作:Trefoil Knot / 試行存在

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 ユンは暗殺者(アサシン)である。

 罠を用い、毒を用い、短針を用い、そして徒手空拳を用いてヒトを殺す──完全な殺人者。そう、育て上げられた。

 ユンにとって殺人は朝礼と同じだった。そういうしきたりだから、周囲に倣って行う事。そういう習慣だから、当然のように行う事。朝起きて、命令に従って、標的を殺す。自らの美貌の使い方も、自らの"性"の部分さえも道具として、標的を殺す。それは当然で、当たり前で、常識だった。

 けど、ある時。

 

 ユンを用いていた国が、「終わった」。

 標的殺害の命を受け、それをなんなく終わらせたユンは、しかし帰るべき場所を失ったのである。帰るべき場所がなくなったので、ユンは捕まった。暗殺した標的の家族に。そして標的の所属する国に。ユンは自ら捕まったのだ。どうか使ってほしいと──用途はいくらでもあるから、と。

 けれど、残念なことに、ユンを捕まえた者達はユンを使わなかった。まだ幼かったユンに同情したのだ。殺す事(ソレ)しか知らない幼子など、可哀想だ、と。

 殺害された標的が家族からも国からも嫌われていた、というのは大きかったのだろう。野心と私欲の塊で、国も敵国も隣国もまとめて利用しようとしていたのだと聞かされた。けど、ユンにとって命令の理由なんかどうでも良かったから、どう返事をしていいかわからなかった。

 

 殺しはやめなさい、と言われた。それは良くないことなんだよ、と諭された。

 私達の家族になりましょう、と言われた。貴女のことをもっと聞かせて頂戴、といわれた。

 だからユンは、自らの首を差し出した。

 自分の事を、国の事を聞かれたら、口を割ることなく死ね。それもまた、睡眠をとることと同じくらい普通だったから。

 けれど、やっぱり。待てど暮らせどその国はユンを殺してはくれなかった。死なせてくれなかった。殺してくれないのなら自死をしようとして、けれどそれすらも止められた。ユンのやる事なす事、けれどけれどけれどと、止められる。

 それはダメなことだ、と。自分を大切にしなさい、と。君には自由に生きる権利があるのだから、と。

 

 ──この時点で、ユンは彼らを障害であると判断した。

 自死を妨げる障害。命令遂行の邪魔をする者は、たとえ一般人であろうと殺せ。その命令もまた、お昼ごはんと一緒。

 

 だからユンは、その家族を──そしてその国を、殺した。

 上水道にあまりに強力な毒を流し、すれ違う者全てに痛みのない細針で毒を差し、国中のあらゆるところに致死性のトラップを張り巡らして。

 原因不明の病が蔓延する国になった。医者達は躍起になって解決をしようとしたけれど、相次ぐ不審死変死によって一人、また一人と消えて行く。

 ユンは言った。「私なんかを匿うから、こういう事になる。私は死に追われている。早く追い出した方が良い」と。「これはあの国の呪い。私を殺すために、私の()()()()()()を殺そうとしているんだ」と。

 心の底から──身体中の、あらゆるところをくまなく探したって、「大切なモノ」なんか存在しないユンの口は、いとも容易く嘘を吐く。幼子にして美しきユンは、可愛らしいユンは、か弱きユンは──まるで怯えたように。そして突き放したように、そう言うのだ。

 

 その時点でユンは容疑者から外れた。

 家族からも、心優しい国の上層部からも「絶対に守るから」「大丈夫だから」「貴女はもっと美しい世界を見るべきなんだから」と──そう、抱きしめられて。

 抱きしめてきた女性の首に、最後の短針を刺して──終わり。

 

 その夜。

 民間人は毒薬と罠だらけの自宅へ閉じこもるよう指令が下った。兵士たちは毒と罠だらけの街中を全身全霊を以て警備する事を命令された。国の上層部は誰一人として油断せず、その夜は一睡もせず。

 

 ──翌日、起き上がる事が出来た者は──ただの一人だけだった。

 

 

 

 

 

 

「何を読んでいるんだ、ジュニ」

「日記ー」

「へぇ、そんなものを付ける習慣があったのかお前」

「なにー? ずぼらなヤツだ、って言いたいワケ~?」

「ああ。その通りだろ?」

「その通りでーす」

 

 大学の構内は、少しだけ慌ただしい。なんでもかのテロ組織ABSが、この大学にほど近い図書館を次なる標的にする、と宣言したらしいのだ。ここの学生も良く使う図書館で、だから絶対に近づかないように、との触れが出た──にも関らず、大学生たちはどこか浮かれ気分で、「近く行ってみるか?」とか、「動画撮ろうぜ」とか。

 まぁ、あまりにもモラルに欠けた言葉で談笑をしている。

 それらに我関せず、でいるのがこのいつもの四人。

 

「イアン君、ちょっと聞きたいんだけど……」

「ん。ああ、経済? ならジュニに聞いた方が……」

「でもジュニちゃん今読書中みたいだし、だし、その……イアン君に、教えてもらいたい、という、か……」

「あー、イアン。私今読書中だから。暇じゃないから。その辺よろしく~!」

「お互い、馬には蹴られたくないな」

「ねー」

 

 イアン・エンハード。陽下藍沙。ティニ・"ジュニ"・ディジー。大吾・ウェイン。

 仲良し四人組としてそれなりに知られている四人だから、今の話題についてこない──ノリの悪いと思われても誰ぞかが突っ込んでくる事は無い。見るからに腕っぷしの強い大吾がいることもあってか、入学初期こそ男女グループということでとやかく言われたり突っかかられたりしたものの、今は背景と同じだ。

 同じで──誰も彼らの話を聞かないから。

 ちょっと簡単な符術を使う事で、こんな公の場で秘密の話も出来てしまう。

 

「……オッケー、防音と認識阻害の結界出来たよ」

「あぁ、ありがとう、ジュニ。藍沙も……いいかな」

「うん。今は勉強よりエヌちゃんだもんね」

「陽下は勉強だけじゃ……おっと、睨むな睨むな」

 

 少しばかりのじゃれ合いをしつつも、真剣な顔でその話し合いは始まる。

 

「行くんだよね、イアン君」

「うん。僕の異能を育てるために」

「人々を救うため、じゃないの~?」

「あはは、ジュニ。僕ら、そういう集団だったっけ?」

「言ってみただけ。……けどさー、その話ホントなの? ぶっちゃけ信憑性薄いっていうか、"終わり"に突っ込むなんて……ショーキのサタじゃないっていうか」

「それについては同感だ。あのアズという男の情報なのだろう? あの時一度会ったきりだが、あれは()()()だぞ」

 

 周囲の浮かれ学生と同じく、話題はABSについてだ。

 ただ、その目的が違う、というだけで。

 

「うん。わかってる。あの人は"本当の事を混ぜて嘘を吐く"ってタイプの人だ。けど、僕に対しては結構本当の事を言ってくれていると思う」

「何故そう思う?」

「オーディアが信頼してたからだよ。オーディアは子供を殺すヤツを許さない。子供を利用するヤツを許さない。彼曰く、僕達は四人とも、まだ子供らしいからさ」

「え、イアン君……もしかして一人であのお爺さんに会ってきたの?」

「いや、アズの所に行ったらたまたま同席してね。少しだけ、あの人についても理解できたよ」

 

 そういえばそれは話していなかったね、と、イアンは先日の出来事の全てを話す。

 異能を育てたい、とだけしか明かしていなかったのは、他の三人にアズへの嫌悪感を抱いてほしくなかったからだ。だからイアンはその手の由来もまだ明かしていない。

 ただ、自身の異能が「終わらせる」のではなく「終わらせない」ものであったと教えられた事だけを話して、だからこれからは、もっと危険な事をするつもりだよ、と。そう宣言したのだ。

 

「ま、イアンがやりたいってゆーんならいーんじゃない? 私は二人と違って異能とかないし、感覚わかんないけどさ~」

「……問うが、イアン。それは、俺にも適用されるのか?」

「多分、としか。でも、たとえ適用されるのだとしても、今回はやめた方が良いと思う。まだ僕があの図書館規模のモノを停められるかもわかっていないし、大吾をちゃんと停めておけるのかも──そして、動きださせることが出来るのかも、わかってないんだ。もっとたくさんわかってからじゃないと、そんな危険な事はさせられないよ」

「完全なブーメランなんだが、お前らどう思う?」

「今回は諦めなよ、大吾。そこで涙目でぷるぷるしてるコが我慢してるんだからさ」

「……そうだな」

 

 イアンが気付いているかはともかく、藍沙がイアンを好いているなど明白だ。

 大吾にとってもジュニにとってもわかりきっている事で、けれどその藍沙がイアンを止めていない、となれば。

 

「藍沙」

「……イアン君」

「僕は、大丈夫だから。今回ばかりは見守っていてくれないかな」

「……うん。わかった」

 

 もし失敗すれば。

 もしアズの情報が嘘なら。

 今回ばかりは、など──その先など無いというのに。

 

 でも、藍沙はイアンを信じる事にした。

 アズを信じるイアンを信じる事にしたのだ。

 なればもう、大吾やジュニの口を挟める余地はない。

 

「そろそろ行こう。……見守っていて欲しいとは言ったけど、その前に起こるだろうABSとの戦闘は、情けなくも助力を求めさせてもらうけど……いいかな?」

「それを情けないって思う俺達だと思ってるのか?」

「あはは、ごめん。そうだったね。……あくまで主目的は、"終わり"の停止だ。けど、まぁ、僕だって他人に死んでほしいと思ってるわけじゃない。だから、手の届く範囲くらいは助けよう」

「おう!」

 

 彼らは決して正義の味方ではない。

 だから、彼らは彼らのやり方で。

 

 そして──彼女は彼女のやり方で。

 

 

 

 

 

 

 図書館は、完全封鎖されている。

 ABSが宣言を出した直後、立入禁止措置が為され、中にいた人間にも退却命令が下ったためだ。館員も司書も利用客も素直にそれに従ったし、周辺住民も避難をした。

 だからここには誰もいない──はずだった。

 

「ん~、やっぱりニンゲンっていいよねぇ。危ないモノだってわかってるのに、日常が退屈過ぎて、こうやって──見に来ちゃうんだから」

「あァ、『箱庭』の奴らはコレを未来に遺そうとしてるんだ。笑えるよな」

「うん。うんうんうんうん! やっぱりコレはイイコトだよねぇ。未来の人間達のために! 人々の為に! ──今ある悪性腫瘍は、ぜーんぶ殺さないと」

 

 静かな館内で、キャピキャピとした声が響く。

 テロ組織Abusurdusが第一位、エメト。青藍に例えられる藍い髪を振り回し、右手に持ったショットガンをくるくる回して、背中のもう二本とでジャグリングをしたり、弾薬でコイントスをしたり。

 その後ろを静かに歩くのは、ABSのボス、エウリス・ビーダ。ワインレッドのスーツは図書館に余りに相応しくないが、適当に本を手に取っては中身を漁り、投げ捨てるその様はどうにも"サマになっている"と言えた。

 

 そしてもう一人。

 

「溺れそうです。暑い。苦しい。だから彼らは飛んでいかなければいけません。違いますよ」

「おう。……なぁエメト、今の言葉の意味、わかるか?」

「いやいや。ボスがわかんなかったらボクにもわかんないって」

 

 黒白の球体を周囲に浮かべる、少年のような、少女のような、あるいはそのどちらでもないかのような存在。図書館の本棚──とりわけ"状態の悪いもの"からもその黒白の粒子は溢れ出て、ソレの周囲に集まっている。

 ABSの第四位、イーリス。

 エメトからすればどうして連れてきたのかわからない程意思の疎通の出来ない存在。言っている言葉は理解できるけど、それが何を意味するのかが全く分からない。煽っても罵っても言葉が通じているかどうかさえ怪しいので、アリアス同様ツマンナイ存在だ。

 ただし、その能力だけは──買っている。

 

「んじゃ、頼むぜイーリス。こんな扉は──」

「あ、ボクがやるよボス! はいバーン!」

 

 封鎖された図書館の扉が、ショットガンにより吹っ飛ばされる。

 解放されたのだ。扉が。

 そして──イーリスが。

 

 

 ()が起きた。大波だ。

 怖いもの見たさで集まっていた野次馬が。その瞬間をおさえるためにと集まっていたマスコミが。

 そしてそれらを押さえる警備兵たちが。

 

 皆、こぞって──図書館に集まり始めた。

 解放された場所に。他は閉じているから、開いた場所に、我先にと群がっていく。

 

「美しい花が咲いています。夢は破裂し、星は落ち、最後に残ったのは兎と鶏。はい。でも苦しいのです」

 

 何事かを呟くイーリスに。

 その身に──人が、人が、ヒトガヒトガヒトガヒトガヒトガ。集まってくるのだ。群がってくるのだ。あれを、あれを、あれなるものを、我が物に。我が手に。我が腕に。私のものに。私に寄越せ。寄越せ寄越せ。あれを奪え。あれは要る。あれが欲しい。あれを手にしなければならない。あれが必要だ。欲しい。奪え。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。あれが。

 

「笑っていますか?」

 

 ──欲しい!

 

 破壊された自動ドアは、強化ガラスに大きく円形の穴が開いているに過ぎない。硝子特有の鋭利な断面はそのままだし、内側から吹き飛ばしたのだ、外側にはその破片が散乱している。

 けれど、そんなことはお構いなしだ。

 どれだけ狭い穴だろうと、どれだけ危険な地面だろうと──自らが、誰よりも早くソレに辿り着けるのなら、と。

 

「鏡の向こうには島があるのです」

 

 欲しい!!

 

 群がる。群がる。集まる。集う。その小さな穴に、云百、云千という人間が集まっていく。そう、最早野次馬だけではない。避難していた周辺住民まで──小さな子供や老人までもが立ち上がり、身の着のままに走り出す。走り出して、駆け付けるのだ。そこへ。図書館へ。

 イーリスのいる場所へ。

 

「うっはぁ、凄い凄い! ガラスの穴から、ニンゲンの上半身だけがひしめき合ってるよボス! なんだっけあれ、イソギンチャク? これアートとしてもいいかもねー!」

「余程欲しいんだろうよ。ま、勿論これだけに終わらねえ。そら来るぞ──第二波だ」

 

 欲しい。欲しい。欲しい。

 ああ、欲しいのに。

 前が詰まっている。前にいる。誰かがいる。誰かがいて、辿り着けない。

 なら。なら。なら。であるならば。ならば。それなら。だったら。

 

 ──退かせばいい。

 

 グチャグチャという肉を引き裂く音と、獣が如き唸り声と、断末魔。

 それらが一斉に響き始める。

 先程エメトがイソギンチャクと称した前方最前列の人間達。その頭が、首が、耳が、腕が。

 千切られて、引き裂かれて──退()()()()()()()

 

 ──邪魔だ。邪魔だから、邪魔者は全部殺して、自分だけがアレを。

 

 後続が、詰まっているニンゲンが、前にいるジャマモノを殺す。だって邪魔なんだ。あれを手に入れるためには、邪魔なものは排除しないといけない。

 アレが欲しい。欲しい。当たり前だ。生物なら、人間なら、絶対にあれが欲しい。

 

「邪魔をするなァ!」

 

 それが誰の叫びだったのかはもうわからない。

 だって既にそこには、あの「最悪のメイデイ」と同じく──阿鼻叫喚の地獄が形成されていたから。

 死体が、血塗れになった何かが、それでもそれでもそれでもと、噛みついてまで、縋る。諦めない。絶対にあきらめない。欲しいから、諦めない。欲しいから、邪魔なものは蹴散らしてでも。

 

「柔らかいですね」

 

 誰も気づかない。

 エウリスとエメト以外は、気付かない。

 図書館からも、人々からも。

 黒白の粒子がイーリスの元に吸い寄せられて行っている事など気付かない。気にしない、という方が正しいだろう。

 

 最前列のダレカだったナニカが「終わった」事に等、だれも気付かない。邪魔だからと退かされた肉塊が消失している事に等、誰一人として気付かないのだ。

 

「そろそろ広まったか。なら、イーリス。奥へ来い。エメト」

「ん。他の入り口もぶっ壊して、入ってくる奴全部殺す、でしょ?」

「あァ、頼むぜ」

「りょうか~い!」

「青い花は好きですよ」

 

 そう、この地獄は、まだまだ始まったばかりなのだ。

 

 

 

 

「ッ~……みんな、大丈夫!?」

「……ああ。一瞬、持ってかれかけたが」

「僕も大丈夫。けど、藍沙が……」

「……欲しい。欲しい。ほし──」

「必殺麻酔針!!」

 

 その波に気付くことが出来たのは、ひとえに()()()というヤツだろう。

 咄嗟に符術を展開し、全員を囲った。藍沙が間に合わなかったのは、自分程度の符術で囲うには大きすぎるからだろう。なので問答無用で眠らせる。人間、眠らせたら基本勝ちだ。

 

「今回ばかりはナイスって言っておくよ。ありがとうジュニ」

「任せて~。……とは言ったけど、状況やばいのは変わんないっていうか、結界(コレ)解けたら周りと一緒になるよ」

「うん……これがABSの仕業であるのは間違いないけど、こういうタイプのを使ってくるっていうのは、僕の調査不足だったな……」

「後悔は後にしろ、イアン。今はどうするかを先に考えろ。ジュニの符術もそう長くは持たんだろう」

「あと二分が限界かな!」

 

 符術は込めたリソース量によって強度や効果時間が変わる。今回は咄嗟過ぎて簡易結界しか張れなかった。重ねがけという手段も常時なら仕えたのだろうが、周囲のリソースがほぼ完全に抑えられているこの状況ではかなり厳しいと言える。

 新しい毒の配合とか芸術点の高い罠とかだけじゃなく、もうちょっと符術も勉強しておくべきだったと反省。

 

「……僕の異能で、みんなを停める。多分それで、対抗できると思う」

「成程。それで行くか」

「オッケー!」

「……軽すぎない? さっき話したよね、再度動かせるかはわからない、って」

「なら、このまま周囲の奴らみたいになれというのか、イアン」

「拒否とか選択肢にないって! てゆか早く早く~! 切れちゃうよ、結界!」

 

 こういう時に判断が遅いというか、こっちを気遣いすぎるのがイアンの悪い所だと思う。

 やるしかないなら躊躇わずにやれ。ばーかばーか。

 

「──わかった。大吾。ジュニ。藍沙。僕は君たちが大切だから──"終わってほしくない"」

 

 結界が解けるのがわかる。恐ろしい魔の手に耐えきれず、その壁が瓦解する。

 早く異能とやらをかけてよ、と文句を言おうとして──ようやく気が付いた。

 

「……これは」

「なに、これ」

「……僕達の想像以上に不味い状況だ、って事は確かだね」

 

 イアンが藍沙を姫抱きにしながら、言う。

 異能、「終わらせない」──転じて"停める"という異能は、確かに作用しているのだろう。いつの間にか。あるいは彼が「終わってほしくない」と呟いた時にはもうかかっていたのか。

 自らに無いものであるが故にその発動速度への理解が浅い。文句は言わなくて正解だった。

 と、まぁそんなことよりも。

 

「人が……」

「誰もいない、ね。道路だけじゃない、家の中にも……気配がしない」

「──車もない。てゆーことは」

 

 二人が図書館の方を見た、その瞬間。

 巨大な爆炎が、その方向に上がった。──掻きむしるような断末魔と共に。

 

「ジュニ、藍沙を……って、ジュニ!?」

「大切な彼女なんだから、自分で守っとけばーか!」

 

 走り出す。着いてくるのは、大吾。

 イアンは後から来るだろう。なれば自分達の役目は──露払いだ。

 

 最悪、私は別にどーなってもいいしね。

 

 

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