作:Trefoil Knot / 試行存在

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 現場は凄惨たる有様だった。

 赤が二つ。

 血肉の赤と、爆炎の赤。

 

 そこが図書館であったなど、誰がわかるだろう。その周辺の家々にも多くの車が突っ込んでいたし、それに轢かれていた人間も少なくはない。

 

「どう、大吾。なんか見える?」

「正直者が多すぎて、俺の眼は使い物にならんな」

「そっか。じゃ、ちょっと大盤振る舞いで行くから──イアンには言わないでね」

 

 ポーチから取り出すは黄色の液体の入った試験管。色は別に付けなくても良かったのだけど、付けた方が可愛いので着色してみたヤツ。

 それを――強い踏み込みと共に、図書館へ向けて投げる!

 

「マッチ一本──火事の元!」

 

 取り出すのは短針。可燃性の液体に付け込んであったそれを、爪に仕込んだストライカーに撫でさせて着火。自身や大吾がその爆炎に巻き込まれる前に射出し、宙にあった試験管に直撃される。

 

 直後、大爆発。広範囲に散布される黄色い液体はすぐさま気化する。上昇し、けれど上空にて冷却された気体は。

 

「これ付けて」

「先に渡せ」

「ごみんごみん」

 

 図書館の周辺に、雨となって降り注いだ。

 

「……麻痺毒、か?」

「ケッコーキツイ奴ね。法的にはふつーにアウトだし、直接吸引したら丸二日は痺れが取れないと思う。符術練り込んであるから耐性の無い一般人は勿論妖魔にも効きまーす!」

「法的にもなにも、お前の使う毒は全部アウトだろ」

「てへ」

 

 ガスマスク越しに呆れた声が聞こえる。

 自身は耐性があるから問題ないものの、わざわざ味方の戦力を削ぐ事は無い、と思ってのガスマスク譲渡。もしかしたら要らなかったかもね~? なんて心の中で嘯きながら、結果を見る。

 

「……とりあえず外にいる奴らは全員止まったな」

「そう作ったもん。あ、そろそろ外して大丈夫。残留するタイプじゃないから」

「そんな恐ろしい毒を持ち歩くな」

「こんなこともあろうかとってね~」

 

 とりあえず、ゾンビが如く図書館に群がっていた奴らは止まった。「あがが」とか「ぐがご」とか、言葉にならない音を発して、どうにか動こうとして、けれど動かない。麻痺毒、なんて。いやいや、そんなあまっちょろいものは使いませんよ私。

 ケッコー危険な神経毒です。あとで解毒しないとヤバイタイプの。

 

「中もヤバそうだから、行こっか」

「ああ」

 

 図書館の入り口は四つ。そのどれもが破壊されているけれど、爆炎が上がっているのは正面入り口だけだ。その他は使える──といっても肉の塊が詰まっているけど、それはまぁ退かせばいい話で。

 

「とつげきーぃ!」

「おいそれ濃硫酸じゃないだろうな」

「せいかーい!」

 

 既に事切れた肉塊に振りかけて、溶かして。

 侵入成功である。

 

 

 

 

 中も大変な有様でした。

 少しはマシかな、とか思ったけど、本にはべったりと血糊が付いているし、肉片もへばりついているし、歯とか目とか、もう見るに堪えないグロテスクなもののオンパレード。

 丁度私と大吾がそういうのに耐性あってよかったねー、って。藍沙は平気なフリするけど、結構苦手だろうし。人死にに対してはそうでもないっぽいけど。

 

「前方、貸出カウンター。複数の正直者が群れている」

「お、良いじゃんそのセンサー。常々思ってたんだよね、大吾のそれは熱感知とかの代替になる、って」

「そんな便利なものじゃないが──後ろだ!」

「知ってる!」

 

 耳をつんざく発砲音は、ショットガンのものだろう。

 咄嗟に本棚の陰へと隠れた大吾と、特に隠れはしない自分。

 

「……あれあれあれぇ~? おっかシいなぁ、今の食らったら、上半身ぶっ飛ぶように設計してあるんだけど」

「溶かしたからね~。私特製超超超濃厚フルオロ酸! 速化・弱化符術込み!」

「ジュニ、任せるぞ」

「あいさー!」

 

 本棚の陰から貸出カウンターの方へ駆けて行く大吾に、振り返らず返事をする。

 大吾ならまぁ、大丈夫だろう。大丈夫じゃ無かったら、それはまぁ残念だけど。

 

「えー? おねぇさん一人がボクの相手? ツマンナイなぁ、あの子はいないの? オーディアの腕を奪ったって言う、"終わり"を操る男の子!」

「今は彼女といちゃいちゃしてるんじゃない?」

「そっかぁ。ま、恋人との時間は大切だよね。もうすぐこの世界は終わっちゃうんだからさ」

 

 一度、二度、三度。

 胸を張って腰に手を当てる動作、見えていないだろう大吾にサムズアップをする動作、そして髪を後ろに流す動作の中で、三度短針を目の前の敵に投げつけた。が、全部避けられた。

 

「ふぅん? おねぇさん、可愛いのにさ、えげつないね。外の人間ヤったのもおねぇさんか。酷いことするよねぇ、もうちょっとで彼らも綺麗なアートになれたのにさ、神経を侵される痛みに沈む、なんて」

「死と苦痛、どっちがいいと思う?」

「あっは! そりゃいい質問だ。なんとも選び難い。いや、いいね。ごめんね、さっきツマンナイとか言って。君は──多分、あの四人の中で、一番面白そうだ!」

「当然! あんなフツーの子達と一緒にしないでよね。だって私は──」

 

 射出する。隣の本棚の隙間から、毒針を。

 それを避けたら、その下の段から酸のスプレー。バックステップをしようものなら可燃性の気体に包まれて──。

 

 図書館中を走る紅炎。

 かろうじて無事だった書籍も、奇跡的に惨状から逃れていた本も、散らばった肉片も、全てが炎に包まれる。

 

「うわわっと、あっぶな──ッ!?」

「暗殺者なんだから」

 

 そしてそれを避けると──展開の早い転移術を使うだろうことも、織り込み済み。

 逃げる場所が屋上、図書館外であろうことも、万が一を考えて貯水タンクの上であろうことも、爆炎の噴き出す四方の入り口を覗き込む事も、全部想像通り。

 であるならば、そこに刃を置けばいい。

 人体など簡単に切り裂ける刃を一つ、置けばいい。

 

「……オッケー。わかった。君、こっち側だ。何人殺したの? もしかして、ボクより多いんじゃない?」

「うわ、首に刃がめり込んでてもその調子なんだ。命乞いでもしてくれたら色々聞き出せたのに」

「そりゃそうさ。だって別にボクは別にしたくないわけじゃない。そもそも──」

 

 退く。貯水タンクの上から、屋上の端にまで。

 直後パァンと弾ける敵の身体。そういう異能か、符術か。とにかく知らない技法の身代わり。用心して──背後、足場のない中空に向けて短針を飛ばす。

 

「わっはぁ! 凄いな、今のもわかるんだ!」

「当然でしょ。建物の端っこ。背水の陣。後ろに来ることがないってわかれば人は安心する。そんな狙いやすいトコ、狙わないはずがない」

「いいね、ホントにいい。ね、おねぇさん。名前教えてよ。あ、ボクはエメトっていうんだ。ABSで第一位やってる」

「ユン。人を殺すときは、そう名乗ってる」

 

 作り上げていた人格を剥がしていく。

 テーマは「ダル絡み美人」、だっけ。あの人の言った命令の一つ。

 でもそれは今、いらないので。

 

「おっけおっけおっけー! ユン。一度だけチャンスを上げる。ABSに入りなよ。多分君なら、第二位になれるよ。アリアスなんか蹴落として上がって来れる。君程の逸材、殺すのが勿体ないもん!」

「馬鹿言わないでよ。第一位でしょ、もし入るとしたら、だけど」

「──じゃ、やろうか。第一位の座を争って、戦おう」

「一瞬だよ。何も感じず、何も残せず、何も言えず、何も成せず──瞬く間に殺してあげる」

 

 私は、ユン(Jun)

 用途は暗殺──でも、正面切って戦うというのなら。

 ずっと止められていた、自死の続きを、始めよう。

 

 

 

 

「……」

「おゥ、上が気になるか? ま、安心しろよ。エメトはそこまで強かねえからよ。割と簡単にあの嬢ちゃんにやられちまうんじゃねえかな」

「……その言葉の真偽はどうでもいい、が。ソレの妨害をする俺を妨害する気は無いのか」

「無いね。やる意味が無い」

 

 ソレ。

 大吾の指差すソレ。

 肉塊だ。肉の塊だ。黒白の粒子が漏れる、肉の塊。

 老若男女がぐちゃぐちゃに詰まった塊。

 

 一人ずつ、一人ずつ、剥がしていく。それでも尚縋ろうとする者は、手足を踏み潰す。

 

「おーおー、ひでぇな兄ちゃん。ソイツらはイーリスの魅了にアテられただけの一般人だぜ? 可哀想だと思わねえのか」

「ああ、思う。心底心を痛めていてな。出来ればやめさせてくれるか」

「残念だが、そりゃ無理だな。イーリスの魅了は常時発動って奴でよ、コイツが転移なりなんなりでどっかに行くか、符術で結界張って封じ込めてやんねーとどうしようもないんだわ」

「水たまりの無い場所を歩きたいですね」

「……だ、そうだが」

「あァ、イーリスの言葉はあんまり意味ねーからマトモに受けんなよ兄ちゃん」

 

 剥がして、剥がして、剥がして。

 ようやくそれが見えてきた。

 

 黒と白に囲まれた、少女か少年かわからない容姿。これほどの肉塊に囲まれていながら、血肉の一片足りとて付着していない。どころか、それら粒子に触れた肉片が同じく粒子へと変化していっている。

 

「……リソース化、か?」

「似たようなもんだ。俺達は妖魔化って呼んでる。が、妖魔はリソースの差圧で生まれるモンだからな。リソース化でもいいよ。好きに呼んでくれ」

「……コイツ、妖魔か」

「ああ。見たらわかんだろ。サキュバスとインキュバスのハーフで、双方の魅了を一身に引き継いだハイブリッドだよ。普通の人間が見ると、欲しくて欲しくてたまらなくなるんだそうだ。魅了されて、そのリソースに焦がれて、潰れて潰えて集って群がって殺し合って、まぁこの有様さ。あァ、外の連中も館内の連中も、"この有様"とは言えねえ有様になってるみたいだが」

 

 ようやく全てを剥がし終わった。

 その顔を直視しても、何も起きない。イアンのかけた"終わらせない"という異能はしっかり働いているらしい。

 その上で、見る。

 

「欠けた荷物は遠いですか?」

「嘘を吐くな。お前はそれを知っている」

「笑っていると思います」

「それは、その通りなのだろうな。お前にとっては……そうなのだろう」

「雨は固まりましたが、息は出来ないままでしょうか?」

「いいや。それだけではない。お前が知っている世界より──知らされている世界より、この世界は狭い」

 

 ポト、と。

 何かが落ちる音がした。

 それは──煙草。咎めるように見れば、バツの悪そうな顔と共に、その煙草が踏み潰される。

 

「いやよ、驚くだろ。誰だって。……わかるのか、イーリスの言葉が」

「言葉はわからん。恐らくは異国の……あるいは異世界の言葉を無理矢理に翻訳しているような印象だ。だが、言いたい事はわかる」

「……へェ。お前、心が見えるのか」

「少し違う。俺に見えるのは(コア)だ。(コア)の色が、俺には見える」

 

 正直に言う。 

 自分だけわかっている、というのは、フェアではないから。

 そして相手──ABSのボス、エウリス・ビーダが、心の底から驚いているのもわかった。

 

「すげぇな、いや普通に。異能持ちがそんな集まるコトあるかよ。エヌにイアンに、お前。上の嬢ちゃんはなんか持ってねェのか?」

「知らん、というのが正直なところだ。何やら重い過去がありそうだが、聞いたところで何も出来ん。ならば聞かん」

「いいね、さっぱりしてる。シンプルな奴は好きだぜ、俺ァ」

「海が渇きました」

「──嘘を吐くなよ、イーリス。それについては、理解できるはずだ」

「……」

「ホントに理解できてやがんな。いや、殺人能力とかどうでもいいから、普通に翻訳家として雇われねえか? ウチに。イーリスの言葉が分かる奴なんて初めてだ、貴重過ぎる!」

 

 エウリスは、子供の様にはしゃいで言う。

 これも正直だ。この男はさっきから本当に本当の事しか言っていない。

 

「魅力的な提案だが断ろう。俺には守ってやりたい奴がいる」

「イアン・エンハードか? それとも上の嬢ちゃんか?」

「どちらかといえば前者だな。ジュニは別に、一人でなんとかできるだろう」

「──じゃ、イアン・エンハードを殺せば、お前を縛り付けるものはなくなるな、兄ちゃん」

「……今の言葉の、何が嘘だ。エウリス・ビーダ」

「へェ! すげぇ! そこまで見抜くのか!」

 

 テロ組織のボスとして何ら間違いのない、間違いなく悪者の言うようなセリフは、けれど嘘に映った。

 その後の驚きに嘘はない。試されたか、あるいは本当に騙せると思っていたのか。

 

 何が嘘だったのか。

 

「……イアンを殺すつもりはないのか?」

「おゥ、正解だ兄ちゃん。あれを殺すなんて勿体ねえことしねぇよ。んで、そろそろ時間だ兄ちゃん。上の嬢ちゃん連れて逃げな。"終わる"ぜ、ここ」

 

 その言葉に、嘘はない。

 だが──。

 

「おいおい、これはマジだぜ? 馬鹿野郎、お前は貴重な人材なんだから──」

「お前にも知らない事があると知れた。十分だ。邪魔をするつもりがないのなら、邪魔をするな。俺はコイツと話がしたい」

「地図が欲しいです」

 

 俺達は"停められ"ている。

 だから"終わらない"。そう、判断した。

 

「それは嘘だ、イーリス。お前にとって、それは大事なものじゃない」

「一粒の涙が欠落しています」

「ああ。嘆かわしい事にな。そして──本意じゃないんだろう?」

「!」

 

 周囲。

 イーリスへと吸い込まれる黒白の粒子が増大する。

 ジュニによって焼かれた本から、死に絶えた肉塊達から──そして貸出の許されていない書籍から、あるいは、禁書の類から。

 

「嫌なんだろう。嫌いなんだろう。決して、お前は──誰かを傷つけたいなどと、思ってはいないんだろう」

「……生きていれば、破裂した腕と腕が、いつか届きます」

「嘘だ。そんなことはないとお前自身が知っているはずだ」

「ならば雨は、止みますか。硝子よりも美しい果実を、彼らは口にします」

「ああ。……それが弔いとなるんだろう」

「うおf@‘t;おいrhえf3.kw@d)4t?」

「そうだ。そしてそれは、お前にしか為せない。贖罪のつもりなら、それは間違いなんだ」

「……最後に至っちゃ言語になってさえいないんだが、なんか納得があったのか?」

「溜め込んだリソースを解放する。コイツはずっと、自分の魅了が嫌いだったんだ。魅了で殺してしまう事が嫌だった。けれど、殺してしまったからには、償わなければならないと──せめて、本来生きる事が出来ていた時間を、自分と共に生かしてやろうとしていた。だからこれほどのリソースを貯め込んでいた」

 

 だけど、それは。

 それが救いになるなんて──コイツ自身、そんなことはないと、わかっていたんだ。

 ただ利用されているだけだと。ただリソースの貯蔵庫として使われているだけだと。

 

 だから、弔いとなるのならば。

 世界に還してやるのが──摂理であると。ようやく、理解した。

 

「……ッ、エメトォ!」

「わぁナイスボス! 今まさに殺されそうだったんだ強制転移ありがとう!!」

 

 簡易転移の符術。現れるは、両腕をどろどろに溶かされた青年。

 

「コイツを殺せ!」

「コイツ? オッケ──」

「ちげぇ、イーリスの方だ! 早く──」

「え?」

 

 泣いている。

 涙を流している。

 イーリスは、涙を流して、手を組んで──祈りを上げる。

 

「お母さん。お父さん。一族のみんな。私達を滅ぼしたハンターの皆さん。私が殺してしまった数多の人々。どうか──安らかにお眠りください。今まで、申し訳ございませんでした」

 

 そう、俺達にわかる言葉で。

 その瞬間──ソレが弾けた。

 

「ッ、エメト、退散だ! 巻き込まれんぞ!」

「なにがなんだかわからないけど了解! 長距離転移陣──」

「行かせるワケないでしょ」

「ギッ!?」

 

 どこぞより現れたジュニが、一度だって聞いたことのない冷たい声で言う。言いながら、刺す。

 エメトの心臓──それを背中から、ナイフでグサりと。

 

「──発動! へへ、残念だったねユン! ボクの心臓は、そんなとこにないのサ!」

 

 転移の光。

 それは、イーリスを巻き込まず、エメトとエウリスだけに作用する。

 

 消える二人。

 

「し損なったか……」

「ジュニ」

「ん……あ、何~? もしかしなくてもなんだけど、やばい状況だったりする?」

「わからん」

 

 ぱっと切り替わる彼女にも色々と思う所があるが、まずはイーリスだ。

 祈りの姿勢のまま──膝を突き、その身から目に見える程のリソースを放出している。

 

「……死ぬつもりか?」

「はい」

「止めはしない。だが……」

「ご安心ください。私は溶けます。貴方達を巻き込むことはありません」

「そういう話をしているんじゃない。お前がここで全リソースを放ったら」

「無が私を蝕むでしょう。でも、大丈夫。『箱庭』にはなんら影響を与えません。『箱庭』の主導者にお伝えください。"ありがとうございました"と。"貴方と出会わずに済んで、正解でした"と」

 

 溶けていく。

 まるで水が浸み込むかのように、イーリスの身体を──「終わり」が蝕んでいく。

 限素が寿命を迎えたのだ。リソース化したのだ。自らそうなった者を。自らが終わり行く者を。

 

 大吾はしっかり、その眼で見た。

 

「お前の、(コア)は」

「見えますか? 私の前が。昔が。ふふ、見なくてもいいのですよ。"前のその前"──ああ、最後に助言を。貴方に。私を救ってくださった貴方に、最期の言葉を伝えます」

 

 もう、身体に原型は無い。

 喉や口にも「終わり」は侵食している。けれど、イーリスはにっこりと笑って言うのだ。

 

「この世界は終わります。それはもう、どうしようもない事実です。でも、『箱庭』になら残せるものがある。遺してください。貴方のような、素晴らしい方を。貴方のような、勇気ある心を。あの"終わり"無き幻想を──」

 

 そうして。

 イーリスは、完全に。

 

 この世界から消滅した。

 

 

 

 

 そうして巻き起こるは──リソースの奔流だ。

 さらにはエウリスの予告通り、図書館全体が、その敷地の全てが「終わって」いく。

 真っ白い暗闇に、真っ暗な輝きに、けれどそれが二人の身体を蝕む事は無い。「終わらせない」異能はしっかり働いている。

 

「大吾! ジュニ!」

「重役出勤だな、イアン」

「結局負ぶってきたんだ。優柔不断過ぎじゃない~?」

 

 眠った藍沙を背負ったまま現れたイアンに、二人して茶々を入れる。

 藍沙にも「終わらせない」異能はかけられているようで、イアン本人含め、変化はない。

 

「ごめん、時間をかけすぎちゃった。……これは、"終わり"始めてると見ていいんだよね?」

「ああ。だが、少しだけ待ってくれないか? そこのリソースだけは、停めないでほしい」

「そこのリソース?」

 

 大吾とジュニの背後。

 美しいリソースが、天へと上がっていく。

 図書館全体の「終わり」とは違う──何百を生きた妖魔の最期。

 

「……そういう、指定が出来るかどうかはわからないから……大吾がそういうなら、今回は使わない事にするよ。アズ曰く、"終わり"を浴びるだけでもいいらしいから」

「そうか。助かる」

 

 天へと昇るリソース。

 それに、大吾が触れる。

 

「……ああ。それは、嘘じゃない。だから安心して行け。どうにか、辿り着いて見せる」

 

 ──同時。瞬間。直後。

 

 大規模な「終わり」が図書館全体を覆った。

 球形に抉り取られるようにして起きた「終わり」は──イアン達四人を地の底へ真っ逆さまに突き落とす。

 

 突然すぎて、唐突過ぎて。誰も「嘘だろ」とか「嘘でしょ」とか「むにゃむにゃ」とか「それは聞いてない!」とか言う暇もなく──彼らは地底に落ちていったのだった。

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