作:Trefoil Knot / 試行存在

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Absurdus、略称ABSはアビスと発音します。


ㅤㅤㅤㅤ

 「終わり」の研究所には、ちらりほらりとしか人影が無い。

 それぞれがそれぞれの分野に当たり、けれど進展らしい進展を見せる事無く──ただ一つの計画のみが侵攻していく。

 『箱庭計画』と、そのプロジェクトは呼ばれていた。

 

「FTRM3U、次に"終わる"のは、どこかしら」

 ──"北区2番街。商店街が寿命を迎えます"

「あら、商店街の全て?」

 ──"はい"

「そう……残念ねぇ」

 

 「終わり」。

 この世界が今直面している危機。

 そも、世界を、私達を構成する粒子を限素といい、これは文字通り存在できる時間に限りがある。ヒトも動物も構造物も自然も、全てが必ず寿命を迎える。限素が解ける事で、世界に還るのだ。

 けれど、単なる寿命だけが「終わり」ではない、という事もわかっている。比喩表現ではなく、本当に「終わる」のだ。

 

 たとえば、少し前まで、国家間の戦争というものが行われていた。

 次々と「終わっていく」大地に、領地問題や食糧問題と言った壁が生じ、奪い合い奪い返し合いの血みどろ戦争。

 しかし、それすらも、である。

 互いの国が、互いの国に向けて、超威力のバクダンを投下しようとした──その瞬間。

 国も、ヒコーキも、センシャも──戦場も、兵士も。

 その全てが「終わった」。まるで神が「見苦しい」とでもいうかのように、その場にあった万物が消失したのだ。

 

 それから、戦争は行われていない。

 ただ──もう、それぞれがそれぞれの国に縮こまって、肩を抱いて身を震わせるだけの日々。

 各機関で「終わり」をどうにかしようと動いているようだけど、無駄も無駄。それら研究機関でさえ「終わっていく」中で、「それならばいつも通りの日常を過ごそう」と歩みだしたこの国は偉い方。

 「終わり」が目に見えていて、それでも日常を、と。

 ……私、無理して頑張る子って大好きなのよねぇ。

 

「おはよう、TK。調子はどうかしら」

 ──"万事滞りなく。テストパターンは80まで完了しています"

「そ。模造の方は?」

 ──"そちらも問題ありません。今ある文化……学問や学識の形態、様式、それらを一部分ずつではありますが、再現できているかと"

「んふ、ありがと。そうよ、そうして……アナタは、未来へ残るのだから」

 

 球体を撫でる。研究所の中央にある巨大な球体──未来予知システムFTRM3U、ではない。

 もっと小さな球体。空中投影器によって映し出されるは美しい星。「終わり」によって至る所に穴ぼこの開いたこの星の、元あった……こうあるべきだった、とでもいうような姿。

 それは宇宙のような場所に浮かべられているけれど、他の星々は存在しない。否、存在したとしても、()()()()()()程度だ。この星の文化を遺すのに、未だ開発の進んでいない宇宙や深海の情報などは不要。

 因みに、宇宙のいくつかも「終わっている」事が分かっているので、惑星外に逃げる事も意味を成さない。

 

「TK……。Trefoil Knot。カムナリとは、どう? 話せている?」

 ──"そちらは、申し訳ありません。入力されていないパターンの再現は……未だ、成し得ておらず"

「んふふ、申し訳なさそうにする、なんて無駄なパターンを仕込むコじゃないわ。だから貴方のソレは、貴方の個性なのよ。大丈夫、少しずつ成長しているから」

 ──"ありがとうございます、AZ様"

 

 『箱庭計画』は、今ある文化を、ここまで積み上げてきた文化を「終わり」の干渉できない箱庭に詰め込んで、未来へ遺すための計画だ。そしてTKという名の付けられた管理AIにより、膨大に詰め込まれたテストパターンで以て自然や文化を調整し、人類の発生や新たなる文化の創造、そして「終わり」の対抗策を講じる。先延ばしのためだけの、最終装置。

 必要なのは膨大なリソース。

 

 ──"AZ様"

「なにかしら、TK」

 ──"カムナリ様やAZ様は何故、私の仮フレームを撫でるのでしょうか?"

「それは、貴方が愛おしいからよ。私にとってもカムナリにとっても、貴方は我が子のようなもの」

 ──"AZ様とカムナリ様が私の親、ということですか?"

「あらやだ。ふふ、私にとってもカムナリは……美味しそう、だけど、流石に年齢差がありすぎるし……」

 ──"FTRM3Uと私は、姉弟のようなものだと……ウォロッソ様は仰いました"

「まぁ、似たようなものね」

 ──"であるならば、やはり。この施設にいらっしゃる方々は。取り分け、私という個を生み出してくださったAZ様とカムナリ様は、私の親であると認識しています"

「……ええ、それで構わないわ。TK。Trefoil Knot。私達の、愛しい子」

 

 球体を撫でる。

 TKの言う通り、これは単なる応答端末……仮フレームでしかない。

 TKの頭脳とでもいう部分は"箱庭"の方にあるので、こちらには何もない。

 

 けれど。

 

「ヒトはね、撫でる事で……触れる事で、感情を伝えるの。私やカムナリは、貴方のリソースには成り得ないから、せめて、ね?」

 ──"理解は難しいです。ですが、推測のもと──ありがとうございます、と答える事が、もっとも正しいと判断します"

「ええ、今はそれで大丈夫よ」

 

 TKはまだ幼い。

 作られて間もない人工知能。けれど、まだ、まだ。

 世界の「終わり」まではまだ、幾許かの猶予がある。

 その時までに、必ず。

 

「……にしてもカムナリったら、どこに行ってしまったのかしら」

 ──"カムナリ様は、ショッピングというものをしてくるよ、これはAZには秘密だ、TK、と仰っていました" 

「……そ。なら、大人しく秘密にされておくわ」

 

 あの子も年頃の女の子だ。それくらいの自由はあっていいでしょう。

 ……私はそろそろ、彼の様子でも見に行きましょうかね。

 

 

 

 

 

「起きているかしら、ワズタム」

「んー? あぁ、アズか。今百連でどんだけレア引けないかチャレンジの真っ最中だからちょっと待ってな」

「次にSSSレアが出るわよ」

「ぬぉぁあ!? ホントに出たんだがオイ!」

 

 百面相を……していない少年に、少しばかりのため息を吐く。

 病衣を纏う少年。手足には点滴の管が、顔には呼吸器が。瞳は白く濁り、耳は潰れている。

 

 そんな少年の声は、彼の隣にあるディスプレイから聞こえてくる。

 

「……九十連目まで星3しか出なかったのに、どうしてくれんだよオイ」

「天井の無いガチャは悪い文化、じゃなかったの?」

「へん、俺の金じゃねーからな。研究所の研究費用しこたま課金に注ぎ込んでやろうと思ってよ」

「やめてあげなさい」

 

 ディスプレイに映るのは、これまた白の病衣を纏う少年。けれどその体に点滴の管やら呼吸器やらはない。

 元の姿の、といえるのだろう。健康な姿の少年が映っている。ああ、けれど。

 

「っっツ……」

「……痛むのね」

「……まぁな。しょうがねえだろ。体内から"終わり"に蝕まれてんだ、痛みもする」

 

 死に体の少年が、それでも死なずに生き永らえている理由。

 それはとても単純で。

 

「少なくとも、飼い主の台詞じゃあねぇだろ、なぁアズ」

「……あと少しだから、というのは、言い訳よね」

「はン、馬鹿め。これは自業自得だよ。ヒトがカミに抗っちゃならなかったんだ。それだけさ。ま、それをモルモットにするのはどうかと思うけどな」

 

 モルモット。

 研究所──「終わり」を研究する機関において、体内に「終わり」を持つ少年など。「終わり」に浸された者など。

 格好の研究対象だ。少しずつ、緩やかに死滅していく──消失し、「終わって」行く少年を、外部からの治療で活かし続ける。同時に「終わり」に何が効くのか、どうしたら止まらせられるのか、などを観察する。

 代償はただ、少年が苦しみ続けることだけ。

 

「ワズタム。もし、もう無理なら──」

「馬鹿が。お前の手を汚す程の事じゃねえよ。どうせあと少しで何もかもが"終わる"んだ、そのための研究だろ。つか、今殺されたら"終わり"の直前とかに生まれ変わって、二度痛い思いしそうだからフツーにヤダ」

「三度目、じゃなく?」

「……ふん」

 

 ディスプレイの電源が落ちる。

 今日は営業終了、ってトコかしらね。また、量産型ソーシャルゲームにでも耽るのでしょう。

 

 ワズタム。カムナリと共に、そして私と共に、"前"を知る者。

 いいえ、ワズタムに限って言えば、それ以外も──。

 

「一刻も早く……アナタに安息が訪れる事を願っているわ」

「それは世界が"終わる"時だろ、アホかっての」

「……ディスプレイついてなくても喋れるのだったわね」

 

 どうか、安らかに。

 

 

 

 

 

 

 端末を見る。

 流れてくる情報は、どれもこれもテロリスト集団の話ばかり。

 「終わり」という誰にも、どうしようもできない巨壁を前に訪れた束の間の平和──それをかき乱す存在だ。どうせ「終わる」のだからと、面白がる者もいた。最後くらいは静かにしてくれと、忌避する者もいた。

 

「殺されて死ぬのと、"終わって"消えるの。どちらがいいのかしらね」

「さてな。儂は"終わった"事が無い。が、殺される際の──傷を受ける際の痛みは知っている。儂があの時に見た全て──声を発する間もなく消失していく皆に、どれほどの苦痛があったのか。それが分からない限り、天秤にはかけられんだろうよ」

「ふふ、そういうストイックな所は好みよ」

「寄せ、気色の悪い」

 

 相も変わらず、客の少ない店内。

 カウンターにはアズと──皺くちゃの顔と白髪を隠そうともしない、老人。

 底の厚いグラスに、氷。赤茶色の酒は、老人の纏う、くたびれたコートの色によく似ていた。

 

「オーディア。どうして貴方は、Absurdusに参加したの?」

「……珍しく、野暮な事を聞く。……ふん。『箱庭計画』、と言ったか。人類の遺産を、文化をタイムカプセルのように未来へと遺す計画。……余程の馬鹿でもなければ、このような計画は組めんだろうな」

「『箱庭計画』に、迎合できないのね」

「当たり前だ。この世界など、残して何になる。誰もが争い、誰もが奪い合い……あの時、あの戦場が消失に見舞われなければ、あのまま人類は争いを続けていた事だろう。それが今の人類だ。それが今の文化だ。そんなものを未来に遺すなど、正気の沙汰ではない」

「まぁ、そうねぇ」

 

 老人は──オーディアは、吐き捨てるように言う。

 それはまぁ、そうかもしれない。

 「終わり」によって止まった戦争。その前にも当然小規模な国家間戦争があり、オーディアはその経験者だ。その時代の、大地が「終わり」、食料が「終わり」、民草さえも「終わっていく」中、それでもと争い合う人間達を見ている。

 それは確かに、「こんなものを未来へ遺してはいけない」と……そう思わせるに十分な材料であると言えるだろう。

 

「……だが、儂は他の連中のような無差別殺人をするつもりはない、とだけ言っておくぞ」

「国際警察においても伝説的な爆弾魔の言葉とは思えないわねぇ」

「元より儂は、政府施設しか狙ってはおらん。それが、『箱庭計画』へと矛先を変えただけだ。連中のように無差別な……"終わり"を知っても尚、今を必死に生きようとする者達の命まで奪うつもりはない」

「高尚ね?」

「ふん。単なる好き嫌いだ。褒められる事でも、況してや赦される事でもない。儂らは正義を気取るつもりはない。……故にこそ、()()()()は、手に余る」

 

 酒を呷るオーディアが、それを漏らす。

 待っていましたとばかりに身を乗り出せば、彼はあからさまに嫌な顔をした。

 

「エヌ、と言ったかしら。貴方達が名乗りを上げた時、唯一殺さず、攫って帰ったという少女。ね、今度会わせてくれないかしら」

「ならん。誰が狼の前に羊を差し出すというのだ」

「あら、もしかして可愛がっているの? 大丈夫よ、ちょっとワンナイトするだけだから」

「それがならん、と言っている。16の女子(おなご)だ、お前にとっても子供だろう」

「食べごろじゃない」

「……変質者め。ABSの全メンバーに通達し、ここには近づけさせぬよう伝えておく」

「えー。ケチー」

 

 エヌ。イアン・エンハード君の探している、自らを庇ってくれたという女の子。

 その所在は確かにABSのもとにあるらしい。そしてなんと、可愛がられているらしい。

 異常嗜好のシリアルキラーの集団に可愛がられるなど、どれほどまでに可愛らしい子なのだろうと涎が出る。じゅるり。

 

「ビーダは、どういう反応なの? アイツ、子供は苦手でしょう?」

「どう、ということもないな。基本エヌに接するのは儂やウラナガのような常識ある者だけだ。ボスは変わらず座して、何やら策略を練り続けているよ」

「そう。面白くないわね」

「何を期待していたのだ……」

 

 そりゃ、アイツにロリコン適性があるかどうか、だけれど。

 ……ま、「終わり」が見える少女だというのに連絡の一つも寄越さない辺り、あまり有用ではなかったとか、そんな辺りなのでしょうけれど。

 

「良い酒だった」

「あら、もう行くの?」

「ふん。儂とてこんなにも忙しい日々を送るつもりは無かったのだがな。先日、ボスへ宣戦布告が叩きつけられたのだ。"必ず取り返しに行くから首を洗って待っていろ"──と。時代錯誤にも程があるが、勇気のある少年は嫌いではない。お前のような変質者には絶対に会わせんが、覚悟を以てボスに挑む気概のある者であるのならば、あるいは、だ」

「そ。それは残念。……ケ・ド。一つだけ。これは昔馴染みとしての助言よ、オーディア」

「なんだ」

 

 二枚の写真を見せる。

 映るのは──イアン・エンハード君の顔。そしてもう一つ、あの派手な女の子の写真。

 

「このコ達には、気を付けなさい。男のコの方は、多分、"終わり"に類する異能を持っている。女のコの方は単純に危険人物ね。この間店に来た時、カウンター席にこれでもかという程のトラップやら盗聴器、さらには毒物の類まで仕込まれていたわ。あるいは貴方達と同じ"ガワ"のコよ」

「……留意はしておこう。それではな、アズ。次に来るとき、儂が妖魔の類となっていない事を祈っていてくれ」

「ええ。また来てね、オーディア」

 

 悲しい話だけれど。

 これはまた、戦争だ。イアン・エンハード君達と、Absurdusの、少女を賭け戦い。

 どちらも甘くはない。多分、どちらも──ちゃんと。

 止めを刺すのだろう。命を奪うのだろう。だからこの約束は。

 

「お代はビーダにツケておくから」

「ああ。世話になったな、アズ」

 

 去る老人に、祈りを捧げて。

 国際テロ組織Absurdusが第五位、オーディア。

 

 どうか彼に、苦しみの無い眠りを。

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