作:Trefoil Knot / 試行存在

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 世界中の人間が「終わり」を意識した──それが本当に自らを滅ぼすものであると認識したのは、やっぱりある大国と小国の戦争──それが「終わった」時からだ。

 

 勿論それまでにも「終わり」はあった。当然のように、限素とは寿命を迎えるものだから、と……誰しもが知っていた。学校で習う以外にも、そもそも日常的に起こり得ることだから。捕まえた虫の寿命が来て、「終わった」。花の水やりを怠って枯れて「終わった」。老人が子や孫に囲まれて死に、「終わった」。

 無論程度の差はある。生命活動の停止が「終わり」とイコールではないことから、遺骸を燃やす、埋める、などして「終わり」までの猶予を設ける者もいる。そうして悼み、そうして泣いて、けじめをつける。

 

 けれど、あの戦争の「終わり」はそれが無かった。

 唐突に訪れた、神の采配とでもいうべき「終わり」。悲しむ暇も悼む暇も抵抗する間もなく訪れたその消失に、ようやく世界は「終わる」のだという確信が芽生えた。

 そこから頻発するようになる唐突な「終わり」。昨日まで元気だったヒトが、振り向いたらいなくなっていた、なんて話も珍しくは無くなった。家に引きこもっていた子供の部屋をノックしたら、今まさに「終わる」所だった、なんて話もある。

 急かすように。あるいは、見捨てたように。

 世界のいたるところで、唐突な「終わり」が発生し続けている。

 

「更地、だな」

「うん」

 

 そこは更地だった。平らな、という意味ではない。クレーター状だから、起伏はある。

 ただ、何も無かった。砂塵の一粒たりとて落ちていない。

 

「……」

「ジュニ?」

「……ん。ああ。なんでもないよ。ただちょっと、懐かしかっただけ」

「懐かしい? ジュニはこの国の事覚えているの?」

「うん。前行った事があるから」

「へえ。どんなところだったの?」

「……私が行ったことあるのは大国……アルジュイラって方だけど、あんまり難しくはなかったかな」

「難しい?」

「観光がね。大通りが一本こうあって、それに繋がる路地が幾本も生えている、みたいな形で……」

 

 大吾の「よく自分から話を切り出したな」という視線を受け流し、ジュニは髪を弄りながら──言う。

 

「でも、凄いね、"終わり"って」

「凄い、って……何が?」

「私はアルジュイラに向かう、って目的があったから、その名前を覚えていたけれど。……ヒトの顔も、何を作っていたのかも、何があったのかも……全部忘れてる」

「でも地形は覚えてるんでしょ?」

「地図があったからね。それを覚えてただけだよ」

 

 その視線はもっともだ。

 何もわざわざ言い出す事でもなかったな、とジュニは自省する。暗殺者として動いていた頃の話など、わざわざひけらかすような話でもない。

 ただ、大国だっただけに、標的も多かったから。

 その地図が頭の中に入っているのに──街並みの一切が思い出せない事実に、愕然とした。

 

 ジュニの記憶の中でも、この国は「終わって」いるのだ。

 たとえ切っ掛けが戦争であったとしても──本来消えたのは戦争に用いられた全てだけだったとしても。

 この国とあの国は軍事力も民も失い、寿命を迎えた。他の国が教訓にと自粛し始める中で、アルジュイラと戦った小国は、静かに衰退していった。

 

「おあつらえ向きですね、とは言っておきます」

「……アリアス」

 

 そこに、いた。

 女性限定のシリアルキラー。現代を生きる魔族。吸血鬼。

 

「どういうことだ?」

「言葉を間違えましたか? ここは私の国です。もう少し向こうに行くと、アルジュイラになります。なりました。でしょうか。だからここに私がいて、私を殺す貴方達がここにいる。おあつらえ向き、という言葉の意味は間違っていますか?」

「ちょうどいい、という意味なら、違うよ。そもそもなんでそんな国の言葉を」

「さて、どうしてでしょう。私の国の公用語でもありませんでしたし、アルジュイラでも違いました。ただ──エヌがその国の出身だったので、エヌの元仲間である貴方達に通じるのか、と思った次第ですね。多分」

「元仲間、って。……エヌは僕達の仲間だよ」

「そこについての問答は本人としてください。ただ、悲しいのですが──私は貴方達を殺さなければいけないようです」

「ッ、……それは、何故?」

 

 何故、と問われて。

 アリアスは──首を傾げる。

 

「何故でしょう。別に私、そちらのお二人はともかく、男の子までに殺人衝動は湧いてこないのですが。もっと言えば、あの時から支給されたリソースを詰め込んだ瓶を常備し、さっきも取り込んできたので、殺人衝動自体が湧いてきていないのです」

「じゃあなんで殺し合いなんかしなきゃいけないのさ。

「さぁ?」

「さぁ? って……。ああ、もう、調子狂うな」

 

 ナイフを構えるアリアス。

 ABSの第二位。一度はトラップと毒を使って追い詰めた相手でもある。けれど、素のままの彼女は素直に化け物だ。魔族の名は、吸血鬼の名は伊達ではない。

 斬られても裂かれても砕かれても貫かれても潰されても──再生する。そしてそのリソースは、他者からも奪えると来た。そう、イアン達が怪我をすると、それがそのままアリアスを助けるリソースの流出になるのだ。

 

 戦争経験者。前線で戦い続けた歴戦の死兵。

 それを相手に傷を負うな、など。

 

「嘘だな」

「はい?」

「大吾?」

 

 前に出る。

 イーリスの時と同じく──彼には、それが見えている。

 

「本当は殺したくない。本当は殺されたくない。殺せとも命令されていないし、別に殺さずとも良い──と、己に嘘を吐いている。仕方なく殺している。衝動に操られているだけ。だから自分は悪くない──。それさえも、嘘だな」

「イアン・エンハード君。この方、こんなに失礼な人でしたか? 他人の気持ちを決めつけるような物言いをする方でしたっけ。私、記憶力はそこそこですけど、もう少し弁えたというか、控えた男の子だったように思うのですが」

「異能とは育つものだ、アリアス──いいや、名前も偽名か。本名は……アーデリア」

「乙女の心を見透かすのはマナー違反ですよ。──そして、懐かしい名ですね。ええ、そうですよ。私はアーデリア。アリアスは娘の名前です。私、実はそろそろ150歳に届くんですよ。誰も祝ってはくれませんが」

「……嘘を吐くな、アーデリア。祝って欲しいなど欠片も思っていないくせに」

 

 問答だ。あるいは口論か。

 大吾が見抜く。嘘だ嘘だと。まるで感情の読めないアリアス──アーデリアから、全てを見抜いていく。

 だというのに、彼女は動じない。見抜かれて当然なのならば、嘯くだけ嘯いて、本音を聞かれている体で話す──そうしている。

 だから。

 

「このまま帰るのはアリですよ。私達は戦いました、ということにして」

「嘘を吐くな、と言っている。アーデリア。お前は祝ってほしくない。呪ってほしい。死にたい。死にたい。死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。……イーリスが幸せそうな死を手に入れたのが、ズルイか」

「その眼、面倒ですね。真偽を見る眼ではもうなくなっている──心を読む眼ですか。確かエヌの出身国にそんな妖魔がいたような」

「本音を言え、アーデリア。俺達が叶えてやる」

「……」

 

 だから、アーデリアは思った。

 ならば出してしまおうかと。ずっとずっと隠していたものを、ずっとずっと、ボスにすら内緒にしていたものを。

 

「実は、殺人衝動とか……無いんですよね。最後に見たのが自分より若い女性指揮官だったから、若い女性を狙うようになった、など。──あぁ、ここまでとってつけたような理由、ありますか?」

「もっと吐き出せよ。俺には見えている。その──コールタールが如き、どろどろとした感情が」

「実は、吸血さえもどうでもいいんです。再生なんかしなくてもいいんです。若返りたくもない。そんなことより」

 

 金属音がした。

 発生源は──大吾を心配そうに見つめていた藍沙の首の裏。

 そこにいた、アリアスのナイフから放たれたもの。

 

「殺したいんです。衝動とかじゃなくて、単純に憎悪です。気持ちが悪い、と。心から思っていますよ。人間風情が──私を従えるなど。私を理解するなど。私から全てを奪っておいて、今更何を、と」

「一度は人間を目指したんだろう。だから人間と番った。だが、寿命差から夫は先に逝き、年齢差から娘にも孫たちにも恐れられる。それは国にも届き──敬うどころか、兵士として送り出した」

「記憶まで見えるんですか。いえ、私の心に浮かんだ情景でも読んでいるとして、それを言葉に出すのは最低ですね。プライバシーの侵害かと?」

「それでも我慢したんだろう。作ろうとした家族から見放されても、守ってきた国から捨て駒にされても、それでも守り通して化け物扱いされても──お前は我慢した。我慢してやったんだ。人間だった夫が、お前と好き合った彼が、何よりも──それを望んだから」

 

 藍沙の首の裏。

 そこにギリギリで挟まれたのは、同じくナイフだ。

 ジュニの隠し手。薬品や短針とは違う、イアン達には見せたくなかった本来の得物。

 

「お前も復讐者なんだろう。もう、嫌いなんだろう。我慢できないんだろう。人間が、嫌いなんだ、お前は」

「──当たり前じゃないですか。我慢してきた私の家族を奪ったのは"終わり"ではなく人間です。戦火に巻き込まれ、黒ずみとなった娘たちを覚えている。覚えています。その直後に起きた"終わり"なんかどうでもいい。ただ憎い。人間が憎い。これだけ私を縛っておきながら、勝手に死んで、勝手に消えて、勝手に殺して──勝手に"終わった"。そんなの、殺したいに決まってるじゃないですか」

 

 疾い。筋線維の断裂など初めから気にしていないのだろう、ジュニが防戦一方になる程には疾い。

 

「女性を狙うようにしたのは」

「メスを殺せば、増えるのが遅くなるからですよ。ただ、それだけだと理由としてもっともらしくないので、理由をとってつけました。聞かれましたからね。ボスに。エウリス・ビーダに。Absurdusに入る際──お前の殺しの動機はなんだ、と」

 

 イアンの手が、アーデリアの腕を掠める。

 瞬間その部位を切り飛ばし、直後に新たな腕が再生する。切り離された腕を掴み、投げつけるは藍沙。それこそ符術に阻まれたものの、符術に込められたリソースが「終わり」に巻き込まれ、瓦解する。

 貼り直しは間に合わない。横合いから投げつけられた短針も毒薬も、一切避けずに突っ込んでいく。刺さろうが貫かれようが溶けようが関係ない。

 痛い、というのも嘘だ。痛くない。もう痛くない。そんな感情は彼方に置いてきた。

 

 そして、その頬に触れる。

 

「貴女には、好きなオスがいるでしょう。──故に殺します。人間の繁殖は、気に障る」

 

 腹に、ナイフが突き刺さる。それを誰もが見た。

 誰もが──幻視した。

 

「!?」

「大吾!」

「ああ!」

 

 あり得ない感触に驚くアーデリア。その隙をついて、大吾が藍沙を奪取する。

 ナイフを見つめて首を傾げた殺人鬼は、キョロキョロと周囲を見渡して──得心が行った、とばかりに手をポンと打つ。

 

「異能ですか。それも、時間停止? いえ、頬の柔らかさはそのままだった」

「上手く行くかわかんなかったけどね──致命傷というのは、"終わり"を近付けるモノだろ。ま、どんな傷だってそうなんだけど、致命傷は特にそうだ。だから──"停めた"よ。藍沙、身体に異常はない?」

「うん! ありがと、イアン君!」

 

 殺人鬼アリアスが何故女性に狙いをつけたのか。

 それはメスだから、という理由だけではない。それなら片っ端からでいい。別に衝動に突き動かされていないというのなら、世界中の女性を目に付く限り殺していけばいい。己は不死身に近しい存在なのだから。

 けれどそうしなかった。

 それは何故。何故か。

 

「──求愛、いや、発情か。成程」

「良いんですか? お仲間にそんな言葉を使って」

「何、生物として見たら、単なる医学用語だろう」

 

 単純だ。至極単純だ。

 殺人鬼アリアスは()()()()()()()()を狙っただけ。実りそうな──つまり、意中の相手がいる女性を。好きな人がいる女性だけを狙うシリアルキラー。それが彼女本来の姿。

 熟しきる前に果実を食べる、なんて。腐りきる前に収穫する、なんて。当然のこと。

 

「嘘吐きはそちらも同じかと? 夢魔程ではありあませんが──見えていますよ、貴方の感情」

「知られて困る事は無い。そして、その程度に赤面出来る程初心でもない」

「成程。聞きましたかイアン・何ハード君。藍沙さんは貴方が好きで、大吾・なんとか君はジュニさんを好いているみたいですね」

「!?」

「はい」

 

 明確な隙だった。それは誰が見てもわかる程明確に、明瞭に。

 動揺した。バラされた大吾でも藍沙でも──イアンでもなく。

 

「一人、おしまいです」

 

 首を斬る。狙いは正確だ。

 そして、イアンからの視線も自らの身で切っている。異能は基本、対象物を認識していなければ使えない。

 空中で、全員の射線上で──明らかな動揺を見せた暗殺者を殺すなど、ワケもない。

 

 噴き出る血液。ついでとばかりに吸血も済ませ──ようとして、思いとどまる。そういえばこの子は毒使いでしたね、と。アーデリアは過去の失敗を思い出し、返り血すらも浴びる事無くバックステップ。

 次は誰から崩そうか──と考えた、その視界に。

 アーデリアの世界に。

 

「──!」

 

 ジュウッ、という音を立てて、塞がる傷口が入り込む。

 存在が。もういないと思っていたそれが、あり得ないそれが、目に映る。移り込む。世界にそれが芽生える。

 

「な──まさか、貴女は」

「イアン!」

 

 叫んだ。確実に斬ったはずの喉で、致死量の血液が噴き出した喉で──彼の名を呼ぶ。

 隙を伺っていたのは何もアーデリアだけではない。

 

 彼だって同じだ。

 彼だって──必殺の一撃を持つ彼だって、同じ。

 

 掴まれたのは、後頭部。

 

「……殺されるのは、構いません。ですが聞きたい。知りたい。教えてください。貴女……ジュニ、といいましたか。ジュニ。ジュニさん。知らない名です。私達の一族は、半魔の吸血鬼は──もう滅んだものだとばかり」

 

 髪が、頭蓋が、そして脳髄が。

 骨の手に捕まれて──「終わって」いく。だらんと手足を投げ出し、ただその「終わり」を受け入れる彼女は、けれど命乞いではなく疑問を投げた。

 段々と「終わって」いく──その脳まで消失し始めて尚、アーデリアは、殺人鬼アリアスは、真っ直ぐな瞳でジュニを見る。

 

「ウソとホント、どっちがいい?」

「──どちらでも」

「貴女の血と細胞を解析して培養して、一時的に吸血鬼になれるオクスリを作っただけだよ」

「──……なるほど」

 

 笑う。

 哂う。

 嗤う。

 

 アーデリアの身体から──若さが消えて行く。手足は萎れ、全身がバキボキと、ガキゴキと嫌な音を立て始め、折れ曲がり、破砕し、裂け、潰えて行く。

 もう頭蓋だって半分も残っていない。

 だというのに、嘲けるように笑って──ジュニを見た。

 

「残ネんでしタ。吸血キというノは──無尽ゾうの再生りょクを持つわけでハない。誰かから奪っタリソースで再生してモ、若返ッテモ──そレは、未来の前借デシかない。年長者としテ、見せてあげマす。吸血鬼ニナル、ということは、決して──イイコトではないと!」

 

 どんどんグシャグシャに、グチャグチャになって良く身体。突然穴が開く。全身が蜂の巣が如き穴だらけになる。そして溶けだす。火傷が広がる。部位が落ちる。

 

「再セイ? ──いいえ。そんな便利なものジャ、ない。私達のこレは、先オクリ。負った傷を、ケガヲ、未来の自分ニ送ルダケ。──だかラ、どうか恐怖してくださイ。私が斬った首は──無かったコトにはナリマセンので──」

 

 ず、と。

 イアンの手が、彼女を「終わらせる」前に。

 

 彼女の身体は粉々になって、めちゃくちゃになって──死んだ。

 現れる「終わり」はイアンのものではなく。

 ただ、ずっとずっと先送りにしていた、彼女自身の「終わり」。

 

 そうして──全てが、「終わった」。

 

 

 

 

 

「更地、だな」

「うん」

 

 そこは更地だった。平らな、という意味ではない。クレーター状だから、起伏はある。

 ただ、何も無かった。砂塵の一粒たりとて落ちていない。

 

「……」

「ジュニ?」

「……ん。ああ。なんでもないよ。ただちょっと、懐かしかっただけ」

「懐かしい? ジュニはこの国の事覚えているの?」

「うん。前行った事があるから」

「へえ。どんなところだったの?」

「……私が行ったことあるのは大国の方だけど、あー……やっぱあんまり覚えてないかも」

「ここは大国の方じゃないんだ」

「えっと、多分? あれ、ホントにあんまり覚えてないや」

 

 首の辺りをさすりながら。

 ジュニは周囲を見渡して、言った。

 

「そんなはず、ないんだけど」

「というかなんでここに転移したんだろ。アズは僕達に何を見せたかったのかな」

「てゆーか繫がりで言わせてもらうけど、なんでイアンは革手袋取ってるの? フツーに危ないんだけど」

「え。……え、うわっ!? まさか転移の時に置いてきて……!?」

「そこに落ちてるぞ」

「よかったぁ!」

 

 更地だ。見渡す限り更地。

 何もない。

 ここにはもう何も残っていない。

 

 リソースを――感情を蓄えていた者までもが、「終わった」から。

 もう世界にさえ、記憶にさえ。

 

 何もない。

 何も残っていない。何も遺されていない。

 

 ──"じゃ、そろそろ次よ、イアン君"

「ッ、遠話の符術!? どれだけ高位符術だと思って──」

 

 ただ。

 ジュニは自らの首を、ずっと摩っていた。

 

 

 

 

 

 

「なぁ、エメト」

「何かなボス」

「いやさ、広くねえかこのアジト」

「それについてはドーカン。構成員三人しかいないのに広いとこ借り過ぎたよね」

「馬鹿野郎、俺のポケットマネーで買い叩いたんだよ賃貸じゃねえ」

「わお太っ腹。で、次の殺戮ショウはどこでやるの?」

「んー。最近名が売れてきたせいで、野次馬が集まって来ねえのがなぁ」

「じゃあさ、じゃあさ、ボクのコーアンした奴でもいい?」

「お、いいぞ。なんだ、言ってみろ。たまにはお前も考えることが必要だよな」

「うん! あのね──」

 

 それはもう、楽しそうに。

 今まさに新しい殺しを話そうとしていたエメトが、消える。

 

「……強制転移。アズか。……なりふり構わなくなってきてやがるな」

「それは当然じゃない? 悪魔なんてものが出来てしまった以上、『箱庭』へ注入するリソースを早いところ集めて、とっとと閉じてしまいたいのだろうし」

「ま、異論は無ぇけどよ。……アリアスにウラナガにイーリスにオーディアと。全員いなくなっちまってまぁ、寂しくなったモンだよ。ヤな世界だよな、ホントに。……符術で名前を植え付けでもしねぇと、忘れちまいそうになる。アイツらがどんな奴だったのかさえ」

「ウラナガは別に覚えてるでしょ」

「いいや。覚えてねえ。……それが俺とお前の違いなんだろうよ。なぁ」

 

 和服に長刀を持つ少女に、問いかける。

 煙草が不味い。フン、女々しいことだ。自分でもそう思う。

 初めからそういう目的で集めた奴らだったはずなのに、全てを忘れて尚、情が湧いているらしい。くだらない。何があってもどうあっても「終わり」は迎えるというのに、覚えていたい、だなんて。

 

「……アリアスは、お前にとってどういう奴だったよ」

「ABSで一番怖いお婆さんだね。嘘で自分を律してるけど、別に破ろうと思えば簡単に破れるし、やろうと思えば簡単に全人類を殺し得た化け物。ま、やった所で意味が無い事くらい知っていたんだろうけど。魔族っていうのは妖魔を半分宿しているからこそ、世界の意思、リソースの意思、無の意思に近しい。長生きした所でどうにもならないことも、全人類を殺戮した所で何にもならない事も知っていたんだと思うよ」

「んじゃ、なんでウチに入ったんだ」

「目ざわりだったからでしょ。人間が。気持ち悪いらしいよ? 妖魔にとって、生体は気持ちが悪くて仕方がないんだってさ。私にもわからない感覚だけど、ここにいた時だって心休まる時間は無かったんじゃないかな」

「そォか。……そりゃ、悪い事をした。次生まれるのは、他と違わない──もっと心休まる生だと良いんだが」

 

 天井を見上げて。

 焼けた煙草の欠片が口とか鼻とかに入ってくるが、まぁ別に気にしない。オジサン急き込むのとかカッコ悪いと思うからね。すんごい苦しいけど。

 

「ウラナガは? どういう奴だった?」

「本名アムド・多良戸。彼は良い意味で本当に子供、という感じだったね。まだまだ青い子供。トラウマを抱えてて、記憶も混濁していて。名乗る偽名さえ間違えて迷走して、その最後は悲惨にして悲壮なものだった。満足はしていなかったと思うよ。最後にわざわざ感情昂らせられて憎悪を抱いていたし。アズに」

「あァ、まぁ足りなかったんだろうよ、アイツ的には。アイツの……実験対象をぞんざいに扱うクセ、まだ治ってねぇんだな。身内だと思ってる相手にはクソ程優しいクセによ」

「そこについて言えば、君は誰に対しても優しいよね」

「たりめーよ。オジサンだぜ。年長者は子供に優しくすんだよ」

 

 今頃多分、エメトの奴は藍沙達と引き合わせられて、戦うなり問答するなりして──最後には殺されるんだろう。ジュニちゃんだったか。あの娘一人にも苦戦してたくらいだからな。第一位としての、だのなんだの言っちゃいたが、戦闘力はそんなでも無い。……はずだ。よく覚えてねえや、他の奴の事。

 

「イーリスは?」

「アレに関して言える事があるとすれば、そもそも殺人者ではない、って事くらいかな。自身の性質が──魅了が他者を殺してしまうから、その償いの為だけに生き続けてきた妖魔。被害者だよ。符術協会の」

「……あー」

「あ、そっか。符術協会も"終わった"から」

「ああいや、そっちは覚えてるよ。流石に知識としてある。だが、そうか。そりゃ、嫌な話だな。俺ァ……そんなとばっちり受けたみてェな奴を、雇ってたわけだ。……どっか遠いとこで。誰もいねえとこで、静かに死なせてやればいいものを。やっぱ歳食うと鬼畜になんのかねぇ」

「それは否定しないかな。アズが最たる例だし」

「確かに」

 

 アレはまさしく文字通りの老害だろう。

 知性ある老害だ。その妄執のために、一体幾つの世界を潰してきたのやら。

 ……ま、オジサンはその妄執に賛同して協力を申し出たわけなんだけど。さっきからうるせーな、俺そんなオジサンじゃねえよ。アズなんか何十億だろ。俺はピチピチだろ。

 

「オーディアは?」

「子供の味方の大量爆破殺戮お爺さん」

「雑だな説明が」

「彼に関しては、その行動を君が縛ったみたいなところがあるからね。『箱庭』の情報を捻じ曲げて漏らしただろう? 彼はそれに子供が使われるとしって、『箱庭』を敵対視するようになったんだ。『箱庭』の原材料に子供が用いられる。そしてその『箱庭』とは、今ある文化や歴史、構造物、そして人類そのものを『箱庭』という小さな世界に閉じ込めて、未来へ遺す計画だ、って」

「……わかる? 今のオジサンの気持ち」

「自己嫌悪だろう。君、その悪役面に反して死ぬほどいい奴だし死ぬほど優しいからね」

「うっせェ。涙出てきたわ」

 

 そうかぁ。

 んで、そんな奴らも……「終わって」、消えちまったのか。世界からも、記憶からも。

 利用されるだけ利用されて、大量の感情を吐き出して。

 

 ……残念だな。少なくとも同じ屋根の下で寝泊まりした仲……なんだろうに。

 

「んで、お前が入って来た、か」

「ああ。誰もいなくなったら困るだろ?」

「初めは驚いたが、まァそォだな。困る。めーっちゃ困る。多分こっからエメトもいなくなるんだろ? ……困るよ、オジサン泣いちゃうぜ」

「エメトくらいは、その最期に立ち会うかい?」

「それは有り寄りの有りだな。……てめェで立ち上げた組織だ。その終わりくらい、見届けてやんなきゃ……ダメだよな」

 

 それがせめてもの報いだろう。

 ボス、なんて呼ばれた身としての。呼ばせた身としての。

 

「じゃ、行こうか。転移は任せて」

「あァ。頼むわ」

 

 死ぬと──「終わる」とわかって引き入れた部下たちに、弔いを。

 


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