ㅤ 作:Trefoil Knot / 試行存在
「そもそも珍しいわよね。貴方がアポイントメント無しに誰かの元に来る、なんて」
「何、少々事情が込み入っていてね。立て込んでいる、と言い換えてもいい。僕とて不本意の来訪なんだ、アルコールの類は遠慮させてもらおう」
「へぇ、なんでもスケジュール人間の貴方にも、想定外の事はあるのね」
「最近は想定外尽くめでね。このようにノートPCを持ってはいるが、電源の入らないガラクタ……つまりポーズさ」
「それは知っているけれど」
彼は基本、無駄な行動をしない。それは嘘ね。無駄なガラクタを持ち歩いているくらいには嘘。
でも何か意味がある。その行動には、必ず意味が付随がする。
「単刀直入に聞こう。アズ、イアン達の行方を知らないか?」
「知らないわ。何、知り合いだったの?」
「大学の後輩だよ。サークルまで同じの、ね」
「それは驚き」
彼にも表の名前があるのだろう。ABSのウラナガは有名だから、平凡で結びつかない名前が。
そんなことよりも、もっと驚きなのは。
「貴方に後輩を想う気持ちとかあったのね」
「君は僕をとてつもなく非人間的な奴だと思っているらしい」
「違うの?」
「違うね。僕は必要な殺ししかしないよ、アズ」
必要な殺し。
さてはて、誰にとって必要か、なんて。
「まぁ、良い。知らないなら用はない」
「ちょっと待ちなさいよ。折角だから、情報交換でもしていかない?」
「僕にとって必要な情報を持っていない君と、何の情報交換をする、というんだい?」
「──貴方の妹さんについて、とか」
「……」
ウラナガが殺人者になった理由は至極単純──復讐だ。
妹を目の前で殺されている。下手人についてわかっているのは、恐らくこの国の人間である、ということと、男性である、という事だけ。目的は全く違えど、女性限定のシリアルキラーがアリアスで、男性限定の殺人者がウラナガだ。
妹を殺したのが誰なのかわからないから、この国の男全てを標的に復讐を行う──なんて。
見た目紳士的だけど、とっても、ちゃぁんと、狂っている男のコ。
「いいだろう。それで、僕から奪う情報はなんだ、アズ」
「奪うなんて人聞きの悪い。ま、カンタンよ。教えて欲しいのは、」
「エヌについて、であればダメだ。ボスから口止めされている」
「……いやねぇ、そんなこと聞かないわよ。えーと、あー。そう。うん。聞きたいのは……ああ、そうね。どうしてイアン君達の行方が気になっているのか、かしらね」
「さっき言っただろう。大学の後輩だから、だ」
「違うでしょう? イアン君はこの国の人間ではないから外すにしても──大吾君はそうだもの。貴方にとって殺すべき相手。その安否を気にする理由を教えて?」
ウラナガは復讐者だ。だけど、別に自らが絶対に手を下したい、というわけじゃない。死ぬなら死ねばいい。勝手に死ねばいい。他のメンバーの殺戮に巻き込まれでもして、勝手に死んでくれていい。そういうタイプだ。
「勝手に死なれては困るからだ」
「……それは」
「ウェイン。ウェイン姓。……ようやく掴み得た。妹を殺した男の名。掴み得た、というのは語弊があるな。思い出した、という方が正しい。思い出したくもないトラウマ──妹の死に際に、妹を殺した奴と、その仲間であろう奴がいた。そいつが確かに呼んだ。呼んでいたんだ。"そんなガキは放っておけ、ウェイン"、と」
「貴方、そんなに物覚え悪かったかしら。殺害されて"終わった"被害者全員のリストを出せるくらいの記憶力をしているのに」
「トラウマだったんだ。思い出すのには苦労した。……だが、あの少女。エヌに……いや、いい」
「ああ~、なるほど! 重ねちゃったのねぇ、妹さんと!」
成程成程、確かに年の頃は近い。
近いというか全く同じ可能性がある。三歳差。そんな子がいきなり殺人集団の組織に入ってきて、一ヶ月も二か月も一緒に過ごしたら──よぎるのだろう、悪夢が。あの時の、忘れたかった悪夢、という奴が。
「……こちらは払ったぞ。そちらの情報を寄越せ。アズ、妹について何を知っている? 何を掴んだ?」
「その前に、一つ確認したいのよね。ウラナガ、既に"終わった"西区について、貴方は知っていたかしら」
「符術協会の実験場のことか? あぁ、知っていた。悪趣味極まりない人体実験の場だろう。人間を
顎に指を当てて、一瞬顔を伏せて。
そして何も言わずに踵を返すウラナガ。
「あぁ、待ちなさい待ちなさい。その顔は"クソ共め今すぐに殺戮してやる"ってカンジだと思うけど、もうちょっとだけ待ちなさい。それは後でも良いから」
「……わかった。確かに僕らしくない感情的な行動だった。……教えてくれ、アズ。妹の
そう。
私がウラナガに渡す情報とは、それ。
西区を潰すときに、少しだけ気になって情報を集めた。符術協会の実験について、詳しく。
まぁ出るわ出るわの汚職事件だったのだけど、そんなのに義憤を燃やす性格ではないので放置。その中に、一つだけ気になるものがあった。
書類には──『妖魔の完全制御についての報告』と。
「符術協会は、本来リソースに触れたら限素を生み出すコアを、その状態のままに保存する術を有していた。ま、その手段は原始的……限素の壁でコアを覆ってしまう、というものなのだけど、それにしたってあそこまで密集した怨念というリソースが妖魔化しないのはオカシイのよ。だからもう一つ、符術協会は編み出していたの。いえ──完成させていた、というべきかしらね」
「……限素の檻無しに、リソースの最中にあってもコアをコアのままにしておく技術か」
「そ。彼らはその技術についてこう呼んでいたわ──『
「
"今回"ではない世界において、"今回"の妖魔……つまりリソースの差圧が悪魔と呼ばれたことはあった。けれどそれらプロセスとは全く違う段階を経て行われる──高次存在への昇華。
幽霊というのはコアだけの存在だ。だから、弱い。記憶を維持しているから他のコアよりかは強いけれど、やっぱり弱い。自らから溢れ出る怨念や情念で可視化まで持っていく事は出来ても、基本限素への干渉なんて出来ない。弱いから。
それに対し、妖魔は可能だ。限素構造物へも、限素生物へも攻撃が可能。干渉が可能。ただしコアを持っていないが為に本当の自我と呼べるものは存在せず、趣味嗜好はあれど同一目的によって動く。
「……記憶を維持した
「ま、そこは多分まだ実験中なのでしょうね。その技術……悪魔を造る技術。西区でもそれが行われようとしていた。ま、"終わっちゃった"けど」
「ふん、自然の摂理に抗ったんだ。神の怒りとやらに触れたのだろう。それで、早く言え、アズ。僕の気はそこまで長く持たないぞ」
「はいはい。……貴方の妹さん。リリー・多良戸、という名で合っているわよね?」
「間違いない」
「じゃ、こっちも間違いないわ。貴方の妹さんは今、符術協会が作りあげた異相空間にいるわ。そこにはありったけのリソースが溜め込まれている。多分、本来世界に還元されるはずだった分もどこかから掠め取っているはず」
「異相か。行く手段は?」
「無い……と言いたい所だけど、符術協会のこの計画の最終目標は、私にとって邪魔だから、手を貸してあげる」
私達が勧めている『箱庭計画』。その概要は、限素を用いない世界と模造魂を「終わり」で包み込んで、「終わり」から逃がす、というもの。「終わり」は「終わり」には干渉できない。けれどリソースは「終わり」に干渉出来る。
もし。
もしも、その
TKの管理する『箱庭』に、「世界の終わり」からさえも逃れたナニカが混入してしまう可能性がある。
それはあってはいけないことだ。
それはあってはならないことだ。
符術協会。どうせ全て「終わる」のだからと放置していたけれど、潰す必要が出てきてしまった。
「頼む。妹が生きていて……いや、生きてはいないか。でも、たとえ幽霊となってしまっているのだとしても、悪魔となってしまっているのだとしても、誰かに良い様に使われている、なんて……考えるだけで腸が煮えくり返る。どうか僕を、妹の所へ連れて行って欲しい」
「──対価を」
「コレでいいか?」
「ええ、いいわよ」
元より、こちらから手を貸す、と言っているのだ。
その電源の入らないノートPCでも、十分な対価になる。
「じゃ、今から行うのは、というか、起こる現象すべて。オフレコでお願いね」
「……」
左の掌に右の拳を強く当てる、
その拳を、少しずつ少しずつ、反時計回りに回転させていく。
これより行うは魔導──事象の改変に特化した符術でも、限素の改変に特化した錬金術でもなく、世界の改変に特化した、世界を造り変える技術。
「もう一つだけ、大サービス。ヒントをあげるわ」
「何?」
「ウェイン姓。私も調べたのだけど、それはこの国の昔……未だ戦争をしていた時代において、特別な功績を残した人間に与えられる勲章のようなものだった」
ガチン、と。
まるで鍵穴に鍵を通すかのように。それを回し切ったかのように。
何か硬質な音が響く。
「勲章……」
「──命を繋ぐ者。多くを助け、多くを癒し、多くを──護った者」
今度は時計回りに拳を回す。
現れる食歪み。ウラナガの周囲を、円形状に、球形に切り取るようにして、世界が波打っていく。
それは大きな金庫の扉のように、ずず、ずず、と凹んでいき──ああ、漏れ出でるはなんたる密度か。
「ちゃんと思い出してね、ウラナガ。貴方が殺すべきは──貴方の復讐対象は、本当は誰なのか」
「待て、知っているのか、アズ──ソイツを、誰なのかを!」
「その情報は、こんなチャチなものじゃあ与えられないわ~♪」
そうして、外れた。
ウラナガが
こことは異なる位相。似て非なる場所。本当はもっともっと、彼らの想定している何千倍も──「終わっている」世界に。
いってらっしゃい。良いユメを。
「……長いな。案内人、まだ着かないのか?」
「んー、もうちょっとなんだけどねー。あ、限素生物ってそっか、疲労って概念があるんだっけ?」
「ああ……そうか、妖魔には無いから」
「うん。どんだけ長く移動してもへっちゃらだよー」
暗闇を行く。
暗黒を行く。
案内人に連れられて、その背中だけを頼りに歩いていく。
もう明かりの符術は使っていない。リソースの無駄だから。大吾に担がれたジュニは眠っている。お腹が空いたらしい。ジュニを担ぐ大吾は何の言葉も発さないまま、疲れた様子もなく歩き続けている。
「……なぁ、ちょっとアンタの話を聞かせてくれよ」
「んー? いいよ、ちょっとだけね~」
「アンタは、どれくらいここにいるんだ? ああいや、妖魔だから……いつくらいに発生したのか覚えているか?」
「そんなに長くはないよ。十数年くらい。こんなはっきりとした自我を持ったのは、もっと最近かなー」
「そ、っか。……アンタは……僕達を、限素生物をどう思ってるんだ? 妖魔は……」
「他の妖魔と私を一緒にしないで欲しい、ってゆーのはおいといて、限素生物をどう思ってるか、かぁ。んー。むー。まぁ──気持ち悪いなぁ、くらいじゃない?」
「そ、それはまた、どうして?」
「感覚の話だから難しいんだけどね。私はホラ、見ての通り限素なんてもってないわけですよ。あ、今はこのコに入ってるから別だけど、普段はこのリソースの海に揺蕩ってるだけなのよね」
藍沙の身体で、藍沙の顔で。
頬をんにーぃと引っ張ったり、ぴょんぴょん跳ねたりする案内人。
気持ち悪い、という割に、限素の身体を楽しんでいるように見える。
「……アンタは一応、元人間、なのか?」
「どーしてそう思うの?」
「いや、肉体を持たない妖魔がいきなり人間の五体を満足に操れるとは思えなかっただけだよ」
「ふぅん? ま、正解だけど。私は元人間だよ。こわいこわーい男の人達に殺されちゃった、可哀想で可哀想な人間の女のコ」
「それがどうして妖魔に?」
「捕獲されちゃったんだな~これが。うーん、迂闊迂闊。ちょっと未練あるし、もうちょっとこの場に留まってようかな、とか思ってたのが運の尽き。今度はこわいこわーいおじいさんの集団に符術で雁字搦めにされて意識を失って、気付いたら虫かごの中! あ、鳥かごかも?」
「……それは、災難だったな」
「ねー」
その時、周囲のリソースが大きく撓んだ。
波打った、といってもいいだろう。まるで大蛇がのたうち回るかのように、暗黒のリソースが揺れ踊る。
「今のは?」
「多分、誰かが入って来たね。正規の手段じゃない方法……ううん、ある意味本来の手段で、壁をこじ開けてきた。怖いね、"今回"に魔導士がいるなんて思ってなかったけど」
「魔導士……?」
「あ、いや、こっちの話ー」
撓みは、波は、どんどん大きくなる。
……その入って来た何かが、近づいてきている、という事だろうか。
「俺も一つ、良いか。案内人」
「ん、いいよ。何でも聞いて?」
「お前がさっき言った、"世界は俺達が思っているよりも終わっている"という言葉についてだ」
「え、言った通りだけど。さっきは騙せるかなーと思って私達、って言ったけど、改めて言うよ。世界は君たちが思ってる百億万倍くらい"終わってる"。今、さっき話に出したこわいこわーいおじいさんの集団や、あるいは世界各国の研究機関が"終わり"に対してどうにかこうにか対抗策を編みだそうとしているけど、そんなの無駄無駄。この世界は"終わる"よ。確実に"終わる"。どうしようもなく"終わる"。誰も何も残せずに"終わる"。──あと、60日くらいかな?」
「──!」
二か月で、世界が「終わる」?
そんな早いなんて聞いていない。そんなの、受け入れられない。
「別の大陸。海の底。地の底。隣の家の住民。大気の一部。北の方で使われていた言語。西の方にあった建築様式。医術。天文学。死者を悼むという常識。死は忌避されるべきものであるという良識。取り戻さなければならないモノ。──得られるはずだった、時間」
案内人は、言う。
限素物質だけじゃない。概念的なものまでもを挙げて言う。
「ぜーんぶ、"終わってる"。ねね、戦争を起こした二つの国。大国と小国。その名前、思い出せる?」
「……いや。無理だな。その記憶は、知識は……俺の中から消失している」
「理解が早いね。そだよ、大吾くん。"終わった"モノは、覚えようとしていないと、消えちゃうんだ。ね、イアン君は覚えてる? 北区にあった商店街。どんなお店があったか覚えてる?」
「覚えてない。言われて記憶を浚ってみたけど、何も覚えていない」
「私は覚えてるよん。大国がルビス。小国がテムド」
「わ、凄いねジュニちゃん。余程意識していないと忘れちゃうはずなんだけど」
いつの間にか起きていたらしいジュニがその単語を発せども、それがそうであると思えない。
僕の中から、歴史としてそういう事があった、という事実は残れども、その二つの国についてのすべては消え去ってしまっているらしい。
また暗闇が跳ねた。
「あ、そろそろだよ。出口も──闖入者も」
「リリー!!」
その声は。
見知った、毎日の様に聞いていた声は──空から降ってきた。
多良戸先輩。
一つ上の、一緒のサークルの先輩。真面目でクールで頼りになる先輩。
「大吾、降ろして」
「ああ」
降ってきた先輩は符術だろう何かで衝撃を緩和し、この地に降り立った。
先輩が符術の免許を持っている、という話は聞いたことがない。
何より──大吾とジュニが、彼に対して臨戦態勢を取ったのが。
「リリー、どこだ。リリー! いるんだろう!」
「あ、お兄ちゃん。凄い、久しぶり。よくここがわかったね?」
「──陽下の肉体に憑依しているのか」
理解が早い。
リリー。それが案内人の本来の名前か。そして、お兄ちゃん、と来た。
「ここは……成程、符術協会の異相。凄まじい密度のリソース。怨嗟の温床。リリー、早くここを出よう。
「クリファ?」
「お兄ちゃん、らしくないよ。そんな感情的になってさ」
「う、ああ……すまない。けど、感情的にもなるだろう。ずっと、ずっと! ずっとお前のためにやってきたんだ。また会えるなんて、そんなこと欠片も思っていなかった! ずっとずっと! ずっと会いたかった!」
案内人の言う通り、こんなに感情的になっている先輩は初めて見る。
けど、気付いているのだろうか。先輩は。
苦々しく笑う案内人と、多良戸先輩の周囲に──あまりにも濃密なリソースが集ってきていることに。
「多良戸、先輩」
「──イアンか。それに、全員いるな。ああ、まぁ、それはいい。それさえも今はどうでもいい。それよりもリリー、早くここから出よう。ここは危険だ。ここは──」
「危険なんて何もないよ、お兄ちゃん。それより、離して欲しいな、手。限素生物に触られたくないからさ」
「リ、リリー……?」
苦笑いから──嫌悪感に。
拒絶だ。それも、極度の。
「イアン、下がれ!」
咄嗟に反応できたのは、大吾の声が存外近くにあったからだ。
いいや。
案内人と先輩が──いつの間にか、遠くにいたからだ。
「こわいこわーいおじいさん達はさ、私をどうにかこうにか制御しようとしてたみたいなんだよね。私と言う──
藍沙から、何かが抜け出でる。
咄嗟の行動だろう、その体は多良戸先輩が抱き留めてくれた。
「多良戸先輩!」
「……遅かった、ということか」
周囲の暗黒が渦巻いていく。
藍沙から抜け出た何かに。僕には見えないけれど、おそらくは──コアに。
「イアン。一時休戦だ」
彼女を抱えたままこっちにまで下がってくる多良戸先輩。
そのまま意識の無い藍沙の身体を無造作に渡してきて──、って、っとと。
「一時休戦?」
「なんだ、まだ気付いていないのか。相変わらずだな。身内認定した奴には勘の鈍くなるその性質、とっとと改善した方が良いぞ」
「何を──」
スーツの内側に手を差し込み──取り出したるは、大口径のリボルバー。
それを、二丁。
「改めて名乗らせてもらおう。Absurdusが第三位、ウラナガ。得物は拳銃、得意分野は策略策謀の類だが、そう言っていられる状況でもないだろう。状況が飲み込めていない半端者は捨て置く。他の二人は問題ないな?」
「ああ。──事情の全てを理解した上で、俺も名乗らせてもらう。俺は大吾・ウェインだ。この場では一時休戦、でいいな?」
「ふん。ああ、構わない。しがらみ程度に囚われて足元を掬われるなど御免被る。そっちのアサシンは?」
「もう攻撃してるケド?」
「頼もしいな!」
発砲。音の反響しないこの空間でも耳をふさぎたくなるほどの轟音が、二つ。否、次々に鳴り響いていく。
狙いは黒。黒い靄。
「大吾、弱点どこ!」
「待て──今探している」
ジュニの薬品は妖魔にはほとんど意味を成さない。だから符術で対応するしかないけれど、既にガス欠のジュニにあまり無理はさせられない。
「ジュニ! 藍沙を頼んでもいい!?」
「私に──……いや、オッケー! 適材適所ね!」
瞬足で僕の元に来たジュニに、藍沙を引き渡す。そのまま後方の暗がりへと消えて行くジュニを見送りつつ、また、前を見る。
いた。
そこにいた。
鋭く長い爪。六指。腕には無数の触手が生えていて、それらが両対二本ずつ。
胴体には黒が。尾だろうか、節足動物を思わせる鎧が如き蛇腹には、黒白の粒子が絶えず吸い込まれて行っている。
けど、何よりも異彩を放つのは、その顔だろう。
タコ、だろうか。イカ、だろうか。軟体動物の目であることはわかる。ただ、それが、無数に。複眼。複眼だ。この暗黒の中にあって光輝く昏沌が、渦巻く妖魔を靡いていて尚わかるその朱眼が、強く強く僕らを睨みつけている。
妖魔、じゃない。
「悪魔、だそうだ。符術協会の老害共が作り上げた、"終わり"への対抗手段が
「……いいんですか」
「何がだ。もし、問うているのが──妹に二度も死を味合わせることになっても、などというくだらない質問であれば、俺は真っ先にお前の頭蓋を吹き飛ばずが」
「違いますよ。そうじゃなくて」
悪魔。悪魔。悪魔。
なるほど。名の通りだ。これほど恐ろしい存在は他にいまい。今まで相手にしてきた妖魔など、塵芥に等しいと言える。今まで相手にしてきたABSの面々さえ──あのアリアスでさえ、これには及ばない。
悪魔。クリファ。
「妹さんのトドメを、僕が奪っちゃっていいんですか、って。聞いてるんです」
「ハ──」
笑う。先輩は。
否──殺人者ウラナガは。
「言葉には気を付ける事だ、後輩。命を奪うことに関しては、俺の方が万歩も先を行く」
ガコという音と共に、ソレが外れる。
ウラナガの腕。右腕。いつの間にかだらんと垂れ下げられていた腕が、文字通り外れる。
それが。スーツの袖に包まれたそれが──巨大な銃であると気付けたのは。
「対戦車ライフル──安心しろ、銃身も弾丸も符術で強化済みだ」
「見えたぞ! コアの位置は、尾だ! 他は全てまやかし、恐怖を彩るためだけの体躯に過ぎない!」
「コアを見る者。ウェイン。成程──有用だ」
低い姿勢を取ったウラナガが、トリガーを引く。
つんざく──近くにいる人間の事なんか欠片たりとも考えていない威力の弾丸は、その発射音だけで恐ろしい衝撃波を生む。生んだ。一直線に悪魔の尾へ届いた弾丸が──しかし、弾かれる。
「……先輩、カッコ悪いです」
「黙っていろ後輩。だが、不味いな。今のは地盤さえも貫ける威力にまで改造を重ねているんだが、それよりも硬いとなると俺にはどうしようもない。ここは諦めるか?」
「諦めが早い!」
革手袋を引き抜く。
もう、待ってました、と言わんばかりに。キシキシと、ギシギシと、うるさいくらいに喚く骨の手。
「お前、それは」
「僕がアイツの装甲を"終わらせます"。そして先輩の弾丸を"停めます"。僕におんぶ抱っこでいいなら、妹さんに最期を与える機会を譲ってあげます! どうですか!」
「──手を打とう! 力を貸してくれ後輩──否、イアン! 全力で俺のサポートをしろ!」
「イアン、足場は任せろ。符術は余り得意ではないが、それくらいはやってみせる」
「ああ、頼むよ大吾!」
何かに歓喜している。
骨が。「終わり」の手が。何かを──心から喜んでいる。
それは、この戦闘? それとも。
それとも──悪魔に?