ㅤ 作:Trefoil Knot / 試行存在
始まりがどちらであったか、なんてのは誰にも分らない。
世界か、無か。それすらも箱の中か。
ただ思うに、アズの野郎は初めからいたんだろう。始めからいて、一回目で「終われなかった」んだろう。そっからずっと、「終われない」。そっからずっと、「終わらない」。"理外"だの"異能"だののわちゃわちゃした事情はおいといて、アズの野郎はずっと「終われない」。「終わり得ない」。
生誕と無。再誕と無。新生と無。再開と無。
あらゆる言葉を尽くして対比される無と有の繰り返しは、永遠に続く。永遠に続くんだ。たとえ俺達がここで「終わって」も、『箱庭』を作っても、人間なんつー生命が生まれなくても、永遠に。
だからアイツは、それを「終わらせる」手段を考えた。
永遠に飽きただとか、「終われない」ことを嘆いただとか、そんなチャチな理由じゃねェ。
ただ──本当に「終わらない」のか。本当に「永遠」なのか。
それを、思い付いちまったから試そうとしている、ってだけだ。児戯が如く。砂山を崩すが如く。いやまァ呼称はなんでもいいけどよ。
思いついたから、やってみた。それがあるいは、己が身を滅ぼす結果になろうとも構いやしねェんだろう。身勝手も身勝手さ。誰かのため、なんて思ってたら、アイツは行動自体ができなくなっちまう。
いいんだよ、アイツはそれで。
俺もそれに賛同したんだ。協力を申し出たんだ。
どんな世界になっても争い、どんな世界になっても奪い合い、どんな世界になっても──仲間と協力し、それを打倒する奴が現れる。仲間っつーのは4、5人でも100人でも云千万人でも良い。善悪もどっちでもいいよ。必ず現れるんだ。"デカくなった奴らを打倒する者達"ってのは。結局は奪い合いさ。争いと平和の奪い合い。
どんな世界でもそうだったらしい。アズの野郎が骨身を砕いてリソースを使えなくした世界だってあった。その世界では電力だの化学だのが流行って血みどろの戦争が起きた。いっそのこと今までの知識を全て広めてみる、なんてこともした。その世界ではアニメもびっくりなファンタジー大戦争が起きたって話だ。
知性体は二種類しかいねぇ。男女じゃねえ。争いたい奴か争いたくない奴か、だ。中間なんていねェ。中立なんざいねェ。そいつァ争いたくない奴だ。余計なコト言って巻き込まれたくない奴だ。
だから、どんな世界になっても、どんな
全部そうだったんだと。アズの野郎が見てきた世界で、どの方向性に伸びて行こうとも、争いが無い世界は無かった。
が。
まァここまでツラツラ語っといて、これは別に知性体が悪いって話じゃねェ。人間があくどいって話でもねェ。
当然なんだと。
だって無は成長したがっている。無は更なるリソースを欲している。何も無いから、腹が空いて仕方がないんだと。
だってんなら当然、俺達細胞は無様の欲求に従ってリソースを吐き出すんだ。心っつー機関は無尽蔵にリソースを生産できる。だから世界には必ず知性体が生まれるし、機械だろうと砂人形だろうと心は宿る。
んじゃ無を腹いっぱいにすりゃいいとなるんだが、無は文字通り無限に広がっていると来た。俺達には限素なんて枷をつけておいて、無には寿命がねぇんだ。
ただ無は、無尽蔵にリソースを欲す。
世界を造ってはリソースを生産し、世界の寿命でそれを解放。要は農家の収穫だな。
自動化されてんのさ。世界っつー果実が生ったら、次第に熟れていって、最後にゃポトリと落ちて。
誰に売るわけでもねぇその潰れた果実を吸い尽くして、あァ美味ェ、って。それが無って奴。
だからアイツは、それを「終わらせる」手段を考えた。
俺も賛同した。他人に働かせててめェは何もしねえで美味い汁だけ啜ってる奴ァ嫌いなんだ。
協力を申し出た。その手段に使うもの、俺が集めてやるぜ、って。
それで出来たのが、Absurdusだ。
それを使うのが、『箱庭計画』だ。
限素の無い世界で、永遠に発展し続ける知性体の果て。俺達みてーな断裂した文化じゃなく、地続きの生命が行きつく果て。
そこに生まれる──生まれてくれと願う希望。無の届かぬ世界で、無の届かぬものに管理された世界で、その芽吹きを心から待つ。
待つんだ。
結局、俺達がいなくなっても、『箱庭』で何億と時が過ぎようとも、その成果物が現れるまで──アズは待ち続ける。また新しい世界が出来るのかもしれない。出来ない無の時間が続くのかもしれない。ただ野郎は「終われない」から、待つしかない。
FTRM3Uと名付けられた未来予知システム。生死と成長、流転の役割を与えられた俺達の分身。
古代から始まるわけじゃない。この世界の今ある文化や文明は出来るだけ複製する。模造する。必要のない部分のクオリティは下がるが、その分
あるいは俺達より優れた者が生まれることもあるだろう。TKが何かしらの干渉をすることもあるのかもしれねェ。当人は嫌がってたが。
こんだけ詰め込んで、こんだけ用意して。
アイツはまだ不安らしい。
なんだってそんな──。
「そんなの、次の世界に君がいないからに決まってるじゃないか。私も、まぁ一応ワズタムも」
「ん──」
「忘れたのかい? 初め。一番。最初さ。アズが研究所に私達を集めて言った言葉。あれは世辞じゃないんだよ」
──"ようやく、最高のチームを集められたわ。これ以上はないって程に。だから──お願い。『箱庭』をどうか、よろしくね?"
「……期待されてんのねェ、オジサン」
「今更気付いたの? 一番でしょ。ただ"終われなかった"私より、"終わり"に抗ったワズタムより──恐怖も憎悪も無いのに、ただ無が嫌いだから、ってだけで手を取ってくれたヒト。そんな奴いる? そんな軽い信念で──ここまでやってくれる人」
「……なぁ、聞きたかったんだがよ」
「うん?」
「なんでお前、エヌって名乗ってたんだ。なんか理由あんのか?」
「真ん中だからだよ。エムはちょっと本名に似てるからさ。エヌにした」
「……適当だなァ。ま、オジサンも他人の事言えねェけどよ」
成功すれば御の字だ。それで終わりでいい。ただあと少しだけ待って、ようやく報われたな、つって。地獄の窯の縁ででも、笑いあってやろう。
だがよ、失敗したら。
「そろそろ、決着がつくよ」
「ん」
傷心に、感傷に耽っていたら、下の争いごとも終わったらしい。
んじゃまぁ、弔いに行きますかね。その直後に全てを忘れてしまうのだとしても、ボスとして。
文字通り心を鬼にでもしてな。
「ここは……学術都市?」
「ああ。五年程前に亡びた都市だ。建造物より先に住民の方が全員"終わって"、誰もいなくなった学術都市。符術に関しては協会の方に分があるだろうが、その他の学問に関しちゃココのが進んでいる。……進んでいた、というべきか」
「ここ……なんだか、寂しいね。施設もまだ生きてるのに」
「発電所も自動稼働で生きたまんまだからねー。リソース無しでよくやるなー、ってカンジだけど、廃棄物とか自然汚染とかも酷かったって聞いてるよん。結局リソース介した方がクリーンだし?」
イアン達住む国では見ないようなビル群。政府施設周辺にはビルも存在するが、国自体がここまでビルに群れているということはない。周囲を反射する銀の建材はこの国を象徴しているかのようで、その個というものが見当たらない。
誰もいないのだから、当然に。
「──学校が良いと思うんだよね! 特にショーガッコーと、か……あれ?」
雨が降っている。降り注いでいる。
冷たくない雨だ。温暖な気候だからか、何か別の理由か。
「……なんでボク、ここに」
「──エメト」
「んぁ?」
青い髪の青年。人を小馬鹿にしたような、ピエロを崩したようなメイクのその顔は、雨に濡れても崩れる事は無い。背に背負う三丁のショットガン。
その一本が、引き抜かれた。
「ッ!」
「……ね、ボクをここに呼び寄せたのって、君達?」
「いや……僕も何故ここに飛ばされたのかはわからない。飛ばしたのは多分アズだと思うんだけど」
「……」
銃口をイアン達に向けて──けれど、やめた。
はぁ~、と深いため息を吐いて、銃身を杖替わりにして、中腰になる。
「あのさ」
「ぁ、ああ。なんだ……?」
「ボクこの都市嫌いなんだよね。誰もいないから殺し甲斐がない……とかって嘘を吐くと、そっちの奴に見抜かれるんだっけ? そーゆーのめんどーだから本音で言うけど、ここボクの生まれたトコでさ」
「学術都市出身……ということは」
「あー、うんうん。ボク結構頭いいんだよ。君達だいがくせーだっけ? 君達の百万倍くらい頭いいよ。けどまぁ、頭は悪い方が幸せだったかなぁ、って思う。頭が良いとさ、見なくていいものいっぱい見えちゃうんだよね」
エメトは溜息を隠さずに、符術を一つ展開する。
咄嗟に身構えたイアン達──が、杞憂。彼の展開した符術は壁。正確には屋根、だろう。雨を遮る屋根を作った。
倣い、藍沙も同じように屋根を作る。
「あーうん、それがいいよ。この雨冷たく無いだろ? ふつーの雨じゃないんだよね。ほらあそこ……中央に一番でっかい建物あるでしょ? あそこから出てる雨でさ。これに濡れ続けると、体力回復するし傷も癒えるし病気も治るんだ」
「……」
「やめてよ、そんな目でみないで。これボクが吐いた嘘じゃないから。これはこの国の医療団体が吐いた嘘。嘘っていうか、知らなかったんだろーね。そんな副作用がある、なんて」
どろり、と。溶けだす。
何がって──符術の屋根が。
「みんな、建物の陰に!」
「ああ!」
四人が屋根の有る所に移動しても、エメトは動かない。
藍沙のそれと同じく溶けだした符術を意にも介さず、落ち込んだ様子で、地面を見ている。
「リソースを奪うんだよ。この雨。ヒトの感情を奪うんだ。奪われたリソースは他国に流れる。あ、別に他国と繋がってるスパイがいた、とかそういう話じゃないよ。ホントに知らなかったんだ。そんな副作用があるなんて。癒しの雨、恵みの雨、なんて騒いでさー。いつしかやる気ってものが失われて、はは、死んだみたいな人々になってたよ。会社行く人も、ガッコ行くやつも、みーんな死んだみたいな顔して歩いてんの。傘も差さずに雨に濡れて、人形みたいにどろどろ生きてんの」
「酷い……」
「酷いかなぁ。身体は元気なんだよ? 不治の病だ、なんて言われてきたヒトも快癒して、老若男女問わず雨に身体を浸して、毎日元気に労働するんだ。頭がいい奴は都市の更なる発展を、ちょっと足りないのは発電所とかで労働を。ただ──日に日に、リソースが奪われていく。だからやる気もなくなるし」
符術。それによって、ビル群の一部が凍り付く。さらにはいくらかの衝撃があって、中身が晒された。
「見なよ。コレ」
「……え、ヒト?」
そこには人がいた。
ヒトがいて、生活をしていた。壁が壊された、なんてのはどうでもいいとばかりに、PCで何かを打つ青年。ベッドで横になり、端末を動かす少年。自動調理器だろうか、幾つかのボタンを押すだけで出てくる料理を運ぶ女性。
普通に人が生活している。
「学術都市が五年前に死んだのは事実だよ。でも別に住民が"終わった"わけじゃない。終わっただけなんだ」
「どういう……」
「わかんない? 頭悪いね。ま、コレ見たらわかるでしょ」
エメトが。
その手に持つ銃を――先ほど出来た料理を運んでいた女性に向ける。向けて、引き金に指をかけて。かけて、撃つ。止めなかった。止められなかった。自然だったから、あまりにも。
放たれた散弾は女性を芯に捉え、ぐちゃぐちゃにした。
「え……!?」
「そんな」
「酷いかなぁ、って。さっき言ったけどさ。うん、酷いよ。最低だと思う」
でも、誰も気にしない。
その女性の家族か同僚か、同じ部屋にいる青年はPCに目を向けたままだし、壁の破壊によって露出した隣人もまた、食事をやめることはない。端末で何かをしている少年も同じだ。
そして女性は──女性だったものは、即座に片づけられる。掃除用の機械だろう、円盤のようなものがソレを片付けて行く。
最期には元通り、綺麗になった。
ただ女性が一人いなくなっただけ。その事を気にする者も、憤る者もいない。
「肉体は元気なんだよ。学術都市の有らん限りの技術を以て強化されてる。限素の寿命は限界近くまで引き延ばされてる。でもね、魂はもう限界なんだ。毎日奪われる感情に、心が悲鳴を上げている。目の前で人死にを見ても、自分の家が壊されても、殺人鬼が来ても──何も感じない。感じる事にすらやる気を覚えない。別に良いよ? ここで僕がバクダンとかセンシャとかで大暴れしても。多分誰も出て来ないよ。抵抗もしない。何も面白くない」
「……終わっているな」
「そ。ここは現象としての"終わり"じゃなくて、人間としての終わりが訪れた都市。あの雨を降らせる装置を壊したところで、奪われたリソースが戻るには時間がかかる。あと一ヶ月じゃ、無理だね」
エメトが立つ。
その体は雨に濡れている。けれど。
「ま、奪われて流れたリソースは他国に行きついた。それらは他国に異常なやる気を起こさせたんだと思うよ? 身体を酷使してまで何かを成そうとしたり、他国に必要以上の敵愾心を抱いたり。といっても五年前の話だからね、その前は単純に人間の
「……一つ聞かせてください」
「ん? いいけど……あー、なんだっけ。藍沙ちゃん、であってる?」
「合ってる」
「良かった。ボク他人の名前覚えるの苦手だからさ。あ、ユンちゃんの事は覚えてるけど」
ひひ、と笑う彼に殺意をぶつけるジュニ。
そんな彼女を制すのは、大吾だ。そして代わりに、言葉を発した藍沙が前に出る。
「どうして貴方は、それを逃れることが出来たんですか?」
「ん-。ま、その雨を作った奴らよりボクってば上位でさ。そんなメリットだらけの怪しいものを都市に散布するって聞いた時から、あぁコイツラ頭おかしいんだろうな、とか思ってて、雨を避けてたんだよね。でも国の上層部……お偉いさんもその効能を認可しちゃってさー。勧められたよ。"どうだエメト君、君もこのエリクサーを呷ってはみないかね?"って。いやもうおかしくっておかしくって、馬鹿らしくて馬鹿らしくて──その時、初めてヒトを殺したよ」
「……!」
雨はエメトの身体に降り注ぐ。
けれど。けれど。けれど。
それ以上に――目に見える程の。
「その時のボクの感情わかる?」
「……快感、ですか?」
「あー。ま、そっち思い浮かべるよね。普段のボク見てりゃそうだと思う。でもちょっと違ったんだ。その時、あの毒物を勧めてきた馬鹿を殴り殺して感じた事は、ただ一つ」
──綺麗になったな、って。
「きれい、に……?」
「うん。馬鹿を殺したから、一つ綺麗になった。君だってさっき言っただろ? 酷いんだよ。酷いものを街中にばら蒔いて、誰彼構わずそれを飲ませて回って。そんな馬鹿をさ。ゴミをさ。僕は掃除したんだ。この世界から汚物を一つ消したんだよ」
「……だから貴方は、殺人鬼に?」
「いや? 別に、僕にも家族とか友達とかいたし。今もいるんじゃない? 死人みたいに毎日を繰り返すだけの存在にはなっちゃってるだろうけど、今もどっかにいるよ。ボクの家族も友達も。クラスメイトとかスポーツクラブの仲間とか、みんないると思う。なんならボクがこの国で殺したのって、さっき言ったやつともう一人だけだよ」
「その一人とは?」
「この雨を作った奴」
当然のように言う。
そして当然の様に問う。
「なんかボク、間違ってるかな?」
「……抱く感情が間違っているよ。人を殺して、綺麗になったな、なんて……」
「でも君たちだって、この国の真実を知った上であの二人と対面したら同じことをしたと思うよ?」
「そんなことは」
「ま、そんなことはないか。殺すまではいかない。でも断ってたでしょ。感情を奪う水なんか飲めたもんじゃないし、それを作ってこの都市を殺した奴なんて許せない。だからどうにかこうにかして信頼の座から引き摺り下ろして、どうにかこうにか改心させて、みたいな回りくどいことしてたんじゃない?」
「……ヒトはそう簡単に変わらないよ。どうにかこうにか改心させて、なんて。真実を見せなきゃ無理」
それは……。なんて言い淀もうとしていたイアンよりも先に、藍沙が前に出る。
前に出るのだ。雨に濡れる事も厭わず──いつも明るく元気な藍沙、ではなく。どこか暗い、時折見せる影を帯びた彼女が言う。人心について語る。
「へえ。わかってるじゃん」
「多分、その雨の開発者さんが、健康だった頃にこの現状を見る事が出来ていたら、すぐにでも開発を止めてたと思う。貴方に水を勧めた人もそう。結果さえ分かっていれば変わっていた。変われていた。けど、そんなこと思いつかない状態で、これだけ並べられたメリットに食いつかないヒトは早々いないよ。傷も病気も治る。延命も出来る。寿命も延びる。……たとえ、自分よりどれほど頭の良いヒトがデメリットを説いてきても、変わらない。実物を見ない限り、絶対変わらない」
「そーそー! 何もボクだって、問答無用で殺したわけじゃないんだよ。ちゃんと説得したよ。ソレは毒だって。それは健康被害の出る水だ、って。原理からちゃんと解説した。……そしたら彼らはどうしたと思う?」
「……嫌な顔をして、"そういう可能性も考えられますが"なんて言って、結局意見を変えない」
「アッハ! 凄いじゃん。その通りさ──"まぁまぁそう言わずに"とか、"騙されたと思って"とか。人間ってのは一度信じたものは信じちゃうんだよね。疑うには信じた情報の数倍数十倍の事実が必要だ。ボクの方が上位だとしても、ボクの方が頭が良くても、カンケーない。その程度の事は自身の信じる救いに罅を入れない。面白いよね。この学術都市がさ! リソースや符術をオカルトだと──心なんてものは健康な身体でこそ強くなるものだと! この世界の
藍沙がまた一歩、前に出る。
両腕を広げて狂ったように哄笑するエメトに、一歩、また一歩と近づいていく。
二人の身体からは。
目視出来る程の陽炎が立ち昇っている。
「法則法則法則、って。自分達が幼いころから学び続けた常識は絶対なんだよね。勿論"終わり"にだって理解はある。限素を研究する機関もある。けど残念だなぁ、心は嫌いだったらしい。脳にまで行ったくせに、心と感情はオカルト扱いしちゃったんだ」
「だって、そんなものは、見えないから?」
「そーかもね。……でさ。そこまで近づいてきて。この雨の危険性を理解した上で、傘も差さずにここまで来た君はさ。ボクが人を殺す理由もわかってる、って感じでいいのかな?」
「うん」
笑う。イアン達に見せるような、花開くような笑み。
それを――エメトに見せる。
「
「そりゃあ凄い。よく人間社会で生きてられるね」
「生きてられないから、こんなことしてるのかも」
「ああ──そりゃ、いい。ね、君の名前教えてよ。ボクはエメト。エメト・アルディーカ。君は?」
「陽下藍沙。でもそれは、母方の姓。私の本当の名前は、アイサ・ビーダ」
「──……そりゃ良いワケだよ」
この雨が、リソースを奪うというのなら。
その程度の薬物に奪われない程の──枯渇なんて言葉を知らない程の、規格外のリソースを持つ者が雨に打たれたら、どうなるか。
奪えないわけじゃない。奪う副作用はしっかりと機能している。
だけど──耐えられない。
雨粒程度の器では、この質のリソースを蓄えていられない。
だから寿命を迎える。蒸発する。立ち昇る陽炎はこれだ。二人の抱える巨大感情が、雨粒の全てに勝っている。
「許せないだけだよね。ボクらは」
「私はだけじゃない」
「ああ、そう? じゃ、同じじゃない。けど、ちゃんと含んではいるんだ。ってことは、君にとってボクは」
「うん。──凄く、嫌い。殺したい」
「藍沙!?」
二人の会話を聞くに徹していたイアン達も、その言葉は聞き逃せなかった。
あの藍沙の口から、殺したい、なんて言葉が出るとは。
「イアン君。アイサちゃんの彼氏、でいいんだよね?」
「いや、そういうワケじゃ……」
「まどっちでもいいんだけどさ。君、この子の事理解してる? 出来てる? 凄いよこの子。君達に、君程度の御せる子じゃあない。ボクでも持て余す。こんな、こんなさ」
速かった。誰も止める暇が無かった。
その銃口が藍沙の顔を向くのと、彼が引き金に指をかける動作。余りにも自然で──誰もが間に合わないと思ったことだろう。
否。
エメトと藍沙以外は、だ。
「こんなこと出来る子、他にいる!? 符術っていうのはリソースを変換する術式なんだよ。自分の感情を、たとえば守りたいとか、たとえば攻撃したいとか! そういうのを変換式に注いで、変換されたリソースが事象の改変を行う。それが符術だ! でも今見たでしょ? そんなこと考える暇なかったはずなんだよ。ボク、早撃ちには自信あるからさ。ま、エイムには自信ないからショットガンなんてもの使ってるんだけど。それでさ。それでさ。その──意識出来ない程早い発砲に対して」
止まっていた。
散弾は、空気中で止まっている。
壁だ。否、匣だ。
弾丸一つ一つの前方に展開された、極小の匣。無駄なリソースの一切を排し、何の符も持たずにその結果を得ている。
そんなはずはない、と。そう叫ぶのは、ジュニの常識だ。自身ですらそんな事は出来ない。イアンですら出来ない。いや、今は亡き符術協会のトップでさえ無理だ。
「だって、嫌じゃないですか。痛いのも、服が破れるのも、後ろにいる皆に当たるのも。勿論、無駄遣いするのも。だから最小で留めました。効率よく防ぎました」
「許せないんだよね、ボクのこと。……舐めた態度で、君と──まるで対等の位置にでもいるかのように話す、ボクの事! 君は全く、人類は平等だ、とか思ってない。下には下がいる──けど上には数人しかいない! だから、嫌いなんだ。自分より劣っているくせに、自分より上みたいな態度取ってる奴が、心から嫌い!」
「さっきも言いましたけど、それだけじゃないです。けど──うん。それも正解」
「だから、殺す?」
「ううん。もっと酷い事をする」
展開されるのは、符術。
エメトと藍沙を囲うように。その匣は、何重にも、何重にも重なっていく。重ねがけによる強化。雨が溶かせども溶かせども、それは更なる補強が為されていく。
近づかせない、という強い意思がそこにある。
「藍沙──」
「待て、イアン」
「……これ」
咄嗟にそれに突っ込もうとしたイアンを止めるのは大吾だ。その顔は苦渋。
何故気付かなかったんだ、とばかりに、自己を責めている。
ジュニも気付いたのだろう。その結界から発されるリソースの色に。ひしひしと伝わってくる感情に。
「僕達のことも……嫌い、なのか……?」
匣はただ、重なり続ける──。