ㅤ 作:Trefoil Knot / 試行存在
リソースは世界に還元されなければならない。
何故ならそれこそが世界を、あるいは無を育てる唯一の手段であり、同時に新たな世界を生むプロセスの一つであるからだ。ヒトの、否、知的生命体の「心」という部分から無尽蔵に放たれる
感情があるからこそ生命は動き、感情があるからこそ行動する。
少なくともこの世界において、知性ある存在のエネルギー源は全てリソースだ。"今回"は発生しなかったものの、たとえばアンドロイドだって、たとえばアンデッドだって。知性を得た時点で、同時に感情も得る。心を得る。だから、それらが機械だとしても、無機物*1だとしても、エネルギー源は
それを閉じ込める、など。
それを占領する、など。
それは──禁忌の領域だ。私にとっても、無にとっても、逆鱗が如き一線。
あってはならない。
あのワズタムでさえ、大切なヒトのために──その禁忌を知って尚も、という覚悟を以てして踏み込んだ領域に、土足で、素足で、確証もない実験のために歩を進めた蛮行を。
──その所業は。過ぎたれば、次なる世界の形成にさえも支障を来すだろう。あり得ない。あり得ない。それはあってはならないことだ。だって、そうなるなら。
今までの犠牲はなんだったと──。
「……あぁ、ダメね。いけないけない。こういう特殊な場所にいると、思考が無によっちゃって嫌だわ。ふふ、それにしても」
位相の蓋を開けて侵入した、符術協会の作り上げた異相。
うねるような暗闇が跋扈している。暴れ狂い、出せ、出せと。ここから出せと、叫び続ける。私の開けた穴に群がり、それらは全てあの悪魔の糧となるのだろう。ホントに頑張ってねみんな。でないと消し飛ぶから。
「ま、異相だし。広さで考えれば世界と同等……ただ歩き回っても仕方ないワケよ」
呟く。音は響かない。
地面はあるけれど、これだって限素で出来ているわけではない。一応異相という名の結界だから底面が存在する──底面という概念が存在するだけで、多分掘っても掘っても底には行きつかないだろう。結界とはそういうものだ。それについて詳しく語るつもりはない。
さて、この空間で気を付けないといけないのは、外よりも過ぎる時間が遅い、という法則。こっちでの一、二時間があちらでの一週間なんてのはザラだ。というか多分イアン君達が一週間行方不明だったのはコレが原因。
つまり、ここでダラダラすればするほど、ビーダ達に負担をかけるってワケね。
「とりあえず──惑星でも作ってみようかしら」
目を瞑る。そこまで広くはない"今回"の宇宙の、端の端。隅の隅。この星に余波を与えない程度の遠さで、規模で──リソースを限素に変換する。
あっさり、新しい星が出来た。けれど、リソースはほとんど減っていない。まぁ単なる限素変換だしそうよねぇ。効率悪いわ。やっぱりコアとくっつける限素……人体を造らないと、どうにもこうにも。
「あー、どっかに空いてる魂ないかしらぁ」
「──星が見えます。煌めく星が。輝かしい、瞳を焦がす青の恒星」
まぁ、何も独り言をつぶやいていたわけではない。
聞かせていたのだ。ずっと、
「今更詩人ぶらなくていいわよ。アナタ、肉体は"終わった"けれど、魂は"終わらなかった"……魔導が発展した世界の住人でしょ?」
「……懐かしい言葉です。ああ、いいえ。私はこの世界の言語を覚える努力をしなかった。私の最期に、彼に礼を言えたのは、奇跡と言って良いでしょう」
「問答は後にしなさい。後が無くてもね。それで──くれるのかしら、ソレ」
少年か、少女か。
柔和な笑みを浮かべる性別不明の存在。周囲に侍らすは黒白の粒子。その内、粒子であるに飽き足らず、明確な塊となって存在しているものが多数見受けられる。
「あげません。けど、おかしなことに、みんな私から離れないのです。離れずに、こう言うのです。リソースを奪うのなら任せろ、AZ、と」
「アナタにあげるつもりがなくても、みんなが行きたいと言っているから強制は出来ない、ってことね」
「そうは言っていませんよ。けれど、そうも言っています。少なくとも彼ら彼女らは──私の一族の、総勢152人の魂は、早くしろAZ、と言っています。一時的で構わないから、あの悪魔を我らに討伐させろ、と。そう──インキュバスとサキュバス。どちらも吸精に長けた存在であるならば。魅了よりも特技と言えるでしょう」
「このコ、率直に言って面倒なタイプね。私もヒトの事言えないけど」
塊は。
否、魂は。
その不可思議な存在から、湧き水が如く出現する。このリソースの嵐にありながら、決して自我を見失わぬ誇り高き魂。いつかハンターを名乗る符術協会の過激派に滅ぼされた夢魔の一族。
「一時的でいいの? 私なら、永遠だってあげられるわよ。ま、"終わり"までだけど」
「いいはずがないでしょう。彼ら彼女らはもっともっとたくさんの時間を生きるべきでした。だからみんな、口々に言うのです。我らは既に死した身。それが理不尽であっても不慮であっても関係はない。誰しもが幸福な寿命を迎えられるわけではない。違うか、AZ。"理外"の傍観者。これ以上の問答が必要か、と聞いている!」
「いいえ。愚問だった。謝るわ、ごめんなさい。──そして、助力願いましょう。符術によって滅ぼされたアナタ達を、ただの一時、夢のような泡沫の時間だけ──蘇らせる。あら、これじゃあ夢魔じゃなくてゾンビかしら?」
「良いから早くやれと、みんなカンカンです」
「余計なコト言わなくなったわねアナタ」
さて、ならばお望み通り──夢を見せてあげましょう。
中空に描くは変換式。魔導や錬金術とは違う、事象の改変式。膨大なリソースを限素へと改変する──世界で最も非効率な式。
「其は怨恨の感情。其は怨嗟の嵐。なれど其は、夢幻の躰を手に入れる」
本来は書かなければいけない式を口頭で言う。符術言語なんて使う人がいないから文字としてのみしか生き残れなかったけれど、むかしむかーしの人間は全部口で言ってたのよ。
「さぁ──みんな、見せてやりなさい。圧倒してやりなさい。"今回"の世界に根付いた肉体を持つ妖魔の一族。夢魔の一族。新参者の悪魔なんか遅れは取らないのだと──!」
発動させる。
途端、魂たちにリソースが集まり始める。本来であればリソースとコアの接触による限素化を防ぐ、みたいな術式が働いているこの結果内で──数多の魂が、懐かしき己が肉体を得て行く。
たかだか80そこらの研鑽で、私の符術に辿り着けるとは思わないコトねぇ。
「貴様に指揮される筋合いはないわ、老害め」
「イーリス。気に病むなよ。お主はしっかり役目を果たした。後は儂らに任せろ」
「ふふ、男のコの精が食べられないのは残念だけど、これもお役目よね」
「あら? 私は女のコだってイケるけど」
「皆はしゃぎ過ぎだよ──ただまぁ、500年分僕らの方が先輩なんだ。首を垂れろよ、後輩」
「AZ! 次があったらまた会おうね!」
「しっ、見ちゃいけません!」
……何か、失礼なことを言われながら。
過ぎて行く。過ぎ去っていく。
コウモリの羽根を生やした血色の悪い152名。インキュバスとサキュバス。アリアスとは近縁種だけど、彼らの方がリソースの吸収に特化している。
それが。その全てが──地に開いた穴に向かって行った。
「貴方は行かないの?」
「私の魅了は、魂に根付くもの」
「ああ、面倒になるのね」
「はい」
本当に余計なコトを言わなくなった。
ただ、座って。ニコニコと。
「ま、これで半分くらいかしらね」
大分薄まった暗黒のリソースを見て、うん。
じゃああと150個くらいの魂があればいいわけよね。計算的には。
なら──ちょっと、非人道的な行いでもしましょうか。
簡単に言えば、作って消して、作って消して……みたいなv。
凡そ一時間は経過した事だろう。
悪魔といったか、化け物は未だ健在。
俺達ボロボロ。やってられねーなオイ。
「おい、無事かテメェら」
「弾切れ~」
「私もお腹いっぱいです」
「これ以上の威力は建物を壊しかねん」
「俺は初めから満身創痍です、ボス」
「……だらしねぇ奴らだなぁ」
殺しのプロではある。殺人集団だ。殺戮集団だ。
人体に対してはスペシャリストと言えるだろう。だが。
「ッ、大吾!」
「ああ──!」
「アンダースロードーピング(腕)!」
「それ言う必要あるのジュニ!?」
「無いよ~ん!」
妖魔退治に関しては、アイツらに後れを取っていると言わざるを得ない。
ま専門外だ。逆にあっちは専門家だ。差も出るだろうが、にしたってどうなんだ。
仮にもオトナだぜ、こっちは。いやウラナガの奴はまだギリガキだが。
「エヌとの連絡は取れないのですか?」
「圏外だな」
「アイツこそ妖魔特化なのに肝心な時にいないなも~!」
アイツの"不終の太刀"は確かに効果的だろう。
が、いつアズが帰ってくるかもわからない状態でこっちに近寄る事は無いはずだ。ンなもんをアテにしたって仕方がねえ。
今ンとこ小僧……イアン・エンハードの"終わり"で装甲を剥いで、そこに全火力集中の流れは出来てる。小僧が危なくなればスイッチだ。再生し続ける胴体をぶっ飛ばしまくって、アイツの使えるリソースを少しでも減らしていく。
つってもなぁ。
そのリソースはほぼ無尽蔵に上から供給されて──ん?
「……ボス。来ますよ、魔族が」
「魔族? ……あぁ、お前らの、なんだ。妖魔を身に宿した人間、だったか? 後天的っつーか、血筋から成る異能者」
「夥しい数です。100を超える数の──夢魔の群れ。これは」
あった。
そこにあった。
眼だ。無数の目だ。瞳だ。眼球だ。
薄く、怪しく、朱く光る眼が──天井の穴から、真っ暗なそこから、こちらを、いいや、
なんだアリャ。やべーな、単純に。
「お前ら一旦攻撃やめろ! 下がれ! 巻き込まれんぞ!!」
声を掛けるは、小僧ら一行だ。
藍沙はまぁ俺の後ろに寝てるからいいとして、すんげぇ速度で飛び回る女とコアの見える奴用にも足場を用意する。
奴らは一瞬逡巡を見せたが、小僧が従った事を機にこっちの言葉を聞き入れたらしい。
「ッ、エウリス・ビーダ、巻き込まれるって、何に」
「何っておめェ、決まってんだろ」
──狩りだよ。高位魔族のカルニバルだ。
「──!!」
それはちゃんと、一斉だった。
それはちゃんと──同時に起きた。来た。来たのだ。穴から、アズの入っていった穴から──夥しい数の妖魔が出現する。
否。否。単なる妖魔じゃない。妖魔の要素を持った人間──しっかりとコアのある、しかし特異な性質を持つ人間。
魔族。
「これは……」
「おゥ、どうしたよ兄ちゃん。見覚えのある魂だったか?」
「ああ。イーリスの周囲にいた魂たちだ。全て──500年前に死んだ夢魔たちだ」
「ははあ、イーリスの置き土産ってワケだ。──にしちゃ、恐ろしいこって」
男女の魔族は、悪魔に張り付く。張り付いて噛みついて、齧りついて──吸い取る。
食い千切る者もいる。食い破る者もいる。
悪魔の身体。それは限素ではなく、リソースだ。リソースを食らう化け物共。
「アリアス、混ざんなくていいの~? 仲間でしょ、アレ」
「遠く離れた親戚、のようなものかと。私の様に血や肉を媒介としたリソース回収ではなく、感情そのものを食い散らかす夢魔は、もっと精神的な存在です」
「……その基準はどうでもいいけど、それは効果的なのかい?」
「はい。恐らくは──あらゆる手段よりも」
アリアスの言葉通りだった。
悪魔は、食われた個所から消滅していく。俺達のやっていたような吹き飛ばすだのとは違うんだ、食っているから、悪魔には戻って行かない。
だが、悪魔も悪魔で無抵抗なわけじゃない。全身に張り付く夢魔共を振り払い、叩きつけて殺していく。ありゃちゃんと死んでるな。そもそもが脆い身体なんだろう。仮初の……あぁ、つまりアズか。あの野郎、もっと早くやれよ。
「──皆さん! ソイツ、尾が弱点です! そこさえ食べ尽くせば、それ以上の抵抗は出来ません!」
「あ──ァ、そうだな。おいおい、何呆けてみてんだお前ら。あー、なんだ。夢魔諸君。こっちは勝手に攻撃すっからよ、巻き込まれて死んでも文句言うなよ!」
「人間風情が舐めた口を利くものだ。だが文句は元より無い。あれなる者を殺す──それはこの世界に生きる者の総意なり! そのための犠牲、喜んで受け入れよう!」
「つーわけだ、お前ら。ありったけぶち込んでやれよ。んで、オーディア。倒壊とか気にするな。そっちの嬢ちゃんに薬品分けてもらって、最大火力ぶち込め。この部屋は俺が強化してやる」
「ふむ」
「えー、オヂサンとか私の趣味じゃないんだけどー」
いやぁ、いいね。俺ァ好きだぜこういうの。敵味方が一時的に手を取り合って、第三勢力までもが力を貸して個を倒す。討滅する。
いいね。いいね。少年心って奴をくすぐるじゃねえか。オジサン楽しくなってきちゃったぜ。
「んじゃ景気よく──奥の手って奴を一個見せてやる」
吸っていた煙草を抓む。
その時点でもう、オーディアとエメト辺りは気付いてんだろな。やべー匂いに。
そうさ、俺が吸ってんのはソウイウ代物さ。
んで──くそみてーな特技をお披露目してやろう。
俺は狙った場所に煙草投げつけられんだぜ! すげぇだろ!
「伏せろ!」
「ッ、散開!」
直線的に。まっすぐに。一本腺を描いて。
煙草は──悪魔の頭部、吹き飛ばしても意味ねぇらしい場所に飛んでいく。複眼の詰まった場所だ、さっきから気持ち悪いと思ってたんだ。
だから──まぁ、消し飛べや。
声にならない声、とはこういうものを言うのだろう。
へっへっへ、オジサン特製のリソースタバコさ。符術たっぷり──事象の改変式は、至極単純。
対象の強制転移──場所はどこぞかの宙の果て。
「莫迦者めが! コイツを外に出してはならん! 今は肉片であるが故難を逃れたものの、コアを飛ばしてみろ、無が黙ってはいないぞ!」
「え~。今オジサンカッコつけたんだけど、もしかしてやっちゃいけないことだった?」
「ギリギリだ、アホ垂れめが!」
インキュバス、というには些か老いぼれ過ぎている爺さんに怒られた。そういやそうだったわ、俺達コイツをこっから出さずに殺すために戦ってんだったわ。
いやァすまねェ謝るよ。ごみんごみん。
「で? んな口叩くんだ、勝機はあんだろうな」
「フン──おい、そこの淨眼の持ち主よ。今コアはどこにある!」
「……な、に?」
「どうしたよ兄ちゃん。見えんだろ? アイツのコア、弱点。どこか、だとよ。老いさらばえて記憶力も失ったのかもしれねぇな」
「──無い! その体のどこにもコアが無い!!」
あ──ン?
ん?
「ならば──先ほどの攻撃は有効だ。皆のもの! 吸え、吸え! もう食えんのなら、飛ばせ! 空の果てに此奴の身体を千切って飛ばせ!!」
なんだよ。
じゃあオジサン正解じゃーん。功労者だろ、もっと褒めてくれていいぜ。
「そして淨眼の持ち主よ、コアの行方を──」
「行方はわかっている! ボス、申し訳ございません──お先に失礼します!」
「あいよ」
残弾尽きて使い物にならなくなっていた奴が俺の横を通り過ぎて行く。
腕も足もボロボロだ。外れた腕はもう戻らないだろう。それでも。否、だからこそ、と。
んじゃま、足場くらいは作ってやらぁよ。
「行きな! アムド・多良戸! 今まで尽くしてくれてありがとうよ!」
「こちらこそ。本来の目的など関係なしに、家族として扱って頂き──心より感謝します。ありがとうございました!」
そんなことを言って。
ウラナガは。本名アムド・多良戸は。
さっき落ちてきた天井の穴に──真っ暗闇の穴の中に、突っ込んでいった。
十分さ。
十分量のリソースだぜ、そいつァ。
再度暗闇に戻れば──些か薄まった暗黒のリソースの中に、緑髪の男がいた。長髪を垂れ流す身長の高い男。後ろ姿だけで判るその異彩は。
「……アズ! 来たはずだ、ここに──妹の魂が!」
「ああ、それなら」
叫ばなくても──ちゃんと捕まえてあるわよ、と。
鎖。檻。鳥籠。硬い硬い拘束具で、しっかりと、雁字搦めに──ソレはいた。
あの子はいた。魂だけになっても、わかる。
「ッ……頼みがある、アズ!」
「あのコを蘇らせてほしい、とかなら、無理よ」
「な──ぜ、だ。リソースが足りないのか!?」
「いいえ? むしろリソースは十分。未だに四分の一が残ってるくらいには十分。アッチの殻が倒されて、夢魔たちが世界に還って、尚残るこれをどうしましょうかね、なんて考えていたくらいには十分量だわ」
「ならば」
「でも、あのコはもうダメね。魂が悪魔になっている。アレ、貴方の妹じゃないわよ。リリー、と言ったかしら。今の名前は違うと思うわ。試しに聞いてみたら?」
ぞっとするほど冷たい声で、アズが言う。
ぞっとするほど冷たい顔で、アズが笑う。
「り、リリー……?」
「あ、お兄ちゃん! 良かった、来てくれたんだ! お願い、助けてくれない? 限素なんかで、ううん、リソースなんかでも私は縛る事が出来ないはずなのに、まさか"理外"が来るとか聞いてないんだけど、みたいな感じなんだよね」
「……お前の、名は──なんだ?」
自然、お前、という呼称になった。
喋り方はあの頃のリリーそのままだ。元気で明るくて、少しだけ空気の読めない所があって。どんな時でも場違いなほどに──俺に活力をくれる、大切な妹。
でも。
でも、違う。
コイツは。
「名前? んー、今日はよく聞かれるなぁ。ま、案内人とでも呼んでよ。ここの案内人。直近の名を名乗るならイーリスだけど」
「その名は私のものなので、返していただきますね」
「あ、今使えなくなっちゃった」
意識外。
アズの後ろで、笑みを浮かべながら座っている存在。
イーリスだ。俺達の、ABSの第四位。死んだとされていた存在。
「えーと、じゃあねー。モモカとかどう?」
「へぇ、ウチの従業員まで掠め取られていたのねぇ。それ、返してもらうわ」
「あちゃ~、また使えなくなっちゃった」
なんでもないことかのように、言う。言うのだ。
妹の声だ。脳裏に響くのは彼女の声だ。けれど。けれど。
「じゃ、そのままリリーを名乗ろうかなぁ。リリー・多良戸!」
「……それは、俺の妹の名だ。お前が名乗って良いものじゃない」
「ワオ。それまで使えなくなっちゃうんだ」
ああ──変質していく。
どろどろと、何かが。何か、じゃないか。
今の今まで妹だと思っていたもの。
──"すまない。守り切れなかった"
──"恨むなら恨め。すべては俺の失態だ"
脳裏を反芻するは、あの時の記憶。
目の前で妹が殺された。
目の前で、だ。
じゃあ、俺はその時、何をしていたのか、って。
「それじゃあねー。その前に来た魂を名乗ろうかな」
「──ソイツの名は……浦永、か」
「あ、そうそう! ……って、それも使えなくされちゃうの~!?」
──"おい、ウェイン何を──ッ、コイツまだ生きて!?"
──"ハッ──おい動くなお前ら、人質だよ、コイツら二人! 殺されたくなかったら──"
──"お兄ちゃん!"
フラッシュバックする。
トラウマが。いや、記憶が。
そうだ。ウラナガという名は、計画的殺人犯の名だ。その犯罪歴は──20余年に渡る。
俺より、年上の。
──"馬鹿が、動くんじゃねえよガキが──ッ"
──"ウェイン!"
──"クソ、どいつもこいつも──だったら道連れだ!"
浦永は、計画的殺人を行う奴だった。
けれど想定外の事には弱くて──その想定外が、この国の"英雄"、ウェイン。戦争を止めた国では使われなくなって久しい称号を持つウェインは、動いた。
速く──先に動いたリリー、ではなく、俺の方へ。
──"待、"
──"死ね、諸共! 何もかも!!"
──"リ──"
そこから先は、ああ、そうだ。
その通りだ。
リリーじゃなく、俺を助けたウェインが。浦永はリリーだけを巻き込んで死んだ。目の前で、彼女が爆発に巻き込まれるのを見た。爆炎に。散っていく肉片に。強い恨みと──混乱と、混濁と。
「えー、じゃあ、まぁ、往生際くらいは素直になっちゃうかぁ」
「往生際だってわかってるのね?」
「そりゃねー。まさか一代目に出会えるとは思ってなかったけどさ」
「ふふ。じゃ、そろそろさようならをしましょうか」
リリー。リリー。
違う。コイツは、リリーじゃないんだ。
「再度、問う」
「んえ?」
「お前の名は何だ」
「リリーだよ」
「違う。それは、俺の──!」
「アルダト・リリー。えへへ、お兄ちゃん。死に際に最大の呪いを残してあげる。
「──!」
満面の笑みで。
ソイツは。
その悪魔は。
「無に還りなさい。貴方は私が手ずから引き摺り込んであ・げ・る」
「わ」
口が開く。
クチだ。いや、眼だろうか。とにかく何かが、ぱっくりと開いて。
その奥は──恐ろしい程に何もない空間。暗黒のリソースなんて比較にもならない。ただの闇。黒。
無。
「私の大切なモノに関わらないよう──果ての果てに封印してあげるわ」
「いやぁ~~~! 助けて~~~~~!」
そんな、棒読みで。
リリーは。アルダト・リリーは。
その無の中に──落ちていった。