ㅤ 作:Trefoil Knot / 試行存在
「ここは……」
「符術結界の中。あの雨も、イアン君達も入っては来られない。前みたいに強制転移の割り込みも出来なければ、エヌちゃんの刀でも切り裂けない」
「成程。邪魔されたくないんだね。で、ボクにどんな"もっと酷い事"をしてくれるの?」
「まず、確認したい事がある。貴方は『箱庭』計画についてどんなことを思ってる?」
「なんて無駄な計画だ、って思ってる……というのが、ボクっていう
「じゃあ、真意もわかってるんだ」
「全部じゃないのが悔しい所だけどね」
黒い匣の中で、二人は問答をする。
空中で停められた散弾。ショットガンは相変わらず藍沙に向けられたままだけど、その引き金に指はかかっていない。
「今ある人類の文化や文明、そして人類そのものを小さな世界に移住させて、未来へ遺す計画。そのために全人類のリソースが必要で、その主導者は世界の"終わり"を早めようとしている……それが『箱庭計画』だってボスから聞かされたよ。馬鹿みたいな計画だって思ったよ、その時はね。そんなことして何の意味があるんだろう、って」
「私もそう思う。未来へ遺したところで何もならない。"終わり"を早めたって意味はない。どうせ全部"終わる"んだし」
「うんうん。そのとーり。で、まぁボスがさ、計画するロケーションの一つ一つが、なんだか変な場所ばかりでさ。ショッピングセンターとか図書館とか、確かに人はいるけど、もっと良い場所あるじゃん。ああまぁショッピングセンターについてはインパクトもあったから良いんだけどさ、図書館、って」
「十分な惨状にはなったと思うけれど?」
「まぁアレは……えーと、なんだっけ、なんかあったからね。誘蛾灯みたいな役割の……あー、忘れちゃった。多分なんかがいて、"終わった"んだと思う。ボクが覚えてないってことは」
「うん。人間を魅了する妖魔がいた」
「成程ね」
発砲。また、阻まれた。そのまま背中のものも用いて何発も何発も撃つけれど、藍沙には届かない。
知っていて撃ったし知っていて止められているので、エメトは肩を竦める。
「ま、そういうロケーションを見てってさ。おかしーな、って気付く時があったんだよ。最悪のメイデイと紅のアーグは有名になったからおいといても、他の場所で起こす殺戮ショウで──その場所が悉く"終わって"いくんだよね。ボク頭いいからさ、結構下調べもするし、退路の確保とか、どっから回り込めるかとかも全部頭に入れるんだけど……やっぱりおかしいんだよ」
「ショッピングセンターも図書館も、"終わる"程ガタが来てなかった、でしょ?」
「うん。そーそー。有名になってないトコ含めて、僕達が殺戮ショウを起こす場所は全部"終わる"んだけど、事前に調べた感じではそんなことなくてさ。周囲で沢山人間生物が死んだからって誘発の"終わり"が起こるワケがない場所で、けど"終わり"が起きるのさ」
「そしてそれは、多分ココでも、ね」
「……だよね。それも、ここに転移させられた時にはわかってた。だからいじけてたんだけど」
全弾、だ。
背中の三丁。そして両腕に仕込んだ二丁。さらには体内に――喉から引っ張り出した一丁。
それらの銃を全弾撃って、すべて捨てる。もういい、とばかりに。
「お父さんは未来が読めるんだ、って。そう思った?」
「そう思えてたら良かったよ。でも無理でしょ。ボスに異能はないし、そもそもあの人悪い事するのに向いてないよ。もう誰がいたのかもほとんど思い出せないけどさ。その覚えてない奴らにも、ボクにも見えないとこで、隠れて黙祷なんかしてる人が──唐突な"終わり"の起きる場所に人を集める、なんて。できっこない」
「そもそもそんな異能があるなら良い事に使ってそう」
「だね。ボスは僕達の事家族みたいに扱ってくれたし、あの人はあの人で違う分野で有能だから嫌な気持ちにもならなかったしで、もしボスが慈善事業とか始めるっていうんならわかったー、ってついていくつもりはあったよ。ボク、別に許せないから殺してるだけで殺したいから殺してるわけじゃないし」
もう打つ手はないと、エメトは地べたに座り込む。
そも──ABSの階位は、戦闘力で決められているわけではない、なんてことくらい。
エメト自身が一番理解している。
「『箱庭計画』。多分、人類の文化とか今の人類とかはどーでもいいんだ。で、多分ボスも『箱庭計画』を主導している側のヒト。アズと旧知って時点で自明だけどさ。それ以上にボスは『箱庭計画』を進めようとしてる。民衆の恐怖を煽るためにAbsurdusなんて組織を作って、ボクや君には及ばないけど、多分結構でっかめな
「うん。正解」
「正解、って……君は知ってる、って認識で良いの?」
「ううん。知らないよ。でも正解なのはわかる。世界の現状。お父さん。アズさん。イアン君達。貴方達。世界中の人々。そして、この世界の
「……ちぇ。いいなぁ、ソレ。ボクの頭もそれくらい回ればよかったのに。与えられた情報はボクたちより少ない癖に、全部辿り着いちゃうのか」
もっと酷い事をする、と。
藍沙は言った。
「それで、ボクに何をしてくれるのかな」
「記憶を奪う」
「──……?」
魂はコアだ。感情はリソースだ。肉体は限素だ。
ならば記憶とは、なんだろう。心? 脳? いいや、違う。
「記憶とは、世界。世界に寿命があるのは、誰かの記憶だからだよ。限素だから、じゃない。そも、限素で起きる"終わり"と"世界の終わり"は全く別の現象」
「……ボクから、ボクの世界を奪うの?」
「うん。オーディアさんからも、アリアスさんからも、奪ってきた。アムド先輩とイーリスさんから奪えなかったのはちょっと残念。この学術都市も"終わる"だろうけど、私が貴方の記憶を奪う事で、覚えておける」
「それが"酷い事"? ──ああ、いや。そうか」
「わかった?」
得心が行ったと。
エメトは笑顔になる。ああ、そんなことが出来るのか、と。
「この記憶は、世界に還元されない。貴方が抱いた感情は世界に還るけれど、貴方が抱えた世界は全て私のものになる。そして私はその記憶を、世界を――知識として処理する」
「わぁ、酷いな。ボクの軌跡をなかった事にするんだ。それ、君にどんなメリットがあるの?」
問われて。問われて藍沙は、頬に手を当てた。口角をこれでもかと上げて、言う。
言った。
「世界で自分だけしか知らない事、って。──ゾクゾクするでしょう?」
絶対に、絶対に、イアン達には見せない──妖しい笑み。
あまりにも独り善がりなその返答に、エメトは笑うしかない。そんなどうでもいいことのために――ここで己は死ぬのだと。オーディアとやらが、アリアスとやらが、どんな奴だったのかは覚えていない。けれど、さぞつらい人生を、あるいは憎悪に塗れた生を送ってきたのだろう。
それらはすべて忘れられる。誰からも、誰の記憶にも残らない。
ただこの女から以外は、だ。
この──自分だけが持っていたい、なんて、思春期を拗らせた独占欲によって、自分達の世界は奪われる。
エメトはここで死ぬ。
だから彼女の本性を伝えられる存在はいない。
最後まで残るのだろう、彼女は。彼女を守る
全部全部独り占めして。
「アズとエヌは、いいの?」
「アズさんは初めから数に数えてない。あんなの、人間に思えないし。でもエヌちゃんは違うよ。どういう手段で弾いているのかしらないけど──絶対食べる。あの子の記憶は、絶対に美味しい。私達に隠している事含めて──全部奪ってあげる」
怖いなぁ、と。
エメトは。
「最後に、一つ良いかな」
「なぁに?」
「君さ、本当にイアン君のこと好きなの? そんなショーワルでさ、あんな純朴少年のこと好きになるとは思えないんだけど」
「好きだよ。本当に好き。好きだから、記憶は奪わないであげる。どうせそんなに美味しい記憶持ってないだろうし」
「ははっ! それってホントに好きっていうの? 恋愛感情ってさ、もっとこう、アツアツな奴なんじゃないの?」
「だってイアン君は、私よりエヌちゃんの事が気になっているみたいだし。付き合うとか結婚するとか、もう意味ないでしょ? "世界の終わり"は、あと一ヶ月。悲鳴を上げ続ける世界に誰も気づかない。崩れ落ちて行く世界に誰一人として対処できない。そんな中で、好きな人と通じ合いたい、とか。そんな夢見がちなコじゃないよ、私」
じゃ、と。
エメトに手を翳す藍沙。その動作に理由は無いけれど、覚悟くらいは決めさせてあげようと。
そう思って、一つ。
楽しい事を思いついた。
「私からも最期に一つ、質問いいかな」
「え、うん。これから死にゆくボクに何を聞きたいの?」
「『箱庭』計画の話を聞いたのって、いつ? Absurdusが最悪のメイデイを起こすどれくらい前?」
「……アッハッハ!! 酷いね! 君って最低だ! そんなに──そんなにボクを貶めたいんだ?」
「散々上から目線で色々語ってくれたでしょ」
「成程仕返しか! いいよ、どうせボクは全部忘れちゃうんだ。あげるあげる。ボクに――記憶を奪われたボクに、仕返しをする機会をあげる! 時間はね、5か月前と10日と11時間32分前。全部覚えてる。全部きっちり覚えてるボクの記憶を――奪うんだ。『箱庭』を最悪な計画だって唾棄してた頃のボクに! 戻すんだ! 戻して、この、ボスの行動に、全部に気付いたボクを消して──」
「そう。貴方には絶望してもらう。アズさんやお父さんの期待通り、真実を知って絶望する貴方になってもらう」
「アハハハハハハハ!! サイッコーだ。最低だ! 悪魔め、最後の最後に君にとって最悪な出来事が起きるって、心の底から願ってるよ!」
──異能が発動する。
無いと言われていた、符術に長けているだけだと思われていた、藍沙の異能。
他者の記憶を奪う──半妖が如き異能。
「教えてあげる。エメト──貴方のボスの、本当の目的を」
溶けていく黒い匣の中で。
悪魔が、頬に手を当てて──
こりャひでェ。
いやまァ一発目の感想はコレだわな。
「あー……ショットガンの弾、全弾撃ち尽くして腹に転移されたのか。そりゃまァ、符術師らしいカウンターだが、結構ひでぇことすんな」
「藍沙、大丈夫だった!?」
「うん……ちょっとだけ、苦戦したけど。大丈夫」
「良かった……!」
エヌと転移した先に、ソレはあった。
黒い匣。何重にも重ね掛けされた符術結界。学術都市の雨にも負けない強度のソレが、ずっと。
少し離れた場所にいた小僧たちは、大吾・ウェインだけをその場に残し、どこか──っつか、あの雨の発生装置の元に向かったらしい。
んでちょっとしたら帰ってきた。速すぎんだろ、とか思わないでもないが、まァイアン・エンハードの手とティニ・"ジュニ"・ディジーの構造物の把握知識がありゃ十分な時間だろう。
だからまァ、雨は止んで。
小僧たちが帰ってきた辺りで、その結界も解けたのだ。んで出てきた。
多少服が汚れちゃいるものの、ほぼ無傷の藍沙と。
――腹の破裂した、エメトが。
「ぼ、す……」
「おー。手酷くやられたなァ。どうする、帰るか? 今から帰って符術全開で治療すりゃ延命くらいは」
「……嘘、だよね?」
「あ?」
息も絶え絶えに、俺のスーツの裾に縋ってくるエメト。
その眼には──疑念。
「は、ははは──ぁ、は、が……ふ、ねえ、見て、これ。ボクのお腹から出てるの。血だよ。ボス」
「あァ、だから治療を」
「第一位って! 言って、げぁ、くれた、よね。ボクがこのAbsurdusの第一位だ、って! 言った、言ったよね。げんじ、てんで、お前より強い奴なんかいないから、って、ね、ねぇ!」
「……ああ」
「ボスは、ボスは──嘘、吐かないよ、ね」
「……すまねえな。そのために集めたんだ。お前を……絶望させるために。お前は別に強くなんかねえよ。ショットガン六丁でチョーシに乗んな。お前は……一番感情が大きそうだったから、一番にしたんだ」
「──!」
おいおい。これから死にゆく奴のために、もっと上等な嘘を吐けねえのか俺ァ。
……でもダメだ。エメトはこれでいて結構頭回るからな。俺演技下手だし。嘘なんか吐こうものなら、すぐにばれちまう。
確かにあの時はそうだったんだよ。現時点で、Absurdusの中では一番強かった。オジサン戦えねえし。
「嘘だ。うそだうそだうそだうそだうそだ嘘──じゃ、ない、よね。ゲ──ァ、ぐ、だ、だ、って、ボスは……嘘、吐かないもんね」
「あァ。俺は嘘ァ吐かねェよ」
「……じゃあ。やっぱり。ボクは、捨て駒だったんだ。あは。あはは!」
おいおいそんな非難の目で見るなよ聴衆。オジサンだってすげー辛いんだぜ。
なぁ、エヌ。俺が今コイツにしてやれることって何だと思う?
……だよなぁ。
「は──っは、っは、はぁッ」
「十分だ、エメト。お前は十分俺の役に立ったよ。だから──」
吸っていた煙草を――落とす。
エメトの頭に。
あの悪魔の頭部を消し飛ばしたのと、同じ奴だ。
「──ま、苦しまずに消えてくれや」
「ぁ……」
両の瞳から、滂沱の涙を流して。
腹から臓物と血肉を撒き散らして。
エメトは──死んだ。
その頭部を消し飛ばされて、死んだ。
……後味悪ィなァ。いや最初っから良くなるなんて思っちゃいねェけどさ。
「おォいお前等! とっとと空にでも避難するんだな──"終わる"ぜ、この都市!」
その言葉が早いか遅いか、周囲のビル群から黒白の粒子が溢れ始める。
中にいる終わった人間も"終わる"んだろ。どうせ、恐怖なんてリソースも奪われちまった憐れな連中だ。そもそもアイツを見つけたのだって、心のリソース生産を止める、なんて馬鹿げた薬品作った奴を殺しに行ってきて、お願いビーダ、なんてアズの野郎に依頼された時の……先に殺してた奴がいた、みたいな出会いだったなァ。
懐かしい話だ。
「ビーダ、君も早く」
「あァ」
エヌに手を引かれ、符術の足場を上っていく。
眼下。巻き起こるリソースの奔流と"終わり"。その中で赤い血肉と青い髪が見えた。いや、見えた気がしただけかね。
「……すまねェな。あー……あー……! くそ、待て待てよ。こんだけ罪悪感抱いといて……あぁ、クソッ!」
「エメトだよ。それくらいは手伝ってあげる」
「助かる。すまねェな、エメト! んで──ありがとう。死ぬほど助かった。恨んでくれていい。憎悪してくれていい。でも、もし、次に──いがみ合わねえ関係で、許してくれる、ってんなら──また共に在れることを期待してる!」
忘れて行く。"終わって"いく。
眼下からも、俺の中からも。
エメトっつー奴の情報が、消えて行く。どんな奴だったんだ。どんな顔だったんだ。よく笑う奴だったのか? それとも声を荒げる奴? あるいはボス、ボス! なんて言って子犬みてーに着いてくる奴?
ああ──思い出せない。
エメト。エメト。エメト。下の名はあんのか? いや上の名か? ミドルネームは。
「──で、エヌ」
「何かな」
「ここ、どこだよ」
「……どこでもいいじゃないか。下、何が見える?」
「何にも見えねえから聞いてるんだが」
「じゃあ、何にもないんだよ」
なァ。
なんで俺ァ、ここに来たんだよ。
──"FTRM3Uは、最終地点の計測に成功しました"
「ええ。それは、どこかしら」
──"アズ。貴方のBARです。BAR・エルドラド。控室を除いたカウンターと数個の客席だけが、最後に残ります"
「そうよね」
──"アズ。貴方はFTRM3Uより高性能なのではないでしょうか"
「いいえ。ただ、いつもそうだったから。こればっかりは勘よ」
──"アズ。FTRM3Uは問います"
「ええ」
──"FTRM3UやTrefoil Knot、研究員の方々やビーダ、カムナリと──離れ離れになることは"
「寂しいわ。ちゃんと」
──"やはりアズ、貴方はFTRM3Uより未来が読めるのではないでしょうか"
「これも勘よ。"世界の終わり"が近づくと、いつも誰かに、それを問われるから」
──"……アズ。それは勘ではなく、経験則、といいます"
「あらやだ。FTRM3Uに言葉を教えられる日が来るなんてねぇ」
Absurdusはほとんど壊滅した。
残る構成員はボスとされるビーダと、未だ出会えぬエヌちゃんのみ。
そして──世界でABSに関心を持たなかった者達は、全員消えた。カムナリとサルミナちゃん、そして、とある暗殺者への依頼の結果。
あと一ヶ月。
ううん、出来るのならもっと早く。
「寂しいわ。けれど、それ以上に」
──"楽しみ、でしょうか。Trefoil Knotの完成が"
「ええ」
世界はもうすぐ「終わる」。
最後の最後には、BARのマスターとして。
誰にお酒を渡すのでしょうね。