれど。
この問いに、即答で「持っている」と……そう返したイアン君には、少しばかり興味があるわねぇ。
「それについては、聞かないでおくわ。どうせ教えてはくれないのでしょう? 私の口からABSに漏れる、という可能性もあるのだから」
「ああ。すまない」
「いいのよ。でも、わかった。そこまでの覚悟と、そして手段を持ち得ているというのなら……えーと、メモ帳メモ帳……」
カウンター裏。少しばかり散らかっている底から、メモ帳とペンを取り出す。
そこに書くのは──電話番号。ページを破り、イアン君に見せる。
「……?」
「これ、ビーダの直通の電番。私はエヌという子を知らないから、その子を引き出したかったら、ビーダに直接交渉なさい」
「……アンタがABSに繋がりを持っている、というのは聞いていたが……いきなりボスと繋げられるとは思ってなかったよ」
「なぁに? 怖気づいたの?」
「いや。ありがとう。煩わしい様々を一気にスキップ出来た。心から礼を言うよ、アズ」
イアン君は、破られたメモ帳のページを自らの手帳に丁寧にしまい込んだ。
「それで、条件と依頼料については」
「ああ、依頼料については要らないわ。私、お金に困っていないから」
「そうか。悪いな」
「それで、条件の方だけど……」
にっこり笑顔を作る。
ビーダにすら「お前その顔怖いからやめとけよ」と言われた笑顔で──言う。
「訳アリの女の子。事情があって、表に居られない女の子。可愛い女の子。そういうコがいたら、連れてきてちょうだい。大丈夫、悪い様にはしないから」
「今から悪い様にしますよ、という顔だったんだが」
「いやねぇ、そんなことないわよぉ。ほら、今は奥の方にいるけれど、ここの従業員……全員がそういうコなのよ? 私はそういう表で働けないコたちにオシゴトを斡旋する、仲介業者、みたいなこともしているのよ」
「……そういう奴が居たら、でいいんだな」
「ええ、良いわ。見つからなかったらそれはそれで構わない。でも見つけたら、私の所に引き渡す。それが条件」
「わかった。……改めて、礼を言う。次来るときは、お酒も頼めるよう努力するよ」
「頑張ってね。ビーダはともかく、他の面々は話が通じないから」
「……なるほど、ボスの電番を渡したのは、唯一マトモに話が出来る奴だから、か……」
なんだか疲れた様子で立ち上がるイアン君。
伴い、他の三人も席を立つ。
……この明るめなコは多分イアン君の彼女だから置いておくにしても、こっちの派手なコは……美味しそうなのに、なんだか勿体ないわねぇ。
「また来る。その時は、エヌも一緒だったらいいが……多分、そんな簡単には行かないんだろうな」
「無理をしないようにね。死んでしまってはダメよ?」
「心配してくれるのか?」
「貴方達が死んだら、誰が女の子を連れてくるのよ」
「そんなことだろうと思ったよ」
後ろ手を振って、店を出て行く四人。
……ううん、青春ねぇ。
年下の女の子を。自らを身を呈して庇ってくれた女の子を。悪の組織から救い出すために立ち上がる少年少女達……。
ふふ、サルミナに聞かせたら、目を輝かせて喜びそう。
「マスター」
「あら、どうしたのかしら、ユウナ」
「モモカが、消失しました」
「……そう。残念だけれど、仕方のないことよ。"終わり"は──誰しもに、平等に訪れるのだから。モモカは、それが速かった、というだけの話。……目の前で消えてしまったのね。大丈夫、貴女のせいではないわ。だから、そんな顔をしないで」
「……私、ちょっとだけ……嫌味を言ってしまって。後ろを向いたら……もう」
「大丈夫よ。それでも決して、貴女のせいではないわ。"終わり"には……抗えないものだから」
従業員のコを抱きしめる。
悲しいけれど、仕方のない事。
それに。
「大丈夫よ。私がいる限り、この店は消えないから」
「……ありがとうございます、マスター」
気休めと受け取ったのだろうけれど。
本当に、この店だけは──最後まで消えないから。
大丈夫、大丈夫よ、と。
抱きしめて──そのオムネの柔らかさを存分に堪能したのだった。