ㅤ 作:Trefoil Knot / 試行存在
少しだけ昔の話をしよう。
昔むかーしの、あやっぱり少しだけ昔の話。
とあるところに一つの国がありました。ありましたとさ。
「……これは、砂……?」
「でも、砂漠じゃない。誰も住んでないけど家もあるし、広場や噴水だって」
その国は豊かではありませんでした。ありませんでしたとさ。
自然に囲まれた緑豊かな国でしたが、懐が豊かではありませんでした。国民が笑えど暮らせど働けど、豊かにはならず──ただ、ただ、老いていくだけの国。
これ以上先が無いと知って尚、ただ寿命を費やす国民。けれど、国はそうではなかった。国は──その頂点は、どうにかこれを脱しようとした。老いさらばえて行くだけの自国を、若かりし頃にまで取り戻そうと。取り戻さんとして。
王様は、金を創り出そうとしました。しましたとさ。
「……多分、錬金術って奴なんだと思う。オカルト系の雑誌で読んだことがある」
「そりゃ、僕だって錬金術なんて名前くらい知ってるけど……それは御伽噺に近い、魔法とか精霊術とか、そういうファンタジーなものじゃないか。そんなの」
「でも、悪魔はいたよ」
「!」
王様は金を創ろうとしたのです。けれど、無から有は作り出せませんでした。だから既にあるものを金に変えようとしました。初めは鉱石を。次に土塊を。次に水を、樹木を、花々を。
この国を彩る様々なモノを金に変換しようとして、けれどその悉くが失敗しました。失敗して、あぁ失敗したというのに──使った鉱石も、土塊も、水も。あれだけ豊かだった樹木も花々も、全てが白い粒に変わってしまったのです。変えることが出来た、と。そういうべきなのでしょう。
対象Aを対象Bに作り変える──それこそが錬金術の基礎。故に結果そのものは得られていたのです。ただ、レシピが違った、というだけで。
「……砂じゃないな。珪砂……硝子のような」
「限素、だと思う」
「藍沙?」
「……前に見た事があるんだ。ヒトが──ヒトを構成する限素が、
「……じゃあ、コレは」
王様はそれでもやめませんでした。失敗こそが成功への近道だと言って、止める臣下も振り払って、ただ自国を思って。毎日毎日、夜でも朝でも昼でも研究に没頭して。自然がだめなら、命を。鼠を、鳥を、ウサギを、ウシを、ヤギをヒツジを──そして、ヒトを。
その甲斐あって、ついに改良することに成功したのです。
"今回"において発展しなかった、誰もが手を付けなかった錬金術。それをたった一人で、独学で──新しい扉を開いたのです。
子供一人を、爪の先に乗るくらいちょっぴりな、輝くモノに。
錬金したのです。
──あるいは"今回"でない世界の錬金術師たちが、「余りに非効率だ」と切って捨てた、金の
必要なものは素材でした。自らの所有するもので、金にかえていいもの。自らの所有する者で、金に換えて良い者。そして、王様は王様だったので。
その国は、王様のものだったので。
錬金術は法則に従い、対象Aを対象Bに変換せしめました。
「ああ──全部、ヒトだ。ヒトだったものだ。王を含め、子も、親も、何者でもない者も。全てがソレになった」
「オーディア……」
全国民を、もっとも有用な限素に。
全国民の
輝いていたから金だと思った──美しく透明な、周囲の光を通す粒に。
「フン。我らが故郷に踏み入った者がいると報告を受けて駆け付けたが、小僧たちだったとはな」
「……すまない。貴方の故郷を汚すつもりはなかった」
「どうせ飛ばしたのはアズだろう。そも、ここは"終わった"国。周辺域を通ったとしても、存在自体に気付かず素通りする。小僧たちは学生だっただろう。習ったか──砂になった国の話、など」
「……いいや。僕達は今でさえ、この国の名を知らない」
「それが"終わる"ということだ。この国は……王は自滅だが、なんにせよ同じこと。この砂とて、もうすぐ"終わる"。肉体でも自然でもない単なる限素として在るコレだが、勿論、寿命が存在する。ただ少しばかり他よりは長かろう。何の弱化も食らっていない限素。生命活動として消費されることのない限素は、寿命が長い」
そうして出来上がったのがこの国。
その時まで、その瞬間まで普通に生活をしていた国民を全て限素の砂に変えて。
代償に──王様は、現れた「終わり」に包まれて。
はい。これがこの国のお話。
この国がありましたとさ、とされる──名前すらも奪われた、誰にも見えない国のお話。
そこに広がるのはただ、陽光を、月の灯りを受けてキラキラと輝く砂の山。
誰にも認識できない「終わった」国。
自らの故郷についてを語り終えたオーディア。
その表情に悲しみはない。怒りもない。もう過ぎた事だと、吐き捨てるように言う。
言って──拳を握った。
「決着をつけるか、小僧共」
「決着? どうして……僕らには貴方と戦う理由が無い。それはそっちも同じはずじゃ」
「お前はあの時、あの悪魔を倒した時、ボスにこう言ったな。世界の"終わり"も停めてみせる、と」
「……それは、うん。そうだよ。この世界がもうすぐ"終わる"っていうんなら、僕の異能で停めてやる」
「ならば我らとも
ファイティングポーズで。けれど彼には片腕が無い。
イアンが「終わらせた」から、だから、片腕で。
「迷惑な話だな、それは。爺さん、アンタが一人で死ねばいい話だろう。アンタの願望で俺達の未来が潰されるのは流石に納得出来ねぇ」
「あーあ、話の分かるおじいさんだと思ってたのに──結局狂人集団の一人かぁ」
すぐに戦闘の準備を整える二人。
けれどイアンは、構えない。その傍らの藍沙も。
「──殺して欲しい、と。そう言っているように聞こえる」
「そう言った」
「やっぱり、か。この国で──生まれ故郷で、"終わらせて"ほしいんだね」
「そうだ。だが──抵抗もしたい。ところで、儂は政府施設専門の爆弾魔でな。ウラナガ程ではないが──仕掛けや準備はする方だ」
「ッ!」
イアンが藍沙を抱きしめ、大吾とジュニがそれぞれ背後に下がった瞬間──地面が爆発した。
「いつのまに……!?」
「初めから、だ。この国が砂になった時。否──あの憎き王が子供を実験に使い始めた時から、国の各所に仕込んでおいた。ふ、未だ息の根ある爆弾は少ないが──お前達を殺すには十分だろう」
「お爺さんにとって、私達は子供なんじゃ──」
「ああ! だから、ようやく狂ったのだろう。ようやく狂えたのだろう! 70に縋る妄執の果てに、儂は自らの標的さえも失ったらしい! ははは、ははは! どうだ、小僧」
「これなら殺せるか、って? ……ああ、いいよ。自殺に付き合ってあげるよ。僕はまだ死ぬわけにはいかないからね」
「──感謝する」
謝辞は告げる。
闘志は消さず。
オーディアは──ただ単身、数多の爆発物と共に行く。
「藍沙!」
「うんっ!」
その身は老兵。いつ倒れても、いつ手折れてもおかしくはない。
故に死兵。自らさえをも巻き込む爆弾を、知覚外から起爆させる。
藍沙が符を張る。足場を創る。壁を創る。
それを蹴って、三人がたった一人を殺しにかかる。
「ハはは──良いぞ、娘! 貴様、ただ守られているばかりの、戦場には場違いな者だとばかり思うていたが──
「──ありがとうございます」
最近お荷物だった、なんて。
そんなの、藍沙自身が一番感じている事だ。けれど決して、彼女に戦う術が無いわけではないのだと。教えを請うた事は無いけれど──その父に、ああ、よく似ていると。
オーディアは笑みを深める。殺しを自分達に任せ、そのサポートに徹するあの方と。
「なれば狙うのは──」
「それをさせないのが僕達だ!」
懐から取り出したるは手榴弾。小型ではあるが威力は十二分。
口でピンを引き抜き、符を展開する少女に向けて投げつけんとして──しかし掴まれる。既に手から離れた手榴弾を掴むなど普通はあり得ない事だが、掴んだのが万象を「終わらせる」手であるというのなら話は別だ。
爆発ごと、破裂ごと「終わっていく」手榴弾。この世を構成するものが全て限素である限り、たとえ現象だとしても「終わり」からは、あの手からは逃れられない。骨の手。所有者の意思と関係なく、キシリキシリと動く手。
「だが、小僧──お前の弱点は、その手以外であろう」
ならば、と。
オーディアは取り出す。失われた左腕。風にたなびくコートの裾から、バラバラと小粒の球体が零れ落ちる。
それはイアンに向かって雨のように降り注ぎ。
「今日の天気は──酸性雨!」
「ムッ!」
飛び退く。酸性雨、などとは名ばかりだ。
限素の砂を溶かし尽くす高圧水流──それが、先ほどまでオーディアの頭の在った場所を通り過ぎる。酸であるのは間違いないが、決して雨ではない。
イアンにばら蒔いた爆弾も、藍沙の符によって防がれる。壁。足場。成程符術師らしい動きをする。
「隙ありだ、爺さん──」
「ふん、見せたのは儂だ、若僧」
バックステップは隙が多い。姿勢を整えなければいけないからだ。何より地面が砂であるため、その体の制御は普段より難しくなる。
その隙を狙って、大吾が来た。
所有する異能は魂を見る淨眼。戦闘には役立たないソレは、けれどハンディキャップにはなり得ない。彼の鍛え上げられたその体は異能など必要としない──単純明快な暴力。
即ち拳。老骨に入れば砕け散るだろう威力の大砲。
だが。
「ッ!? 掴まれた──いや、そもそもこの感触は──」
「片腕を失くしているのだ。もう片方も落とすくらい、ワケはない」
明らかに金属だった。
大吾の拳を受け止めたその手は、その手が響かせた音は、鋼鉄のそれだった。
そしてそれは──くたびれたコートを赤く燃え上がらせる程の熱を放つ。
「残念ながら一人だけしか持っていけなんだか。まぁ、十分であろう。なぁ──ウェインの名を持つ若僧。英雄の息子!」
「──すまない、助けてくれ、エヌ!」
「っ!?」
大吾が助力を願う。
その相手はジュニでもイアンでも藍沙でもなく。
しゃらん、と。
美しい音と共に降りてきた──音よりも美しき少女。
既に引き抜かれた刀。既に振り下ろされた刀。
ソレは、オーディアの腕を切断し──。
「短い間だったけど、世話になったよ、お爺ちゃん」
「……そうカ。約束をした、もの、な。儂が狂ったのならバ──引導を渡して欲しい、と」
「うん」
直後、首と腕と足が切断されていた。
限素の砂にドサドサと落ちるオーディアだったモノ。落ちた瞬間、さらに細かく崩れて散らばる。
「さようなら」
これにて決着はついた。
オーディアvsイアン一行は──横槍、エヌの勝利。
そして。
周囲に灯りが漏れ始めた。
キラキラと──砂が、いいや、残っている家々までもが。
輝かしい暗闇に、真っ暗な光に変わっていく。
「エヌ!」
「やぁ、久しぶりだねイアン」
「やぁ、って……」
切り落とされて尚大吾の腕を離さなかった鋼鉄の腕も、細切れにされたオーディアの身体も。
全てが黒白の粒子に変わっていく。
「この国の生き残りは二人だけだった。オーディアと、もう一人……この国に入らんとする者を殺す、あるいはオーディアに報告をする役割を持つ一人。ソイツも私が殺してきた」
「殺してきた、って……」
「だからもう、この国を覚えている者は一人もいない。記憶に残らない国は、不要になるんだ。誰の記憶にも残らない──誰の感情も動かさない限素に、価値はない」
おいで、と。
手を引かれる。足場だ。符術の結界を応用した足場。藍沙も使うそれを、エヌも当然のように使う。
「みんなもはやく、空に来るんだ──巻き込まれるよ」
瞬間、奔流が来た。
湧き上がる圧。流圧。これは、リソースの嵐だ。
エヌに手を引かれるまま、後方のみんなを気にしながら足場を上がっていく。その間もリソースの風は止まらない。
嵐が、風が。強風が。台風が。
先程までそこに在ったナニカが──「終わって」いく。
「イアン。これを停めようと思う?」
「え──」
言われて思い出した。
そうだ、「終わり」を停めれば。「終わって」いく構造物を停めれば、僕の異能は鍛え上げられる。
だから、そうだ。じゃあこれを。
「……あれ」
眼下、全てが「終わって」いく。
無事に難を逃れた仲間たちの下で、美しき砂粒が解けていく。解けて、溶けて、融けていく。
あそこに何があったのだろう。あそこに誰がいたのだろう。
あそこには──何故、あんなにも砂があったのだろう。
「異能の対象ってさ。イアンは、どうやって選んでる?」
エヌが唐突にそんなことを言う。
足場を繋げ、こちらに合流してきた皆にも聞いているように思う。
「それは、目で見て、かけるぞ、って意識をして」
「それで出来た試し、ある?」
「……」
出来ない。
出来ないのだ。
全てが「終わって」いく下の砂場に、いくら"終わらせない"異能をかけようとしても──かからない。
やる気が、起きない。
「大吾もそうでしょ。何も普段から全員の魂を見ているわけじゃない。見ようと思った対象だけを選んでる。それは、どうやってる?」
「……俺は、決めているだけだ。この目を使う時は、仲間のためになる時だけだ、と。見る対象ではなく、使う理由を軸にしている」
「なるほど。ちゃんと自分の異能を理解しているね」
いくら手を翳しても。
いくら念じても。
眼下の「終わり」は停まらない。
当たり前だ。だって、やろうとしていないのだから。
「知らないでしょ、イアン。この下にあるものが、なんなのか。なんだったのか」
「……ああ」
「知らないものは、大切に想えないんだよ。知らないものは無いのと一緒。忘れてしまったものは、無いのと一緒。誰も知らない限素は、誰の
それが、本当の「終わり」。
エヌは静かに言う。
「自分達が誰と戦っていたのか、覚えてる?」
「……え」
「大吾君。私に助けを乞うたのは何故?」
「……上空にエヌの魂が見えた。だから情けなくも、助力を乞うた。だが……」
「誰に殺されようとしていたのかは覚えてない……ってコトかぁ。嫌だね。すっごく気持ち悪いカンジ」
リソースの奔流が、「終わり」が、次第に勢いを弱めて行く。
残るのはただ──何も無かった、という事実だけ。
何故僕らがここにいるのかも。
何故僕らがそれを苦しく思うのかも。
全て、覚えていない。
「オーディア、だよ」
「──藍沙?」
「オーディアっていうお爺さんと私達は戦ってた。死に場所を探していたお爺さんと、王様が過ちを犯して"終わって"しまった国で、戦っていた」
「オー……ディア……」
言われてもピンと来ない。
ただ藍沙だけは、覚えているらしい。今までの事を。
どうして藍沙だけが。
「藍沙、君は……」
「そうだ、それよりもエヌ! 何があったのかは知らないし、わからないけど、僕らの元に、」
「ああ、まだ言っていたのか、ソレ」
「え──」
一瞬だけ藍沙に向けた興味の目。
けれどそれは、僕を見ると同時に冷たいものになった。
「前も言ったけど、私は世界と戦う事にした。『箱庭』とね」
「そ、それは僕もだよ。『箱庭計画』なんか、『箱庭』なんか作らせない。そのために、世界の"終わり"も停める! だから」
「でも君は今、停められなかったよ。この下にあったあらゆるものの"終わり"を」
「それは」
「大切に想えるのかい? 世界を。"終わったら"忘れてしまうこの世界を。君の知覚している狭い狭い世界だけじゃないんだよ、世界って。もっと広いんだ。もっと広くて──もっともっと、"終わっている"。ここだけじゃない。色々な場所で、様々な場所で、"終わり"は起こっている。それを知っている? 覚えている? ──その全てを把握して、その全てを大切に想って」
エヌが刀を引き抜く。
目を奪われる刀身が──僕を向く。
「まず、この世界の名前を知るところからだよ。そしてちゃんと考えるんだ。そんな簡単に、軽々しく放つ言葉なんかじゃなくて──"この世界を停める"。"終わらせない"という言葉の本当の意味を」
転移の光。
それが包むは、エヌ……じゃなくて、僕達。
「強制転移のッ……!?」
「多分、次の国はアリアスの国だ。覚悟しなよ? あそこはここ以上に、終わっているからさ」
皮肉気な笑みと共に。
僕らはまた、エヌと別たれた。
──"FTRM3Uにも、愛情というものがあります。アズ。FTRM3Uのそれは今、Trefoil Knotに向いています"
「好きなの?」
──"親心。あるいは弟に対する親愛、でしょうか。FTRM3Uは……Trefoil Knotが落ち込んでいる事実に、悲しい、という感情を覚えます"
「ええ、それは私も。……全く、ワズタムも死ぬなら死ぬで、一人で死になさいよ。なんだってTKとカムナリに死に様を見せつけるなんて真似を……」
──"一つ、教えてくださいませんか、アズ。FTRM3Uに知らない知識がある事は、不確かな予知を生む可能性が生じます"
「ええ、なんでも聞いて頂戴」
──"理外とは、なんですか。アズ。ワズタムと貴方が属すという、この世界のどれとも当てはまらない性質。同じく「終わらない」存在であっても、カムナリとは違うと聞きました。アズとワズタムは、私とは違う。似ているけれどね、と"
まぁ、そろそろ聞かれるだろうな、とは。
考えていた。予想していた。むしろここまで我慢したのは偉い方でしょう。
「"理外"というのは、文字通りよ。理の外。この世界の理……すべての始まりは無であり、リソースによって膨張し、世界を生じ、終わらせ、更なるリソースを求めて無が、世界が成長する、という理。それの、外側」
──"FTRM3Uの観測できる世界の、外側、という認識でよろしいでしょうか"
「いいえ。もっと外よ。アナタに観測できるのはこの世界の全て。けれど、この世界の外側には無が広がっているの。宇宙のさらに外よ。アナタは今全宇宙を把握しているから、その外、なんて言われてもピンと来ないでしょうけど……この世界にも外があるの。そしてその更に外が、理外」
──"ならば、理外の錬金術師とは。理外の傍観者とは。何を指し示す言葉ですか"
「そうねぇ。ま、簡単に言えば──」
主人公、かしらね。
そうあれと、作り上げられたシナリオの。